50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話   作:アラフィフ大活躍

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八話 画面を隔てて

 

 放課後。

 

 校門を出てすぐのファストフード店。

 

 俺と高橋さん、そして何故か当然のようについて来た白石さんの三人は窓際の席に座っていた。

 同じ制服のお客さんが多いけど、ここなら話し声を聞かれなさそうだ。

 

「さっきは教室でいきなり泣いちゃってごめんね?クロくんが素っ気無いのを思い出したら、悲しくなっちゃって」

 

 温かいコーヒーのカップに両手を添えて、心を落ち着かせる高橋さん。

 

「全然気にしないでっ。むしろ、こっちこそ場所を考えるべきだったね!」

 

 俺も、悩みを聞く配慮が足りなかったのを謝罪する。会社員時代なら空き会議室を予約してから相談を受けていたというのに。

 

「で?」

 

 ポテトを摘みながら白石さんが言う。

 

「改めて聞くけどさ。高橋っちって、本当にレイちゃんのこと好きなの?」

 

 塩の効いた芋を食べ、コーラで流す。

 

 高橋さんは真顔で

 

「好きだよ」

 

 即答だった。一切の迷いが無い。

 

 俺はアイスコーヒーを啜りながら様子を見る。

 白石さんに質問をお任せすることで、俺は高橋さんの一挙手一投足を観察できるのだ。感情を揺さぶられた時、大抵の人は身体に変化が生じる。

 

 ……まずは、高橋さんの心の声を聞かなきゃ。

 

「どこが好きなの?」

 

「全部!!」

 

「ちょっと、全部はズルいってば」

 

 白石さんが苦笑する。

 

「だって、ほんとに全部好きなんだもん……」

 

 高橋さんも、ポテトのカリカリ部分を口にした。

 

 白石さんが宙を見つめ、「んーと」と前置き。

 

「じゃー、顔は?」

 

「もちろん大好き。美容系インフルエンサーより綺麗で整ってるし」

 

 ……確かに、レイちゃんのお顔は整ってるよね。

 

「なら、声は?」

 

「当たり前に好き。無個性な声優より声可愛いし」

 

 ……まあ、クールな中に可愛さの混じるあのボイスは、一度聴いたら覚えてしまうけども。

 

「だったら、ゲーム上手いところも?」

 

「ガチで好き。中途半端なプロゲーマーにも勝ってたし」

 

 高橋さん……この子はどうやらレイちゃんを絶対的なものとして、かなり贔屓目に見てるっぽいな。

 

 さっきから一々、多方面を敵にするような発言。張本人のレイちゃんが聞いたら顔を青ざめさせそうだ。

 

「じゃあねぇ……もしもレイちゃんが配信をやめても、好き?」

 

 配信者が、配信者で無くなればどうか。

 

 一瞬。

 高橋さんの言葉が止まった。

 

 俺は見逃さない。

 今、少しだけ考えたよね?

 

「……それは」

 

 高橋さんが俯く。

 

「そうなってみないと、わかんないよ」

 

 そうか。

 

 俺は少しだけ安心した。

 本当に危ない人なら、そこで即答する。

 

 どんな姿でも好きだと言う。落ちぶれても、進むべき道を間違えてても好きと言い張る。

 

 けれど高橋さんは違った。ちゃんと考えた。

 つまり、彼女にはまだ冷静な部分が残っているんだ。

 

「じゃあさ」

 

 俺は白石さんのバトンを受け継ぎ、質問することに。

 

「高橋さんって、いつからレイちゃん見てるの?」

 

「えっと……一年くらい前」

 

 一年前。つまり、中学三年生の時分。

 

「そんなに前から?」

 

「うん」

 

 高橋さんはストローを弄りながら話し始めた。

 

「最初はね、別に推しとかじゃなかった」

 

「そうなの?てっきり、初めからかと」

 

「違うよ。なんとなく見つけただけ」

 

 そう言って少し笑う。

 

「ゲームが上手いなーって」

 

 なるほど。

 入口は普通だったらしい。

 

「でも……」

 

 そこで表情が変わった。

 

「中三の時。私、結構学校休んでたんだ」

 

 白石さんがポテトを食べる手を止めた。

 

「……高橋っち、そうだったの?」

 

「うん。ただ、あの時は……ね」

 

