辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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第3章 第13話:勝利の定義
**1.何のために戦うのか**
グラ・バルカス帝国首都、ラグナ。
レイフォル王国およびパガンダ王国に対する宣戦布告から一夜明け、帝国軍最高司令部の大会議室には、皇帝グラ・ルークス、国防参謀総長サンド・パスタル、陸海空の各参謀総長、そして外務・兵站部門の長が顔を揃え、具体的な作戦計画の策定に入っていた。
「開戦直後に全艦隊を以て大規模攻勢に出るべきです」
海軍参謀総長が、地図上のレイフォル近海を力強く指差した。
「敵主力艦隊を軍港ごと撃滅し、主要都市の沿岸拠点を占領する。レイフォルの海軍力を完全に破壊し制海権を掌握すれば、敵は我々に抵抗できなくなり、直ちに降伏するでしょう」
一見、勇ましい提案だ。しかし、ルークスは腕を組んだまま素朴な問いを投げかけた。
「敵艦隊を撃滅し、沿岸を占領したとして……その後はどうする?」
「は……?」
「レイフォルには広大な本土があり、陸軍があり、未知の魔導兵器があり、強固な政治体制がある。沿岸の港をいくつか焼いただけで、国全体が大人しく降伏するという保証がどこにある?」
ルークスの言葉に、海軍参謀総長は言葉を詰まらせた。
「さらに言えば」兵站部門の長が口を挟む。
「帝国海軍が全艦隊で大規模な侵攻作戦を実施すれば、燃料や弾薬を莫大に消費します。遠方の未知の海域で主力艦が損傷した場合、現地の修理設備(ドック)も補給港もありません。戦争が長期化すれば、我々の燃料の方が先に尽きます」
ルークスは、地図を睨みつけながら戦争の目的を改めて定義した。
「帝国が求めているものは、単なる怒りに任せた『報復』や『国土の征服』ではない。我々の戦争目的は以下の三つだ。
一つ、帝国艦艇が公海上で攻撃されない安全な環境を確保すること。
二つ、帝国の測量・航路開拓・海上交易を何者にも妨害されず継続できるようにすること。
三つ、レイフォルとパガンダに、『帝国を攻撃すれば国家的な代償が伴う』と骨の髄まで理解させ、二度と同じ真似を起こさせないことだ」
ルークスは真っ直ぐに軍幹部たちを見渡した。
「これらを実現するために、レイフォル本土全域を占領する必要があるか? いや、ない。我々に必要なのは『完全なる勝利』という名誉ではなく、『帝国の安全』という実利だ」
**2.三つの戦争計画と皇帝の決断**
ルークスの意向を受け、軍部はレイフォルに対する三つの作戦案を提示した。
作戦案A:『限定懲罰作戦』
目的は、レイフォルに軍事的・外交的譲歩を認めさせること。帝国海軍がレイフォルの海上活動を制限し、一部の軍事施設や艦隊拠点に限定的な圧力をかける。作戦期間と燃料消費を最も抑えられるが、レイフォルが損害を受けても降伏せず、継戦するリスクがある。
作戦案B:『海上優勢の確保』
目的は、レイフォル海軍の組織的な作戦能力の完全破壊。敵主力艦隊の撃破を優先し、主要港湾への出入りを封鎖する。絶対的な海上優勢を確保した上で講和を迫る。帝国の海軍力を最も活かせるが、敵艦隊が決戦を避けて分散・温存を図った場合、戦争は長期化する。
作戦案C:『本土制圧作戦』
目的は、レイフォル政府を軍事的に屈服させ、戦争を決定的に終わらせること。海軍が制海権を確保した後、上陸作戦を支援し、主要港湾や交通の要衝を占領する。成功すれば戦争遂行能力を直接破壊できるが、上陸部隊の輸送・補給・損耗補充が必須となり、帝国の兵站への負担は致命的なものになる。
「陛下。限定的な攻撃(案A)では、敵は我々の決意を疑うでしょう」
サンド・パスタルが食い下がる。
「徹底的に海軍力を叩き、本土に上陸して二度と逆らえない状態(案C)にすべきです」
「ならば聞くが」ルークスは冷たく返した。
「レイフォルが降伏したとして、その広大な国土を誰が管理するのだ? 港湾を占領したとして、誰がそこへ貴重な燃料と物資を運び続ける? 敵の艦隊を破壊したとして、内陸に残存する無数の『魔導兵器』の脅威を、誰が排除するのだ?」
戦艦や空母は、敵の戦艦を撃沈することはできる。しかし、敵国の行政機構を動かすことも、広大な土地の治安を維持することもできない。帝国は転移後の新しい世界で、まだ自国の足場すら十分に固めていないのだ。
「作戦の第一段階は、レイフォル海軍の作戦能力の破壊と、帝国の海上活動の安全確保(案B)とする。本土への上陸および全面侵攻は許可しない」
ルークスは最終的な決断を下した。
「ただし、レイフォルが抵抗を続け、限定的な軍事圧力では講和を引き出せないと判断した場合に限り、作戦を拡大する余地を残す。……まずは、奴らの『海』を奪え」
