ぐちゃドロ系サイコ女は俺を立派な人斬りに育てたい   作:フォン・デ・ペギラパギラ

8 / 8
8話:綺麗

「うぬぁーー! 疲れたあー……!!」

 

 大の字で草むらに倒れ込んでいるコピア。

 ぜえぜえと胸が上下し、玉のような汗が褐色の肌を、つぅーと伝う。

 

 しかし、その表情はどこまでも清々しかった。

 

「でも、楽しぃーー……!!」

 

 嘆息一つ。

 巧は呆れに似た笑みを口の端に僅かに浮かべた。

 

 火照る体。

 胸が昂る感覚。今となっては懐かしい。

 

 くるり、と手に持った木剣を回した。

 

「ったく……、もういいんだな」

「うん……、くそー、もう限界……」

 

 コピアの語尾に、これでもかと歯がゆさが滲んでいる。

 

 ――二人は、買い出しというタスクを脇に置いたまま、打ち合い稽古に勤しんでいた。

 

 コピアに誘われるまま不承不承始めたが、いざやり始めると止め時を見失った。

 

 夢中で時間を注ぎ。

 日は沈みかけ、空が真っ赤に染まっている。

 

 コピアは顔を歪めながら、上体を起こして胡坐をかいた。

 

「いつつ……。キミ、どんだけ体力あんのさ……」

「……」

 

 閉口する。

 それは巧も知らなかった。

 

(ゲームの体だとは思っていたけど、まさかここまでとは……)

 

 多少の疲労はある。

 それでもまだまだ動けそうな自分に少し驚く。

 

 異世界(こちら)にきて“荷物を運ぶのに便利”程度にしか認識してなかったが――この体はやはり、かつてと同じく剣を振るうのに特化しているようだった。

 

 コピアを見る。

 

 草の匂い。

 虫の鳴き声。

 

 その中でまだ肩で息をしながら、手をついて夕暮れの冷えた風に汗を乾かしている。

 煌めく白髪が揺れる。

 

 絵になる少女だった。

 

(こいつ、やっぱり凄い才能だな……)

 

 正直な感想だが――彼女の剣技は最初は安直だった。

 

 あの頃の戦友。

 世界の頂きで相まみえた化け物。

 あるいは一芸特化の変態。

 

 彼らと比べたら雲泥の差。その開きは明白だった。

 

 だが。

 

 数時間の模擬戦。

 巧からすればほんの瞬き程度の鍛錬――その中で拙いながら()()()()を仕掛けてくるまでの成長が見えた。

 

 天稟(てんぴん)を感じざるを得ない。

 

 しかしそれは、畏れでも、焦りでもなく――心の底から湧き上がるような歓喜に根差した感情だった。

 

 そう。

 この女との逢瀬は、存外に楽しかった。

 

 巧はその火照りに浮かされるまま、あの頃のように素振りを始めた。

 

 一つ。

 二つ。

 

 形を整えるように。

 理想をなぞるように。

 

 一瞬、時間を忘れる。

 

「……綺麗」

 

 小さな呟きが風に溶ける。

 

 巧は振り返った。

 

 コピアが、膝を抱えて座っている。

 膝に顎を埋めながら、優しい笑みで、見惚れるように巧を見ていた。

 

 巧は気恥ずかしくなる。

 コピアの表情が、まるで恋する乙女のようだったから。

 

 誤魔化すように口を開く。

 

「……帰るか。結局、ちょっとしか買い出しできてないけど」

「うん、また明日買えばいいよ」

 

 にこ、と清楚に笑む。

 明るいオレンジ色の瞳が細まる。

 

 こんな顔もできたのか、と巧は思った。

 もっと見たいという感情を振り払うように、事なげなく言う。

 

「よし、じゃあ――」

 

 ――その時だった。

 

「オイオイオイ、女連れでいい身分だなあ」

 

 三人。

 

 ニタニタと。

 物陰から溶け出てくるように現れた。

 

 醸造酒の饐えた臭いが風に混ざる。

 錆びて刃こぼれした剣を、無造作にぶら下げていた。

 

「なんだ、お前ら……」

 

 巧は穏やかな気持ちが一転、警戒に染まる。

 

「あァ? お前ら、だァ? ずいぶんな口の利き方じゃねえか」

 

 巧は咄嗟にコピアを見た。

 

 さっきまで膝に顎を乗せて微笑んでいたコピアが、今は巧の隣に立ち、欠伸を噛み殺している。

 気怠そうに肩が下がっていた。

 剣の柄に手を伸ばそうともしない。

 

「おい女。貧相だがいい顔じゃねえか。少し俺たちに付き合えよ」

「……は? ヤダ」

 

 コピアがおざなりに答える。

 苛立ちに眉を顰めるが、しかしやる気のなさが滲み出た一言だった。

 

「あ? 生意気だなぁテメェ」

「ウザいし、クッサイんだけど」

「何だと……」

 

 男たちの笑いが消えた。

 

「――男は殺せ。女は回してから売るぞ」

 

 巧は焦る。

 この世界は、短絡的すぎる。

 

「お、おい……本気か……!」

「『お、おい、本気か』 だってよ!」

 

 げらげらげら。

 

 裏声でこれでもかと誇張し、馬鹿にする。

 嘲笑が耳に響く。

 馬鹿にしながらも、じりじりと間合いを詰めてくる。

 

 またコピアを見る。

 ぽけーっと突っ立ったまま、一つも動こうとしない。

 

「おい……!」

 

 余裕はない。

 臆面もなく視線で助けを求める。

 

 コピアは意を汲んで、それでも眠気にとろんとした瞳を擦った。

 

「知ってると思うけどさ。ボク、すっごい疲れて動けないんですケド……。ふぁああ~、ねむ……」

 

 そう言って、ひょいと猫のように巧の後ろに隠れた。

 巧の顔がぐにゃりと歪む。

 

(クソ、こいつマジか……嘘だろ……)

 

 やむを得ず、木剣を構える。

 男たちが更に嗤う。

 ごろつきの得物と比べて、こんなもの子供の玩具にしか思えない。

 

 しかし。

 

 ――細く息を吐く。

 

 先頭の男の足の向き。

 重心の位置。

 剣を持つ手首の遊び。

 

 巧はそれらを余すところなく、入念に見始めた。

 

 腹が震えるほどの恐怖。

 

 だがしかし――その感情とは裏腹に、氷のように冷たい戦意が脳髄を満たしていく。

 巧は成す術なく、ソレに身を任せた。

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