辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第20話:先進国会議へ
### 1.企業という名の国家
神聖ミリシアル帝国の帝都カルトアルパスで開催される、世界最高峰の外交舞台『先進国会議』。
その開催を数日後に控え、パーパルディア皇国沖合に停泊するグラヴシップ《プロスペリティ》の艦内は、慌ただしい空気に包まれていた。
「第一回から第五回までの過去の会議議事録、すべて分析完了しました。各国の利害関係と主要な対立軸の予測データをタドコロ社長の端末に送っておきます」
メインブリッジの片隅で、キムラがホログラムパネルを操作しながら報告する。
「助かるわ。イレーヌ、交渉の想定問答の進捗は?」
コホート・コーポレーションの代表として会議に出席するタドコロが、タブレットに視線を落としたまま問う。
「各国の軍事ドクトリンと経済状況に基づく要求モデルは構築済みです」
外交担当のイレーヌが、優雅にコーヒーカップを置きながら答えた。
「ただ、最大の問題は『我々がどのような資格で会議に臨むか』ですね。コホートは国家ではありません。彼らが我々を『一企業』として扱うか、あるいは『国家に準ずる軍事・経済実体』として扱うかで、こちらが切れるカードが変わってきます」
「無理に国家のふりをする必要はないわ」
タドコロは、会議の参加国リストを見つめながら言った。
「私たちは国家じゃない。主権国家としての領土も、国民も持たない。でも、国家にできることの一部を、そこらの国家以上の規模で実行できる。今回は、その事実を連中に正確に認識させることが目的よ。……ミウラ、道中の警備体制は?」
「問題ねえ」
防衛担当のミウラが、モニターから顔を上げた。
「現時点で想定される各国の脅威なら、護衛の艦隊をゾロゾロ連れて行くより、《プロスペリティ》単艦で乗り込んだ方が防衛効率も秘匿性も高い。艦の自己防衛システムと情報優位を活かす方がずっと合理的だぞ」
コホート・コーポレーション。彼らは単に戦闘力が高いだけの武装集団ではない。外交、情報、軍事、そして兵站を一体として運用できる、極めて高度な『システム』なのだ。
### 2.敗戦国の威信と現実
同じ頃、パーパルディア皇国の皇宮。
先進国会議へ向かう皇国代表、レミールとカイオスは、深刻な表情で海図を睨んでいた。
「……現在動かせる最大の艦は、戦後に急造した軽武装の魔導巡洋艦が一隻のみ。護衛に付けられるのも、旧式のフリゲート数隻だけか」
カイオスが、苦々しい声で報告書を読み上げた。
かつて第三文明圏の覇権を握っていたパーパルディア皇国は、コホートとの戦争によって大型艦艇の大半を喪失した。海軍の再建は急ピッチで進められているが、世界中の超大国が集う先進国会議の場に、今の貧弱な艦隊で乗り込むのは、あまりにも体裁が悪かった。
「会議の場に必要なのは、国旗を掲げた船の大きさではなく、外交的な成果よ」
レミールは、自分に言い聞かせるように言った。
「軽武装の巡洋艦で赴くのは確かに無様かもしれない。けれど、他国の船に便乗して到着すれば、それこそ『パーパルディアは独力で会議にも出られない属国に成り下がった』と世界に宣伝するようなものだわ」
レミールの懸念は尤もだった。国家の威信とは、移動手段一つにも宿るのだ。
だが、その強がりを打ち砕くように、カイオスが一通の公文書を差し出した。
「レミール様。……コホートから、正式な提案書が届きました」
「コホートから?」
レミールが眉をひそめて書類を受け取る。そこに記されていた内容は、彼女のプライドを逆撫ですると同時に、外交官としての理性を激しく揺さぶるものだった。
『――両国の戦後協力と外交的便宜の一環として、皇国代表団を我が社のグラヴシップ《プロスペリティ》に迎え、カルトアルパスへ向かう際に同乗することを提案する』
### 3.合理的な便乗
「どういうつもり……ッ! 私たちを、あの化け物のような船にタダ乗せして、自分たちの威光を見せつけようというの!」
レミールは書類を机に叩きつけた。彼女にとって、《プロスペリティ》は皇国軍を一方的に蹂躙した恐怖の象徴だ。あんな船に乗り込めば、敗北の屈辱を再び味わわされることになる。
「落ち着いてください、レミール様。これは『施し』ではありません」
カイオスは、冷静に書類の意図を分析した。
「コホートは、皇国を従属国として見下しているわけではないのでしょう。彼らにとっては、会議へ向かうついでに我々を乗せることで、日程調整と道中の連絡の手間が省ける。我々にとっては、貧弱な艦隊を見せびらかす恥をかかずに済むうえ、貴重な海軍戦力を本国防衛に残すことができる。……極めて事務的で、合理的な利益の合致です」
「頭では分かっているわ!」
レミールは唇を噛んだ。
「……でも、感情が納得しないのよ。あの船に乗るということは、かつて同胞たちを殺した相手の懐に、無防備で飛び込むということよ」
カイオスは静かに首を振った。
「便乗することと、服従することは同じではありません。会議の場で皇国の主権を堂々と主張する限り、移動手段が誰の船であろうと関係ないはずです」
長い熟考の沈黙の後、レミールは深く息を吐き出した。