開戦前から本土制圧を決定するのではなく、限定的な軍事目標から始め、戦況と敵の反応に応じて目的の達成手段を拡大する。それは、帝国の軍事力への絶対的な自信と、転移後のアキレス腱(兵站限界)を完璧に理解するルークスの、極めて慎重で合理的な戦略だった。
**3.強大な敵にどう対抗するか**
視点は変わり、レイフォル国の王都レイフォリア。
国王ヒューエル一世と宰相ゴードン・ランカーは、帝国との戦争が避けられなくなったことを受け、陸海軍の首脳を招集していた。
レイフォルにとって最大の問題は、『帝国の全容(戦力と補給能力)を正確に把握できていないこと』だった。
「これまでに観測した帝国の艦艇は、異常に大型で高速、かつ重武装です。従来の海戦ドクトリンでは、正面からの砲撃戦は不利になる可能性が高い」
海軍の将官が、苦渋に満ちた報告を上げる。
「一方で、我が軍は多数の『魔導兵器(魔導砲や航空部隊)』を保有しておりますが、帝国の未知の火器に対して、これらがどこまで有効なのかは完全に未知数です」
レイフォル側も、複数の防衛シナリオを検討した。
案A:『沿岸防衛の強化』
主要港湾、海峡、沿岸要塞砲を重点的に防衛し、帝国艦隊が自由に接近できない環境を作る。敵艦隊に「接近すれば痛手を負う」というリスクを負わせる。
案B:『艦隊の温存(フリート・イン・ビーイング)』
敵主力との正面決戦を避け、艦隊を安全な港湾に分散・温存する。「強力な艦隊がまだ存在する」という事実だけで敵の制海権を脅かし、行動を制限する。敵が接近した際のみ局地的な反撃を行い、帝国の艦艇に少しずつ損傷を与え続ける。未知の海域で修理も補給もできない帝国にとって、艦の損耗は最大の弱点になるはずだ。
案C:『戦争の長期化を狙う』
帝国の燃料や補給の制約(とレイフォル側が推測しているもの)を利用し、短期決戦を徹底的に避ける。沿岸の拠点を守り、敵の作戦範囲を限定し、時間をかけて帝国の継戦能力を削り落とす。
「我が国の基本方針は、艦隊の温存と長期持久戦とする」
ヒューエル一世は決断した。
「奴らとて、あの巨大な鋼鉄の塊を動かすには莫大なエネルギーが必要なはずだ。我が海軍の壊滅を防ぎ、戦争継続能力を維持しさえすれば、いずれ帝国の息切れを待って、有利な条件で講和の席に着くことができる」
レイフォルにとっての勝利は、帝国艦隊を全滅させることではない。
本土を守り、国家としての独立性を維持し、帝国に一方的な条件を押しつけられない状態で戦争を『終わらせる』こと。それこそが、列強としての現実的な勝利条件だった。
**4.保護国という名の呪縛**
「しかし、陛下。パガンダ王国をどう扱いますか?」
ゴードンが、最も厄介な政治的問題を切り出した。
ヒューエル一世は、ドグラスの独断行動が戦争の直接的な引き金になったことを十分に理解し、腹の底から憎悪している。
だが、ここで帝国に怯えてパガンダを完全に見捨てれば、「レイフォルは保護国すら守れない国だ」と見なされ、周辺諸国からの信頼は地に落ちる。列強としての体面が崩壊するのだ。
「……パガンダは、見捨てない。我が国の保護対象として維持する」
ヒューエル一世は、吐き捨てるように言った。
「ただし、パガンダの尻拭いのために、我がレイフォルの海軍主力を無制限にすり減らすような真似は絶対に避けよ。パガンダには自力で沿岸を防衛させ、我が軍はあくまで戦略的な後方支援に留めるのだ」
ゴードンは深く頷いた。
「ムーなどの第三国を通じた、外交的な解決の糸口も引き続き模索いたします。……戦争は始まってしまいましたが、終わらせる準備だけは常に整えておかなければなりません」
**5.交差する勝利の定義**
グラ・バルカス帝国は、海軍の圧倒的な優位を利用して、短期間でレイフォル海軍を破壊し、安全保障上の譲歩を迫りたい。しかし、本土占領に踏み切るには、燃料や補給という決定的なアキレス腱がある。
レイフォル王国は、正面決戦を避けて時間を稼ぎ、国家の戦争継続能力を維持したい。しかし、港湾や海上輸送を封鎖されれば、国内経済が干上がり、長期戦を続けること自体が困難になる。
グラ・バルカス側は「レイフォルは早期に講和へ応じるだろう」と考えた。
レイフォル側は「帝国は補給上の制約から、大規模な作戦を長期間維持できないはずだ」と期待した。
だが、それはどちらも確証のない、相手への希望的観測に過ぎなかった。
互いに異なる『勝利の定義』を掲げた二つの国家が、暗闇の中で手探りのまま、戦争という極めて不確実な怪物(戦争の霧)に呑み込まれようとしていた。
帝都ラグナの軍港から、帝国海軍ラクスタル大将率いる第一機動艦隊が、濃密な黒煙を上げて出撃していく。
レイフォルの沿岸防衛陣地では、無数の兵士たちが魔導砲の照準を海へと合わせていた。
両国はそれぞれ「これが最も合理的だ」と信じる戦略と準備を進めている。
しかし、戦場という名の容赦ない現実が、その机上の計算をどのように打ち砕き、どちらの思惑を狂わせていくのか――。
それは、放たれた最初の一撃だけが知っていた。