50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
購買は生徒玄関の横にある。その前にはベンチやテーブル、自動販売機が設置されていて生徒らの憩いの場となっている。
俺が三ツ橋先生と別れてそこに向かうと、美璃と高橋さんが仲良く並んで座って待っていてくれた。じゃがりこやポッキーをつまみつつ、ペットボトルのミルクティーまで飲んでいる。
いいなぁ。俺も、座る前に缶コーヒー買おう。
いつも飲むメーカーのブラックを購入し、二人に近づく。
「あ、ひまりん! お疲れ様っ」
高橋さんが軽く立ち上がって手を振ってくれる。
「おまたせ。二人とも待っててくれてありがと」
俺は二人の向かい側に座る。
「おつー。佳奈ちゃん先生の用事、なんだったん?」
美璃がポッキーをつまみ取り、俺の口へやや強引に運び食べさせて来た。先生との話でカロリーを消費していたので糖分はありがたいんだけど……他にも人が沢山いる場所で、ちょっと恥ずかしい。
「そんなに大事じゃなかったよ。ただ、りあらちゃんとコラボした事で先生たちの目にも留まっちゃったみたい」
こうして購買前で座っているだけで、下校する生徒の何人かはこちらをチラ見していく。これもコラボの影響かな? ただの自意識過剰じゃないとは思う、多分。
「へーぇ、言ってしまえば単なる一生徒の配信活動にまで学校が関与してくるだなんて、ちょっと意外だね」
高橋さんの言う通りだ。
「だよねっ!? だから私も焦っちゃってさ。りあらちゃんの影響力って凄すぎるよ」
俺は缶コーヒーを開け、一口。美璃がくれたポッキーとの相性は言わずもがな。
「夢乃りあら効果ばかりでも無いっしょ。……そもそもひまりは最初一人で活動し始めたんだし、苦手なダンスも沢山練習してた。ひまりが頑張ったからこそコラボ出来るようにまでなったんじゃん。だから、今佳奈ちゃん先生達がひまりの配信活動に言及してきたのも、星野ひまり本人の資質だよ」
美璃は自分でもポッキーを食べつつ、嬉しいことを言ってくれる。
そうだな。美璃がダンスを指導してくれたからこそ、りあらちゃん達とコラボ出来るきっかけも得られた。
「それなら、美璃のおかげでもあるね。私が配信者としてやっていけてるのは」
これからも、ダンス活動をする際には稽古をつけてもらわなきゃ。……セトゥーちゃん先輩問題はひとまず置いといて。
「や、そんな大したことしてないし。初めて会話した時も言ったっしょ? そのうち私以外にも見つかるってさ」
「確かに言われたね。だとしても、先生から活動について呼び出しされるまでになるとは想像外だよ」
俺は美璃に配信者バレした時の会話を思い出す。なんだか既に懐かしい。アラフィフの頃は数年前の出来事も最近に感じてたというのに。これがジャネーの法則ってやつかな。
「ねえねえ、私はっ!? 私もひまりんの活動に好影響与えてたりしない?」
高橋さんも負けじと身を乗り出してくる。当然、君もまた俺の配信活動には大きな影響を与えてくれたとも。……良くも悪くも。
「高橋さんは、リスナーがどういう人なのかって見本になったかなぁ。私が配信してる画面の先にはこういう人もいるのかって参考になったよ」
「それ……褒めてるのかな?」
「も、もちのロン」
「なんで目を逸らすのっ!?」
レイちゃんに固執しまくりな初対面。あれはインパクトが大きかった。ただ、あの相談があったからこそ、リスナーという人種がいかに推しへ並々ならぬ情熱を注いでいるのかを知れたんだ。
「褒めてるに決まってるじゃんか! 高橋さんのおかげで推し活の熱量を知ることができたんだし」
「だよね、だよねぇ」
不安そうな表情から、いきなり得意げに。
「推しのためなら多少の無茶も辞さない、ファンの鑑みたいだなって」
「でしょー!? これでも、クロくんのファンとしては上澄みの自覚あるし」
すんごい。
他の【まとも】なレイちゃんファンより良きリスナーであると自認してるらしい。あるいは、上澄みと澱みを間違えて使ってるとか?
