50歳のおじさんがJKにTS転生したのでネットアイドルしてみる話 作:アラフィフ大活躍
男のチャーハンをご存知だろうか。
商品名じゃないよ?
一人暮らしのおじさんが、冷凍食品のチャーハンでは満足できず、かといって外食するのもだるい時に自炊するチャーハンを指します。
高橋さんや白石さんと別れて帰宅した俺は、晩ご飯は簡単にチャーハンで済ませる事に。
「ふんふーん♪」
フライパンを油で熱しつつ、ボウルの中に材料をぶち込んでいく。
冷やしたご飯、生卵、ネギ、刻んだチャーシュー。全部をボウルの中で混ぜ合わせてしまうお手軽調理法にしてみた。
熱々のフライパンに投入し、手早く炒めてパラパラを目指す。
最初に生卵を絡めた米粒は、一粒一粒が卵でお手軽にコーティングされた。
「よしっ、完璧!!」
お皿に盛り付けテーブルへ。
「いただきまーすっ」
家に一人でも、食材への感謝は忘れない。
湯気のたつチャーハンをレンゲで掬い、頬張ろうとしたところで。
ピロンっ!
スマホにメッセージが届く。
「今ですか……?」
せっかく出来立て熱々の食事だ。
メッセージにかまけて冷めては台無し、ここは気になるけども敢えてスルーしちゃおう。
ハフッ!と口いっぱいに、チャーハンの美味しさを含む。
……さいこーっ!!
良い感じにパラパラだ。今度、料理配信しちゃうのもアリかな?
……などと、自画自賛していると。
ピロンっ!ピロンっ!
連続でメッセージの通知が。
「もぉー、なんなのさぁ」
モノを食べる時は、誰にも邪魔されず自由でなきゃいけないのに……!
ムスッとしつつ、ベッドの上に放置していたスマホを見に行く。
これで迷惑メッセージだったら許さん!
画面をタップしてメッセージの主を確認すると。
【黒崎レイ:ひまりん、元気?】
【黒崎レイ:ごめん、忙しいよね】
【黒崎レイ:暇な時連絡ちょーだい】
おっ……。
今日俺のメンタルをガッツリと削ってきた、高橋さんを悩ませている張本人……黒崎レイちゃんからのメッセージだった。
今はチャーハンを食べるのに忙しいので、食べ終わってから返信するとしよう。
「く、くるしい……」
星野ひまりの華奢な身体には、少々ボリューミーすぎたチャーハン。
だが、気合を入れてどうにか食べ終えた。
二度目の人生でも、時々こうやって前世を基準にご飯を作ってしまう。
甘いモノを食べる女子高生の胃が無尽蔵なら、仕事で疲れたおじさんの胃袋はブラックホールなので、今後は気をつけないとね。
寝てすぐ横になるのは良くないと理解しつつも、ベッドに倒れ込む。ぽっこりと膨らんでしまったお腹が重たい。
「レイちゃん……何の用事だろうか」
どうしたって、昼間の高橋さんを思い出してしまう。
ただ俺は正直、まだ黒崎レイについて知らない部分が多い。
今後クラスメイトとして高橋さんと接していく上でも、レイちゃんを知っておく方が良いだろう。
俺はレイちゃんに返信する。
【すみません、今手が空きました】
……むう。ちょっと文面が業務的すぎただろうか。
ピロンっ!
即返信アリ。
【黒崎レイ:通話していい?】
どうやら、文字でやり取りするより会話の方が良いみたい。
うん、俺もその方が手っ取り早くて嬉しいな。
メッセージで返信する代わりに、こちらから通話をかけてみる。
『もしもし?』
携帯越しのレイちゃんの声。
「もしもし!今晩は」
『こんばんはー。急にごめんね?』
配信コラボとは違い、相手の顔が見えないのは少し新鮮だった。
今日もレイちゃんはクールな雰囲気。
高橋さんが好きな相手と話しちゃってると考えると、少しだけ彼女に申し訳ないような気もする。
「全然大丈夫!何か用事かな?」
まあ、用事がなきゃかけてこないとは思うけど。
『うん』
レイちゃんは短く返事をした。
普段通りの声。
……なんだけど。
何となく元気が無い気がする。
『突然、変なこと聞くんだけどさ……』
「うん?」
なんだろう。
『ひまりんって、配信楽しい?』
「へ?」
予想外の質問だった。
思わず聞き返してしまう。
「もちろん楽しいよ?」
自分から出たのは即答だった。
思い返せば、配信を始めてから色々あった。
炎上もしたし、ダンスの練習もしたし。
昨日なんて大勢の前でコラボまでした。
……だけど。
「楽しくなかったら続けてないかな」
目的がお小遣いだったのは今は昔。
配信そのものを楽しんでいる自分が確かにいる。
『そっか』
レイちゃんが小さく笑う。
でも、俺の勝手なイメージかもしれないけど、どこか寂しそうな笑い方だった。
顔が見えてないから、本当に予想だけども。
『ひまりんらしいね』
「そうかな?」
『うん』
少しだけ沈黙。
俺らしい……?
