辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第18話:レイフォリア陥落
夜明けを迎えたレイフォリアは、もはや王国最大の美しき都市としての機能をほとんど失っていた。
市街地の至る所で黒煙が上がり、石造りの美しい道路は瓦礫とひび割れで埋め尽くされている。一部の建物は艦砲射撃と航空爆撃で無惨に倒壊し、王都の空にはグラ・バルカス帝国の攻撃機や大型輸送ヘリ『H-21』が我が物顔で飛び交っていた。
そして主要な大通りでは、四五トンの重量を誇る帝国海兵隊の主力戦車『ルーパ』が、轟音を立てて王宮方面へと進撃を続けている。
だが、レイフォル陸軍は一晩で完全に粉砕されたわけではなかった。
彼らは海岸線での正面戦闘を放棄し、市街地の複雑な地形を利用した分散防御と『遅滞戦闘』を徹底していた。
「撃てッ!」
路地の陰に潜んでいた魔導戦車『イポネ』が、ルーパ戦車の側面へ向けて四五ミリ砲を放つ。さらに路地や建物の二階からは、五七ミリ対戦車砲と、手投げ式の魔導焼夷弾の十字砲火が帝国海兵隊の歩兵たちを襲った。
「敵襲! 左の建物だ!」
帝国兵が反撃の銃弾を放つが、レイフォル軍は深追いをしない。『撃つ、逃げる、別の路地から再び撃つ』という伏撃と後退を繰り返し、要所には魔導障壁を張って砲弾の威力を殺しながら血みどろの時間稼ぎを行っていく。
「各個の防御拠点を、一つずつ確実に潰せ」
ルーパ戦車の一〇五ミリ砲が火を噴き、イポネが潜んでいた遮蔽を丸ごと吹き飛ばす。さらに歩兵部隊が機関銃で制圧しながら突入し、上空のヘリが別働隊をビルの屋上へ降下させていく。
グラ・バルカスは確実に勝っている。圧倒的な火力とシステマチックな戦術で、レイフォル軍を確実に押し潰している。
しかし、彼らがレイフォリアを『無傷のまま、血を流さずに占領する』という見込みは、王都の瓦礫の中で完全に打ち砕かれていた。
2.王と宰相の決別
王宮。
レイフォル軍司令部は、王宮を直接守る最後の防衛線を構築していた。残存するイポネ数両、対戦車砲、そして近衛歩兵たちが、最後の血の一滴まで時間を稼ぐために散開している。
「陛下。敵の上陸部隊は、あと数時間以内に王宮前広場へ到達すると思われます」
砂塵まみれの伝令から報告を受けたヒューエル一世は、静かに目を閉じて答えた。
「……そうか」
彼はもう、王都を守り切れるとは考えていない。
しかし、近衛兵たちがここで最後まで戦うことには重大な意味がある。グラ・バルカスにとっての最重要目標は「国王の拘束」。だからこそ、兵たちは一秒でも長く時間を稼ぎ、その時間を利用して王を逃がそうとしているのだ。
王宮の地下。
古くから王族の避難用に整備されてきた秘密地下道の入り口に、ヒューエル一世と宰相ゴードン・ランカー、そして少数の側近たちが立っていた。大軍ではない。王と政府中枢の「正統性」だけを内陸部へ逃がすための、最低限の護衛部隊だ。
「ゴードン。もう一度言う。お前も来い」
ヒューエルが命じるが、老宰相はその場から動かず、静かに首を横に振った。
「申し訳ありません、陛下。私は、この王都に残ります」
「帝国軍がすぐそこまで迫っているのだ。お前も殺されるのかもしれぬぞ!」
ヒューエルは声を荒げた。しかし、ゴードンの瞳は揺るがなかった。
「だからこそです」
ゴードンの理由は明確だった。王都にはまだ、数え切れないほどの負傷兵、避難できなかった民間人、孤児、高齢者、下級官僚たちが取り残されている。ヒューエルが逃げれば、王国の「正統政府」は残る。だが、無主となった王都にグラ・バルカスが過酷な軍政を敷けば、行政は崩壊し、残された民は悲惨な略奪と飢餓の運命を辿ることになる。
「私が守るのは、ここに残された数十万の市民と、食料・水・医療のインフラ、そして行政機構です」
ゴードンは、深く頭を下げた。
「無政府状態になれば、このレイフォリアは完全に破壊されます。自分が傀儡として泥を被ることで、王都を、戦争で完全に壊された都市にしないための防波堤となる。それが私の最後の役目です。……陛下は、レイフォル王国そのものをお守りください」
「敵の手に落ちるぞ。良くて傀儡、最悪なら処刑されるのだぞ!」
「ええ、覚悟の上です」
ゴードンは、ふっと穏やかに微笑んだ。
「ですが、陛下まで帝国に捕らわれれば、レイフォル王国は本当に終わります。私一人が残ることで、陛下が生き延び、この国が続くのなら……それで十分でございます」
それは、単なる忠臣の自己犠牲ではない。
『王は内陸へ逃げて国家の正統性を維持する』
