辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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**第3章 第14話:見えざる艦隊
**1.開戦――レイフォルが選んだ海上決戦**
第二文明圏の覇権の一角、レイフォル国。
グラ・バルカス帝国からの宣戦布告を受け、レイフォルの巨大な軍港からは、青々とした魔導機関の煙を吐き出しながら、威容を誇る大艦隊が出撃しつつあった。
艦隊の先頭を進むのは、十五インチ連装砲を四基八門搭載した超弩級魔導戦艦『レイフォル』。それに続くのは、高速を誇る十四インチ砲搭載の魔導巡洋戦艦『ホーリー』。さらに魔導空母『トラント』、魔導巡洋艦『ガオフォース』をはじめとする数十隻の護衛艦艇が、波を蹴立てて西の海へと向かっていた。
旗艦レイフォルの艦橋で、レイフォル海軍の猛将バル提督は、海図を睨みつけていた。
「敵艦隊は我が国の沿岸に向けて進撃中。……港に閉じこもって艦隊を温存したところで、沿岸都市を順番に艦砲射撃で焼かれるだけだ。海軍の誇りにかけて、奴らを洋上の決戦で捕捉し、海の藻屑に変えてくれる」
バルは決して無能な指揮官ではない。戦艦同士の砲戦、巡洋艦による索敵、駆逐艦による雷撃網の構築といった「海戦」のセオリーを熟知した歴戦の将である。
「空母トラントの魔導複葉機を発艦させよ。敵の針路と編成を割り出すのだ。ガオフォース以下の巡洋艦戦隊は前路警戒。……敵を発見しさえすれば、我がレイフォルの十五インチ砲が、必ずや敵の息の根を止める」
バルの作戦は、大艦巨砲主義における王道かつ堅実なものであった。
『敵艦隊を発見し、主砲の射程に捉えて撃滅する』。
だが、彼には決定的な認識の欠如があった。グラ・バルカスが準備しているのは「敵を発見して撃ち合う」戦いではない。「敵に発見される前に戦場のあらゆる情報を統制し、戦闘の開始から終わりまでを一方的に管理する」という、次元の違う戦いであった。
**2.戦う前に戦場を掌握する**
レイフォル艦隊から数百キロ離れた西の海域。
グラ・バルカス帝国海軍・第一機動艦隊。その中核を成す七万五〇〇〇トン級の大型航空母艦『トーラス』の戦闘指揮所(CIC)は、静寂と無機質な電子音に包まれていた。
機動艦隊を率いるラクスタル中将は、大型の戦術モニターを見つめていた。
モニターには、艦隊の防空と戦術中枢を担う原子力ミサイル巡洋艦『ロディニオン』からデータリンクで送られてくる、広大な海域の情報がリアルタイムで表示されている。
『早期警戒機より入電。前方約三五〇キロ。複数の大型水上目標を探知。艦型は判別困難ですが、大規模な艦隊行動と思われます』
「現在位置と針路は?」ラクスタルが問う。
『早期警戒機が追跡を継続中。巡洋艦ロディニオンのシステムがデータを統合し、航路予測を算出しています』
ラクスタルは、うむ、と短く頷いた。
『ロディニオン』の持つ四面の固定式フェーズドアレイレーダーは強力だが、水上目標の探知には地球の丸み(水平線)という物理的限界がある。だからこそ、高高度を飛ぶ早期警戒機を空に上げ、水平線の向こう側を覗き込む「機動艦隊の目」として機能させているのだ。
早期警戒機が見つけた敵のデータは即座に『ロディニオン』へ送信され、『ロディニオン』がその情報を艦隊全体の戦術情報(予測航路や脅威度)へと変換し、各艦と航空機に標的を割り振る。
「我々の目的は、敵艦隊を一隻残らず海の底へ沈めることではない。敵の『目(航空機)』と『手(指揮通信網)』を潰し、帝国艦隊へ攻撃できない状態にすることだ」
ラクスタルは、敵の技術力を過小評価してはいなかった。未知の魔導兵器や、レイフォルの戦艦群がどこまでの反撃能力を持っているかは分からない。だからこそ、敵の射程外から一方的に急所を突く。
「ジェット戦闘機『シャウラ』を発進させ、敵の航空戦力を排除し制空権を確保せよ。続いて、全天候攻撃機『ミルザム』による第一波攻撃隊を発艦。……まずは、対艦ミサイルで奴らを完全に盲目にする」
飛行甲板からスチームカタパルトの轟音が響き、長距離対艦攻撃と精密爆撃を担う重武装のジェット機群が、次々と空へ打ち出されていった。