 高橋さんは窓の外を見る。

 

「別にいじめとかじゃない」

 

「うん」

 

「ある日突然、なんか全部嫌になっちゃって。お母さんと些細なケンカをして、もうどうでもいいやーっ!って」

 

 その言葉に。

 

 俺は前世を思い出した。

 

 会社に行きたくなくなる朝。

 理由を説明できない不調。

 身体は元気なのに心だけが動かない日。

 

 ……実行したかしていないかはともかく、誰だって全てを投げ捨てたい衝動に一度はかられるはずだ。

 

「その時」

 

 高橋さんが続ける。

 

「昼にクロくんが配信していたの」

 

 なるほど。

 

 学校を休んだ平日昼間。

 普通の学生は見られない時間。

 

 それはきっと、中三の彼女にとっては特別な体験となったのだ。

 

「私さ、よくわからないままコメントをしてみたのね?」

 

 高橋さんが笑った。

 

「そしたら、クロくんが読んでくれたの」

 

「そっか……」

 

 初めてのコメントが、画面の向こうの人間に届いた。これが、高橋さんの原点。

 

「学校休んでることは言ってないよ?」

 

「うん」

 

「でも、来てくれてありがとって」

 

 それだけ。きっかけは本当にそれだけ。

 

 たった一言。……だけど、孤独だった人間にはその一言が刺さることがある。

 

「それから毎日見てた」

 

 高橋さんは言う。

 

「クロくん見てるとさ」

 

「うん」

 

「明日は頑張ろうかなって思えた」

 

 白石さんが何も言わなくなる。

 さっきまでの

 

『ガチ恋でしょ』みたいな軽い空気じゃない。

 

「だから……」

 

 高橋さんは小さく笑った。

 

「気づいたら好きになってた。自分でも、明確にいつからとかは覚えてないの」

 

 俺は頷く。

 

 それは別に不思議じゃない。

 誰だって、苦しい時に手を差し伸べてくれた相手を好きになる。

 

 それが恋か憧れか依存かは別として。感情としては自然だよね。

 

「なるほどね」

 

 俺は言った。

 

「高橋さんはレイちゃんに救われたんだ」

 

「うん」

 

「だから好きなんだ」

 

「……うん!」

 

 そこで。

 俺は一番気になっていたことを聞く。

 

「じゃあさ。レイちゃんが好きなのと、レイちゃんに救われたのって……感情の出処は同じかな?」

 

 高橋さんが固まった。

 

「え?」

 

「例えばだけどさぁ……」

 

 俺は慎重に言葉を選ぶ。

 

「助けてくれた先生がいたら、その先生を好きになる?」

 

「……それは違う、と思う」

 

 うん、ここで好きになるって言われてたら会話が終了するところだった。

 

「だよね!」

 

「うん」

 

「じゃあさ、つまり恩人と恋人って違うよね?」

 

 高橋さんが黙る。考えてくれている。

 これは、良い沈黙だ。

 

「俺ねぇ、お昼休みに色々と考えてみたんだけど……」

 

 ふと口を開いた。

 

「レイちゃんは、確かに優しい人だと思う」

 

「それはウチがよく知ってるっ」

 

 即答だった。

 

「うん。でも」

 

「……でもなんなの?」

 

「高橋さんが学校に行けるようになったのは」

 

 俺は指を一本立てる。

 

「レイちゃんのおかげ」

 

 次にもう一本。

 

「高橋さん自身のおかげ」

 

 最後に一本。

 

「周りの人のおかげ」

 

 三本。

 

「どれか一つじゃないと思う。全部の要素が合わさって、今の君があるんじゃない?」

 

 高橋さんが黙る。

 

「だからさ」

 

 俺は笑った。

 

「レイちゃんに感謝するのは良いと思う」

 

「うん」

 

「好きなのも良いと思う」

 

「うん」

 

「でも、人生全部を預けるのは違うんじゃないかな」

 

 その言葉に。高橋さんの目からまた涙が落ちた。

 

 だけど。

 昼休みの時みたいな泣き方じゃなかった。

 

「……私ね、最近コメント読まれないと、一日ずっと落ち込むの。もしかして、私の存在なんて最初から無かったんじゃないかって」

 

 ぽつりと、涙がテーブルに落ちる。

 

