辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第7.5話:怪物企業の名刺
### 1.
巨大都市ミューズの空に、見たこともない飛行物体が現れたのは、正午を少し回った頃だった。
最初に異変へ気付いたのは、総督府外縁部の監視塔へ詰めていた見張り兵である。彼は晴天の青空を横切る奇妙な飛翔体を目撃した瞬間、自分の目を疑い、次いで喉を引き攣らせるような悲鳴を上げた。
「ひ、飛竜ではない……! な、なんだあれは……!」
その叫びは、瞬く間にミューズ市街へ伝播した。
石畳の大通りを歩いていた商人たちが立ち止まり、露店の店主が空を見上げ、荷車を引いていた労働者が帽子を落とし、やがて都市全体が巨大なざわめきに包まれていく。
空を飛んでいたのは、生物ではなかった。
翼を羽ばたかせることなく、巨大な白い箱のような物体――コホート社の装甲シャトルが、都市上空を滑るように進み、総督府の眼高でピタリと動きを止めたのである。
全長20メートル近い、汚れひとつない純白の機体。後部の巨大な双発ノズルからは、陽炎を伴う爆発的な熱風が噴き出しており、大気をビリビリと震わせる重低音が都市に降り注ぐ。さらに、機体の各所に配置された小さなノズル(推力偏向スラスター)が、プシュー! という高圧の排気音とともに白いガスを絶え間なく噴射し、その猛烈な突風が下方の街路を激しく煽っていた。
魔法の光も、風の加護もない。凄まじいエネルギーの燃焼と金属的な駆動音を轟かせながら、その巨大な「白い質量」を強引に空中にホバリング(静止)させている。その姿は飛行生物でも魔導船でもなく、徹底して規格化された工業の暴力そのものに見えた。
「あれが……噂の古代魔導兵器なのか……?」
「いや、神罰だ……!」
「飛竜中隊が一方的に撃ち落とされたという噂は、本当だったのか……」
市民たちは怯え、兵士たちは青ざめ、そして総督府の窓からそれを見上げていたラーク総督は、無意識のうちに拳を血が滲むほど握り締めていた。
「……あれか」
低く漏れた声には、苛立ちと警戒、そして否定しようのない恐怖が混じっていた。
先日の大敗報告から、ラークは幾度となく自分へ言い聞かせてきたのだ。
相手は未知の古代兵器を少し持っているだけだ、と。所詮は辺境の獣人集団に過ぎず、皇国の国力そのものが脅かされるわけではない、と。
だが、実際にこの“空飛ぶ鉄塊”を目の当たりにした瞬間、その楽観は音を立てて崩れ始めていた。
「総督閣下!」
執務室へ駆け込んできた副官が、額に脂汗を浮かべながら叫ぶ。
「飛来物体より通信要請です! 意味不明な符号でしたが、通訳奴隷に解析させたところ、“会談を要求する”との内容で――」
「……会談、だと?」
ラークは目を細めた。脅迫ではない。宣戦布告でもない。あくまで事務的な“会談”。そこに、相手側の妙な理性を感じ取った瞬間だった。
「総督閣下、いかがなさいますか!? 都市防衛隊へ迎撃命令を――」
「馬鹿者」
ラークは鋭く一喝した。
「飛竜12騎が数分で壊滅し、大隊500が消し飛んだ相手に、この都市の守備兵だけで勝てると思うか?」
副官は息を呑み、言葉を失う。
空に静止する白い飛行機械は、まるでこちらの反応を観察しているかのように、完璧な静止を保っている。あれほどの力を持ちながら、都市を即座に焼き払わない。ならば、少なくとも現時点では“交渉の余地”があるということだ。
「……総督府の迎賓室を使え。会談に応じ、敵の腹を探る」
ラークはそう言ったあと、わずかに口元を歪めた。
「それに――こちらにも時間が必要だ。本国への報告は既に送ってある。皇都エストシランドから本物の討伐軍が来るまで、せめて相手の正体くらいは掴まねばならん」
同時刻。ミューズ上空に滞空するシャトル内部では、タドコロが足を組みながら、窓越しに異世界の都市を眺めていた。石造りの建築群、煙を吐く工房、帆船が並ぶ運河。
「良い街じゃない」
タドコロは扇子を口元へ当て、妖しく微笑む。
「ノゾミの言う通り、わざわざ都市の上空にシャトルで来た甲斐があったわね。これ以上ない『ご挨拶』になったわ」
「ええ、ボス。……」
向かい側に座るミウラが、半ば呆れたように頭部の触角を揺らした。
「ボス、本当に交渉するんですか? 向こうは明確に我が社へ敵対行動を取ってきましたよ」
「だからこそよ」とタドコロは即答した。
「恐怖を与えた直後が、一番交渉しやすいの。力の差を理解している相手ほど、合理的になるものよ。さて……パーパルディア皇国。あなたたちは、我が社の優良な“顧客”になれるかしら?」
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### 2. 最高経営責任者の商談
