50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
放課後。
「ねえ、星野さん。ちょこっとだけお話しできる?」
朝はりあらちゃんの影響で色々な生徒に話しかけられて大変だった。その延長が予鈴のたびに訪れるのか。俺はまたぞろ配信を見てくれた生徒が興味本位でやってきたのだろうと、ややげんなりしながら振り返る。
教室前の廊下だ。きっと相手は同じ学年の子か、それとも遥々他学年の階まで会いに来てくれた熱量のある相手か。どちらにしてもすんなり解放してくれなさそうなので、美璃に言われたようにほどほどで対応しなきゃと留意してみれば。
「三ツ橋先生……?」
声で気がつけよと言われてしまうかな。俺を呼び止めたのは、クラス担任の三ツ橋佳奈先生だった。帰りのホームルームが終わって、帰宅前にトイレに寄ろうとした俺を追って来たみたい。
「急にごめんねー。少し、進路指導室まで来てもらって良いかな? ここで話すのは憚られるの」
片手を顔の前にサクッと挙げて、申し訳なさそうに片目を閉じる先生。確かまだ三十歳もいってないのもあり、結構親しみやすい雰囲気だ。若者の気持ちが汲める、生徒と感性も近い人気の先生である。
「進路指導室ですか」
この軽いムードから一転、今の学力ではどこの大学にも、どんな会社にも受からない的なお説教だったらどうしよう。
いや、そこまで成績や授業態度が悪いつもりもなければ、高校一年生のこの時期で喝を入れるのも早すぎるような。
「そんなに長くはならないからっ! ね?」
そんなに頼みこまれずともいきますとも。
「わかりました! ちょっとトイレ寄ってから向かいます」
「あ! ごめんごめん、悪いタイミングで声かけちゃったね。先生、先に進路指導室で待ってるから」
そうして三ツ橋先生は階段を降っていった。
「もしや、佳奈ちゃん先生までりあらファンなんかね?」
「シンプルにひまりんが怒られることしたんじゃないのー?」
ようやくトイレに行けるかと思えば、背後から美璃と高橋さんが神妙な面持ちで三ツ橋先生の真意を予想しだす。気配くらい出してよ。
「二人とも、いつの間に背後に!?」
「別に盗み聞きしてたわけじゃないしぃー。ひまりと帰ろうと思ったら、佳奈ちゃん先生とのやりとりが始まってただけだしー」
美璃は全く悪びれない。横向いて口笛でも吹きそうでさえある。トムとジェリーかな?
「それじゃあひまりん、購買前のベンチで待ってるから! 三ツ橋先生がなに聞いて来たか、後で帰りながら教えてねっ」
高橋さんまで。
「まったく、二人とも案外ゴシップ好きなのね」
購買のほうへ向かう二人を見送る。
高校生にとって、友達が先生から呼び出されるのは面白いイベントなのかも。
行きたいか行きたくないかで言えば、あんまり行きたくは無い。でも、二十代で四十人近い生徒を導く重荷を背負った三ツ橋先生には畏敬の念さえ覚える。普通の会社で四十人も管理するのってかなり大変だし。
そんな彼女の仕事を邪魔するようなドタキャンは、俺には到底出来そうもない。
用を足したら進路指導室へ速やかに向かうとしよう。
◇
進路指導室は職員室の隣にあり、主に二年生、三年生が利用する。中に入るのはこれが初めてだ。
コンコンコンコン。
トイレノックにならないよう意識的に四回扉を鳴らす。今どきは三回でも容認されてるけど。
「どうぞー」
中からは三ツ橋先生の声。
「失礼します」
引き戸を開ければ、教室よりやや狭いくらいの空間に複数の相談スペースが。部屋の中には先生が一人。他に利用者はいなかった。
しかしまず目を引くのはなんといっても壁一面の本棚に収められた赤本達。
もう二度とこんなに勉強するものか。
そう誓った前世の記憶が蘇り、頭が痛くなる。今生でも大学受験するのなら、ノー勉強とはいかないのだ。佐伯浩二の頭脳では、強くてニューゲームとはならないからね!
