50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
りあらちゃんの配信スキルは神がかっていた。
会話のトーンやレスポンスは勿論、生配信に必要な視聴者からのコメントに対する返答が最適なのだ。俺の配信とは比べものにならない膨大なコメントから、取り上げたら面白そうなものは見逃さず。とにかくリアルタイムで変わる状況に混乱することなく対応していく。
頭の瞬発力というか、場を読む力というか。とにかく凄い。
あまりの澱みのなさに、あらかじめネタ合わせしているコントを見ているような感覚になる。
配信は続き、右肩上がりでリスナーさんが増え続けていく。どうやらSNSで星野ひまりと緊急コラボしていると拡散されているみたい。その効果もあるのかも。
『そういえばもう晩ご飯食ったん?』
時間帯的には配信前に済ませているだろうと、リスナーが質問してくる。
「うん! 食べたよー。では問題です、りあらとひまりんちゃんの本日の晩ご飯は何でしょうか?」
流れるように、りあらちゃんは質問からクイズへと持っていく。これならみんなコメントで答えたくなるし、なるほど参考にしなきゃだ。
『ビーフシチュー?』
『パエリア?』
『カルパッチョ!?』
みんなお洒落な料理名を並べまくる。普段のりあらちゃんはそういう料理ばかり食べているのかしら? このままではカレーに辿り着かなそう。
「みんな、それはりあらのお母さんが得意な料理ね! 普段なら正解もあるかもだけどぉ……大ヒント! 今日はひまりんちゃんの家にいるってとこも含めて考えてみてっ」
すかさず軌道修正。
りあらちゃんのトークスキルは安心感がある。彼女が隣にいれば、全て委ねていれば万事が上手くいくような。
『あ、塩辛?』
『ぼんじり』
『ホタルイカの沖漬け?』
『きゅうりの浅漬け』
いかん!
俺の家という情報だけで、ビーフシチューが塩辛になってしまうとは。
「違うよー! いくら私でも、りあらちゃんが遊びに来たらもう少し普通のご飯出すってば」
俺は冷や汗をかきながら、なんとか居酒屋っぽいメニューを遠ざける。
『……冷奴?』
『もつの煮込み!』
『フライドポテト』
駄目だ! みんな、それも全部居酒屋にあるメニューですからね!?
りあらちゃんはコメントを読みながらクスッと笑う。
「もうみんな、居酒屋に引っ張られすぎ! やっぱり難しいかぁー」
時計を確認し、配信時間もチェックする。もしやこのクイズにどの程度の時間を費やすかまで計算してるの……?
話題一つにどのくらいかけるのか。そこまで考えるのなら、雑談配信だろうと番組と言えよう。
「正解発表するね! みんな嫉妬しちゃうかもだけどぉ……ひまりんちゃんの特製カレーでしたぁ!!」
拍手しながらの正解発表。
『ひまりんカレー!?』
『手作りカレー激アツ』
『俺呼ばれて無いけど?』
俺のカレーが答えで盛り下がるのでは? と不安だったけど、コメントが一気に溢れかえる。みんな好意的で良かった。
「すっっごく美味しかったんだから! あ、カレーって明日の分もあったよね? りあら、一日置いたカレーも大好きなんだぁ。明日も食べようねっ」
こっちを見てはにかむ。……うん、俺も一晩寝かせたカレーは大好きなんだけれどもね。
ただね、配信中にその発言をしてしまうと……
『えっ!!』
『お泊まり!?』
『<¥10,000>尊すぎて草』
『<¥5,000>キマシタワー代です』
『<¥3,000>明日も仲良くカレー食べるんやで』
ほら!!
りあらちゃんがお泊まりするなんて一大ニュース過ぎるってば。みんな凄い勢いでコメントしてくるし。ハイパーチャットも尋常じゃない。
お泊まり発言をしたのは軽率だったんじゃ……
俺がカメラ外でりあらちゃんの背中をつつく。そして、スマホの画面に打ち込んだ文字を見せる。
【お泊まり発言はまずくない?】
夢乃りあら外泊!
などとネットニュースなんかで取り上げられても大丈夫なのかい!?
すると、文字を読み終えたりあらちゃんはそのままフリック入力して。
【大丈夫! 今の発言から同接増え続けてるし!】
や、そういう問題じゃないんですよ夢乃さん!?
