50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
翌朝。
俺とりあらちゃんは冷蔵庫で一晩寝かせたカレーを向かい合って食べていた。
「んー! おいしーっ!! やっぱり、ルゥにコクがマシマシって感じ」
ほっぺに手を当て褒めちぎってくれる。俺も二日目のカレーは大好きなんだけど、どうしてマリナーズ時代のイチローみたいに朝カレーしてるのか。
寝起きでカレーはやや重たいというのに。
「……ひまりんちゃんのカレーも堪能したし、今回の逃避行は結果的に大成功だったなー!」
お母さんから離れたかったりあらちゃんだったが、一日置いて考えがまとまったらしいからだ。てっきり何泊かしていくのかと思ってたけど、今日帰るとのこと。だったら、ディナーにと考えていたカレーは朝のうちに消費しておかなきゃね。
「逃避行って、大袈裟だねぇ。私のカレーなんかで良ければいつでも作るから、気軽に遊びに来てよ」
「うん、ありがとう。今度何かあったらまたすぐ来るね! どんな嫌なことでもひまりんちゃんを頼れるって思えば気が楽だよ」
それは果たして、配信活動についてなのか、お母さんについてだったのか。
「そこまで頼られるとちょいプレッシャーかも」
俺は福神漬けをいい感じの配分でスプーンに乗せ、カレーを頬張る。令和の駆け込み寺みたいな立派なもんじゃない。前世の五十歳男性ならば社会的にももう少し力になれただろうけれど、今は単なる女子高生。過度な期待には応えられない。
ま、アラフィフ男性が女子を匿ったら逆に社会的に死んじゃうんだけども!
「ふふっ、ひまりんちゃんてガチで不思議だよ。安心感って言うのかな。配信からもわかる通り、人生経験豊富な人っぽいんだぁ。そんなわけないのにね」
「あはは……おっしゃる通りそんなわけないってばぁ。配信ではそれっぽい事を頑張って言ってるだけだから!」
笑顔で流すつもりが、ちょっと口元が歪んでしまう。
「それにしては、まるで実体験からのアドバイスっぽすぎるけど……ひまりんちゃんがそう言うなら、そゆことにしとこっか」
うん、そゆことにしといて。
前世の記憶があるってカミングアウトしたところで信じてもくれないでしょうし。
「……ご馳走様でしたっ! 朝からお腹いっぱいになっちゃったねぇ」
ミニトマトと、フリーズドライのお味噌汁まで綺麗に平らげて手を合わせる。
「お粗末さまでした。さてと、私は登校の準備するけど……りあらちゃんはどうする?」
各々、お皿やコップをシンクに運び水につける。カレーの汚れだけは今のうちにキッチンペーパーで軽く落としておいた。後片付けは放課後にしよう。
「あ、りあらも家帰るよ。帽子とサングラスはあるから、身支度もそんなに必要無いし」
そういえば、りあらちゃんって学校とかどうしてるんだろう。彼女ほどの収入があるなら学歴は必須では無い。案件配信なんかで忙しそうだし、通信制だったり?
……気にはなるが、この忙しい朝にする話じゃないか。
「おっけー。それじゃあ、制服に着替えたり準備するね。駅まで一緒に行こうか」
「えへ。なんだかひまりんちゃんと同じ学校になったみたいで嬉しいなぁ。人生相談系ネットアイドルのひまりんと一緒に登校するとか、ファンに恨まれちゃうかもっ」
「……世間一般的には、夢乃りあらと一緒に起きて朝ごはん食べて家を出る体験のほうが羨ましがられるんだけれどね」
「えーっ? そうかなぁ」
「そうに決まってるじゃん!」
百人いたら、百人がりあらちゃんとの登校を選ぶってーの。まったく、自分で言っててちょっと悲しくなるじゃないか。
俺は自室で制服に着替え、りあらちゃんも出かける用意を済ませる。
「それじゃあ行きますか」
家の鍵は持ったし、忘れ物も無い。りあらちゃんに声をかけると、彼女も準備完了していた。
「はーい! そしたら、行ってきまーす」
誰に向けての行ってきます!?