「どうしたの? 頭おさえて」
三ツ橋先生が立ち止まった俺を心配そうに見てくる。
「いえ……なんでもありません。お待たせしました」
別に一流大学を目指してるわけじゃないから、あの本達と向き合うのはまだ先だ。今しばらくはモラトリアムを満喫しよう。そう自分を納得させて頭痛の種から目を逸らし、三ツ橋先生の対面に腰を下ろす。
「ごめんね、友達と約束とかしてたんじゃない?」
「それなら心配いりません。一声かけて、購買で待っててもらっていますから」
「そっか。なら手短に済ませないとね」
そう言って、先生はスマートフォンを取り出す。俺に見えるように操作するのは、見せたい画面があるって事かな。
俺の学力分析とか、今の成績に見合う学校の公式サイトとかだろうか。
進路指導室の雰囲気に引っ張られて予想しちゃったけど、先生の指は見覚えのある動画サイトを開いた。
「あっ……」
開いた瞬間。
ズラッと複数の動画のサムネイルが並び、その殆どが俺の配信関連のものだった。
「単刀直入に聞くね。これ、星野さんであってるかな?」
「えーっと」
「人生相談系ネットアイドルひまりん……か。容姿の可愛らしさと、重そうな肩書きのギャップが良いね」
くすっと微笑む。
あっているかどうか。
俺の返答を待たずに先生は続けた。
つまりそれは、単なる確認作業。正体を誤魔化すとかってレベルじゃなく、まずはそこを認めた上での話し合いがしたいのだろう。
「なんか、先生を前にして人生相談系って肩書きは烏滸がましい気もしますが」
少し気恥ずかしい。
「そんな事ないよ。先生だって、普通の会社で働いた経験は無いわけだし。……って、この発言こそ教師失格かな?」
また微笑む。よく笑う先生だなぁ。
これは生徒から人気があるわけだ。
加えて、プライドの高い教師には出来ない発言。三ツ橋先生は信頼出来そうだ。
「いえ。三ツ橋先生はみんなから人気ですし、事実を事実として認められるのも長所ではないでしょうか」
思ったことをそのまま伝えると、三ツ橋先生は僅かに顔を赤くした。
「え、そう!? いやいや、人気とまでは……嬉しいけど、そんな立派なもんじゃないし」
あまり褒められ慣れていないのかな? 俺の一言で、しばらくの間視線を彷徨わせて否定を続ける。
この素直な反応……そういえば生徒からはよく揶揄われたりしてるので、恐らくみんな先生のこういう反応が見たくてやってるんだろうなぁ。
ひとしきり悶えてから。
三ツ橋先生は俺に聞き取りしている現実に戻って来た。
「はっ!? やだ、ごめんね、先生ったら脱線しちゃってたわ」
うん……。
こちらは何を聞かれるのかソワソワしてるので、あまり放置されるのは精神衛生上良く無いですからねっ!
「全然大丈夫です! それで、三ツ橋先生。今日の本題というのは?」
「そうそう。星野さんって超有名な動画配信者と一緒に配信したのかな?」
先生のスマホ操作により、画面は昨日のコラボ配信サムネを表示する。
「今朝他の先生から聞かされて、学内でも話題になるんじゃないかってさ。だから担任としてはその辺を少し把握しておかないといけないの。別に配信活動を否定したり、辞めさせようってわけじゃないから安心してね」
やはりそこか。
りあらちゃん効果ここに極まれり。
休み時間に俺を囲ってくる生徒のみならず、よもや先生達にまで噂が広まるとは。朝にりあらファンに声をかけられた際、早晩こうなってくるのも予測していたけど……想像よりもずっと早い。
これは確かに、三ツ橋先生には色々と話しておく方が平穏に学校生活を送れるかもしれない……かも?
「まず……星野さんは顔を出して配信してるみたいだけど、学校が特定されるようなものや、他の生徒が偶然映り込んじゃったりした事はないかな?」
初めに聞くことが、俺の安全にまつわる情報か。身バレしてよからぬ事に巻き込まれないか心配してくれているとしたら、やはり先生は生徒思いだ。
「その辺りは大丈夫です。気をつけてますから」
「変な人に付き纏われたりも?」
「してません!」
レイちゃんにいつぞや注意されたみたいに、そろそろ外を歩く時は変装しなきゃかな。
「じゃあ、とりあえず個人情報の取り扱いは気をつけてるってことですね」
「一応、最低限は」
俺にそこそこネットリテラシーがあって一安心してる先生。近頃の新入社員は社外秘の資料をSNSにアップしちゃったりするし、その辺が学校としても不安だったのね。
「それと、星野さんの活動って例えば収益化したりは?」
「あ、してますね」
実はグッズとかも出してたり。タイムカード風アクリルキーホルダー。今更ながら、もうちょっと可愛らしいグッズにしたかった。
「してるのかぁー。実はここが最も難しい点でね。……例えばアルバイトなら、届出どうのこうのって校則があるのよ。でも、個人で動画を配信して広告収入を得るなんて、校則作った時に想定してないのよねぇ」
なるほど。
配信活動で収益まで得る生徒は校則の想定外か。副業禁止……みたいな、会社ほどの厳しさは無いだろうけど、確かに難しい点だ。
「校則違反では無くて良かったです。まあ、今後整備されていくのかもしれませんが」
「そうね。時代に合わせて、校則も変化させる必要があると思う」
日進月歩な情報化社会でルールなどの決まり事を改めるのはどれ程の労力だろうか。
「収益化はダメ! みたいにならないと嬉しいですね」
「そこについては、もし星野さんの活動に関わりそうな展開になればすぐ相談するから。貴女は気にせずこれまで通りにしてて良いからね!」
三ツ橋先生!