**3.見えたものと、見えなかったもの**
レイフォル艦隊の前方空域。
魔導空母トラントから発進した魔導複葉機の編隊は、三方向に分かれて索敵を行っていた。
「……おかしい。これだけの大艦隊なら、もう見えてもいいはずなのだが」
先行して中央ルートを飛ぶ偵察機のパイロットが、双眼鏡を下ろして首を傾げた、その時だった。
『ロディニオン』のデータリンク誘導を受けた上空のジェット戦闘機『シャウラ』が、すでに複葉機をレーダーに捉え、視界外(BVR)から空対空ミサイルを発射していたのだ。
レイフォルのパイロットが「超音速で迫る白煙」に気づいた時には、すでに回避不能な距離まで迫っていた。
「なっ、なんだあれは――!?」
パイロットが帝国艦隊の姿を視認するより遥かに早く、ミサイルが直撃し、機体は空中で粉砕された。
一方、戦艦レイフォルの艦橋では、バル提督が苛立ちの声を上げていた。
「先行偵察隊からの定期連絡が途絶しただと!?」
「はい! 側面索敵隊は帰還中ですが、敵影は発見できず……! 後方索敵隊からは、途切れ途切れの通信が……」
通信士が青ざめた顔で報告する。
『――超高速の……機影なし……謎の飛翔体……!』
それを最後に、すべての空の目が潰れた。
バルは舌打ちした。敵の正確な位置も、規模も、攻撃手段も分からない。ただ「恐るべき何か」が、確実に自軍の偵察機を空から次々と消し去ったという事実だけが、艦隊全体に得体の知れない恐怖を蔓延させていた。
「全艦、対空戦闘および砲戦用意! 敵は近いぞ!」
バルは戦闘配置を命じた。敵の姿さえ見えれば、十五インチ砲が戦局をひっくり返せる。彼はそう信じていた。
**4.盲目の艦隊**
「……右舷前方! 海面すれすれに高速で接近する飛翔体多数!!」
見張り員の絶叫が響いた。
「敵の航空機か!?」
「違います! 機体がありません! あれは……!」
バルが双眼鏡を向けた先には、信じがたい光景があった。航空機ではない。細長い鉛筆のような物体が、海面に波紋を作るほどの超低空を亜音速で殺到してくるのだ。
「撃て! 撃ち落とせェッ!!」
レイフォル艦隊の対空機銃が一斉に火を噴き、艦の装甲に魔力が注入され防御力が強化される。
だが、音速に迫る対艦ミサイル群に対し、目視と人力で旋回して狙いをつける旧式の対空砲火など、物理的に追従できるはずもなかった。虚しい弾幕をすり抜けた数発のミサイルが、舷側の帯魔力装甲に激突する。
ドォォォォンッ!!
対艦ミサイルが、巡洋艦ガオフォースと魔導空母トラントの舷側に立て続けに直撃した。ガオフォースは機関室で火災が発生。トラントは飛び込んだミサイルが燃料の魔晶石を誘爆させ、内側から膨れ上がるように爆発。行き場を失ったエネルギーが艦内を荒れ狂い、やがて飛行甲板を突き破って大爆発を起こした。
「ガオフォース大破! 空母トラント、飛行甲板が炎上し、艦載機の発着艦は不可能です!!」
バルは、炎上し傾斜しつつある空母を見て戦慄した。空母を潰されたことで、レイフォル艦隊は完全に「敵を探す目」を失ったのだ。
同時に、戦艦レイフォルと巡洋戦艦ホーリーにも数発の対艦ミサイルが命中していた。だが、厚さ数十センチに及ぶ強固な魔力装甲板のおかげで、致命傷には至っていない。
(この程度の攻撃で、我が戦艦は沈まん!)
バルは、煤を払いながら吼えた。
「ひるむな! 隊形を立て直し、前進を続けよ!」
**5.戦艦の死**
戦艦レイフォルの十五インチ連装砲四基が、威圧的な黒光りを放ちながら海原を睨んでいる。
しかし、彼らが敵の姿を視認することは、ついになかった。
続いて上空から飛来したのは、帝国海軍の第二次『ミルザム』攻撃隊だった。
機体に搭載された慣性航法装置、高性能レーダー、光学照準システム、そして『爆撃照準コンピュータ』が、複雑な風向きや艦の回避運動を瞬時に計算し、正確な攻撃諸元を弾き出していた。
「上空より敵機!!」
第一波で防空網と情報共有網をズタズタにされたレイフォル艦隊に、上空からの精密爆撃を防ぐ術はなかった。
自由落下する通常爆弾は、戦艦の「最も柔らかい部分」に正確に吸い込まれた。
ズドォォォォォォンッ!!!
