50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
「貴方はぁ、もお、忘れたかしらぁー……赤い、てぬぐいぃマフラーにしてぇー♪」
配信を終えた俺は、自宅の浴槽をゴシゴシと洗っていた。これから始まるりあらちゃんの配信を、湯船に浸かりながら視聴する為だ。
最近はスプレーするだけで浴槽が綺麗になる魔法のような製品も出ているようだけれど、しっかり手洗いしないと不安なのは昔の人間だからかなぁ。
『給湯温度を三十九度に設定しました』
「よしっと!」
自動お湯張りスイッチを作動させ、後は湯船が満たされるのを待つだけだ。
お湯、ぬるいんじゃないかって?
……うん。ぬるいとは思う。
前世なら、四十二度とかじゃないと風邪ひいちまうぜ! ってくらいには熱いお風呂が好きだった俺。けれど現代では熱い湯は身体に悪いとされ、ぬるめのお湯にゆっくり浸かるのが良いみたいなのだから仕方がない。
「それに、配信観るならぬるいほうが適してるし」
替えの下着やパジャマを脱衣室に用意し、お風呂で飲むコーラも風呂蓋の上にセットした。行儀が悪いのはわかっているけど、水分補給は大事だからね。日本酒じゃないだけ良しとしよう。
配信予定時間前に身体を洗い終えて、顔パックしながら湯船に肩まで浸かった。
「ふいいい……」
生き返るぅ。
風呂は命の洗濯よっ。
「やばっ。タブレット準備しなきゃ」
防水のため、透明な防水ケースに入れたタブレットで動画サイトを開く。りあらちゃんの配信はまだ待機画面となっており、多くの視聴者が今か今かと登場を待つ。
まだりあらちゃんが話してもいないのに、視聴者の数がとんでもないことに。俺の配信の数倍はいるんじゃないか?
流石は夢乃りあら。
これほど人気があるりあらちゃんにガツを食べさせたりしたのって、実は許されざる行為だったのでは? なんて謎の罪悪感さえ抱いてしまう。
いやいや。もう、ガツの話は忘れよう。
今のうちに水分補給を済ませておくか。
プシュッ!
コーラのペットボトルを開け、グビグビと喉を鳴らしながら三分の一を飲み干す。
「ぷはぁー」
強烈な炭酸! 刺激的な甘み! キンキンに冷えたコーラが、温まった身体を駆け抜ける。最高!
一気には飲めないので、ぬるくならないように冷水で満たした洗面器にコーラを立てておく。
『こんりあらー! 今日も君に夢届け、夢乃りあらだよーっ!!』
「おっと」
配信が始まった。画面の中には元気いっぱいなりあらちゃんの姿。
『今日はねー、昨日お休みだったぶん、いっぱいお話しようと思いまーす!』
「おおー」
湯船の中で拍手。パチャ……とお湯が跳ねる。
もちろん、りあらちゃんには聞こえていない。
昨日一緒にカルビを食べていた女の子が、今や数え切れないほどの人間へ笑顔を振り撒いている。
『りあら、昨日何してたの?』
『休みって珍しい』
『デート?』
「おっ」
早速来た昨日の話。
『昨日はねー!』
りあらちゃんが嬉しそうに両手を合わせる。
『お友達と遊びに行ってましたー!』
うんうん。俺と遊んだよね。
『誰!?』
『レイちゃん?』
『みあちゃん?』
『ひまりんもいた?』
『ひまりんさっき同じ話してたぞ』
『飯テロ配信者』
「おっと。こんなにウチの視聴者もいるのか」
さっき俺の配信にいた人、そのまま移動してきてるじゃん。……まあ俺自身も同じなんだけど。確かに、りあらちゃんの配信が始まるアナウンスもしたけども。
『そう! レイと、みあと、ひまりんちゃん!』
俺の名前が出る。
なんだろう。実際に対面した後に配信で名前を出されると、友人が話題にしてくれてるようで照れるような気になる。
『昨日めっちゃ楽しかったんだよー! 喫茶店行って、ゲーセン行って、プリクラ撮ってー! 最後に焼肉!』
楽しかったと思ってくれて何よりです。俺は嬉しくてコーラを追加で流し込む。
『ひまりんと内容一緒で草』
『そりゃ同じ日に遊んでるからな』
『ひまりんは焼肉の話が一番長かった』
『知ってた』
「そんなに焼肉の話長かったかなぁ?」
わりとあっさり掻い摘んだつもりだけども。
……いや、結構話したか。胃もたれについてまあまあ熱弁してしまった気がする。
『あっ、そうだ! みんなに見て欲しいものが……』
りあらちゃんが何かを思い出したようにスマホを操作し始める。
「まってよ」
嫌な予感。
『じゃん! これ見てー!』
画面に映し出された写真は、昨日撮影したプリクラだった。それもよりによって。
【↓飯テロ配信者】
「またそれかい! もうっ、恥ずかしいじゃん」
さっき俺も自分から公開したけどさ!
