辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第19話:6か月後の世界
1.静かになった戦場
レイフォル王都レイフォリアの陥落から、約六か月の歳月が流れた。
戦争そのものは、まだ終わっていない。しかし、銃声はほとんど聞こえなくなっていた。
かつて砲声と爆音が響き渡り、火の海と化したレイフォリア。
現在は瓦礫の撤去が進み、道路も徐々に復旧している。破壊された建物には急ごしらえの修復が施され、港湾施設も一定の機能を取り戻していた。
街には、グラ・バルカス軍の姿が至るところにある。
交差点の検問所、我が物顔で行き交う軍用車両、接収された建物を改装した占領軍の兵舎。港湾にはグラ・バルカスの灰色の軍艦が停泊し、かつてレイフォル王国の旗が掲げられていた王宮の尖塔には、今や帝国の菱形と十字の旗が翻っている。
だが、市民生活そのものが完全に軍政下に置かれているわけではない。
市場は再開され、喧騒が戻りつつある。学校の鐘が鳴り、病院も機能し、鉄道や道路の復旧作業にはレイフォル人の労働者が汗を流している。「戦争は終わっていないが、都市は平時へ戻ろうとしている」という、奇妙でいびつな光景だった。
レイフォリアを占領したグラ・バルカス帝国は、六か月前には想像していなかった仕事をすることになった。それは「敵を殺すこと」ではなく、「昨日まで敵だった人間を生かし、彼らの都市を運営すること」だった。
2.王都を統治する男と、共和国の胎動
レイフォリアの一角、接収を免れた旧政府庁舎。
ここで『レイフォル王都暫定行政機構』のトップとして執務をとるのは、元宰相ゴードン・ランカーであった。彼は帝国の傀儡として振る舞うのではなく、徹底的に「レイフォル人の行政官」として行動していた。
「市民への食料の配給量を、さらに一割減らしてもらいたい。我が駐留軍への補給が優先だ」
グラ・バルカスの軍政担当官の要求に、ゴードンは書類から顔を上げずに即答した。
「それをやれば、三日以内に暴動が起きます」
「暴動など、軍が即座に鎮圧する」
担当官が鼻で笑うと、ゴードンは冷たい眼差しを向けた。
「その鎮圧のために、貴国は貴重な兵士を何千人、燃料をどれほどお使いになるおつもりです? 配給を維持すれば市民は暴動を起こさず、貴軍は無駄な資源を使わずに済む。どちらが帝国の利益になるかは明白でしょう」
軍政担当官は忌々しそうに舌打ちし、「……続けろ」とだけ言って部屋を出て行った。ゴードンは帝国に抵抗するためではなく、帝国に無駄な力を使わせないことで市民を守っていた。
だが、グラ・バルカスは一つの厄介な問題に直面していた。「レイフォリア周辺を占領しただけでは、国際社会に対してレイフォルという国を統治しているとは言いにくい」という事実だ。国王ヒューエル一世が存命である以上、王国そのものは消滅していない。
そこでグラ・バルカス側は、ゴードンに新たな要求を突きつけていた。
「ゴードン殿。レイフォルの崩壊を認め、貴殿を首班とする『レイフォル共和国』を正式に設立せよ。我々がそれを独立国家として承認し、講和条約を結ぶ」
しかし、ゴードンは激しく抵抗し続けていた。
「国王陛下が内陸におられる以上、レイフォル王国を消滅させることはできません。この機構はあくまで、占領下の行政維持のための暫定的なものです」
「ならば、王国を名乗らなければいいだけのこと。時間の問題だぞ、ゴードン殿」
グラ・バルカスは、「共和国」という形式を利用して占領の正当化を図ろうと圧力を強めている。王のいない国家を作り上げるという、政治的綱引きが王都で繰り広げられていた。
3.内陸の『正統レイフォル政府』
王都から遠く離れた、内陸の第二都市レイリング。
ここでは、国王ヒューエル一世を中心とする『正統レイフォル政府』が再編されていた。
軍隊も残っている。官僚もいる。国王もいる。しかし、首都がない。財政基盤は弱く、港もない。海軍は壊滅し、航空戦力はグラ・バルカスに完全に圧倒されている。
ヒューエル一世は、執務室の壁に掛けられた国土の地図を見上げていた。
「……六か月か」
「陛下。王都では、占領軍がゴードン元宰相に『共和国政府』の樹立を強要しているとのことです」
側近の報告に、軍の将校たちが怒りの声を上げる。
「やはりゴードンは裏切り者だ! 帝国に国を売り渡す気なのだ!」
「ゴードンを責めるな」
ヒューエルは、静かに、だが厳格に制した。
「彼は今も、帝国からの圧力に耐え、共和国の設立を拒みながら王都の民を守っている。……我々がここで正統性を維持できるのは、彼があそこで泥を被っているからだ」
二つのレイフォルは、直接戦うことはなかった。
「……王都レイフォリアを奪還する機は、いまだ見えぬか?」
