辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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第3章 第21話:先進国会議開催
**1.エモール王国――空間の占い**
中央世界、エモール王国の首都ドラグスマキラ。
ウィルマンズ城の北棟最深部にある『星見の間』は、年に一度の国家儀式を前に、張り詰めた静寂に包まれていた。
室内の床一面には、巨大な魔法陣のような幾何学模様が刻まれている。だが、それは一般的な魔導陣とはどこか趣が異なっていた。曲線と直線が寸分の狂いもなく一定の規則性で反復され、魔力の流れというよりは、精巧な電子回路の配列を思わせる刻印である。
エモールの人々は、この古代装置の真の起源を知らない。ただ「空間と神々の領域に干渉する秘術の祭壇」として代々受け継いできた。
集まった三十名の竜人魔導師たちが配置につき、祈りの詠唱を開始する。
彼らが魔力を注ぎ込むと、床の刻印が黄金色に発光し、空間そのものが微細に振動し始めた。魔導師たちは神々へ祈りを捧げる一方で、装置から発せられる光の明滅周期や共鳴音を、まるで観測手のように極度の集中力で読み取っていく。
その中心に座す最高位の予言者アレースルの脳裏に、説明のつかない光景が次々と浮かび上がった。連続した映像ではない。幾重にも分岐する未来の断片が、象徴的な光景となって彼女の意識に流れ込んでくる。
「……視える」
アレースルの瞳が、黄金の光を反射して大きく見開かれた。
最初に現れたのは、雲を突き抜けるような古代の巨大建築物と、空を覆い尽くす巨大な影。かつてこの世界を支配した『古代魔法帝国』の紋章が、鮮血のように浮かび上がる。
だが、アレースルの呼吸が乱れたのは、その直後だった。
風景が、突如として消えたのだ。
光も、音も、大地も、空すらも存在しない。ただすべてを呑み込み、無へと還すような、底知れぬ暗黒のイメージ。
「――っ、あぁぁっ!!」
アレースルが胸を押さえて前のめりに倒れ込み、装置の光が急速に減衰して消えた。
「アレースル! 大丈夫か!」
儀式を見守っていた国王ワグドラーンが、駆け寄って声をかける。
荒い息を繰り返すアレースルは、震える手で床を掴みながら、掠れた声で告げた。
「陛下……。古の悪夢が、再び目を覚まします。『古代魔法帝国ラヴァーナル』の復活を示す兆候が視えました」
「なんだと……!? 時期と場所は分かったのか!」
「分かりませぬ……。ですが、本当に恐ろしいのはその後です」
アレースルは、恐怖に染まった瞳で国王を見上げた。
「魔法帝国の影の後に、すべてを喰らい尽くす『大いなる虚無』が視えました。国も、海も、星すらも、ただ底知れぬ暗い穴へと落ちていくような……あのような不気味な光景は、過去のどの記録にも存在しませぬ……!」
エモール王国の『空間の占い』は、過去の歴史において約九八パーセントという驚異的な的中率を誇る。それは単なる迷信ではなく、国家の存亡を左右する最高度の情報収集活動であった。
「時期も場所も不明となれば、我が国単独で対処できる問題ではない」
ワグドラーンは、険しい表情で決断を下した。
「直ちにカルトアルパスへ向かう代表団へ緊急通信を送れ。この予言を『先進国会議』の場で各国に共有し、世界規模での共同対策を提案するのだ」
**2.カルトアルパス到着――巨大な港と、意外な日常**
神聖ミリシアル帝国、帝都カルトアルパス。
世界最大の繁栄を誇るこの港湾都市に、今、各国の威信を背負った艦艇が次々と集結しつつあった。
港湾管理官のブロントは、高台の管制塔から双眼鏡を覗き込み、額の汗を拭った。
「……まったく、今回の入港調整は胃が痛くなるな」
港の正面、各国を出迎える最も目立つ位置に配置されているのは、主催国である神聖ミリシアル帝国海軍の新型戦艦《アルビオン》であった。
排水量十三万トン、二四インチ連装魔導砲塔を四基搭載し、多重の魔法障壁と高度な魔導射撃管制を兼ね備えた、ミリシアルが世界最強と自負する象徴艦である。