総督府迎賓棟は、ミューズでも屈指の壮麗さを誇る建築物だった。白い大理石で組まれた巨大な列柱、赤い絨毯が敷き詰められた長大な回廊は、この地を支配するパーパルディア皇国という国家の威光を、訪問者へ無言のうちに叩きつけていた。
だが、その重厚な空気は、今日に限ってはどこか張り詰めていた。
「……入ります」
衛兵の声と共に、迎賓室の巨大な扉がゆっくりと開かれる。そして次の瞬間、室内にいた皇国の文官たちが一斉に息を呑んだ。
最初に入ってきたのは、黒と藍を基調とした和装へ身を包んだ狐耳の美女――タドコロだった。腰まで届く銀髪に、冷たい藍色の瞳。
続いて現れたのは、重厚なマリーンアーマーを纏った深海種族《モヨ》の男ミウラ、そして数名の護衛兵が続き、全員が異様なほど統制された動きで室内へ入ってくる。
彼らは、地方貴族ですら緊張して膝を折る権力の中心において、まるで自社の会議室へ入るかのような気軽さで足を踏み入れていた。
「……初めまして、ラーク総督」
タドコロは微笑みながら軽く一礼した。
「コホート・コーポレーション最高経営責任者《CEO》、タドコロよ。今日は貴重なお時間をありがとう」
“最高経営責任者”。その肩書きは、貴族制度の中で生きるパーパルディア人たちにとって、酷く奇妙で異質な響きを持っていた。王でも、将軍でも、総督でもない。だが、明らかにこの不気味な集団の頂点に立つ存在。
「……貴様らが、我が軍を襲撃した集団か」
ラークの低い声が響く。周囲の衛兵たちが緊張でサーベルを握り締めるが、タドコロは平然と扇子を揺らした。
「取引の前に一つだけ訂正させて。襲撃されたから、我が社の資産防衛のために『適切な反撃を行った』、よ」
「我が軍は属領内の反乱分子を討伐していただけだ」
「その結果、こちらへ発砲し、戦闘を誘発したわ。だから自衛した。それだけの話よ。あなたたちの軍隊は、こちらを脅威と判断して攻撃し、こちらはそれへ対処した。極めて合理的な結果でしょう?」
500人の大隊を壊滅させておきながら、“対処”。この女は、自分たちの行為を一切“戦争”として認識していない。まるで害虫駆除か、事故処理の感覚だった。その事実が、ラークの背筋をぞっと冷やした。
「単刀直入に言うわ」
タドコロは扇子を閉じた。
「私たちは、この世界を侵略するつもりはないの。ですが、我が社は生存と利益を必要としている。そのためには資源、物流、人材、市場が必要不可欠。取引しましょう、総督。あなたたちは我々へ敵対しない。代わりに、我々はあなたたちへ技術と商品を提供するわ。医薬品、金属加工品、農業設備、そして――兵器。欲しいものは沢山あるでしょう?」
ラークは沈黙した。頭の中で、計算が高速で回り始める。
この連中は危険だ。だが同時に、もし本当にこの技術を皇国側へ取り込めれば、第三文明圏の勢力図そのものを塗り替えられる。そして何より、今ここで交渉を拒絶した場合、自分はこの怪物たちと再び戦わなければならない。
「……確認したい。貴様らは、一体何者だ」
タドコロは静かに笑った。
「辺境(リムワールド)から来た、ただの企業よ」
その答えを聞いた瞬間、ラークは本能的に理解した。この女は嘘をついていない。そして同時に、それが最悪だった。国家ですらなく、“企業”でこの力を持っている。ならば、彼らの背後には、一体どれほど巨大な文明が存在しているのか。
「……仮に」やがてラークは、慎重に口を開いた。
「仮に、我々が取引へ応じたとして、貴様らは何を望む」
タドコロが視線を動かすと、長いウサギ耳を揺らしたキムラが前へ出て、小型端末を机上へ展開した。
**パッ――。**
青白い立体ホログラムが空中へ浮かび上がる。
魔法詠唱も魔石もなしに、光そのものが空間へ固定されている光景に、文官たちが「なっ……!?」「空中へ絵が……!」と狼狽する。
「現在、我が社が必要としているのは主に鉱物資源、可燃資源、食料生産基盤、そして労働力です」
キムラは彼らの動揺を無視し、事務的な口調で告げる。
「特に鉄鉱石、石炭、硝石、硫黄のバルク供給は優先度が高い。これらを我が社の指定レートで買い付けます」
国家間交渉の場で“硫黄の在庫数”を真顔で話し始める連中など見たことがない。
「代わりに、こちらは医療技術、高効率農具、金属加工品、防衛装備の一部提供を検討しているわ。特に医療分野は、あなたたちにとって有益だと思う」
タドコロが促すと、今度は白衣姿のエポナ女性アンドゥが冷え切った視線で前へ出た。
「感染症、組織壊死、重度内臓損傷、複雑骨折。我が社のナノメディシンと最低限の外科設備があれば、それらはすべて『治療可能な軽傷』に分類されます。あなた方の兵士の平均寿命は大きく伸びるでしょう」