「配信がない日も辛い」

 

 ぽつり。

 

「クロくんに彼氏とか彼女できたらって、想像するだけで嫌すぎて吐きそう」

 

 ぽつり。

 

 白石さんが小さく息を吐く。

 

「それは結構重症かもね」

 

「……うん」

 

 高橋さんも否定しなかった。

 そして。

 

「私ってさ」

 

 涙を拭きながら笑う。

 

「ちょっとクロくんに依存してたのかも」

 

 彼女がそこを自覚したことでようやく、話のスタート地点に立てた気がした。

 

 俺はストローを回しながら思う。

 恋愛相談だと思っていたけれど。……どうやらこれは、もっと別の話らしい。

 

 推しに救われた女の子が、今度は自分の足で歩けるようになるまで。俺はクラスメイトとして、そして配信者として、見守ってあげるべきなのかもしれない。

 

 高橋さんが自らの状況に気がつき、俺と白石さんはしばらく、彼女の感情が落ち着くまで待つ。

 

 店内にはポテトが揚がるメロディと、学生達の笑い声だけが響いている。

 

 高橋さんは紙ナプキンで目元を押さえながら俯いていた。

 

 俺はアイスコーヒーを一口飲む。だいぶ氷が溶けてきて、少し薄い。

 

「ねぇ、高橋さん」

 

「……なに?」

 

 高橋さんがこんな相談を俺にしてきた理由。

 それはきっと、ひまりんにしか無理なお願いをする為なんじゃないか。

 

「もしもだよ?」

 

 少しだけ言いづらい。

 だけど、ここは避けちゃいけない気がした。

 

「もし俺が……」

 

「うん」

 

「レイちゃんと知り合いだったらどうする?」

 

 高橋さんが顔を上げた。

 白石さんもこちらを見る。

 

 もしもじゃ無く、知り合いなんだけどさ。昨日コラボしてるし、きっと高橋さんも配信を見ている。

 

「え?」

 

 何を今更。といった顔の高橋さん。

 

「例えばだよ?」

 

 俺は慌てて付け足す。

 

「仮の話ね」

 

「それは……紹介してほしい!!」

 

 やっぱり。

 ほぼ即答だった。

 

「クロくんに会いたいもん……!」

 

「そっか」

 

 それはそうだよね。

 

「だって、直接話したいし」

 

 高橋さんは当然のように言う。

 

「なんでコメント読まれなくなったのかも聞きたい」

 

「うん」

 

「嫌われたのかも確認したいし、私のことを覚えてるのかも聞きたい」

 

 そこで。

 俺は小さく息を吐いた。

 

 なら、レイちゃんと高橋さんを会わせれば解決するのか?……それは違う。今のまま会っても、高橋さんはより依存してしまうかもしれない。

 

「でもさ、もし紹介できたとしても……それって本当に高橋さんのためになるかな?」

 

 高橋さんが固まる。

 

「え?」

 

 【ためになるに決まっているでしょ】。彼女の考えは手に取るようにわかった。

 

「例えばだよ?」

 

 俺は続ける。

 

「レイちゃんが【ごめん、覚えてない】って言ったら?」

 

 その場面を想像して、高橋さんの肩が震えた。

 

「それは……」

 

 唇を噛み、どうにか気持ちを落ち着かせている。

 

「じゃあ逆に、【覚えてるよ】って言ったら?」

 

「嬉しいに決まってるでしょっ!?なんなの、さっきから。わかりきったことを」

 

 質問の意図がわからず、少しイライラしてしまう高橋さん。

 

「じゃあさ……その後はどうなると思う?」

 

 高橋さんが黙る。

 

「またコメント読んで欲しくなる?」

 

「……それは」

 

「もっと覚えて欲しくなる?……もっと特別になりたくなるかな?」

 

 沈黙。

 

 それが答えだった。

 白石さんも何も言わない。

 

「高橋さん」

 

「……なによ」

 

「今の状態で会ったらたぶん、余計に苦しくなるだけだと思う」

 

 俺は静かに言った。

 推しと会うことはゴールじゃない。

 

 今の彼女なら、会った先を求めてしまう。

 

「だからね。今の君のままだと、俺は紹介しないかな」

 

 高橋さんが目を見開く。

 

「ひどい……期待させておいて」

 

「うん、ひどいと思う」

 

