50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
異変と言うのは実は案外日常に溶け込んでいて、指摘されないと気づかなかったりする。最近では小さな異変に気がつけるかを試すゲームなんかも流行っているそうだ。
「相変わらずキラキラしてるなぁ、りあらちゃんは」
真っ先に学校の提出物を片付けてしまい、部屋着になって、カーペットの上をゴロゴロしつつ配信者仲間の活動をチェックしていたんだけど。
レイちゃんのは今日配信するゲームへの一言。みあちゃんはピアノで弾いて欲しい曲の募集。そしてりあらちゃんはお母さんと見たドラマの話。
「良かった。ちゃんと親子水入らずの時間を作れたみたいだねぇ」
昔のドラマ、面白い! といった熱量全開の投稿をしていた。ネタバレにならない範囲でどういった点が素晴らしいかを語り、実際にドラマを視聴したい気持ちにさせてくれる。
それから、本日の配信でもっと感想を語りたいと言った旨を。
「見ますか。りあらちゃんの配信」
りあらママが昔見たというドラマは、俺も前世で視聴済み。令和女子りあらちゃんがどのような感想を抱いたのか非常に興味があるからねっ。自分が見た作品を、時を経て誰かがレビューしてるのを眺めるのは当時も振り返れてすごく楽しい。
昭和、平成、令和。同じ作品なのに見る時代が違えば受け取り方が変わるのも興味深い。
【このドラマで出てくる、駅の掲示板で伝言するシーンが良すぎた! ポケベルも普及していなかった時代って大変だったんだねぇ(*≧∀≦*)】
とは、りあらちゃんの文章。
「……確かに。大変だったよ」
でも、だからこそすれ違いの切なさがあったりしてね。
俺は部屋の壁掛け時計を見る。
りあらちゃんの配信予定時間まではまだある。今のうちに晩御飯の買い物でもしておこうか。
部屋着だけれど、近所のスーパーだしまあいいか。美璃や高橋さんのようなオシャレさんが隣にいなければ、恥ずかしい思いをすることも無い。……はず!
財布とスマホと家の鍵だけ持ち、家を出た。
夕暮れの街を部活帰りの学生や、買い物帰りの主婦が行き交う。近所の公園では小学生が元気に走り回ったり、ベンチでスマホのゲームをしたり。一日の終わりを眺めながらスーパーを目指す中で、ふと豆腐屋さんのラッパが聞こえた昭和を思い出しノスタルジーに襲われた。
夕焼けは人を振り返らせるとはよく言ったもので。あの子供達も数十年したら、とある日の夕暮れにそこの公園で遊んだ記憶を蘇らせるのだろうか。
「なんてね」
人には聞かれないよう、小さく呟く。
昔を懐かしむのもほどほどに今日の献立を決めなくては。冷蔵庫の中には人参とじゃがいもが残っていたので、カレーを数日分作っちゃうのはどうだろう。明日以降の買い物と調理の手間が省ける、独身の強い味方だ。
決まり!
お肉と玉ねぎ、カレールゥと福神漬けあたりを購入して、ささっと帰ろう。
スーパーまではもう少し。駅前の通りに差し掛かった付近で……俺は思わず足を止めた。
「な、なんで!?」
今晩、カレーを食べつつりあらちゃんの配信見るのを楽しみにスーパーを目指していたというのに。
「わ! ひまりんちゃんだっ!!? ぐうぜーん」
キラキラ系配信者、夢乃りあらが何故か俺の最寄り駅前に。
ええっと。
一体全体、どうして?
今頃は夜の配信準備を色々やってるはずでは?
「今頃は夜の配信準備を色々やってるはずでは?」
頭で思っていたことが反射的に口から出ていた。
りあらちゃんは私服で、なんだか大きめのカバンを背負っている。これから旅行にでも行くのだろうか。あ、もしかして旅行しながら配信??