各国艦艇の入港ルートから必ず目に入る位置への係留は、港湾局まで巻き込んだミリシアル政府の周到な政治的演出だった。
だが、到着した他国の艦艇も、管理官泣かせの巨艦揃いだった。
第二文明圏の大国ムーが送り込んできたのは、排水量十万トンを超え、二二インチ三連装砲塔三基を擁する戦艦《ラ・メルゾ》。そのあまりに重厚な船体は、通常の岸壁では取り回しに苦労するほどの規模であり、魔導タグボートの配置だけでも一苦労だった。
少し離れた埠頭には、特別招待国であるグラ・バルカス帝国の大型空母《トーラス》が停泊している。大口径砲ではなく、広い飛行甲板に多数の艦載機を並べるその艦は、航空燃料の補給や周辺の安全区域の設定など、従来の戦艦とはまったく異なる港湾調整を要求してきた。
さらにその隣には、東方の転移国・日本の海上自衛隊が派遣した、原子力空母《しょうかく》が錨を下ろしている。約七万五千トン級の洗練された全通甲板型の船体。独自のステルス形状を持つ艦橋構造物や、甲板上に整然と並ぶステルス戦闘機の姿は、ブロントが知るどの国の造船技術とも異なる設計思想を感じさせた。
「そして……一番対応に困るのが、あいつだ」
ブロントは、港湾のさらに外側、はるか沖合の海上に浮かぶ巨大な影に双眼鏡を向けた。
コホート・コーポレーションのグラヴシップ《プロスペリティ》。全長五一四メートル、角ばった六角形の輪郭を持つ暗灰色の巨艦である。
事前の通告では「離着水時の重力場干渉で港湾施設に被害を及ぼす恐れがあるため沖合に停泊する」とのことだったが、おかげで岸壁の割り当てに頭を悩ませずに済んだのは確かだ。しかし、ミリシアルが用意した歓迎の列に並ばず、一隻だけ沖合に鎮座するその姿は、艦隊の一員というより「独立した海上拠点」そのものに見えた。
その《プロスペリティ》から発進した小型シャトルは、カルトアルパスの市街地近くに設けられた専用発着場へ向けて降下していた。
機内には、コホートのタドコロ、イレーヌ、ミウラの三名と、同乗したパーパルディア皇国のレミール、カイオスが席を並べている。
「――あの白い丸屋根の建物が、今回の会場となる帝国文化館よ。その周囲を取り囲んでいるのが、ミリシアルが誇る魔導建築の行政区画ね」
窓の外に広がる壮麗な大都会を見下ろしながら、レミールが落ち着いた声で説明した。
「さすが第一文明圏の中心地ね。パーパルディアとは建築様式も違うし、港の倉庫街の区画整理も興味深いわ」
タドコロが感心したように頷き、レミールにいくつか街の成り立ちについて質問を投げかける。
《プロスペリティ》の艦内では、レミールたちは未知の技術の前に言葉を失い、案内されるだけの立場だった。しかし、過去にこの地を訪れているレミールにとって、カルトアルパスは勝手知ったる舞台である。タドコロたちに都市の事情を教えることで、レミールは外交官としての自信を少しずつ取り戻していた。
その時、着陸態勢に入った機内で、ミウラがタドコロの方へ身を乗り出した。
「タドコロ、ちゃんとシャワーは浴びてきたか? 歯も磨いたか? 顔は洗ったか?」
真剣な顔で念を押すミウラに、タドコロの眉がピクリと跳ねた。
「今朝から三回はシャワー浴びて来たわよ! 歯も顔もちゃんと洗った、何回聞くの!」
「プロスペリティでやる社内会議とは訳が違うんだぞ!」
「分かってるって言ってるでしょうが! アンタは私の母親か!」
「お前が普段から朝に強くて、寝坊もせずにきちんとしていれば、こんな事言われずに済むんだ」
日頃から朝に弱く、私生活ではだらしないところがあるタドコロを知っているからこそ、ミウラは気が気ではない。一方のタドコロも、部下が本気で心配しているのが分かるため、鬱陶しそうにしながらも強くは言い返せなかった。
「……ふっ、あはははっ」
そのあまりに所帯じみた言い争いを見て、向かいに座っていたレミールが思わず吹き出した。隣のカイオスも、口元を押さえて苦笑している。
「な、何よ」と顔を赤くするタドコロに、レミールは肩を震わせながら首を振った。
(……この人たちも、結局は人間なのね)