「……ええ、そうね。見栄のために無駄な資源を割く余裕は、今の皇国にはないわ。提案を、受諾しましょう」
それは、コホートを信頼したからではない。自国の威信と外交的な実利を天秤にかけた結果、今の皇国にとって最も合理的な選択だと、血を吐くような思いで判断したのだ。
### 4.受け入れのドタバタ
パーパルディア側の便乗受諾の報せを受け、《プロスペリティ》の艦内では受け入れ準備が急ピッチで進められていた。
「キムラ、代表団の案内ルートはどうする? 第一機関室と中枢データバンクは物理的にロックをかけておいたぞ。あと、離陸時に向けて周辺海域の船舶退避エリアの設定も皇国港湾局と調整済みだ」
ミウラが、艦内図と海図を確認しながら尋ねる。
「そうですね。生活区画、客室、展望デッキ、そして会議室周辺は完全開放でいいでしょう。……ただ、下手に技術的な案内をすると、彼らの技術水準じゃ混乱するかもしれません。説明はマイルドにしておきます」
案内役を任されたキムラが、頭を掻きながら答える。
「キムラ、気を付けてね」
イレーヌが釘を刺す。
「彼らは敵国の代表ではなく、戦後の協力関係にある要人よ。機密を守るのは当然だけど、あからさまに『ここから先はダメだ』と威圧感を与えて、せっかくの関係改善に水を差さないでちょうだい」
「分かってるって。にこやかに、かつ厳重にね」
警備計画の再確認、見学ルートの策定、離陸海域の安全確保、そして外交的配慮。タドコロは、軍事的な作戦を立てるよりも、こうした外交的で細々とした調整の方がよほど神経を使うことを痛感していた。
(……戦争より、平和の方がよっぽど手がかかるわね)
### 5.圧倒的な技術格差
出発当日。
レミールとカイオスは、数名の護衛と共にコホートの小型シャトルに乗り込んでいた。
《プロスペリティ》は、離陸時の周囲への影響を考慮し、港湾施設には接岸せず、エストシラントのはるか沖合に停泊している。周囲の海からは、事前の通告によって一般の商船や漁船がすべて退避しており、不気味なほど無人となっていた。
シャトルがゴウッとエンジンノズルから噴射音を響かせ、一気に高度を上げて信じられない速度で洋上を飛行し始める。
(これが……コホートの航空機。プロペラも魔導機関の脈動もない。一体どういう仕組みで飛んでいるのだ?)
カイオスは、窓の外を流れる景色を見ながら、すでに軍事的・技術的な分析を試みていた。
やがて、海上の霧の向こうから、巨大な影が姿を現した。
「……っ!」
レミールは、思わず息を呑んだ。
全長514メートル。無骨で角ばったフォルムと、重厚な暗灰色の装甲。それは彼女が想像していた「巨大な軍艦」の概念を根底から粉砕する、異次元の建造物だった。
シャトルが艦体上部の発着ベイに吸い込まれるように着艦すると、二人は案内役のキムラに出迎えられた。
「ようこそ、《プロスペリティ》へ。道中、短い間ですがよろしくお願いします」
キムラは、極めて事務的に、だが礼儀正しく頭を下げた。
艦内を案内される間、レミールとカイオスは異なる視点で周囲を観察していた。
継ぎ目のない廊下、自動で開閉する扉、空調の行き届いた快適な空間。レミールはその異質な環境に圧倒され、カイオスはそれらの維持にどれほどの工業力とエネルギーが使われているのかを計算しようとしていた。
「キムラ殿。……この船は、どのような動力を? 魔導機関の鼓動や、ボイラーの熱気を感じないのですが」
カイオスが、我慢できずに尋ねた。
「ああ、本艦は従来の燃焼機関や魔導機関とは原理が違いまして、高出力のエネルギー炉で重力場制御システムを駆動させています」
「じゅうりょくば、せいぎょ……?」
カイオスは瞬きをした。
「……浮力や推進力はどのように得ているのです? スクリューの振動もないようですが」
「ええと、船体周囲の重力ベクトルと慣性質量をフィールド内で干渉させて……いや、水流や空気を直接押し出すのではなく、簡単に言えば、重力を制御して船体を浮かせ、移動させています」
キムラが丁寧に噛み砕こうとすればするほど、前提となる科学体系の壁が立ち塞がり、二人の頭上に疑問符が増えていく。
「……つまり、我々の知る魔導技術とは根本から異なる体系の力、と理解すればよろしいでしょうか」
「あー……まあ、結果的にはそんな感じです」
キムラは苦笑して頷いた。
案内中、二人が興味本位で奥の通路へ進もうとすると、キムラがにこやかに立ち塞がった。
「申し訳ありません。ここから先はシステム管理区画につき、関係者以外の立ち入りをご遠慮いただいております」
「……そう、当然の処置ね」
レミールは棘のある声で返したが、カイオスは「これだけの技術の結晶だ、見せられない区画があるのは当然だ」と、コホートの徹底した情報管理に納得していた。
だが、歩きながらレミールの内心にも、わずかな変化が生じていた。
この船に乗る前は「敵の懐に飛び込む屈辱」ばかりが頭を占めていた。しかし、キムラが自慢するでもなく「当たり前の設備」として説明する艦内の様子を見るうちに、彼女は冷や水を浴びせられたような感覚に陥っていたのだ。
(私たちは……こんな連中を相手に、木と鉄の船を並べて戦争を挑んでいたというの?)