戦艦レイフォルの艦橋上部と、巨大な測距儀、射撃指揮装置が、爆発の閃光と共に跡形もなく吹き飛んだ。
通信アンテナがへし折れ、対空機銃座が炎に包まれる。
「ぐっ……! 報告しろ、被害状況は!?」
奇跡的に難を逃れたバルが、分厚く装甲化された司令塔の中で怒鳴る。
「第一砲塔に直撃、射撃不能! 艦橋大破! 射撃指揮装置喪失! 通信設備壊滅! さらに中央機関区画にも損傷、速度低下!」
だが、将校の一人が絶叫した。
「しかし……艦はまだ浮いています! 機関も生きています、航行は可能です!」
「他の主砲は!? 主砲はどうなっている!」
「第一砲塔以外は無傷です! 主砲は撃てます!!」
「ならば撃て! 敵を粉砕しろ!」
バルの叫びに、将校は絶望的な顔で振り返った。
「……何を、撃つのですか?」
「――っ」
バルは、言葉を失った。
巨大な十五インチ砲の砲身が、敵のいない海を向いたまま静止している。主砲は生きている。だが、敵を見つける目を失い、通信を絶たれ、主砲を統制する射撃指揮装置を吹き飛ばされた。
どこに敵がいるのか分からない。狙いをつける方法がない。
「……そういうことか」
バルは立ち尽くし、それだけを呟いた。
船としては生きている。頑丈な装甲のおかげで沈没は免れた。だが、戦艦としては完全に『死んだ』のだ。
巡洋戦艦ホーリーも同様だった。機関部を損傷し低速航行は可能だが、射撃能力を失い、海に浮かぶ巨大な鉄の的と化していた。
バル提督は、自分たちが戦艦同士の砲戦に持ち込む以前に、戦闘の主導権を根こそぎ奪われていた事実を悟った。「砲の強さ」ではなく、「敵を発見してから攻撃するまでのシステム全体」の差。彼らは、一度も敵艦隊の姿を見ないまま、完全に敗北したのだ。
「……全艦、撤退せよ」
バルは静かに、だが確かな敗北感と共に撤退を命じた。
**6.ラクスタルの判断**
空母トーラスのCIC。
「敵艦隊、反転。撤退していきます。……目標の空母および巡洋艦は撃破。敵主力戦艦二隻は、著しい損傷を受けつつも自力航行にて離脱中」
報告を聞いたラクスタル中将は、腕を組んでモニターを見つめた。
「あれだけの猛攻撃を受けて、なお隊形を維持して撤退するか。……大した錬度と防郭だ。あの戦艦群、侮れんぞ」
彼は、沈まずに逃げていく敵戦艦を見て、レイフォル海軍の軍人としての練度と、未知の魔導防御の底力を正当に評価した。
「提督、追撃し、全艦撃沈しますか?」
「いや、不要だ。航空部隊を帰投させよ」
ラクスタルは首を横に振った。
「敵の戦艦は浮いているが、指揮系統と防空能力は完全に沈黙した。彼らはもはや、我が軍に対する戦略的脅威ではない。我々は撃沈スコアを競う戦争をしているわけではないのだ」
ラクスタルにとって、敵艦を海底に沈めること(ハードキル)は目的ではない。レイフォル海軍が組織的な艦隊行動をとる能力を奪い、帝国の海上活動の安全を確保するという「作戦第一段階の目標」は、これで完全に達成されたのだ。貴重な燃料と航空兵装を無駄に消耗してまで、死に体の戦艦を追い回す必要性はない。
**7.海軍の敗北、王国の不屈**
レイフォル首都レイフォリア。
戦闘の報告を受けた国王ヒューエル一世は、王座に深く沈み込んでいた。
「我が海軍の誇る主力艦隊が……敵の姿すら見ないまま、一方的に敗北したというのか」
謁見の間には、重苦しい絶望が漂っていた。一部の臣下からは「これ以上の損害を防ぐため、一刻も早く講和の使者を送るべきだ」という悲痛な声が上がっている。
だが、ヒューエル一世はゆっくりと立ち上がった。
「海軍が敗れたことは認めよう。奴らの兵器は、我々の常識を遥かに超えていた」
国王の声に、臣下たちが息を呑む。
「だが、海軍が敗れたからといって、我がレイフォル王国まで敗れたわけではない」
ヒューエル一世は、静かに、だが鋼のような響きを持って言った。
「我が国はまだ降伏していない。戦える兵がいる限り、レイフォルはまだ終わらぬ。帝国が我らに何を要求するつもりなのか、それを確かめるまでは、戦いを終わらせるわけにはいかぬ」
その頃、王都の遥か西方では、レイフォル海軍を実質的に撃滅したグラ・バルカス帝国の機動艦隊が、悠然と制海権を確保し、次なる作戦目標へ向けて針路を変えつつあった。
帝国は海を奪った。だが、国家を屈服させるための『本当の戦争』は、ここから陸と空へとその舞台を移そうとしていた。