レミールは、少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。
海を割って空を飛ぶ船を持ち、皇国軍を打ち破った組織。だが、その頂点にいる者たちは、自分たちと同じようにくだらないことで言い争い、互いを心配する者たちなのだ。
(もっとも……人間として理解できる相手だからこそ、企業の利益と合理性のためなら、微笑みながらでも冷酷な決断を下すのでしょうけれど)
**3.国際会議場ロビー――各国代表との接触**
国際会議場の広大なロビーは、開会を前に各国の大使や随行員たちで賑わっていた。
会場の一角に入ったコホート代表団は、それぞれの役割に従って動き始めていた。タドコロが代表者として前に立ち、イレーヌが各国の意図を探り、ミウラが会場の警備配置や各国の護衛の装備に目を光らせる。沖合の《プロスペリティ》に残ったキムラからは、通信を通じて各国の動向が随時送られてきていた。
「まずはムーの大使ね。イレーヌ、お願い」
タドコロたちは、近くにいたムー国の代表団へと歩み寄った。
ムーの大使は丁寧な挨拶を交わした後、早速実務的な話題へと切り込んできた。
「貴社の高度な技術力については、我が国も強い関心を抱いております。今後、通商航路の安全確保や技術交流において、どの程度の協力が可能とお考えかな?」
「我が社としても、安全な航路と安定した市場は歓迎するところです。ただ、技術の提供や運用の範囲については、双方にどのような利益があるか、個別の契約次第といったところですね」
タドコロの返答に、イレーヌが穏やかな笑みを添えて補足する。ムー側がコホートを「取引相手」として測っているのか、それとも「技術的な警戒対象」として情報を引き出そうとしているのか、双方が言葉の裏を探り合う静かなやり取りが続いた。
続いて声をかけてきたのは、グラ・バルカス帝国の全権大使シエリアだった。
シエリアは、タドコロの頭にあるキツネの耳と豊かな尻尾、そして隣に立つミウラの独特の風貌にほんの一瞬だけ視線を向けたが、すぐに微笑みを浮かべて口を開いた。
「貴方がたが、コホート・コーポレーションの方々ですね。国家ではない一企業が、このような国家代表の会議に参加されるとは興味深いことです。企業であるならば、やはり本日の会議も商談の場とお考えなのですか?」
礼儀正しい口調ながら、国家と同列に扱うことへの牽制を含んだ問いかけだった。タドコロは真っ直ぐに視線を返した。
「我々は国家ではありません。ですが、我々の事業や判断が周辺諸国の安全保障や経済に直接影響を及ぼす以上、議論の場に参加する意味はあると考えています」
「なるほど。自社の影響力に相応の自負をお持ちというわけですか。本会議でのご発言、楽しみにしておりますわ」
シエリアは優雅に一礼して去っていった。露骨な侮りは見せず、むしろ未知の組織の底を見極めようとする外交官の慎重さがうかがえた。
入れ替わるように歩み寄ってきたのは、日本代表団の朝田泰司だった。
「タドコロ代表、ご無沙汰しております。今回もよろしくお願いしますよ」
「ええ、こちらこそ、朝田代表」
「今回の会議で我が国が重視しているのは、大国の勢力均衡そのものよりも、戦争の拡大防止と国際秩序の安定です。無用な衝突はどの国にとっても益がありませんからね」
朝田の言葉に、イレーヌが頷いた。
「同感です。『戦争とは、常に失敗した交渉の成れの果て』ですから」
「もっとも、交渉が常に成功するとは限りませんがね」
朝田が苦笑混じりに付け加えると、イレーヌは静かに微笑み返した。
「ええ。だからこそ、交渉が失敗したときに何を残し、どう被害を最小限に抑えるかまであらかじめ契約(ルール)で定めておく必要がありますわ」
国際秩序の安定を責務とする国家と、リスク管理と実利を重んじる企業。似て非なる両者の立場が、短い言葉の中に浮かび上がっていた。
各国との挨拶が一通り落ち着いた頃、タドコロはロビーの奥にいる一団に目を留めた。
背中に、白や淡い灰色の大きな『翼』を持つ人々だった。
(あれは……翼人? ミリラかアリィエルかしら、それとも別種のゼノタイプ?)