「りあらちゃん! 君は凄く人気の配信者なんだから、お泊まりするとか、そういう発言はもう少し考えてしないと駄目じゃない!」
「……え。女友達の家にお泊まりするだけで、なんでそこまで??」
りあらちゃんは可愛らしく首を傾げた。
『りあらが正論ティー』
『ひまりん、なぜ動揺してるwww』
『意識し過ぎでは?』
俺がコメントで詰められる展開に。
「違うからねっ!? 私が意識してるとかじゃなくて……まあ、女同士だからセーフってことにしとくけどぉ」
「ふーん? つまり、ひまりんちゃんは男の家に泊まるのはアウトって考えてる?」
「当たり前でしょっ!?」
「えー、なんでー?」
「なんでって……」
なんでもなにも。そりゃ、駄目でしょうが!
「嫁入り前の娘なんだから!」
「……嫁入り前の……って、ひまりんちゃん昭和のお父さんみたいすぎるよー!! 面白すぎっ!!」
ケタケタと大笑いなりあらちゃん。これは演技とかじゃなく、本心から笑ってるな。
『昭和のドラマのセリフかな?』
『最近は聞かないねぇ』
『か、課長ぉぉぉ!』
こっちは結構心配して言ってるのにさぁ。
「ひまりんちゃん、案外ムッツリさんだねぇ」
「そんなことないからっ! 全然、違うから!」
この子を相手してると、全てに突っ込まなきゃいけなくて凄く大変なんですけどっ。
「はいはい! そういうことにしておくねー。案外ピュアなひまりんちゃんなのでした。てなわけで、次の話題行こっか!」
くっ。これでは星野ひまりに変なイメージがついちゃうじゃないか。りあらちゃんはさっきからずっと口元笑ってるし!
『りあら、いつもより楽しそうじゃない?』
次はどんなコメントを拾い、話題とするのか。
俺は水を一口飲み、りあらちゃんになんとかついて行かねばと気合いをいれていると。
一つのコメントが流れた一瞬、りあらちゃんの笑顔が固まった。
いつもより楽しそう。俺にはいつも通りのりあらちゃんにしか見えない。でも、リスナーからしたらそう感じるのだろう。
だとしたら。
楽しそうなのはコラボだからか。はたまた、配信環境が違うからか。
一番わかりやすい違いとしては、今この場所にはマネージャー……りあらママが存在していない。その辺、ひょっとしたら関係してるのだろうか。
「あははー。りあらはいっつも楽しいよ!! 勿論、今日はひまりんちゃんが一緒だからもっともっと楽しいのは間違いないんだけどね!!」
次の瞬間には、さっきまでのハイテンションを取り戻す。流石だ。
けど……そうか。今のりあらちゃんは、いつもより少しだけ肩の力が抜けているのかもしれない。
それがお母さんのいない場所だからなのかは、俺にはまだ分からないけど。
◇
「それじゃあ今日はここまで! 急だったのに来てくれてありがとー!」
『おつりあらー!』
『神コラボだった』
『ひまりんまた出てくれ』
『明日のカレー配信待ってます』
『お泊まり実況はよ』
「しませんからね!?」
最後の最後まで油断も隙もないな!?