間違い無い。彼女は生徒の味方だ。
俺の昔(前世)の担任だったら頭ごなしに怒鳴りつけてきて、とりあえず配信活動を中止させてきたかもしれない。
「ありがとうございます! 正直に言えば、今回コラボ配信した相手が人気過ぎて、その影響が大きいって感じです」
「夢乃りあらさんね。先生だって、そのくらいは知ってるよぉ。年齢的にはZ世代に分類されるんだから!」
そこで何故か胸を張る三ツ橋先生。
え、もしや高校生と張り合ってます……?
しっかり者で、人気者で、生徒思いな三ツ橋先生。ここでちょびっと株を下げて来た。
や、このくらいは可愛げがあるとも言えるな。
「ところで、星野さんって登録者どのくらいなの? 千人とか……まさか一万人とかだったり?」
先生が身を乗り出して聞いてくる。やはりそこは気になりますか。
「今だと七万人くらいでしょうか」
「七万人!? それってまずまず多いんじゃない?」
「そうですかね?」
「先生が聞いてるんですけどっ!?」
一万人くらいと考えてた先生からすれば、七万人は多いと感じるよね。個人的にもそう思うけど、比較対象に【りあらレイみあ】がいたら自分が霞んじゃって、感覚が狂ってるのかな。
「しかも、夢乃りあらさんとコラボしたりすれば、今後どんどん増えていくかもしれないね」
「あー……そうかもです。りあらちゃんの配信を見てる人が、私のチャンネルも登録してくれたりで」
「うんうん。だから、星野さんはこれからの活動こそ大事にしなきゃだね。学校内で噂になったりさ」
人の噂も七十五日って言うけど、それって学生からしたらかなり長いしね。
先生は黙って聞く俺に続ける。
「星野さん、幾つか注意点を伝えるね。学校名や校章が分かる写真は出さないこと。あとは、他人の個人情報をSNSに書かないよう、先生たちから改めて全体に注意しておくね。星野さんのことを名指しにはしないから」
「はい、わかりました」
「まあ、人の個人情報をSNSに書かないっていうのは極々当たり前なんだけどねぇ」
三ツ橋先生は腕を組んで、若干眉間に皺を寄せる。学校外での行いのみならず、ネットの海にさえ目を光らせなきゃいけない現代の教師ってつくづく大変そうだよ。
「ありがとうございます、三ツ橋先生。今日こうして話を聞いてもらえて、なんだか心強いです」
教師は多忙だ。
そんな中、一生徒の俺にこうやって時間を割いてくれるだなんて。
話も終わりなタイミングで、俺は感謝を伝えずにはいられなかった。
「んーん! 先生も星野さんが普段どんな事をやってるのか、知られて良かったよ。先生個人としては、配信活動応援しますからねっ」
「先生!」
偏見とかじゃないけど、学校の先生がこんなに親身になってくれるとは。仕事の延長で生徒と付き合うのだし、面倒ごとには極力関わりたがらないものなのかと。
数年後、もし進学するなら担任が変わったとしても三ツ橋先生に相談するとしよう。
「学校生活だけじゃなく、配信活動でも困ったことがあれば相談に乗るから! 人生経験はアタシの方が豊富なんだから、もしかしたらアドバイス出来るかもっ」
そう言いながら立ち上がって、出入口へと歩く三ツ橋先生。話はこれで終了らしい。
……すみません先生。
最後の発言だけは、素直に受け取れませんでした。
人生経験だけで言えば、先生よりも遥かに長い時間社会の荒波に揉まれてるんです……俺。