側から見たら、【ひまりん】はそうなのか。
通話越しに、何かを迷っている気配が伝わってくる。
『ひまりん先生に、ちょっと相談していい?』
レイちゃんにも先生と呼ばれて、少し複雑。
「いいよっ!もちろん」
けど、相談を断る理由は無い。
『実はさ、最近……配信が楽しくないんだ』
俺は黙った。
レイちゃんは元々おちゃらけてるタイプでも無いし、冗談を言っている声じゃない。
だからここは茶化さない。
ひとまず彼女の言葉を最後まで聞こう。
『いや、正確には違うかな』
レイちゃんが言葉を探す。
『配信してる時は楽しいの。ゲームも好きだし、コメント読むのも好き』
そうだよね。
昨日のコラボでも、笑いながら配信してくれていたし。
『……リスナーも好き』
「うん」
『でも、終わった後にさ』
そこで一度区切った。
『数字ばっかり見ちゃうんだよ』
ここでの数字とは。
登録者数。同時接続数。再生回数。などなど。
高橋さん達が見ているものとは別の世界。
配信者側の景色のことだろう。
『昨日の配信もさ、コラボ自体は楽しかった。でも……終わった瞬間、登録者増えたかなーとか。切り抜き伸びるかなーとか、そんなことばっか考えてる』
俺はベッドに寝転びながら天井を見る。
なんとなく。
会社員時代を思い出した。
ノルマ、売り上げ、粗利、コスト、残業……
数字を追いかけ、数字に追いかけられた日々を。
『あ、昔は違ったんだよ?』
レイちゃんが続ける。
『最初はさ、ただゲームしてるだけだった』
みたいだね。
高橋さんも、その頃からレイちゃんを見ていたとか言ってたし。
『五人来たー!とか、十人来たー!とか、それだけで楽しかったんだ』
「うん」
わかるよ。
星野ひまりとして配信し始めた頃、俺も一人が見てくれてるだけで嬉しかったし。今もだけど!
『でも今は、同接三千でも落ち込むようになって』
「三千!?」
『や、そこは驚くとこじゃない』
「いやいやいやっ!驚くからねっ!?」
三千人って……俺が昔勤めていた会社の社員数より多いんだけど!
それは、レイちゃんの感覚が麻痺してきてるのかも。
『……なんかさー』
レイちゃんは苦笑したまま続ける。
『もっと上を見ちゃうんだよね。昨日より少ない、先月より伸びてない……そんなことばっか。自分でもやんなるの』
なるほどね。……少しだけわかった。彼女の悩みは、真には彼女にしかわからない事なんだけども。
「ある種、仕事みたいになっちゃったんだね」
通話の向こうで、レイちゃんが黙った。
『……あー』
数秒後。
妙に納得した声が返ってくる。
『それだわ』
「へ?」
『それなんだよ』
レイちゃんが笑う。
今度は苦笑じゃなく、少しだけ本当に笑った感じだった。
『仕事だ。最近の私、配信を誰かにやらされてる感じ。……自分の意思でやってはいるのにね』
やらされてる、か。
好きなことでも、仕事となると苦痛と聞く。
俺も数字に追われる感覚は嫌というほど知っているよ。
『ひまりんってさ、ガチでたまに五十歳?』
「それは……たまにじゃなくて常時だよ」
『ふふっ。意味わかんないし』
少しだけ空気が軽くなった。
そして、レイちゃんがぽつりと呟く。
『あとさー』
「うん?」
『最近ちょっと重いリスナーも増えてきて』
俺の脳裏に即座に浮かぶ人物。
無論、高橋さんだ。……絶対高橋さんだ。
『嫌いじゃないんだけどね?むしろ、応援してくれるのはありがたいし』
「うん」
『でも……』
レイちゃんの声が少しだけ弱くなる。
『こっちはさ、その人の人生に責任持てないじゃん』
俺は何も言わない。
『学校辛いです、仕事辛いです、レイちゃんのおかげで頑張れます、生きる理由です』