「あはっ、今日は配信しないよ。だからここにいるんだし」
「そうなの? だって、配信予定って投稿もしていたけれど」
「……ん。してないよ」
「いやでも、実際に……」
りあらちゃんは俺の前まで歩み寄って。
「りあらがいる理由はね、ひまりんちゃんに会いに来たの。ここの駅が最寄りとは聞いてたけど、まさか偶然会えるだなんて! ほんとは、今から会えないかメッセージで聞こうとしてたんだぁ」
「そうだったの!? 随分と急だね」
普通、家を出る前に連絡するでしょ。ここまで来て俺に用事があったらどうしてたんだろう。
「確かに、結構衝動的かも。我ながら」
カバンを重たそうに担ぎ直すその顔は、色々な感情に支配されていた。
うーん。
どっからどう見てもワケありそうですね。
「会いに来てくれたのは嬉しいけど……じゃあ、喫茶店とかでも行く?」
「そうだねぇ。出来れば、どこか人目につかない場所がいいんだけど。良さそうな場所ある?」
芸能人が利用する、秘密厳守のお店的なところだろうか。そんなような場所を俺が知ってるはず無いじゃん。
でも、わざわざ自分に会いに来てくれたりあらちゃんをこのまま帰すのはちょっと薄情かも。
となると……残る手段は。
「私の家、来る? ここから徒歩ですぐだし」
この発言に。
りあらちゃんは地面に合わせていた視線を勢いよく俺に向けた。
「え、でも。自宅は流石にご迷惑じゃ……」
「全然大丈夫だよ。実質一人暮らしみたいなものだし、気にしないで」
むしろ、りあらちゃん程の人気配信者を自宅に招けるだなんて。俺の方がお礼を言うべきだとファンに怒られそうだ。それは理不尽すぎるけどっ。
「……うん。ご両親、海外にいるって言ってたよね」
りあらちゃんは、カバンの肩紐を握り直した。
「レイのところだと、ご家族にも心配かけちゃうから……。今日はゲーム配信するみたいだし」
「そっか。レイちゃんだけならまだしも、他の家族もいたらちょっとね」
道理で俺に会いに来たわけだ。
「なるほど。それじゃあうちに案内する……前に!」
「前に?」
スーパーを指差して。
「晩御飯の、カレーの材料買って帰っていい?」
りあらちゃんはポカンとしてから。
「あはははっ! 勿論、良いに決まってるよっ。ひまりんちゃんは今日カレーなんだ。家庭的で良いねぇ!」
「なんなら、食べてくかい?」
「ええっ本当に!? じゃあ、りあらもカレー作るの手伝うー!」
さっきまでは、この子の配信を見ながらカレーを食べるつもりだったのに。それがわずか数分で一緒に買い物し、調理して共に食べることになろうとは。
なんという因果か。
◇
「さ、どうぞ入ってぇ」
買い物袋を引っ提げ、俺はりあらちゃんの為に自宅のドアを開け放つ。
「お邪魔します。ありがとう、ひまりん!」
重そうなカバンを廊下に置いて、ピシッと脱いだ靴を揃える。
最近、よく人を招くなぁ。美璃達のお泊まり会から今日まで、部屋の整理整頓を意識してて助かったよ。
とりあえずカレーの材料を台所へ。必要に応じて具材を冷蔵庫にしまった。
「さてとぉ」
このまんま調理に取り掛かりたい気持ちはあるけど。兎にも角にも、りあらちゃんが俺に会いに来た理由を聞かなきゃ始まらない。
「りあらちゃん、そこに座ってて。今紅茶でも淹れるから」
ダイニングテーブルの椅子をすすめ、引き出しからティーバッグを二つ取り出す。電気ケトルで湯を沸かし、カップへ注いだ。そこにティーバッグを突っ込み、紐を垂らしたまんまテーブルへ運ぶ。
「ごめんね、お気遣いありがとうね」
ううむ。
改めて、自宅にりあらちゃんがいる事態は不思議な感じ。日常と非日常が混在しているようで。
「いやいや。むしろ、ちゃんとした紅茶じゃなくて申し訳ない」
