スレイブズ   作:まさまさ0902

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第3話 予想外のおもてなし①

「着いたぞ。今日からここがお前の勤め先だ」

 

 どれほど馬車に揺られただろうか。町を抜け、野原を抜け、橋を渡り森を通過し山を越え、途中の宿泊を三回挟んだ後に漸く辿り着いた目的地。舗装が行き届いていない道も多く、いかに上質な素材で作られた座席であっても臀部への負担は相当なものだった。

 

 屋敷の前の広場には水の通っていない噴水があり、それを囲むようにして植えられた木々や花は手入れが行き届いておらず殺伐としている。

 

 屋敷に近付くと濁った白の壁とそれに張り付いたツル状の植物が目に入った。本来は荘厳で立派な屋敷なのだろうが、どこか人を立ち入らせぬ淀んだ空気に満ちている。

 

 奥行きがかなりあるらしく、中庭もあるようだ。ただ、その中庭の状況もこの外観から想像するに難くない。

 

「まさに悪魔の根城、と言ったところか……」

 

 セラの心の内をアシモフが代弁した。

 

 不意に恐怖心が彼女を襲う。これから自分は悪魔と名高い男の奴隷になるのだという実感が強烈に湧いてきた。

 

 彼についての悪い噂はセラの耳にも届いており、もちろんそれら全てを鵜呑みにしているわけではない。が、それでも嫌な想像というのは勝手に作り出されてしまう。

 

「……」

 

 セラはそっと、自分の首に着けられたチョーカーへ指を添えた。このチョーカーのせいで抵抗することも叶わない。双眸の奥に秘めた蒼い輝きが揺らめき、微かに歯が鳴る。

 

「さぁ、セラ。降りなさい」

 

 彼女のそんな心境を察してか、アシモフの声はやけに穏やかで慈愛に満ちていた。

 

 先に馬車から飛び降り足場を出すと、手を引いてセラを馬車から降ろす。アシモフはセラを屋敷の玄関前まで引き連れ襟を正すと、二度小さく扉を叩いた。ひと息つく間も無く扉が開く。

 

 黒き鎧を着た見上げる程の大男が姿を見せた。

 

「こんにちは。ミネスタグル商会のアシモフでございます。こちらはジル=リカルド様のお屋敷で間違いありませんでしょうか」

 

「あぁ。そうだ」

 

 扉の隙間から様子を窺っていたジルは待ち望んだ来訪に、声を上ずらせながら両開きの玄関戸を全開にした。涼しいが少々かび臭い空気が二人を出迎える。

 

「わざわざアシモフさんに出向いてもらえるとは。御足労おかけする」

 

「とんでもございませぬ。お約束通り、お買い上げいただいた奴隷を引き渡させていただきます。セラ、ご挨拶を」

 

 名を呼ばれ、セラは静々と首を垂れる。やはりこの男の威圧感は凄まじく、こうして近くに居るだけで背中に汗が滲む。恐怖を噛み締めると同時に、部屋の中でも鎧姿なのだろうかと変な疑問も湧いていた。

 

 いや、そうやって別の方向に思考を反らすことで、恐怖心から逃れようしていたのかもしれない。

 

「今日から此方でお世話になります。セラと申します。よろしくお願い致します」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

 鎧の下からだったが、その声色は優しく長い耳を撫でた。

 

「では、私はこれにて失礼致します。何かお困りごとや分からない事があれば何時でも我が商会をお尋ねください。それでは……」

 

 最後にアシモフはセラの背中を優しく叩くと、馬車に乗り込みその場を後にした。やけにあっさりとした受け渡しにジルもセラも暫く立ち尽くす。 

 

「……取り敢えず入ってくれ。部屋に案内しよう」

 

「あ、は、はい……」

 

 遂に屋敷に招き入れられてしまったセラ。まるで魔王の生贄にされる生娘といった様相だ。

 

 屋敷に入ると、巨大な赤く丸いカーペットの敷かれた大広間がセラの瞳に映った。外見は陰鬱とした雰囲気だったが、中は窓が多く取り付けられているせいか意外に明るく、内装は主に石造りの部分が多いため初夏だがひんやりとしていて少し肌寒いぐらいだ。