戦場における負傷兵の死亡や四肢切断が日常茶飯事であるこの世界において、それは常識の破壊だった。
「……そこまでの技術を、なぜ我々へ渡す」
ラークは警戒を隠さなかった。あまりにも都合の良すぎる話だ。裏で何を企んでいる。
だが、タドコロは実に自然な、退屈そうら気さえある調子で答えた。
「市場は、豊かな方が利益になるからよ。勘違いしないでほしいのだけれど、私たちは救世主じゃない。あなたたちを導く気も、文明を啓蒙する気もないわ。でも、飢えて死にかけた痩せた土地の人間と取引するより、健康で豊かな人間を相手にした方が、我が社にとって『効率が良い』のよ」
ラークは静かに目を閉じた。
彼女たちの言葉に、国家への敬意や支配欲は微塵も存在しない。あるのはただ、家畜を効率よく育てるかのような、徹底して乾いた商業的合理性だけだった。
現時点で、このコホート・コーポレーションを武力排除するのは不可能。ならば必要なのは、本国からの返答を待つための時間だ。
「……条件付きで停戦を受け入れよう。ただし、皇国領内での無断軍事行動は禁止する。また、属領民へ勝手な干渉も認めん」
「善処するわ。そこは今後の交渉次第ね」
即答だった。ラークの額に青筋が浮かぶが、この女が最初から“完全な従属”など要求していないことも理解できた。互いに利用価値がある限り関係を維持する――もっと冷徹な、契約関係。
「では、今日は顔合わせということで」
タドコロは立ち上がった。和装の袖を優雅に揺らし、悪魔のような微笑みを浮かべる。
「このあと、ポートの広場に簡単な“サンプル”を置いていくわ。我が社の最高級医薬品と、高効率農業機材を少しだけ。――無償提供よ。使えば、きっと戻れなくなるわよ?」
それは、銃弾よりも確実に国家を蝕む、贅沢という名の侵略の始まりだった。
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### 3. 時間稼ぎの天秤
コホート社のシャトルがミューズ総督府を離陸したのは、夕刻だった。都市上空へ浮かび上がる純白の飛行体を、市民たちは固榻を呑んで見上げていた。
「……化け物め」
総督府最上階のバルコニーからシャトルを見送っていたラークは、低く吐き捨てた。
「総督閣下……本当に奴らと停戦なさるおつもりで?」
副官の問いに、ラークは焦燥をにじませて首を振った。
「停戦などしておらん。時間を買っただけだ。本国からの返答が来るまでのな」
既にラークは、皇都エストシランドへ『未知の古代魔導兵器を保有する獣人勢力』『通常戦力による鎮圧は困難』という緊急報告を送っている。
だが、問題はそれまで属領が持ち堪えられるかだ。今回の大敗によって、既に周辺農村では“皇国軍敗北”の噂が急速に広がり始めていた。
皇国軍は絶対無敵、飛竜は天の支配者。その神話が崩れ、属領民たちが“皇国は倒せる”と考え始めたら……ラークの背筋へ、冷たい汗が流れた。
その頃、プロスペリティへ帰還したシャトルは、巨大グラヴシップ上層部の格納庫へ静かに着艦していた。
『グラヴエンジン稼働を維持した場合、予備燃料は推定11ヶ月で枯渇』
作戦指令室へ戻ったタドコロに、中央AIマザーの無機質な音声が告げる。
『加えて、戦闘ドローンおよびレーザー兵器の連続運用により、超伝導材ストックも減少傾向』
「チャージ兵器の弾薬は再生産できますが、高性能電子部品の代替鉱物がこの世界で見つかるかどうかが勝負です」
キムラが疲れ切った顔で報告し、ミウラも腕を組む。
コホート・コーポレーションは圧倒的だが、それは“有限の遺産”による優位。浮遊しているだけでもエネルギーを消費するプロスペリティは、資源を食う怪物だった。
「……だからこそ、この世界の流通網と交易路を握る必要があるのよ」
タドコロはミューズの地図を睨み据えた。必要なのは“補給線《サプライチェーン》。この世界へ根を張り、生産と交易の循環へ組み込まれなければ、いずれ自分たちも立ち枯れる。
「ボス。今回の会談で、パーパルディアの本国中央が動き始めるでしょうね」
ハンスが静かに言うと、タドコロは妖しく、そして獰猛に笑った。
「ええ。もし本国が本気で動けば、長期的な消耗戦になる。だからこそ、その前にこの現地勢力を完全に我が社の“経済圏”へ抱き込むのよ。交易、資源、現地労働力……すべてをこちら側へ引き込めば、皇国も簡単には動けなくなるわ。――さあ、次は“商売《ビジネス》”を始めるわよ。この世界そのものを、我が社の市場に変えるためにね」
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