『宰相は王都に残って民と行政インフラを守り、あえて泥を被る』
政治家としての、最も残酷で合理的な役割分担だった。
ヒューエルは、ゴードンの覚悟の前に何も言えなくなった。
「……ならば、頼む」
ヒューエルは、血の滲むような声で絞り出した。
「余が戻るまで……いや。戻れぬとしても、レイフォリアを頼む」
自分が王都へ戻れる保証など、どこにもない。だからこその言葉だった。
「お任せください、陛下」
老宰相の深い一礼を背に、ヒューエルは地下道へと足を踏み入れた。
暗い地下道の入り口で、ヒューエルは一度だけ立ち止まり、遠くで燃え盛る王都の炎を振り返った。
(必ず取り戻す)
そう言いかけた言葉を、彼は飲み込んだ。今の自分には、それを実行する力が伴っていないからだ。
「……行くぞ」
王は暗闇の奥へと消えた。
王の脱出を見届けたゴードンは、王宮の職員たちを振り返り、毅然と命じた。
「国王陛下は、国家存続のため内陸へ『退避』された。直ちに各所へ通達せよ」
決して「逃げた」とは言わない。ゴードンは、最後までレイフォルの政治家であった。
3.捕らえそこねた王
数時間後。
激しい近接戦闘の末、ルーパ戦車の砲弾が王宮の前庭を吹き飛ばし、グラ・バルカスの海兵隊がついに王宮内部へと突入した。
『トーラス』のCICで報告を受けたラクスタルは、即座に命じた。
「王宮を制圧したか。……国王は?」
『まだ確認できていません。現在、玉座の間および居住区画を捜索中』
「生け捕りにしろ。殺すな。王を捕らえれば、レイフォル政府に決定的な降伏交渉を強制できる最大のカードになる」
だが、その報告はラクスタルの期待を無惨に裏切るものだった。
『司令部。……王宮内部を制圧しましたが、国王ヒューエル一世は発見できません』
「なんだと?」
ラクスタルの表情が、微かに、だが明確に険しくなった。
「逃げたか」
ここでラクスタルは初めて、「降伏交渉を強制できる最大のカード」を取り逃がしたことを理解した。
王宮の玉座の間。
突入してきた海兵隊の銃口に取り囲まれたゴードンは、微動だにせず立ち尽していた。
「貴様は何者だ!」
「レイフォル王国宰相、ゴードン・ランカーだ」
「国王ヒューエル一世はどこへ行った! 答えろ!」
兵士の怒号に、ゴードンは口を閉ざした。
そこへ、前線視察のために上陸していたラクスタル中将が直接姿を現した。彼は老宰相を鋭く観察し、静かに口を開いた。
「国王はどこへ逃げた」
「……私は知りません」
ラクスタルには、それが嘘だと分かっていた。しかし、ここでこの宰相を射殺することに何の軍事的・政治的利益もない。むしろ、王が逃げた今、人口密集地であるこの巨大な王都をどう統治するかが最大の問題なのだ。敵国の政治家を殺すより、行政機構のトップとして利用する方が圧倒的に安上がりである。
「なるほど。ならば貴様には、我々の管理下で『王都暫定行政機構』の長として、この街を統治してもらう」
ラクスタルは、実質的な傀儡のトップとしての協力を要求した。だが、ゴードンは真っ直ぐにラクスタルの目を見返した。
「私が守るのは、ここに残された民の命と都市機能です。それ以外の命令には従いません」
その一言が、今後の占領下レイフォリアにおける彼の政治的立ち位置を決定づけた。彼は帝国に寝返ったのではない。市民を守るため、あえて泥を被る道を選んだのだ。
4.勝てるが、高くつく
一方、内陸へと続く街道。
数台の軍用車両に分乗し、東部へと退避を続けるヒューエル一行に、暗い報告が届いた。
「陛下……王都との通信が、完全に途絶いたしました」
車内で、ヒューエルは深く目を閉じた。王都が落ちたのだ。
「……ゴードンは?」
「王都に残っておられます」
「そうか」
ヒューエルは、それだけを答えた。忠臣の顔が脳裏をよぎるが、立ち止まることは許されない。
「ならば、我々も生きなければならない」
ここから、内陸部における『正統レイフォル政府』の苦難の歴史が始まる。
王都陥落から数日が経過した。
王都を完全に占領したグラ・バルカス軍は、予想以上の統治コストに直面していた。
治安維持、食料配給、負傷者救護、港湾復旧、電力・水道などの都市機能復旧。帝国軍は戦闘部隊を維持しながら、大勢の市民の生活を管理しなければならない。
『トーラス』の作戦室で、ラクスタルはため息をついた。
「東部へ向かえば、そこにはまだレイフォル陸軍の主力と、逃亡した国王がいる。東進すれば勝てるか?」
ラクスタルの問いに、陸戦参謀が苦渋に満ちた顔で答えた。
「勝てるでしょう。……しかし問題は、その勝利を維持できるかです」