 

 大広間の奥にある階段を上がり二階へと案内される最中、窓から中庭の様子を窺うことが出来た。思った通り、いや、思った以上に荒れていた。

 

 草木だけでなく、古くなった家具や何かの廃材が所狭しと放置されている。

 

「……最近購入したばかりで手入れが行き届いていないのだ。見苦しくて申し訳ない」

 

「い、いえ!そんな……」

 

 否定しようとしたがどうやら顔に出てしまっていたらしく、ただただ頭を下げるセラ。

 

 それ以降、二階の一番奥にある部屋に辿り着くまで二人の間に会話は無く、重苦しい空気の中で鎧が擦れ合う音ばかりが鳴り響いていた。

 

「ここがキミの部屋だ」

 

 扉を自分で開けるよう指示を出され、セラは恐る恐るドアノブに力を籠める。眩い陽射しが差し込み一瞬目を細めるが、次の瞬間、彼女の瞳は鮮やかな輝きを取り戻した。

 

「こ、これは……」

 

 彼女の目に飛び込んできたのは、穏やかな樹木の香り漂う木造の部屋。壁も、家具も、その殆どが木製。

 

「屋敷の清掃や改装工事は間に合わなかったが、この部屋だけは急ぎ作らせた。気に入ってもらえると嬉しいのだが……」

 

「あ……」

 

 懐かしい香りと鮮やかな光景に、放心状態だったセラは慌てて部屋を見渡す。

 

 戸棚を見れば書物が並び、ベッドは見ただけでもその沈むような柔らかさと温もりが窺え、窓際に置かれた小さな机には贅沢にも、魔力により光を放つランプがある。

 

「よ、よろしいのですか?奴隷の私にこんな贅沢な部屋……」

 

 感動と動揺を素直に口にする奴隷に対し、首を傾げるジル。

 

「え?ダメだった?この部屋……?」

 

「ととととんでもありません!こんな素敵な部屋……!書物や、それに魔具まで……!とんでもない贅沢です……」

 

 魔具とは魔力を原動力して動く装置の事である。家財として用いられる事が多いが非常に高価な物で、庶民には手の届かない代物だ。

 

「その、私、奴隷ですので……もう少し適当な部屋というか、質素な部屋の方がよろしいかと思うのですが……」

 

「そうなのか?」

 

「……た、多分……。いや、その、私も詳しい事は分からないんですけど……」

 

「ふむ……。まぁしかし、折角用意した部屋だ。使ってくれ。あぁ、あと、その服では動きにくいだろう。クローゼットにいくつか服を用意してある。取り敢えず着替えるように。私は部屋の外で待っているから着替え終わったら出てきてくれ。その後、屋敷の中を案内しよう」

 

「え、あ……」

 

 まだ何か言おうとするセラを拒否するように、ジルは扉を閉め彼女を一人にした。

 

「え、えっと……」

 

 奴隷が受ける仕打ちや冷遇、そして乱暴を嫌という程アシモフに聞かされていた。故郷に居た頃にも奴隷となった仲間の残酷な成れの果てを耳にしており、相当の覚悟をしていたのだがまさかの待遇に気構えが緩んでいく。

 

 だが油断してはならない。相手はあのレッドデビル。こうやって油断させたところで絶望に落とし入れる嗜好の持ち主なのかもしれない。それが思い当たる噂もいくつか知っている。

 

(駄目よ、セラ。私は奴隷。虐げられ卑下される身分。一度奴隷に身を落とした者に希望なんて無いのよ……)

 

 胸に手を当て、湧き出る明るい感情を押し殺そうとするセラ。何度も深呼吸をし、漸く落ち着いたところでクローゼットを開いた。

 

 入っていたのは上質な布で作られた一級品の服。どれもがセラの落ち着いたイメージに合う物ばかり。

 

「…………」

 

 再び押し寄せる暖かい感情に必死に蓋をしながら、急いで服を選んだ。

 

 

 

 

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