「……推しの私生活まで気になって根掘り葉掘り聞くほど熱心だったり」
「うん……! ……うん?」
「推しと知り合いってだけで、その友達にもグイグイ来るようになったりね」
「ちょ、途中からなんか悪口になってない!?」
テーブルごしに両肩を掴まれて揺さぶられる。
「コーヒーこぼれるから! 高橋さんっ」
コーヒーって衣服についたら異臭を放つんだよなぁ。家に帰るまで自分が臭うのと、制服をクリーニングしなきゃなのは高橋さんを揶揄った代償にしては高すぎる。
「ぷっ」
美璃は俺の【ファンの鑑】発言あたりから先の展開を見通し、終始ニヤッとしながらミルクティーを味わっていた。俺が揺さぶられたところで堪えきれず吹き出してるし。
えーっと。君の隣のギャルも結構同罪だと思うのだけども。
「……くくっ。同罪じゃないしぃー! 私は高橋っちのこと、結構真面目に黒崎レイファンとして認めてっから」
タンっ! と空のミルクティーをテーブルに置く。
ほんとにかい。
「あの時、ひまりはいなかったっけ? こないだ、私と高橋っちで黒崎レイの次のグッズは何かなって予想してたんだけどぉ」
ほう。
それは配信者仲間として参考にしたいまであるよ。
「んで。流れ的に、高橋っちがグッズ制作側ならどんなの造りたいかって方向になったのよ」
なるほど。
レイちゃんならゲームに絡めた何かが良さげだね。例えば……ゲーム機のコードをまとめる奴を可愛らしくしたものとか。
ゲームパッドスタンドとかも案外便利そう。
しかし、限界オタクの高橋さんが考えたものがまともとは考えにくい。
「そしたらね。高橋っちは【黒崎レイが一日過ごした部屋の空気】を、缶詰にして売って欲しいんだとさっ」
「……はい?」
予想を遥かに超えた……というか、次元さえ違う回答だった。
「空気って、この空気?」
俺は手で虚空に球体を描く。簡単に言えば、N₂+O₂+Ar+CO₂+……のこと?
「そそ。ねー? 高橋っち」
「うん。クロくんが一日過ごした空間とか、絶対に成層圏くらい澄んだ空気だわー」
手を合わせて、まるで神に祈るかのようにレイちゃんの部屋に想いを馳せる高橋さん。
「んなわけねーだろ、いくらなんでもっ!」
「えっ!?」
おっと!?
……あんまりの高橋さんの気持ち悪さに、ついうっかり素の佐伯浩二が返事をしてしまった。これじゃあ、どこかの二重人格な特殊部隊員みたいじゃないか。
俺に乱暴な返しをされ、高橋さんは信じられないといったふう。
そんな反応するのも、それはそれでおかしいでしょ! 星野ひまりらしくない発言ではあったけど、否定されるべき内容だったとは思うよ!
レイちゃんが一日過ごすだけで成層圏並みに空気が浄化されるなら、半導体工場がレイちゃんの争奪戦始めるわ。クリーンルーム要らずじゃん。
「あはっ。流石のひまりん課長も、匙投げるレベルだってよ高橋っちぃ」
「そんな……クロくんの空気缶、絶対に売れるのに。私だったら、一万円まで出すのに!!」
どんだけー!
