ぐちゃドロ系サイコ女は俺を立派な人斬りに育てたい 作:フォン・デ・ペギラパギラ
「うぬぁーー! 疲れたあー……!!」
大の字で草むらに倒れ込んでいるコピア。
ぜえぜえと胸が上下し、玉のような汗が褐色の肌を、つぅーと伝う。
しかし、その表情はどこまでも清々しかった。
「でも、楽しぃーー……!!」
嘆息一つ。
巧は呆れに似た笑みを口の端に僅かに浮かべた。
火照る体。
胸が昂る感覚。今となっては懐かしい。
くるり、と手に持った木剣を回した。
「ったく……、もういいんだな」
「うん……、くそー、もう限界……」
コピアの語尾に、これでもかと歯がゆさが滲んでいる。
――二人は、買い出しというタスクを脇に置いたまま、打ち合い稽古に勤しんでいた。
コピアに誘われるまま不承不承始めたが、いざやり始めると止め時を見失った。
夢中で時間を注ぎ。
日は沈みかけ、空が真っ赤に染まっている。
コピアは顔を歪めながら、上体を起こして胡坐をかいた。
「いつつ……。キミ、どんだけ体力あんのさ……」
「……」
閉口する。
それは巧も知らなかった。
(ゲームの体だとは思っていたけど、まさかここまでとは……)
多少の疲労はある。
それでもまだまだ動けそうな自分に少し驚く。
コピアを見る。
草の匂い。
虫の鳴き声。
その中でまだ肩で息をしながら、手をついて夕暮れの冷えた風に汗を乾かしている。
煌めく白髪が揺れる。
絵になる少女だった。
(こいつ、やっぱり凄い才能だな……)
正直な感想だが――彼女の剣技は最初は安直だった。
あの頃の戦友。
世界の頂きで相まみえた化け物。
あるいは一芸特化の変態。
彼らと比べたら雲泥の差。その開きは明白だった。
だが。
数時間の模擬戦。
巧からすればほんの瞬き程度の鍛錬――その中で拙いながら
しかしそれは、畏れでも、焦りでもなく――心の底から湧き上がるような歓喜に根差した感情だった。
そう。
この女との逢瀬は、存外に楽しかった。
巧はその火照りに浮かされるまま、あの頃のように素振りを始めた。
一つ。
二つ。
形を整えるように。
理想をなぞるように。
一瞬、時間を忘れる。
「……綺麗」
小さな呟きが風に溶ける。
巧は振り返った。
コピアが、膝を抱えて座っている。
膝に顎を埋めながら、優しい笑みで、見惚れるように巧を見ていた。
巧は気恥ずかしくなる。
コピアの表情が、まるで恋する乙女のようだったから。
誤魔化すように口を開く。
「……帰るか。結局、ちょっとしか買い出しできてないけど」
「うん、また明日買えばいいよ」
にこ、と清楚に笑む。
明るいオレンジ色の瞳が細まる。
こんな顔もできたのか、と巧は思った。
もっと見たいという感情を振り払うように、事なげなく言う。
「よし、じゃあ――」
――その時だった。
「オイオイオイ、女連れでいい身分だなあ」
三人。
ニタニタと。
物陰から溶け出てくるように現れた。
醸造酒の饐えた臭いが風に混ざる。
錆びて刃こぼれした剣を、無造作にぶら下げていた。
「なんだ、お前ら……」
巧は穏やかな気持ちが一転、警戒に染まる。
「あァ? お前ら、だァ? ずいぶんな口の利き方じゃねえか」
巧は咄嗟にコピアを見た。
さっきまで膝に顎を乗せて微笑んでいたコピアが、今は巧の隣に立ち、欠伸を噛み殺している。
気怠そうに肩が下がっていた。
剣の柄に手を伸ばそうともしない。
「おい女。貧相だがいい顔じゃねえか。少し俺たちに付き合えよ」
「……は? ヤダ」
コピアがおざなりに答える。
苛立ちに眉を顰めるが、しかしやる気のなさが滲み出た一言だった。
「あ? 生意気だなぁテメェ」
「ウザいし、クッサイんだけど」
「何だと……」
男たちの笑いが消えた。
「――男は殺せ。女は回してから売るぞ」
巧は焦る。
この世界は、短絡的すぎる。
「お、おい……本気か……!」
「『お、おい、本気か』 だってよ!」
げらげらげら。
裏声でこれでもかと誇張し、馬鹿にする。
嘲笑が耳に響く。
馬鹿にしながらも、じりじりと間合いを詰めてくる。
またコピアを見る。
ぽけーっと突っ立ったまま、一つも動こうとしない。
「おい……!」
余裕はない。
臆面もなく視線で助けを求める。
コピアは意を汲んで、それでも眠気にとろんとした瞳を擦った。
「知ってると思うけどさ。ボク、すっごい疲れて動けないんですケド……。ふぁああ~、ねむ……」
そう言って、ひょいと猫のように巧の後ろに隠れた。
巧の顔がぐにゃりと歪む。
(クソ、こいつマジか……嘘だろ……)
やむを得ず、木剣を構える。
男たちが更に嗤う。
ごろつきの得物と比べて、こんなもの子供の玩具にしか思えない。
しかし。
――細く息を吐く。
先頭の男の足の向き。
重心の位置。
剣を持つ手首の遊び。
巧はそれらを余すところなく、入念に見始めた。
腹が震えるほどの恐怖。
だがしかし――その感情とは裏腹に、氷のように冷たい戦意が脳髄を満たしていく。
巧は成す術なく、ソレに身を任せた。