 俺も認める。

 

「でも、高橋さんがクロくん無しでも笑えるようになったら……。学校も友達も趣味も全部楽しめるようになったら……その時は、会っても平気だと思う」

 

 高橋さんが俯く。俺の言葉を聞いて、ちゃんと考えてくれている。さっきの怒りも、今は感じない。

 

「依存先に会わせるんじゃなくて」

 

 白石さんがぽつりと言った。

 

「依存しなくて大丈夫なようになってから会わせるってこと?」

 

「そんな感じ」

 

 俺は頷く。

 

「だってさぁ……レイちゃんが好きなら、レイちゃんが安心して配信できるリスナーでいた方が良くない?」

 

 高橋さんがこちらを見る。

 

「安心できるリスナー?」

 

「そう!画面越しだけでも応援できる人であったり、コメント読まれなくても配信を楽しめる人」

 

「……今の私じゃあ、クロくんは大切にしてくれないってこと?」

 

「いやいや。レイちゃんはきっと、どんなリスナーさんでも大切にしてくれるけど……レイちゃんが安心して配信できるリスナーでいた方が、きっと自分も楽だと思うよ」

 

 高橋さんはしばらく黙っていた。

 やがて、小さく笑う。

 

「ひまりちゃん」

 

「うん?」

 

「本当はね。私の推しとコラボした貴女が憎かった」

 

 ギクリとした。

 心臓が跳ねる。

 

「えっ!?」

 

「女の子だろうと、推しに近づく存在は許せないの。それがりあらちゃんでも、みあちゃんでも」

 

 高橋さんが笑う。

 

「クロくんを【レイちゃん】って呼ぶにわかは嫌いだし、ひまりんちゃんに悩み相談すれば本物のクロくんに会わせてくれるかも?なんて考えてたの」

 

 危ない危ない!この子は俺の想像より遥かに危険な思考をしていた。

 

 悩んでいたのは事実だろうけど……そんな自分の悩みさえ、レイちゃんに会う欲望を満たすカードにしてしまうだなんて。

 

「だから、ひまりんに相談したわけね。したたかじゃん」

 

 白石さんがカップの蓋を外して、残ったコーラと氷を一緒に飲み干す。

 

「……でも、今は無理やり会わせて貰おうとは思わないよ。クロくんとコラボしたひまりんちゃんも、許してあげる」

 

 高橋さんは背もたれに体重を預けて、息を小さく吐いた。

 

「ねえ、ひまりんちゃん」

 

 暫く考え込んでから。高橋さんは真剣な顔で俺を見た。

 

「私が、クロくんに依存しなくても大丈夫だって貴女が判断したらで良いからさ。いつか紹介してくれないかな?それだけで私、頑張れるから」

 

 目に強い光を宿した、芯のある言葉。

 

 しかし。

 

「……いや、レイちゃんの都合もあるし。【いつかレイちゃんを紹介して貰える】ってご褒美がなくても頑張れるようになって欲しいかな、おじさんは」

 

 先方に許可なく契約するわけにはいかず。

 俺は高橋さんの頼みを断った。

 

「……ちぇ。本物のクロくんに会うのは難しいなぁ」

 

 てっきりブチギレるかと思ったけど、高橋さんは意外にも笑ってくれた。

 

「実は。最初は、クロくんに会わせてもらう為に相談したんだよね」

 

 やっぱりか!この子は……なんというかずる賢い!

 

「……けど、貴女と話すうちに案外心が軽くなったから……まあクロくんとコラボした事は許してあげるねっ!【ひまりん】ちゃん!」

 

 自分のトレーを片付けて、高橋さんはお店から出て行った。

 

「こわー。高橋っち、かなり油断出来ないかも。自分の悩みさえ利用するなんて」

 

「でも……全部嘘ってわけでもなさそうだったよ」

 

「そこが一番こわいんじゃん!」

 

 白石さんにそう言われ、俺は言葉に詰まった。

 確かに。

 

「……人の心って、わかんないねぇ」

 

「ひまりんって、一日一回はおじさん発言しなきゃいけない縛りでもあんの?」

 

 白石さんにツッコまれる。

 

 配信者とリスナー。

 その距離感は、俺が思っていたよりずっと難しいらしい。

 

 俺も気をつけないとね!









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