ヒューエルが軍人に問う。将官は苦渋に満ちた声で「現状では困難です」と答えた。航空戦力、機甲戦力、長距離火力の差は、六か月で埋まるものではない。
「ならば、待つしかない」
ヒューエルは深く息を吐いた。「いつか必ず、国際社会が動く時が来る。我々はそれまで、国家の火を絶やさず生き延びねばならん」
4.元凶の処遇と、パガンダの戦後
一方、パガンダ王国。
彼らの戦後は、レイフォルよりさらに悲惨だった。
海軍は全滅。グラ・バルカスから「海軍の再建禁止」「軍港の監視要員受け入れ」などを突きつけられ、パガンダ政府は事実上の従属国に成り下がっていた。しかし、グラ・バルカスは統治コストを避けるため、彼らを「併合」せず、逆らえない中立国として生かしておく道を選んだ。
そしてパガンダの国民の怒りは、戦争の引き金を引いた元凶、王族ドグラスに向けられていた。
ドグラスはグラ・バルカス軍に拘束されていたが、帝国は彼を自国で処刑しなかった。「この男をどうする?」と、外交カードとしてパガンダ政府に突き返したのだ。
パガンダ政府は苦悩の末、「自国の法で裁き、その判決結果の記録をすべて帝国に報告する」という最低限の主権を維持する道を選んだ。
特別法廷に引きずり出されたドグラスは、「国家の安全と外交関係を重大な危機に陥れた背信行為」として起訴された。彼は「パガンダの誇りのためにやったのだ!」と叫んだが、もはや誰の耳にも届かなかった。彼は自国の法によって極刑に近い重罰を下され、愚かな虚栄心の代償を払うこととなった。
5.ムーの親善艦隊
グラ・バルカス帝国が直面したのは、占領行政だけではない。彼らは戦争後、ついにこの世界の「国際政治」という広大な海へ漕ぎ出そうとしていた。
かつてイルネティア王国の仲介によって存在を認識しつつも、戦争で延期されていた第二文明圏の列強国家・ムーとの公式接触。約六か月の経過を経て、両国は外交交渉を再開した。
グラ・バルカスの首都ラグナの港に、ムーの親善艦隊が姿を現した。
その旗艦を見て、出迎えた帝国の将官たちは息を呑んだ。
「……なんだ、あの巨大な艦は」
ムーの最新鋭戦艦『ラ・メルゾ』。排水量10万トン以上、22インチ3連装砲を3基搭載する、文字通りの超巨大戦艦であった。帝国の誇る戦艦『グレードアトラスター』(46センチ砲搭載)を遥かに凌駕する圧倒的な質量が、港に暗い影を落としていた。
「我々だけが、この世界で突出した存在というわけではないのか……」
帝国高官たちは、冷や汗を流しながらムーの恐るべき工業力を肌で感じ取っていた。
ムーの真の目的は単なる「親善」ではない。グラ・バルカスの対外政策と領土拡張の意図を確認し、軍事施設や港湾の復旧状況を直接観察することで、自国がどの程度の警戒態勢を取るべきかを見極めるための『査察』であった。
ラグナでの会談において、ムー側の外交官は静かに、だが明確な牽制を行った。
「レイフォルとの戦争について、我々は貴国を非難するつもりはない。だが、貴国が今後、これ以上の周辺国への軍事侵攻を行わないことを強く望む」
「それは、我が帝国の主権に対する干渉では?」
帝国の外務大臣ルナンが反発するが、ムーの外交官は揺るがなかった。
「貴国が周辺の勢力均衡を無秩序に崩し続ければ、我々ムーとしても、安全保障上の重大な対応を取らざるを得なくなる、という事実を申し上げているのだ」
その強烈な警告に、グラ・バルカス側は沈黙した。
(この世界では、無軌道な戦争を続ければ他国が軍事介入してくる)
グラ・バルカスにとって、それは非常に重要な学習だった。彼らは「無敵」かもしれないが、この世界には対抗し得る大国が確かに存在しているのだ。
6.神聖なる使節の問い
さらに、グラ・バルカス帝国にとって最大の外交的試練が訪れた。
第一文明圏の覇権国家『神聖ミリシアル帝国』から、初めての正式な外交使節が到着したのだ。
だが、ミリシアルの使節が接触の場に指定してきたのは、帝都ラグナではなく、あえてグラ・バルカスの「占領下」にあるレイフォリアの港だった。
ミスリル級戦艦『コールブランド』から降り立ったミリシアルの使節を、ラクスタル中将、本国からの高慢な若手外交官ダラス、そして『王都暫定行政機構』の長であるゴードンが出迎えた。
ミリシアルの使節は、レイフォリアの街並みや帝国軍の占領統治の実態を、冷徹な目で観察していた。
「グラ・バルカスの軍事力は、確かに我々にとっても無視できない水準にあるようだ」
使節は笑顔の下で帝国を分析していた。ミリシアルは、軍事的勝利の成果であるこの王都を自らの目で確認しに来たのだ。
会談の席上、ミリシアルの使節はゴードンに視線を向け、ダラスに尋ねた。
「このレイフォリアを統治しているのは、レイフォル王国ではないと聞いていますが」
「はい」ダラスが胸を張って答えた。
「現在、この王都の行政は、いずれ正式に独立する『レイフォル共和国』の政府機構が担当しております」