あのお母様であれば、りあらちゃんには本物しか知ってほしくない、みたいな感じで紅茶も高級品ばかりにしてそう。
が、しかし。
程よく色がついた時点で、りあらちゃんが自らバッグを取り出す。それからゆっくりと口に運び。
「美味しいっ!」
アールグレイの清澄な香りに顔を綻ばせた。
「良かった」
普段はどうあれ、このお茶を美味しいと言ってもらい一安心。
温かいお茶で心を落ち着けたのか、りあらちゃんは俺に会いに来た理由を話してくれる。
「実は。ひまりんちゃんと会話してから、お母さんが親子として過ごす時間を意識するようになったの。ドラマを視聴したのもそう。ウチ、それが結構嬉しかったんだよねぇ」
揺れる紅茶の表面を見つめて。
俺の発言がプラスに働いたなら、それは嬉しい。
「見てる間は、お母さんも楽しそうだったんだよ。なのに。終わったらすぐ、明日はこれを配信で話しなさいって……。結局お母さんにとっては、その行為すらもウチを配信者として一皮剥けさせる為だったんだ。つまりね、昭和のドラマにも詳しいって属性を付けたかったに過ぎないの」
「ええ……」
親子水入らず。一緒に作品を視聴する、それだけの事にも打算が組み込まれていたとは。
「要するに、りあらちゃんの人気をもっと上げる為でもあったと?」
「そ。今日の配信で早速ドラマを語れってさ。馬鹿にするのもいい加減にして欲しくないっ!?」
どんな配信をするか。その決定権もお母様か。
「……そうだったの」
そりゃ嫌気もさすよね。ただ、ドラマについてはりあらちゃん自身まあまあ楽しんでたような投稿をしていたけれど。
「けどさ、あのドラマについての感想を見る限り、作品そのものはりあらちゃんも気に入ったんでしょ? だったら。お母様の思惑は一度置いといて、配信で感想を言うくらいは良いんじゃない?」
色々と裏で操られていい気がしないのは理解できるが。
「あー、あれもお母さんが投稿してるから」
「え?」
「ウチの感想ではなく、お母さんが夢乃りあらとしてドラマを見た感想を作り出してるだけ。笑えるよね」
つまり。俺が帰宅してすぐに目を通したあれは、りあらママが考えた文章だったと?
俺も、りあらちゃんがどうしたいのかを聞かずに、配信する方向へ話を進めていた。
……待てよ。
言われてみれば、あの文章には違和感があった。
「そうか。ポケベル! りあらちゃんが考えたにしては、例えがおかしいと思ったんだよ。あそこは現代っ子ならスマホって書くよね」
投稿には【ポケベルも普及していなかった時代】って文があった。生まれる前には廃れていたポケベルを、りあらちゃんが真っ先に持ち出すのは変だ。
「でしょっ!? 最近は、ウチにチェックさせることも無く投稿しちゃってるからそうした矛盾が生まれてるの。現にあの投稿にも、結構な数ファンから突っ込み入ってるんだよ」
「それはそうだよね。特にりあらちゃんファンは若い子中心なんだし」
「うん。……まあ、最終的にポケベルについてはひまりんちゃんの影響を受けたって流れになったけどね」
「なんでっ!?」
俺がりあらちゃんにポケベルを教えたせいってこと?
「教えてもいないし!!」
「あはっ。やっぱりこの間遊んだのが大きいみたい。ウチのお母さんも、ひまりんちゃんの影響って事でコメント消火してるし」
「お母様!? 自分のミスを私に押し付けてるっ」
「今日、配信でドラマを語るって予告したのもお母さんなんだ。……ほんと、やんなる」
一気に紅茶を飲み干したりあらちゃん。
「だからぁ。ついつい家を飛び出してみたのっ」
軽く言ってくれる。
でも、そうじゃない。
突発的と思えたりあらちゃんの行動は。
長い年月をかけて、溜まりに溜まった不満や不服が爆発した長期的なものだったのだ。