「いやいや、りあらちゃんは今日はもう帰ってこないでしょ! そこはおじゃましましたでしょ!」
「ん。しかしひまりんちゃんちには、また帰ってきたい気持ちもあるから。今度お母さんと方向性の違いがあったら、ひまりんちゃんちの子になろっと!」
「そんな簡単に戸籍変えないで!」
りあらワールド全開だね、朝から。
この軽さだと、今日俺が学校から帰ってきたらまたお母さんと喧嘩でもしたりあらちゃんが家の前で待ってても不思議じゃない。
「お母さんに多少の意思表示はできたかな、これで」
もうすぐ改札ってところで、りあらちゃんが呟いた。
「どうだろう。少なくとも、昨日のお母様は親として娘を心配していたと思うよ。おうちに帰って無事なりあらちゃんの姿を見せれば、これまでとは違う配信活動も考慮してくれるんじゃないかな」
そもそもが娘へ肉体的、精神的負担をかけ過ぎた事で今回の事態は起こったのだ。これで何も変わらず同じことを繰り返すようなら、さすがに親としてもマネージャーとしても考えものだ。
「そうだよね。ウチね、昨日のひまりんちゃんとの配信がすんごい楽しかったの。お母さんに見守られてる普段の配信も、あれくらい楽しくやりたいなって。その為にも、お母さんには意識改革して貰わなくちゃ。やっぱ、リスナーさんに楽しんで貰うには、配信者本人もより楽しんでた方が良いんじゃないかなって」
「確かに。りあらちゃんの変化に気がつくリスナーさんだっていたわけだし。反対に、りあらちゃんが内心楽しく無いと思っていたら、それに気がつく人だっていないとも限らないからね」
元来彼女は配信自体は好きみたいなので、あまり心配はいらない。しかし、好きを仕事にすればいつかは考えに変化が起こる可能性もある。
「でしょ!? ひまりんちゃんの意見も、お母さん説得に使わせて貰うねっ。第三者目線ってすごく大事っぽいし」
別にいいけど、俺の意見にどれだけの効果があるのかな。
ていうか。俺がいないとこで、りあらママの俺に対する評価下がりまくりでは? 直接要注意人物って言い渡されたし。
このままじゃストップ安も遠くなさそう。
それでりあらちゃんの背中を押せるのなら、全然いいけどね。
◇
りあらちゃんと改札で別れてからは、いつもの、いつも通りの日常が訪れる。
と思った矢先。
見知らぬ女子生徒二人が、教室へ向かう俺を遠巻きに見つめているのに気がつく。
「ねえ、あんた行きなよ」
「えーっ!? 無理無理っ」
「いいから、お願いしてみたら?」
「まだ心の準備が……」
何やらこちらを見ながらコソコソと話してる。聞き取れるくらいの声量だったので、全然内緒話になってないよ。本人達は隠れてるつもりっぽいが。
一体全体、どんなお願い事をされるのやら。
この感覚……
サラリーマン時代、土曜出勤を代わってくれないかと言われた時になんだか似てる!
学校では休日出勤や残業は無いから、そんな類じゃあ無さそうだけれど。
「ねえ、どうかしたの? 私に何か用事かな」
意を決して。
俺はこちらから話しかけてみることに。
ここで彼女らが話しかけてこなかったら、今日一日モヤモヤしちゃうからね。
「ぎゃっ!?」
「ひ、ひひ、ひまりんだぁ……!」
まさかこちらから声をかけるとは考えていなかったのか。二人は咄嗟に飛び退く。
「いや、ひまりんだけど……」
同じ学校の生徒なんだし、そんな珍獣を見つけたみたいな反応しなくても良くない?
片割れの女子が、もう一方の脇腹を肘でつついて
「ほらチャンスじゃんっ」
「う、うん……」
こんな至近距離でなお、一応ヒソヒソしてる。だから、丸聞こえなんですが。
「あのっ!! 昨日の配信見てましたっ」
今度は一転。
この距離では不必要なほど大きな声。
俺も、周囲の生徒もビクッと全身を跳ねさせる。
「実はわ、私、夢乃りあらちゃんの大ファンなんです。それで、同じ学校の人と自宅配信したのが衝撃的で! 以前もひまりんさんとコラボしたのは知ってたんですけど、リアルで一緒に配信してるの見たらもういてもたってもいられなくて!」
な、なるほどなー。
「しかもガチでお泊まりしたんですかっ!?」
もう一人の女子も前のめりで聞いてくる。
「うん、したけど」
「「きゃー!!!」」
二人は手を取り合って、繋いだ手を上下に激しく振る。そんなにテンション上がる!?