『wwwww』
『飯テロ配信者キタ──(゚∀゚)──!!』
『百式観音定期』
『ひまりんの手どうなってんだ』
『これさっき見た』
『本人が自分で晒してたぞ』
「だからネテロではないって! くどいって」
ついタブレットへ突っ込む。風呂場だから声がよく響く。くどいと言いつつ、りあらちゃんリスナーにとっては初見なのが辛い。こっちのライフはもうゼロなのに!
……俺はコメントするか迷い、やめた。
『ひまりんねー、ピースハート知らなかったんだよ!』
「知らなかったわけじゃないの!」
りあらちゃんに画面越しの弁明。
……いや。
知らなかったわ。
『りあらとレイで手直してあげたの!』
二人に手を取られた状況を思い出す。
『デイサービスの利用者さんと職員さんかな?』
『課長、若者に介護される』
『ひまりんおばあちゃん説』
『なんで16歳がプリクラで介護されてんだよ』
「介護じゃないってば!」
ぐぬぬ。俺がいないところで好き勝手そうやってさ!
……まあ、いるんだけど。
チャプ……と水音を立てながら、俺はコメント欄を開く。
『ひまりん:本人です。異議あり』
送信。
『あっ!!』
りあらちゃんが画面へ顔を寄せる。
『ひまりんちゃんいるー!! 昨日はありがとんっ』
これみよがしにピースハートするりあらちゃん。ついでにウインク。……あの、今それやると煽ってると取られかねないからね?
『本人降臨』
『か、課長ぉぉぉぉ!』
『あ! さっきまで配信してた人だ!』
『ひまりんもいます(本当)』
コメントが一気に流れる。あんまり配信の流れは切らないように、言いたいことだけ言わせてもらおう。
『介護はされてません』
よし、これで俺のイメージは保たれる……はず。
『ん? されてたくない?』
「りあらちゃん!?」
そこは笑って、介護云々から離れてくれるとこではっ。
『だってひまりんちゃん、どのポーズも全然分かってなかったじゃん!』
「初見で、名称だけ聞いて正しいポーズ取れる人はいないってば!」
俺は一人、浴槽で熱弁する。当然りあらちゃんには聞こえない。
『あっ、そうそう! ちゅきちゅきもあるよ!』
「本当待って!」
慌ててコメントする。
『それは出さなくていいよっ』
俺の、こぢんまりとした配信とは規模が違う。ここで写真出されたら拡散の規模が予測不可能だし!
『えー?』
顎に指をあてて、イタズラっぽく微笑む。この子って結構Sっ気あるのかも……。
『見たい』
『見せて』
『頼む』
『五千円まで出す』
「お金を出すんじゃないよ、そんなものに!」
りあらちゃんのリスナーも物好きな。……あるいは、さっき俺の配信にいた人たちが悪ふざけしてるのかも。俺の醜態を知ってる上で……!
