ぐちゃドロ系サイコ女は俺を立派な人斬りに育てたい 作:フォン・デ・ペギラパギラ
「ハッ……!」
巧は飛び起きた。
鬱陶しい前髪を払おうとしたら、指先がびっしょりと濡れた。
膨大な寝汗。
じっとりと掛け布団が足に張り付き、絡み付いている。
――夢であってほしい。
――夢のはずだ。
湿って絡んだ布を力任せに蹴り飛ばし、ベッドに座る。
そして頭を抱えた。
「はぁ……はぁ……」
呼吸のたび大きく上下する肩を、しん、と月光が包む。
今日は酷く、月が明るい。
汗で塗れた
――夢ではない。
――夢な訳が、ない。
頭を押さえ、顔を歪める。
視神経を
喉がカラカラ。
内側から火で焙られているかのように、熱く、痛い。
巧は水差しをひっ掴むと、構わず口を付けて大きく傾けた。
――ごくり、ごくり、と。
喉頭が
いくらでも飲めそうだったが、巧はキリの良いところで水差しを乱暴に叩き置いた。
このままでは眠れそうにない。
巧は、乾いた冷気が汗を奪い去るまで、じっと耐えることにした。
――がたん。
(……ん?)
階下で、物音。
(アルフレッドさん達が、仕込みしてんのかな……?)
食堂を切り盛りする、老夫婦。
巧を助け、食わし、働かせてくれ――生かした二人。
彼らがいなければ、とっくに巧は野垂れ死んでいただろう。
頭も上がらないし、足も向けられないというのに。
――申し訳ないことをした。
巧の脳裏に、一瞬後悔が過る。
(心配掛けたな……。どうせ寝れそうにないし……)
仕込みくらいは手伝おう。
人を殺めた。
その事実を忘れ去るようにして、ぎしり、と酷く軋むベッドから立ち上がった――そのとき。
ごん。
どん。
ごとん。
――すう、と。血が引いた。
(なんだ、何の音だ……)
まるで机をひっくり返して叩きつけるような鈍い音。
明らかに作業の音ではない。
行きたくない。
――しかし、行かねばならない。
巧は咄嗟に、持ち手のある小さな燭台を、震える指先で掴んだ。
ゆっくりと部屋の扉を開けた。
きい、と小さく鳴く。
廊下は暗く、静まり返っている。
燭台の炎が揺れるたび、壁に映る己の影がぐにゃりと歪む。
軋む床板を踏まないように、鈍い足を動かす。
――しん。
さっきまでの音が嘘のように、廊下に出た途端、何も聞こえない。
(アルフレッドさん……?)
呼べばいい。
ここから、大きな声で。巧はそう思った。
それなのに――意に反して声は出せなかった。
階段の上から、首だけで食堂を覗く。
――見える。
テーブルが倒れている。
椅子が砕けている。
床の黒い染みが、月光を跳ね返している。
巧の脳が停止した。
呼吸が
一つ、また一つと、何かに誘われるように階段を降りていく。
燭台の炎が、ゆらゆらと呑気に揺れる。
月明かりに舞う埃。
冷たい温度と、冴え返す陶器の光。
――
そこに。
あの、少女がいた。
「は……?」
夜の闇に溶け込むように。
後ろで乱雑に括った煌びやかな白髪の一本一本が、月の光を吸っている。
その華奢さとは裏腹に、レザーと金属でできた粗野な装備。
胸部だけを覆う鎧。
重厚なブーツ。鈍く光る籠手。
だが、腹や太ももは、その艶かしい褐色の肌を露出している。
机にもたれ掛かり足をぶらつかせる少女は――さながら夜の女神でも気取るように、そこに存在していた。
(そんな、あり得ない……)
明るいオレンジ色の瞳がゆっくりと向く。
あのとき虚空を灯していたはずの――その双眸が。
そして。
「――お……、やっほー」
あまりにも気安い声。
場違いなほど、幼く、とろりと纏わりつくような人懐っこい鈴の音。
少女は猫のように笑うと、ひらりと手を振った。
体が硬直する。
巧は、痙攣する喉を絞るように、声を引き摺り出した。
「そんな、なんで……お前――」
――殺した筈だ。
この手で。
完膚なく。
声が出なかったが、巧の驚愕の表情がありありと語ったのだろう。
少女はニコリとあどけなく笑って、チェーンに繋がった巨大な宝石を差し出した。
「ほら、これ!」
亀裂。
砕けた真紅の宝玉が、月光を内部に乱反射させている。
「蘇生の魔石。……あーあ、ちっちゃい国買えるくらい、高いんだけどなぁコレ」
甲高いのに耳に痛くない、蕩けてまとわりつく様な声。
名残惜しそうな態度とは裏腹に、少女はそれを無造作に投げ捨てた。
からん、ころん、と乾いた音を立てて。
転がり。
赤い水の中を跳ね。
――死体の側に、転がった。
それで、初めて巧は認識した。
幾つもの人体が。
血の海に沈むようにして、床に伏せている。
見知った顔だった。
白髪交じり。柔らかな笑み。節くれだった老いた手。
いつも笑っていた、その顔が――今は。
「――ァ」
声にならない声が、喉から漏れた。
燭台が手から滑り落ちてけたたましい音を響かせたかと思うと、血の上に転がって、じゅ、と火が消える。
恐怖と驚愕。
それがじわじわと別の感情に侵食されていく。
呼気が震える。
腹筋が引き攣る。
眼球の裏がチカチカと明滅して、目を閉じてなんていられない。
擦れて軋む歯が煩わしい。
こつん、と足に感触。
転がる、血に濡れた赤黒い剣。
――気付いたら拾い、握っていた。
「――お前が」
震える息を無理やり押し吐く。
吐息が熱すぎて、喉が焼けるかと巧は思った。
「お前が、やったのかよ」
月と闇の中で、巧の見開かれた目が異様に光る。
それを見て少女は――にまあ、とチェシャ猫のように嗤った。
文章が気障ったらしいけどメンゴ。