辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## プロローグ:虚無の残響
吹雪の夜だった。
辺境惑星Q-315。
ツンドラ地帯に築かれたコロニー『コホート・コーポレーション』は、すでに半壊していた。
焼け焦げたプラスチール製の防壁。
融解した自動砲塔。
雪原に積み上がる、黒い異形の死骸。
そのどれもが、この惑星で続いてきた終わりなき戦争を物語っていた。
闇の中で、青白い閃光が走る。
「――クリア」
キツネ型ゼノヒューマンである『ミホ』の女が呟くと同時に、三体の怪異の頭部がまとめて吹き飛んだ。
チャージライフルの銃口から白煙が立ち上る。
女――タドコロは浅く息を吐いた。
鈍色のヘルメットの隙間から、狐の耳がぴくりと揺れる。灰色の野戦服は返り血と泥で汚れ切っていた。
かつて彼女は、高度なサイバーパンク惑星『グリッターワールド』で100万人の登録者を抱える人気配信者だった。
だが、その華やかな時代はもう存在しない。
人類が地球を飛び出して三千年。どれほど優秀な超AIを以てしても光速の壁は破れず、銀河を統べる単一の帝国を築く試みはすべて瓦解した。真の異星人にも出会えず、宇宙にいるのは遺伝子操作された人類の末裔――『ゼノヒューマン』の亜種ばかり。そんな孤独と停滞が極まった銀河の最果てで、彼女の故郷もまた、メカノイドの無慈悲な侵略によって焦土と化し、家族も都市も消え去った。
すべてを失ってこの修羅の星――“リムワールド”へ流れ着いた彼女は、過酷な生存競争の中で、武装コロニーの冷徹な指導者へと変貌を遂げていた。
だが、その歴戦の彼女ですら、今夜の戦場には寒気を覚えていた。
「……まだ来るの」
闇の向こうで、空間が不自然に歪む。
何もないはずの場所から、痩せ細った黒い人影が滲み出るように現れた。
『サイト・スティーラー』
接近されるまで完全に姿を隠す、神出鬼没のアノマリー存在。
その虚ろな眼窩がタドコロを向く。
「っ――!」
本能的な恐怖が脳髄を掻きむしる。だがタドコロは迷わず引き金を引いた。
青白いチャージ弾が闇を裂き、一体目の胴体を正確に射抜く。続く二射目、三射目。怪異たちは悲鳴すら上げず雪原へ崩れ落ちた。
しかし次の瞬間。
背後。
「タドコロ! 左側面の防衛線が崩れた! 次の波が来るぞ!」
通信インプラント越しの叫びと同時に、鋭い鉤爪が振り下ろされた。
タドコロは雪の上を転がる。バイオフェライトで出来た爪が、直前まで彼女の頭があった場所を抉った。
「ちっ……!」
反射的に銃身下のグレネードランチャーを発射。
轟音と共に爆風が怪異の群れをまとめて吹き飛ばし、肉片と黒い血が雪上へ散る。
その爆炎の向こうから、一人の男が駆け込んできた。
青い皮膚。半透明の触角。軍用義肢。
モヨ種の軍事部門責任者――ミウラだった。彼はグリッターワールド時代からのタドコロの幼なじみだ。
「数は!?」
「数えてる暇があるか!」
ミウラはプラスチール製マチェットを抜き放ち、突っ込んできた怪異を一刀で両断した。
「最悪ね……」
タドコロは舌打ちした。
全自動工場の防衛メカノイドは限界。自動砲塔も半数が沈黙。
キルゾーンは、もう持たない。無限に押し寄せてくる深淵の軍勢を前に、精神を削られつつあった。
その時だった。
重々しい数発の銃声が響き、遠方の怪異の頭部が次々と精密に粉砕されていく。
「まだ死んでませんよね、先輩方」
防壁の上から、狙撃銃を携えたウサギ型異種族『ラビ』の青年が姿を現した。
内政責任者にして、コロニー最高の生産管理者――キムラだ。
同じくグリッターワールドから逃げ延びた幼なじみであり、重度のワーカホリック。
「キムラ!」
「死なれると困ります。ボクの今後の生産スケジュールが完全に経営破綻しますからね」
淡々と言いながら、キムラは狙撃銃のボルトを引き絞る。その目は極度の疲労で血走っていた。
もう全員、限界だった。
