ぐちゃドロ系サイコ女は俺を立派な人斬りに育てたい 作:フォン・デ・ペギラパギラ
「そうだと言ったら……?」
褐色の少女は、ニタニタとした笑みをべったりと貼り付けながらそう言った。
甘い声が纏わりつく。
巧は、それを振り払うようにゆっくりと剣を構えた。
「もう
唾を吐きかけるようにそう告げた。
ジンジンとした痛みが頭の中で鳴り響いて、跳ね回っている。
だというのに。
剣を構えた瞬間、全ての雑念が吹き飛んだ。
懐かしく。
慣れ親しんだ、あの感覚。
恐怖も。
怒りも。
悲しみも。
脳が、脊髄が、勝手に身体を作り変える。
赤熱した鉄のような激情が体表まで押し出され、芯がさあっと冷えていく。
皮膚は着火しそうなほど熱い、しかし脳は伽藍堂に澄み渡った。
急激に巧の雰囲気が変わっていって――。
男の周りを虚空が覆っているようだ、と少女は思った。
先ほどまでただの
今では――近づいただけでどこかに引き摺り込まれる。
そんな確信に似た予知が少女を襲った。
だが。
少女の口元が三日月に歪む。
――しゃらん。
軽快な擦過音。嫌なほど、細く鋭い剣。
予備動作など無い。
合図など以ての外。
気づいたら――少女から刺突が突き放たれていた。
床を飛んだ音が遅れて聞こえる。
ひい、ふう、みい。
常人には見えない応酬。
だというのに――巧はその全てを軽々といなしてみせた。
風。
剣が擦れる音。
月の光。
最小限の剣の動き、足の開きだけ。
虚空から、巧の目だけが爛々と光る。
続々と放たれる刺突と斬撃を、じいっと見ている。
――見て。見て。見る。
じゃりん。
暗がりに火花が散って、その一瞬だけパッと二人の舞を明るく映す。
永劫に続くかと思ったその逢瀬は、しかし前触れなく終わりを迎えることになる。
「あ」
少女は気づいた。
刺突を放ちながら、ぽかんと口を開けた。
獣の嗅覚に似た鋭敏な第六感が、巧が纏う虚空から“ずるり”と腕が伸びる様を幻視する。
――死、ぬ。
しかし、すでに差し出した足は宙に浮いている。
動き出した腕は止められない。
もう戻ることは叶わない一方通行。絡め取られて引っ張られるように、腑抜けた突きを繰り出した。
巧は、
そして事も無げに少女の足を払った。
「お、わ……っ!」
勢いよくつんのめる。
しかしその焦った声に反して、少女は綺麗な放物線を描いて前方に宙返りした。
筋肉がしなやかに伸縮し、液体のように転がる様はまるで猫だった。
だが。
その転がった先に。
――もう巧の斬撃が置かれていた。
「ぐう……ッ」
白刃一閃。
があん、と。
金属の弾ける音が
火花がぱっと散り、少女の苦痛の呻きが喉で軋む。
視界が真っ白になるほどの衝撃。
心の底が一瞬で凍えた。咄嗟に剣を掲げなければ――死んでいたと。
衝撃に麻痺する両手。
己を絡め取ろうとする“手”から一刻も早く逃れるように、少女は衝撃を逃がしながら後退した。
たたたん。小気味よく。
そして。
その瞬間、悟った――。
袋小路だと。
巧が迫っている。
ぎらりと、二筋の眼光の軌跡を闇夜に残しながら。
みしみしと、水平に筋肉を捻じりながら。
対応しようにも。
すぐ背後。
食器棚、もう引けない。
前方、上方。
足が浮いている。前進、跳躍、以ての外。
防御。
痺れた手で受けられる訳がない。少女は、これに脳のリソースを使った自分を呪う。
左右。
――論外。目の前の男は、斬撃を水平に薙ぐために力を研いでいる。
成す
死、在るのみ。
ただ、運が良かったのは。
彼女の未来予知じみた野生の勘が、その事実をずっと早く嗅ぎ取っていた、ということだった。
突きを放ったあの時から。
「――わああああっ!! ちょっと待ったぁ!!」
びょいん、と剣を投げた。
観念したように諸手を挙げた。
眉をぎゅっと顰める。
――びたり。
少女の露出した腹部。艶のある褐色のほんの僅か数ミリ手前で、巧の剣が停止した。
がらん、がらん。
遠くで、少女の捨て投げた剣がけたたましく鳴る。
「ごめんウソウソ! ボクじゃないよぅ!」
ぴい、と雛が鳴くように叫ぶ。
「……」
巧は少女を穴が開くほど睨め付ける。
何を今更、とでも言わんばかりだった。
「ふぅ〜、また死ぬトコだった……まあキミにもっかい殺されるのもアリっちゃアリなんだけど〜……」
少女はわざとらしくコミカルに、額を拭う仕草をした。
「なんのつもりだ……」
低く唸る。
変わらず、剣は突き立てたまま。
「だからボクじゃないんだって……! ホントだよ、ほら、アイツ」
そう言って指をさす少女。
巧は僅かに視線を傾け見ると、世話になった老夫婦の死体に混ざるように――