ていうか、かの有名な富士山の空気缶詰でさえ五百円くらいだったはずだが。
でも。先のクリーンルームの話からすれば、金額的には安くもないのがまたツッコミづらいし。
「買ってどうするのさ?」
この話題をとっとと変えたい。しかし、俺の口は反射的に純粋な疑問を漏らしていた。深層心理では、こうしたファンが何をするのか気になっちゃってるってことかな。
「吸うよ?」
「……吸うよって」
この子、どこかしらの病院で一度診てもらったほうが良いんじゃなかろうか。なんでそんな当然でしょ? みたいな答え方が出来るのさ。
「きゃははっ! 高橋っち、ガチきしょだわ」
「ちょ、なんでよぉー! 好きな人と同じ空気を吸いたいって思うのは自然な事でしょ!?」
歯を見せて笑う美璃に、顔を真っ赤にした高橋さんがくってかかる。
好きな人と同じ空気と言えるのかしら、それ。なんなら好きな人を吸いたいんじゃないか。
美璃からしても気色悪いって感覚なのは助かったが。これで美璃が肯定し始めたら、おじさん困り果てるとこだったよ。
高橋さんは尚も真剣な顔で続ける。
「それで言えば、缶を開けちゃうと空気が霧散しちゃうよね。ストローの差し込み口も付けてもらわなきゃ」
うわぁ。
牛乳パックじゃないんだから。
「ひまりもドン引きだねぇ。高橋っち、シンプルにきしょくね? 黒崎レイ絡みになると」
これをキショいとせず、なんとする!
まだまだレイちゃんと会わせるのは無理だな。
いや。なんなら、一生無理なのかも。
というか三ツ橋先生。俺なんかよりもカウンセリングが必要な生徒、ここにいますよーっ!
俺は頼れる担任を今すぐここへ連れて来たい衝動を堪えるのに精一杯だった。
「ちょっとぉ! 二人ともひどくなーい?」
「ひどいのは高橋さんの脳内でしょ……」
これは絶対にやらないんだけど。
この高橋さんのヤバさの根幹は、レイちゃんへの愛。もういっそのこと、ありのままの高橋さんをレイちゃんに会わせてみたくさえなってきた。
……泡吹いて倒れちゃうなぁ、きっと。
「ま、高橋っちがヤバいのは今に始まった事でもないし。具体的に佳奈ちゃん先生はどうするって?」
数段トーンを落とす美璃。一応俺の今後を心配してくれてるってことかな?
「ひとまず配信活動はこれまでどおりやってて良いって。ただ、学校関係者……特に生徒が私の個人情報をネットにあげないよう注意喚起してくれるみたい。あくまでも、私に限らずって形で」
三ツ橋先生は我々三人にとって担任だ。もしもその先生が配信に否定的であれば、今後活動の中止も余儀なくされていたかもしれない。なので、この対応は教師としての責務は果たしつつ、生徒にも寄り添ってくれる素晴らしいバランスと言えよう。
「ふーん。普通に、良いカンジじゃね? 学校の先生がする対応としては」
美璃の言葉に高橋さんも頷く。
「そうだよね。厳しい学校だったら、猛反対されるパターンだってあり得たと思うよ。いや、この学校にも変な先生はいるし、三ツ橋先生だからこそなのかも」
それは俺も思った。もうちょっとネットに疎い年配の先生が担任だったとしたら。俺の配信がよくわからない活動として写り、否定的な立ち位置となってもおかしくない。
「担任が三ツ橋先生でラッキーだったね。これから、配信内容には一層気をつけるよ。常に先生に見られてるって意識は持たなきゃだわ」
「……ひまりの配信は不適切とは程遠いし、そんなに肩肘張らなくても……って思ったけど。所々未成年飲酒してね? って発言はあるから、そこは誤解されないようにしなよ」
「未成年飲酒なんてしてないよっ!?」
あまりにもおつまみの話をし過ぎただろうか。
「でも、そっか。事実がどうであれ、発言を曲解してそう受け取られただけでマズイって話だよね」
美璃の忠告はごもっとも。先生達というより、切り抜きだけ見た人に変な誤解をされないよう、これからは発言一つにも少し気をつけなきゃね。
「ひまりんなら、上手くやれると思うな。コラボ相手も女子ばかりで健全だし」
りあらちゃん、レイちゃん、みあちゃん。少なくとも三人とも素性の知れた配信者だし、今まで通りのコラボなら学校側から何か言われることもないだろう。
「……レイちゃんの部屋の空気を吸いたいとか言わなければ、ね」
「ひまりーん!!?」
最後に高橋さんをネタにしたところで、俺たちはボチボチ学校を出ることにする。
しかし、先生に見られていると考えると。
改めて、母親に常時管理されてるりあらちゃんの心労がどれほどなのか、少しだけわかった気がした。
精神年齢的には、ひまりんジャネーの法則で加速しそうだが……