少し間。
『そう言われると嬉しい。……本当に嬉しいんだよ?でも、たまに怖いって感じることもあるんだ』
その言葉に、今日の高橋さんの顔が浮かぶ。
コメントを読まれないだけで落ち込む。
配信が無いだけで辛い。
彼氏彼女が出来たら吐きそう。
『だって私さ。元々は、ただゲームしてる女子高生だよ?』
静かな声だった。
うん。レイちゃんの原点は、単なるゲームが好きな女の子なんだよね。
『そんな大層な人間じゃないし。……いつか配信辞めるかもしれないし、普通に失敗もするし。……なのに誰かの人生背負うとか、絶対無理じゃん』
その言葉は、きっと高橋さんが聞いたら悲しむ。
だけど。
配信者側の本音としては、とても自然な気がした。
「レイちゃん!」
『ん?』
「それってさ」
『うん』
「レイちゃんが優しいから悩むんじゃない?」
俺は彼女の悩みを解消する、というよりは自分の考えをそのまんま伝えてみた。
レイちゃんは少しだけ沈黙して。
『んー、そうかな?』
「たぶん……というか、きっとそうだよ」
俺は答える。
「本当にどうでもいいなら、そもそも悩まないでしょ。レイちゃんがリスナーさんの事をしっかり考えてるから悩むんだと思う」
『まあ、それはそうか』
「うん!」
俺も、自分の配信に来てくれるリスナーさんはどんな人かなぁ……なんて、ふとした時に考えるし。
『……なんかさ』
レイちゃんが小さく笑った。
『ひまりんと話すと楽になる。今日、相談してほんと正解だった』
そういって貰えると、凄く嬉しいな。
「話を聞くくらいしか出来ないけど、それでレイちゃんが楽になったなら良かったよー」
『……相談料いくら?』
えっ。
相談料なんて、考えたことも無かった。
社会人にとってほうれんそうは当然で、都度料金取ってたら金欠になっちゃうし!
「いらないよ。また楽しく一緒に遊べたら、それだけで十分。勿論、レイちゃんが配信嫌ならプライベートだっていいし!」
『……うん。ひまりんのお人よし』
ようやく、昨日のコラボで聞いたレイちゃんらしい笑い声が戻ってきた。後は、元社会人として一個だけアドバイスしておこう。
「ちなみに、今日はもう数字見ない方がいいと思う」
『うわ』
この反応は……きっと俺にメッセージする前から見てたね?
「レイちゃん、今日も見たでしょ」
『……見た』
ばつが悪そうな声。
「何回?」
『えっと、二十回くらい?』
「それ、もう中毒じゃん!?」
どこにいても何をしてても数字が気になっちゃってるじゃんかー!
『まー配信者だからね』
「いやいや、完全に依存症だよそれ。なんならスマホ自体見過ぎじゃないかなって」
俺が呆れると、レイちゃんがケラケラ笑う。
『じゃあ今日はもーやめるね』
「そうしてよ」
『ご飯食べて、お風呂入って寝るわ』
「偉い!!スマホも極力見ない方がいいよ。そういうの、デジタルデトックスって言うんでしょ?」
『そうだけど、なんかその言い方おじさんみたい』
「……やめてね?俺……私もリスナーからおじさん言われまくって傷ついてるんだからね??」
『えーっ?それは嘘でしょ。ハイテンションでツッコミいれてるしさ』
レイちゃんはすっかり元気になったみたい。
昔、高橋さんはレイちゃんに救われた。
だけど、そのレイちゃんだって万能じゃないんだ。同じ人間で、悩むし落ち込むし、数字にも振り回される。
配信外ではそこらにいるただの女子高生だ。
……いや、配信中もだよね。
俺はスマホを耳に当てたまま、ふと思う。
もしかすると配信者っていうのは、リスナーを支えるだけじゃなくて。
誰かに支えられながら、どうにか画面の前に立ち続けているものなのかもしれない。