『じゃじゃーん!』
「ひえー!」
無情にも公開された。
三人はちゃんとポーズを取れている。
俺だけ残像。
何回見返そうとも、写真は相変わらず。
『草』
『高速移動してる?』
『ちゅきちゅきひまりん、どこ……?』
「くっ……!」
こうして見ると酷いな、本当に。昨日その場で見た時より面白くなってる気がする。
『ひまりんね、ポーズの名前の意味考えてる間に撮影されちゃったんだよ!』
補足しなくていいよ、りあらちゃん! わざわざ!
『理論派ね』
『かわいい』
『情報が完結しなさそう』
りあらちゃんがコメントを幾つか読みつつ笑う。
その笑顔を見て、俺もつられて笑った。
「元気そうだねぇ」
なによりだよ。
昨日お母さんと会った時の表情とは、全然違う。少なくとも今は、ちゃんと楽しそうだ。それだけで少し安心する。
『あとゲーセンね! ひまりんがレイにゲームで勝ったんだよ!』
お。汚名返上、名誉挽回。今度は俺の活躍シーンを語ってくれるターンだ!
『それ、マジだったんだ』
『ひまりん嘘ついてなかった』
『QOFだっけ?』
『レイが負けるの珍しい』
「嘘ついてなかったって何だい!」
信用無さすぎでしょ。もしくは、俺がレイちゃんに勝つことがそれほどあり得ないってこと!?
『レイねぇ、めーっちゃ悔しそうだった!』
……まあ、ブレイブルーにフィールドチェンジしようとしてたしね。
『今度はゲーセン配信したら? 貸切とかで』
そのコメントをりあらちゃんが読み上げて
『それいいねっ!?』
顔がぱっと明るくなる。
『ひまりんちゃん。じゃあまたゲーセン行こうよ!』
まだ配信を見てるであろう俺に名指しで意見を求めるりあらちゃん。……これは、反応するしかない。
『いいね! ブレイブルーは遠慮したいけど』
ボコられるだけだからねっ。
『みあも呼ぼ!』
ようするに。昨日の遊びをそのまんま配信でやる感じかな。
『四人で行こう』
『やったー!』
両手をあげて喜んでくれる。そんなに嬉しそうなら、こっちも満更でもない……かな?
コメント欄でも
『仲良いなー』
『青春してる』
『尊い……』
なんて文字が流れていく。
「青春……ねぇ」
湯船の中で、小さく呟く。
前世の青春は遥か遠く。おじさんになった頃過去を振り返って「そう言えばあの頃が俺の青春だったんだなぁ」と後から理解した。
それが今は。今が青春だと理解した上で
【また四人で行こう】
なんて話をしている。……出来ている。
「……人生、何があるかわからないもんだねぇ」
コーラを一口。そして二口。
少しのぼせてきただろうか。
『焼肉も美味しかったよー!』
「ふー。ようやくプリクラから解放されたよ」
りあらちゃんがエア茶碗とエア箸で焼肉の動作をしつつ
『カルビいっぱい食べた!』
なんとも誇らしげだった。
『顔むくんでない?』
「…………んー」
俺の手が止まった。
何気ないコメント。
けれどそれはまさに、昨日りあらちゃんがお母さんから指摘された点だった。
りあらちゃんは一瞬だけ無表情に。
そして
『大丈夫だよー!』
すぐに元へ戻った。
『今日はちょっとだけ顔むくんでるかもしれないけど! ほんのちょっぴりだけねっ』
頬を両手で挟む。
『かわいいからセーフ』
『むしろわからん』
『それでむくんでるとか、丸顔で悩む人傷つくよ』
「……そっか」
りあらちゃんは強い。言うまでもなく、俺より配信歴も長い。あのお母さんとは生まれた時からの付き合いなんだし、こちらが気を回すまでもなくこれまでやってきたんだ。
こっちがあまり心配しすぎるのは、かえって彼女の負担になるのかもしれない。
『あっ、そうだ! 今日はちょっと短めの配信になります!』
「ん?」
『一時間くらいかな?』
それで短いと、俺の配信はもっと短い日もあるけど!