「それってぇ、さっきまで一緒にいたって事ですよね!?」
「……そうだけど」
「やばーい!!」
さっきから声がデカい! まわりには生徒も、先生もいるんだしもうちょっと抑えられるかな。
「朝ごはんも一緒に食べたのですか!?」
グイグイくるなぁ。どことなく、この女子生徒らに高橋さんの影がチラつく。というよりこれはもはや、高橋さんそのものじゃあないか。
「まあ。カレー食べたよ」
「カレー!?」
なんでカレーでそんな驚くのさ。
「昨日言ってたやつじゃん! 一晩寝かせたカレー、本当に食べたんだ!」
「あ、そこまで覚えてるんだ……」
わりとしっかり配信見てくれていたのね。
なんだか不思議な感覚だ。
配信の同時接続者数が何万人だとか、動画が何十万回再生されたとか。画面越しに沢山の人が存在しているのは認識していた。
けれど。
数字の向こう側にいる人間が、こうして突然目の前に現れると話が違う。
「あ、あのっ!」
「はい?」
「握手してもらっていいですか!?」
「私と!?」
「はい!」
りあらちゃんじゃなくて?
なんて思いつつも、差し出された手を握る。
「ありがとうございます!」
女子生徒は両手で俺の手を包み、まるで芸能人にでも会ったような顔で喜んでいる。
……いやいやいや。ちょっと待って。
気持ちが追いつかない。
確かに俺は顔を出して配信しているし、登録者だって増えてきた。人生相談系ネットアイドルなんて肩書きまで名乗っているが。
うーん。
だったら、こういうことが起きても別におかしくはないのかな……?
「昨日の配信で初めてちゃんと見たんですけど、ひまりん面白かったです!」
「りあらちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「いや、私りあらちゃんの保護者じゃないからね!?」
「あははっ!」
二人は満足したのか、何度も頭を下げながら去っていった。
俺は一人、廊下に取り残される。
「すごいな、夢乃りあらって」
昨日リアルコラボしただけで、今まで話したこともなかった同じ学校の生徒から声をかけられるとは。
登録者数だの同接だのでは分かっていたつもりだったけど。
あの子、本当にとんでもない人気者なんだなぁ。
「……あ」
いや、ちょっと待って。
さっき俺も普通に握手求められてたよね?
これ、全部が全部りあらちゃんの影響ってことにしていいのか?
「星野さんっ!」
今度は背後から声。
「えっ?」
振り返ると、また知らない女子生徒が立っていた。
「昨日の夢乃りあらとの配信見たんだけどさぁ……」
前言撤回。
今日はどうやら、いつも通りの日常には戻れないらしい。
「おーい、遅刻するぞひまりー」
そして、またも数人の女子に囲まれ困っていると。
「美璃!」
昇降口の方からやって来た美璃が、俺の肩を組んで教室方向へと引っ張ってきた。
「えっ! ちょっ、今私たち星野さんとお話ししてるんですけどっ!?」
りあらちゃんのファンである生徒らが美璃に詰め寄る。
「はいはい。つーかあんた達も遅刻すっから。ひまりとはいつでも会えるっしょ」
「くっ……」
囲まれた困っていた俺は、正直美璃が現れてとても助かった。このままじゃホームルームが始まりそうだったので。
ファンって凄い熱量なんだなぁ。
「ったくもー。ひまり、あんなの一々相手にしてたら日が暮れるよ? これからああいう子たち増えてくるだろうし」
「そ、そうだねぇ」
りあらちゃん効果を甘く見ていたよ。最初の二人だけかと思ってたら、入れ替わり立ち替わりファンが声かけてくるとは。
予鈴が校内に響く。
危ない危ない。あそこでモタモタしてたら本当に遅刻するとこだった。校内にいながら教室にいないとか、不良生徒みたいじゃない。
「ったく、うちが最初に仲良くなったんだっつーの」
美璃が何かを言う。
チャイムにかき消されて聞き取れなかった。
「美璃、何か言った??」
「んー? なにもー」
「そう?」
聞き間違いだっただろうか。
何はともあれ、今後は校内でも声をかけられたりが増えるかもしれない。ちょっとだけ接し方を考えるようにしなきゃね。