ぐちゃドロ系サイコ女は俺を立派な人斬りに育てたい 作:フォン・デ・ペギラパギラ
巧は目を見開く。
(気づかなかった……)
極度の緊張と興奮で見逃していたのだろう。
黒ずくめの男が、中空に色のない視線を投げ出して倒れている。
「あいつがおじさんとおばさんをヤッてたから、咄嗟にボクも、ソイツをこう――後ろからブスリとヤッちゃったわけ」
褐色の少女は諸手を挙げながら、悪げもなくからりと告げた。
「…………」
巧は睨む。
剣を握る手指には未だに力が込められている。いや、むしろ。
――信用できない。
そうありありと頬に書かれている。
「だぁ――! ホントなんだってばぁ!」
瞼に皺が寄るほど、ぎゅっと目を瞑る少女。
中空を見上げて叫ぶ。
「ボク、死にたくないんだけど。君とケッコンしたいから」
「………………?」
さらりと。
余りの予想外の言葉に、巧は少し遅れて反応した。
「……はぁ?」
歪むほどヒリついた空気。大きく皺が出来た眉間。
たった一言で――緩む。
「証拠見せたげる。ねえ、剣降ろしてよぅ」
「ちょ。おまえ、今なんて……」
「ねえってば!」
巧に満ちていた殺気が霧散する。
彼は渋々ながら、剣を下ろしてしまった。
少女はにまっと微笑むと、跳ねるように歩き出した。
動きに合わせて、煌びやかな白髪のポニーテールも弾む。
そうして己の細剣をひょいと拾うと、そのまま――老夫の死体の元まで歩いた。
「――!」
警戒を続ける巧の目に、冒涜的な光景が映る。
少女は老夫の胸に大きく空いた刺突痕に――すとん、とその細剣を差し込んだのだ。
「っ、お前!!」
「わっ! びっくりした、なんだよう」
――なんだよ、じゃない。
その言葉が喉元までせり上がるが、喉が震えて上手く声が出せない。
再び怒りに染まりそうになったが。
「ね、ね! これ見て!」
「…………!」
「――傷口の大きさが違うでしょ?」
少女の声で引き戻される。
少女は指さす。
巧の持っている剣を。
「そっちだとピッタリ。んで、キミの持ってる剣はそこの黒い奴が持って来てたヤツ」
巧は持っていた剣をじっと見下ろした。
少し幅広の、しっかりした造りのオーソドックスな片手剣。
確かに言われた通り、その切っ先は傷口と符合する。
「つまり、どういうことだ……? じゃあ、お前は一体何しに来たんだ」
「ええ~!!」
甘ったるい声がまとわりつく。
「何しに来たって……つれないなあ。キミ、人を殺しといてそれはないんじゃない?」
少女は細剣を鞘に納めると、ひょこひょこ、と巧に歩き寄った。
「お前も、俺を
「ん? うんまあ、目撃者だしねえ」
しゃあしゃあと少女は言う。
「おあいこ、って言いたいワケ? あ~あ、あの魔石チョー高いヤツなんだけど。これってブッソンって言うんだよね?」
少女は無防備に近寄る。
背の低い彼女は、巧の懐に潜り込むようにして上目遣いで頬を膨らませた。
ころころと鈴が鳴るように喋る。口が良く回る女だった。
「……ぐ」
殺してしまった負い目。
そして何より距離が近く、言葉に詰まる。
「つーまーりー」
にまあ。
彼女はチェシャ猫のように口を三日月にする。
「キミは責任取ってボクとケッコンすべきなんだよ!」
「……はあ!? なんだそれ!」
巧の反論など聞いていない。
少女は一人でうんうんと頷いている。
「そうそう。ボクを殺した責任、ちゃんと取って……、ん? これ以上言ったらマズイ気が……」
「……意味が分からない」
巧は肩を落とす。
「何がしたいんだよ、お前」
少女はキョトンとした。再三言ってるのに、と顔に書いてある。
――巧は、これ以上なく混乱した。
恩人を失った悲しみ。
剣戟の余熱。
罪悪感。
少女の意味不明な言動。
上手く処理できない。
ガラスがひび割れるような頭痛がまた走って、思わず頭を抱えた。
「大丈夫……?」
少女はおずおずと巧を覗き込む。
何の引け目も無いような態度で、ただ純粋に心配するように。
くりくりと大きいアーモンド型の瞳を見ながら、巧は大きな嘆息を吐いた。
「……整理させてくれ」
巧は眉間を
「まず、その結婚ってのはどういうことなんだ」
少女は後ろ手に組んで、こてんと首を傾げた。
後ろで一つ結びした白髪が揺れ、闇の中で月光を返す。
「ケッコンはケッコンだよ。男と女が一緒に住んでエッチして子供産むヤツだよ」
「……っ、なんでお前は、自分を殺した男と結婚したいのかって聞いてんだ……!」
露骨な言葉に一瞬たじろぐ巧だが、声を荒げてなおも問うた。
「そりゃあ、……キミに惚れたからに決まってんじゃんか」
少女は頬を少し染めた。つんと唇をとがらせる。
まるで、普通の少女が告白するように。ちょっと言い辛そうに。
そんな様子に、巧はにわかに牙を折られる。
「くっ……。いや、もういい、意味も文脈も分からないけど、もうそれはいい」
疲れたように目を擦る。
「じゃあ、なんでここにお前は来たんだ。こんな夜中に」
「うぇ? ……キミってちょっとバカ?」
怪訝そうに少女は見つめてくる。
不服だったが、巧は黙った。
「ケッコンしてほしいって、さっきから、ずぅーっ……と言ってるんですケド」
どうやら彼女の中では。
結婚したいと思ったら、夜中だろうが相手の元に訪れるのも当然の事らしい。
巧は頭痛と共に諦めた。
「じゃあ最後に――」
一瞬言い淀むが、口を無理やりこじ開ける。
「なんで、アルフレッドさんとダリアさんは殺されないといけなかったんだ。その男は誰なんだ……っ!」
ぐちゃぐちゃの感情のまま言い放つ。
その質問に、何のやましさも無く少女が答える。
「刺客……、いや、監視者かな――“
「刺客……!?」
巧は瞠目した。
「なんで刺客に狙われる必要があったんだ……! あの人たちは、なにも……」
「うーん、あのおじさん達じゃなくて――狙いは“キミ”だと思うよ?」
さらり、と。
人差し指を顎に当てながら、少女は考えるように上を見る。
「キミってば、ボクを殺しちゃったじゃん」
少女の高い声が酷く響く。
「
ぐわんと、視界が傾いた気がした。
それ以上いけない。