### 6.海を割る離陸
艦内案内を終え、レミールとカイオスが展望区画に落ち着いた頃、艦内放送が響いた。
『周辺海域の安全距離確認、完了。これより本艦は、カルトアルパスへ向けて離水、および上昇を開始する。各員、離昇に備えよ』
レミールは窓の外を見た。
(……離水? 上昇? 海上を航行するのではないのか?)
その疑問は、次の瞬間、物理的な衝撃となって二人の目を射抜いた。
グォンッ……!! という、耳で聴くというより腹の底に直接響くような重低音が鳴り響いた。
「な、何だ!?」
カイオスが窓に張り付く。
プロスペリティの重力制御システムが出力を上げ、強大な『重力波』が周囲へと放たれたのだ。
もしグラヴアンカーも設置せずに港湾の近くでこれを行えば、重力波の干渉によって岸壁や周辺の建造物は基礎から粉砕され、地形そのものが崩落していただろう。
何もない沖合であっても、その物理的な影響は凄まじかった。
空間を伝わる見えない圧力が海面を激しく歪ませ、船体の周囲の海が、目に見えない巨大な掌で押さえつけられたようにすり鉢状に大きく窪み始めたのだ。
「海が……割れている……!」
レミールが、かすれた声を漏らした。
押し退けられた海水が、外周へ向かって巨大な波の壁となってうねり、広がっていく。その中心で、全長500メートルを超える暗灰色の巨体が、重力という名の鎖を引きちぎってふわりと宙に浮き上がった。
轟音。そして、白く砕ける波濤。
浮上する船体を覆っていた大量の海水が、滝のように一斉に海面へと流れ落ち、朝日を浴びて無数の飛沫を作る。
《プロスペリティ》は荒れ狂う海面を完全に離れ、そのまま空高くへと上昇を始めた。
窓の外では、水平線が急速に遠ざかり、海が眼下の景色へと変わっていく。
カイオスは、震える手で窓枠を掴みながら、軍事的な結論を下していた。大砲の口径や軍艦の隻数で国力を測る自分たちの物差しは、この船の前では何の意味も持たないのだ、と。
そしてレミールは、言葉も出せないまま、かつて自国の軍を打ち破った『本当の力』をただ見つめていた。彼らが戦闘で見せた力は、氷山の一角に過ぎなかった。コホートにとっては「単なる移動手段の離陸」ですら、皇国の常識を遥かに超えた天変地異に等しかったのだ。
### 7.戦いの場は、星々の集う地へ
《プロスペリティ》は高度を確保し、メインスラスターに火を入れた。
巨大な船は、雲海を眼下に見下ろしながら、神聖ミリシアル帝国の帝都カルトアルパスへ向けて、静かに、だが圧倒的な速度で東の空を進んでいく。
艦内のメインブリッジでは、タドコロたちが会議へ向けた最終確認を行っていた。
「ミリシアルにムー、そして特別招待国のグラ・バルカス帝国か。……どこも一筋縄ではいかないわね」
タドコロがモニターに表示された各国の分析データに目を通す。
「ええ。グラ・バルカスはレイフォル王都を落として勢いに乗っていますし、東方の転移国である『日本』も今回は代表団を送り込んできます。軍事衝突の場ではありませんが、各国が互いの腹と技術力を探り合う、激しい情報戦になるでしょうね」
イレーヌの言葉に、タドコロは小さく頷いた。
同じ頃、展望区画では、レミールとカイオスが眼下に流れる白い雲海を見下ろしていた。
パーパルディアは、かつて第三文明圏に君臨する大国だった。しかし、戦争を経て海軍力を失い、その立場は大きく揺らいでいる。
一方、コホートは国家ですらない企業でありながら、この圧倒的なグラヴシップを運用し、世界の秩序に干渉しようとしている。そして、これから向かうカルトアルパスには、さらに異なる力と政治的思惑を持った大国たちが待ち受けているのだ。
巨大な船は、雲を越えて東へと進んでいた。
その船内には、かつて敵として刃を交えた者たちが乗っている。
彼らが向かう先には、世界の秩序を形作ってきた大国たちが待っていた。
先進国会議。
それは、コホートにとって新たな戦場となるのか。それとも、これまでとは異なる戦い方を見つける場となるのか。
その答えは、海の彼方に待つ都市に到着するまで、まだ誰にも分からなかった。