『短い』
『珍しいね』
『明日学校だから?』
確かに。
月曜日は憂鬱で、前日の夜更かしは一週間尾を引く恐れもあるよね。
『んー。それもあるんだけどー』
りあらちゃんが、ちらりとカメラの外を見る。
『配信終わったら、お母さんとドラマ見る約束してるの!』
「…………え?」
思わず声が漏れた。
『りあらママと?』
『仲良しじゃん』
『何見るの?』
『親子タイム』
『ポテチは?』
『食べるー!』
「ポテチ!?」
昨日。
焼肉を食べれば顔が浮腫むとまで言っていたお母さんが?
『でも一袋全部はダメって言われた! 半分こ!』
「……そこは管理するんだ」
やっぱり、りあらママはりあらママだった。
でも。昨日俺が言った言葉を思い出す。
【配信のことを考えずに、ただ親子として過ごす時間があってもいいんじゃないでしょうか】
まさか。
……いやいや。
「そんなわけないよね」
たかが昨日会っただけの女子高校生の言葉で、あのお母さんが急に考えを変えるとは思えない。
元々そういう予定だったのかもしれないし。
そもそもドラマを見るくらい、普段からやっている可能性もある。
でも。
『お母さんが昔好きだったドラマなんだって! りあら全然知らないやつ!』
りあらちゃんは心の底から楽しそうだった。昨日の夕方に見た、強張った顔ではない。
「……まあ、いっか」
理由なんて。りあらちゃんが楽しそうなら、それで。コメント欄を開く。
『ドラマ楽しんでね』
送信。
あとは一人のリスナーとして、静かにしよう。
顔のパックをはがし、顔についた美容液を両手で満遍なく伸ばしつつ肩まで湯に浸かる。すると。
『あっ! ひまりんちゃんまだいた!』
見つかった。
『ありがとー! ひまりんちゃんも今日は早く寝るんだよー! あと、お風呂で寝ちゃダメだからね!』
……え。お風呂?
『え?』
『ひまりん風呂から見てるの?』
『ビデオ通話キボンヌ』
待って。
タイミング良すぎ。むしろ悪すぎ!
「落ち着け。偶然でしょ」
バレてない。バレるはずがない。
『なんとなくー! 今の時間ならひまりんちゃんお風呂入ってそうだなって!さっきまで配信してたっぽいし』
びっくりさせないでよっ! 心臓に悪いって。ただでさえ長湯でバクバクしてきてるのに!
『ひまりんちゃんて、お風呂でコーラ飲んでそうだよねっ。イメージだけど』
俺はゆっくり。
冷水に浸かっているペットボトルへ視線を向けた。
『あと絶対「ぷはぁー」とか言ってる』
……怖っ。
この子怖っ!
イメージというより、見てきたみたい。
『なんでそんな具体的なんだよ』
『解像度高すぎ』
『ひまりんのこと理解しすぎだろ』
『付き合ってんの?』
『ひまりあ助かる』
ぷはぁーって言ったけど。実際さっき言ったけど!
コメントで何か書こうとして、やめる。
今何か書けば墓穴を掘る気がする。
『あれ? ひまりんちゃんいなくなった?』
「……いるよ」
いるけど黙る!
俺の家、監視カメラとかついてないよね?
最近、国の諜報機関が活躍するドラマ見てるから怖くなっちゃうじゃんかっ。
一本のビスに監視カメラ仕込める時代とか、とんでもない。
俺はコーラを手に取る。
半分ほど残ったそれを一口飲んで。
「……ぷはぁー」
反射的に声が出た。
「言ってるし」
自分で自分が嫌になった。
タブレットの向こうでは、何も知らないりあらちゃんが楽しそうに笑っている。
俺は再び肩まで湯船へ沈み込んだ。配信はまだ始まったばかり。お湯もまだ温かい。
コーラもまだ冷たい。
「もう少しだけ見てから、上がろうかな」
明日は月曜日。
けれど。日曜の夜もそこそこ残っている。
あとちょっとだけりあらちゃんに癒されても、寝坊はしないだろう。
ひまりん「お前が別班?」