その言葉を聞いたミリシアルの使節は、ゆっくりとゴードンに向き直り、静かに、だが鋭く問いかけた。
「ゴードン殿。……あなたは『レイフォル共和国』の代表なのですか。それとも、いまだ内陸に存続している『レイフォル王国』の行政を預かる者なのですか」
その場に、冷や水のような緊張が走った。
ゴードンは即答できなかった。グラ・バルカスの面前で「王国への忠誠」を強調すれば、占領軍との関係が悪化し、市民の生活が脅かされる。一方、「共和国の代表」を名乗れば、ヒューエル一世の正統政府を完全に否定することになる。
「……私は、この王都の民の命と、都市の行政機構を守り、管理する責任者です」
ゴードンは、どちらとも取れる、しかし極めて実務的な回答を絞り出した。
使節はそれ以上追及しなかった。ただ、その微細なやり取りだけで、ミリシアルは「グラ・バルカスの説明と、実際の政治状況(共和国がまだ成立していないこと)が一致していない」という事実を正確に見抜いていた。
7.先進国会議への招待、そして未知なる企業
会談の終盤、ミリシアルの使節が、ラクスタルとダラスに向けて一通の正式な親書を差し出した。
「我が神聖ミリシアル帝国、ならびに『先進国会議』構成国からの正式な打診です」
ダラスが封を切り、中身に目を通した瞬間、息を呑んだ。
「これは……『先進国会議』への、特別招待国としての出席要請、だと?」
その言葉に、同席していた帝国高官たちがざわめいた。
「先進国会議は、この世界の既存の大国による国際協議の枠組みです」
使節が、悠然と説明する。
「今回の招待は、貴国を直ちに正式加盟国として承認するものではありません。また、現在レイフォル王国の参加資格(代表権)については、会議構成国間で協議中であり、内陸の正統政府か、王都の行政政府かの判断は保留されています。……しかし、貴国がこの世界の国際秩序に関わる意思を持つのであれば、まずは協議の『監視と対話』の場に参加していただきたい」
それは、「先進国の一員として認める」という歓迎であると同時に、「危険な新興超大国だからこそ、国際法とルールの枠組みの中に引きずり込んで監視・管理する(エンゲージメント政策)」という、外交的牽制であった。
「我々を、牽制するためか」
ラクスタルが低い声で呟く。
「おそらく、それもあるでしょう」使節は微笑みを崩さなかった。
「なお、貴国が今後関係を持つ可能性のある勢力には、国家だけでなく、国家に匹敵する経済力と軍事力を持つ企業体も存在します」
「国家ではない企業体が、大国と同等に振る舞うというのか?」
ダラスが怪訝な顔をした。
「ええ。現在パーパルディア皇国に拠点を置く、『コホート・コーポレーション』という組織です。いずれ、貴国のお耳にも入ることになるかと」
グラ・バルカス側は怪訝な顔を見合わせた。「一企業が国家に匹敵する」という、彼らの常識にない奇妙な概念。彼らはまだ、その名が意味する本当の恐ろしさを知らなかった。
「……特別招待の件、皇帝陛下の判断を仰ぎ、追って回答する」
ラクスタルは、慎重に答えた。
グラ・バルカス帝国は、もはや「異世界からの侵略者」としてレイフォルという一つの敵だけを見ていればいい段階を終えた。ムー、ミリシアル、二つのレイフォル、そして未知の企業体。複数のプレイヤーがひしめく『国際政治』のテーブルに、彼らは否応なく引き摺り出されようとしていた。
8.終わらない戦争
同刻。
内陸のレイリングに拠点を置く、ヒューエル一世。
そして王都レイフォリアで行政を担う、ゴードン・ランカー。
半年前には同じ国家の中枢にいた二人は、今は目に見えない境界線を挟んで、別々の正義を生きていた。
ヒューエル一世は、提出された報告書を読み、皮肉げに苦笑した。
「グラ・バルカスが、神聖ミリシアル帝国の『先進国会議』に招待されたか。……戦争をしている我々より、あちらの方が世界に馴染んでいくのが早いとはな」
一方、王都の執務室で同じニュースを聞いたゴードンも、重いため息をついた。
「……これで帝国は国際社会の枠組みに入り始めた。ますます、簡単にはレイフォルから手を引かなくなったな」
グラ・バルカス帝国は、世界秩序の中に入り始めた。
その一方で、二つに引き裂かれたレイフォル王国の戦争は、いまだ終わっていない。
ヒューエル一世は、執務室の窓から、王都のある西の空を静かに見つめた。
「六か月か」
王都を奪った者は、それ以上を奪うために進まず。
王都を奪われた者は、それを取り戻すために進まなかった。
銃声はない。砲声もない。しかし、和平文書もない。
兵器の性能差は、戦場の決着をつけた。だが、国家を完全に屈服させるという『戦争の目的』は、勝者にも敗者にも果たせぬまま宙に浮いている。
「まだ、終わってはいない」
ヒューエルの静かな声が、夕闇の中に溶けていった。