「それじゃあみんな、おやすみー! またねぇ!」
「お、おやすみなさい! お疲れ様でした!」
りあらちゃんがマウスを操作し、配信終了。
画面に表示されていた膨大なコメントが消え、部屋が急に静かになった。
さっきまで何万人もの人間と繋がっていたとは思えない。聞こえるのはパソコンのファンが回る音と、時計の針が進む音くらい。
配信というのは不思議だ。
始まってしまえば部屋の中に大勢の人間がいるような騒がしさなのに、終わる時はボタン一つ。
「……はぁぁぁあー!」
りあらちゃんが盛大に息を吐き、そのまま椅子の背もたれに身体を預けた。
ぐいーっとリクライニングが倒れていく。
「楽しかったぁ……」
ぽつり。
今までの配信用の声とは少し違った、小さくて、力の抜けた声。
俺はペットボトルの蓋を閉めながら、りあらちゃんを見る。
「うん。とっても楽しそうだったね」
「え?」
「コメントにもあったでしょ。いつもより楽しそうって」
「あー……」
りあらちゃんは倒れたまま天井を見上げる。
「そんなに違ったかなぁ?」
「俺には分からないよ。普段のりあらちゃんの配信を全部見てるわけじゃないし。でも、いつも見てる人がそう言うなら、何か違ったんじゃない?」
「そっかぁ」
しばらく返事がなかった。俺も別に答えを催促するつもりはない。配信機材の電源を順番に落としていく。
マイク、ライト、モニター。
一つ消すたびに、部屋が普段の自室へ戻っていく。
「……ねえ、ひまりんちゃん」
「ん?」
「今日さぁ」
「うん」
「お母さん、いなかったじゃん」
俺の手が止まる。
りあらちゃんは相変わらず天井を見たままだ。
俺の家なんだし、いないのは当たり前だけれど。
「いつも配信してる時は、近くにいること多いんだよね。ずっと見てるわけじゃないけど。終わったら、ここ良かったとか、ここはこうした方がいいとか」
「なるほど」
俺の脳内イメージ、ステージママまんまだ。
「別に嫌じゃないよ?」
その一言だけは少し早かった。
「お母さんのおかげで今のりあらがいるのは本当だし。りあら一人だったら、ここまで来れてなかったと思う」
「うん」
「だから感謝してる。めちゃくちゃ感謝してる」
そこでようやく、りあらちゃんがこっちを向いた。
「でも今日、何も考えなくてよかったんだぁ」
「何も?」
「これ言ったら後で怒られるかな、とか。今日のトークちょっと長いかな、とか。次の案件に響かないかな、とか」
りあらちゃんは指を一本ずつ折っていく。
「そういうの、ぜーんぶ気にせず話せたの」
「……ああ」
「今日、ひまりんちゃんしかいなかったから」
にへら、と笑う。
「好き勝手喋っちゃった」
「おかげで私はムッツリ扱いされたんですけどね!」
「あははは!」
しまった。
せっかくちょっといい雰囲気だったのに、つい突っ込んでしまった。
「でも、本当に楽しかった」
笑い終わったりあらちゃんが言う。今度の声は、さっきよりずっと穏やかだった。
「そっか」
「うん」
「なら良かった」
俺にはそれくらいしか言えない。
お母さんから離れればいい、なんて簡単な話じゃない。
俺が今日見た限りでも、りあらちゃんのお母さんが娘を嫌っているわけじゃないのは分かる。
むしろ逆だよね。
大事だから口を出す。失敗してほしくないから管理する。その積み重ねが、ちょっとずつ息苦しくなってしまった。
……親子ってのは難しいねぇ。
ずっと昔に死んだ俺の親に、もし俺が配信者になるって言ったらどんな反応したのかな。
「……ひまりんちゃん」
「ん?」
りあらちゃんがこちらを見つめる。
「そろそろ寝る準備しなきゃだけどさ」
「うん」
「お風呂、一緒に入る?」
「はいるわけないでしょっ!?」
この子は、なーにを言ってるんですか!
それともなんだ?女の子って、お泊まり会では一緒に風呂入る文化あるの?
「えー!? 即答で断られたっ」
そりゃそうですよ。これ以上、俺のメンタルを抉るのはやめてくれませんか!
「もー。女同士で照れなくてもいいのにっ」
「こないだも学校の女友達が泊まりにきてね。そういうからかいには慣れてるんだよ」
対象は俺じゃなかったけども。美璃とか、美璃とかね。
「あ、ふぅん。りあらより先に、友達が泊まりにきてたんだぁー」
おや。
自分が最初の宿泊者では無いと知って、リアラちゃんの笑顔がちょこっと曇ったのは気のせいかな……?
「なにその反応」
「べっつにー?」
「いや、明らかにテンション下がったじゃん」
「下がってませーん」
ぷい、と顔を背ける。……なんだこれ。
「ちなみに、その子たちとは一緒にお風呂入ったの?」
「入ってないよ!」
「ふーん」
「だからその【ふーん】は何なの!?」
「べつにぃ?」
俺、恋愛経験無いけどさあ。面倒くさい彼女みたいな反応やめてもらえません!?