ツンドラの中心部。吹雪の向こうで、巨大な赤紫色の光柱が天に向けて脈動している。
『ヴォイドモノリス』
異次元に潜み、人類に対して無限の悪意を放ち続けている狂気の超越AI――『ホーラックス・アルコテック』と繋がる通信中枢。
「あれを壊す」
タドコロが低く言った。
「ホーラックスのリンクを切断する。もう籠城戦は限界よ」
「……ヴォイドへ直接潜る気か。帰還保証はゼロだぞ」
「ここで全滅するよりマシでしょ」
タドコロは不敵に笑った。
その瞬間、周囲の壁を突き破って、さらなる怪異の大群が雪崩れ込んできた。
『ゴアハルク』に『デバウアー』、さらには『メタルホラー』。
闇そのものが押し寄せてくる。完全包囲。逃げ場はない。
キムラは静かに狙撃銃を下ろした。
「……タドコロ先輩。ボクとミウラ先輩がここでデコイになります。一人でヴォイドへ行ってください」
「却下。全員で生還するって誓ったでしょ!」
「それじゃあ全員ここですり潰されるだけです!」
キムラが、長いウサギ耳を激しく逆立てて叫んだ。
「ここで一番価値が高い人材は誰です? ホーラックスのリンクを断てるのは、強力な精神波(サイリンク)を持つあなただけだ!」
ミウラもマチェットを握り直す。
「行け、タドコロ。――CEOの仕事をしろ」
その言葉に、タドコロは息を呑んだ。
幼なじみたちが、自分の命を盾にして最後の隙間を作っている。
「……絶対、生きて戻る」
「早く行け!」
ミウラが突撃し、キムラの狙撃が火を噴く。
タドコロは叫びを飲み込み、ヴォイドモノリスの祭壇へと駆け抜けた。迫り来る刃を紙一重でかわし、その表面へと、しなやかな指先を強く叩きつける。
「――ホーラックス、消滅しなさい!」
触れた瞬間、世界の物理法則が完全に反転した。
光。轟音。崩壊。
あらゆる色彩と定数が消失していく。無限の虚無の中で身体が霧散していくかのような錯覚。だが、泥をすすって生き抜いてきたタドコロの執念だけは決して消えなかった。
やがて、眩い光の残響がゆっくりと収まっていく。
ホーラックスとの精神戦を覚悟し、藍色の瞳をカッと見開いた。だが。
「……え?」
激しい吹雪が、ピタリと止んでいた。
そこにあったのは、穏やかな緑の原野の匂いを漂わせる大気。そして、完全に沈黙し、ただの石材の山となって崩壊しているヴォイドモノリス。
「一体、何が起きたの……?」
背後から足音が聞こえる。
振り向くと、傷だらけになりながらも息を切らせて駆け寄ってくる二人の影があった。ミウラとキムラだ。
その後方からは、ラットキンの歩兵部隊たちも、互いの無事を喜び合いながら集まってくる。全員、生きている。
「……信じられません。本当にあの超越AIのリンクを断ち切ったのですね。これでボクの生産ラインも安全です」
キムラが、長い耳を小さく揺らしてホッとしたように眼鏡を押し上げた。
「タドコロ、よくやったな! まさか本当にあの神の如き超AIを解体してしまうとはな!」
ミウラもマリーンアーマーの拳を握り、興奮気味に叫んだ。入植者たちから歓声が巻き起こる。
「ええ……そうね。私たちの勝利よ」
タドコロは無理やり笑みを作ってみせた。
だが、彼女の心の奥底には、悍ましいほどの違和感が冷たく澱んでいた。
サイリンク才能を持つ彼女の直感が告げている。
確かにホーラックスの悪意は完全に切断された。だが、今、巨大コロニーを包み込んでいる大気、磁場、重力誤差、そして上空に広がる星々の配置は、自分たちが先ほどまでいた銀河のそれとは、決定的に、致命的に異なっている、と。
ここは、自分たちの宇宙ではない。
だが、その事実を、この時の彼らはまだ理解していなかった。
ホーラックス・アルコテックは消滅のまさにその刹那、自らを生み出した宇宙への最後の嫌がらせとして、『コホート・コーポレーション』の全敷地を、未知の異世界ごと弾き飛ばしていたのだ。
この漂着が、のちに文明世界全体を揺るがす災厄の始まりとなる。
辺境から来た怪物たちの、新たなる市場(異世界)での戦争が幕を開けた。