参謀が提示したデータは、帝国の『兵站の限界』を如実に物語っていた。
「市街戦によって、戦車の稼働率は低下しています。航空機の整備部品も不足し始め、ジェット燃料の消費は想定を超えました。砲弾やミサイルの備蓄も心許なく、何より本国からの輸送船団への負担が限界に近づいています。これ以上広大な内陸部へ進軍し、治安維持部隊と補給線を維持するとなれば……」
参謀は言葉を切った。
「完全征服のために資源を浪費すれば、国家の再建は遅れ、いずれ他の列強国に付け入る隙を与えることになります」
海軍を壊滅させるのとは、全く違う戦争になる。
王都と主要港湾を確保したまま、ここで戦争を凍結する方が遥かに合理的だ。
「王都は取った。……しかし、これ以上の内陸への追撃は行わない」
ラクスタルは、進撃停止を命じた。
5.見えない休戦
同じ頃、東部の内陸都市レイリングへ拠点を移したヒューエル一世のもとでも、軍首脳から「残存兵力をかき集め、王都奪還作戦を実施すべきです」という血気盛んな意見が上がっていた。
だが、ヒューエルはこれを断固として拒否した。
「王都奪還のために全軍を動かせば、グラ・バルカスは必ず圧倒的な航空戦力と重砲を投入する。我々には、敵の航空機を探知、撃破する手段が乏しい。敵はこちらを見ることができるが、我々は敵を見ることができないのだぞ」
「では、王都を諦めろと仰るのですか!」
「諦めたのではない。『今の条件』では奪還を実施しないと言っているのだ!」
ヒューエルの悲痛な一喝に、軍幹部たちは沈黙した。
「王都を取り戻すために、レイフォルという国家そのものを失うわけにはいかないのだ。我々が生き残りさえすれば、いつか必ず機は訪れる」
グラ・バルカスは「勝てるが、高くつく」から進まない。
レイフォルは「戦えるが、空の脅威があるため全滅のリスクを負えない」から進まない。
結果として、両国がそれぞれに「攻撃しない方が得だ」という結論に達したことで、戦線には奇妙な『自然休戦』が徐々に形成され始めた。
最初はお互いに偵察隊を出し合い、小規模な接触と小競り合いが起きていた。だが数日、数週間と経つうちに、どちらも大規模な攻勢を仕掛けなくなった。
第一次世界大戦のような明確な塹壕の固定戦線があるわけではない。
西側はグラ・バルカスが支配し、東側は正統レイフォル政府が支配する。そしてその間には、誰も大規模に進軍しない広大な緩衝地帯(非公式な境界線)が存在し、偵察部隊が互いの動きを監視し合うだけになっていた。
6.二つのレイフォル
王都レイフォリアでは、グラ・バルカス軍の監視下で、ゴードンを中心とした『王都暫定行政機構』が機能し始めていた。
ゴードンは帝国の要求を受け入れたが、同時に「レイフォル人官僚を使用すること」「民間人への略奪や無差別徴発の禁止」「食料の確保」などの条件を強硬に認めさせた。
彼を見た市民たちの評価は割れた。「帝国の傀儡だ」と罵る者もいれば、「民を守るために仕方なく泥を被ってくれている」と感謝する者もいた。グラ・バルカスから見ても、「便利な現地の長」であると同時に、「国王への忠誠心を隠そうともしない危険人物」であった。
一方、内陸ではヒューエル一世を中心に、『正統レイフォル政府』が再編された。
一部の過激派からは「ゴードンは帝国に寝返った裏切り者だ!」という声も上がったが、ヒューエルはそれを厳しく制した。
「ゴードンは余に王都を託されたのだ。彼が王都と民を守るために残ったことを、余は知っている」
内陸の臨時王宮のバルコニーで、ヒューエル一世は西の空を見上げて宣言した。
「我々は王都を失った。しかし……レイフォルという王国は失っていない」
そして、王都の司令部で、ラクスタル提督は内陸へと続く道路の地図を静かに見下ろしていた。進撃命令は、出ない。
内陸の執務室で、ヒューエル一世もまた、王都へ続く地図を静かに見つめていた。反攻命令は、出さない。
レイフォル王国は、王都を失った。
グラ・バルカス帝国は、軍事的な圧倒的勝利を手にした。
だが、戦争は終わらなかった。
王都を奪った者は、それ以上を奪うために進まず。
王都を奪われた者は、それを取り戻すために進まなかった。
両者の間に、奇妙な静寂が生まれた。それはまだ「和平」と呼べるものではない。「停戦」の条約が結ばれたわけでもない。
ただ、誰も撃たない。
銃声はない。砲声もない。しかし、和平文書もない。それだけだった。
兵器の性能差は決着をつけた。だが、国家を完全に屈服させるという『戦争の目的』は、勝者にも敗者にも果たせぬまま宙に浮いていた。
――戦争は、まだ終わっていないのだ。