タドコロは、かつて見知ったRimWorldの種族の特徴を連想し、彼らに歩み寄った。事前にキムラから送られてきた情報によれば、南方の大陸に本土を持つ『アニュンリール皇国』の代表団だという。
「ご機嫌よう。私はコホート・コーポレーションのタドコロと申します」
「これはご丁寧に。アニュンリール皇国の使節、ラウ・ゼンと申します」
翼を持つ代表は、落ち着いた所作で礼を返した。
短い会話の中で、ラウ・ゼンは自国が南方の大陸に本土を持ち、長らく鎖国政策をとっているため、他国との交流は北方の窓口である『ブシュパラ・ラタン島』に限定していることを淡々と説明した。
その際、タドコロの視線がラウ・ゼンの簡素な衣装の襟元――そこにある金属製の留め具に止まった。
(……見た目に反して、ずいぶん精巧な切削加工ね)
挨拶を終えて少し離れたところで、イレーヌがタドコロの耳元で静かに囁いた。
「お気づきになられましたか、社長。あの方、窓口である島の交易規則や手続きについては驚くほど具体的に話されたのに、本土の産業や人口の話題になると、実に自然な話術で数字を避けられました」
「ええ。何かを意図的に隠しているようだけれど、今の段階で追及するのは得策ではないわね」
タドコロは小さく頷き、本会議場へと続く扉へ向き直った。
**4.先進国会議本番――国家と企業は同じ席に座れるのか**
重厚な鐘の音と共に、本会議場へと各国の代表団が入場した。
巨大な円卓を囲むように、神聖ミリシアル帝国、ムー、パーパルディア皇国、エモール王国など、各国の代表が席に着く。
議長国であるミリシアルの代表が立ち上がり、開会を宣言した。
「これより会議を開始する。周知の通り、世界情勢の変化に伴い、本会議は従来の『先進十一ヵ国会議』という枠組みを改め、新たに『世界先進国会議』として開催されることとなった」
最初の議題は、東方の転移国『日本』と、西方の転移国『グラ・バルカス帝国』の正式参加の承認であった。
議長による経緯説明と各国の意見確認が行われ、日本についてはこれまでの外交姿勢と技術力が評価されてすんなりと承認された。
グラ・バルカス帝国については、レイフォル侵攻に対する懸念の声が上がったものの、「強大な軍事力を持つ国を協議の枠外に置く方が危険である(ルールで縛るべきだ)」というミリシアルの提案により、正式な参加国として承認された。
続いて、議長が次の議題を告げた。
「次に、現在特別オブザーバーとして着席している『コホート・コーポレーション』の、本会議における地位について議論したい。まずは当事者であるコホート代表の発言を求める」
各国の代表の視線が、一斉にコホートの席へと集まった。
そこに立つのは、王侯貴族の礼服とも軍服とも異なる、白いシャツとタイトスカートという機能的なビジネス装束の女性だった。褐色の肌に、プラチナブロンドの長髪をポニーテールにまとめ、頭にはキツネの耳、背後には同色の尻尾が揺れている。
「発言の機会に感謝します」
タドコロは円卓の代表たちを見渡し、落ち着いた声で切り出した。
「まず明確にしておきたいのは、コホート・コーポレーションは『国家』ではありません。領土の拡大や、他国の政府に対する主権の要求を目的としているわけでもありません」
タドコロは一拍置き、言葉を継いだ。
「我々が求めるのは、事業の継続と安全の確保、そして各国との交渉を通じて利益を得ることです。ただし、我々の活動が各国の安全保障や経済に影響する以上、その影響について議論する責任はあると考えています。我々は、国家と同じであると認めてほしいわけではありません。しかし、国家ではないという理由だけで、我々に関わる問題を、我々抜きで決定されることも望みません」
タドコロが着席すると、ムーの代表が挙手して発言を求めた。
「趣旨は理解した。だが、制度上の問題がある。国家であれば条約と国際法によって主権的な責任を負うが、一企業の判断が各国の安全保障に影響を及ぼした場合、貴社はどのような法的な資格でその責任を取るつもりなのか」
もっともな懸念だった。タドコロはマイクを引き寄せて答えた。
「我々は他国の主権を侵害するつもりはありませんし、国家間のすべての問題に口を出すつもりもありません。だからこそ、我々の事業や安全保障に直接関わる問題に限定して、各国の皆様と公式に協議し、合意文書(契約)を結べる立場を求めています」
いくつかの質疑応答を経た後、ミリシアルの議長が各国の意見を整理し、一つの妥協案を提示した。
「各国の懸念と実態を踏まえ、議長国として以下の案を提示する。第一に、コホートを本会議の『正式な参加主体』として認める。第二に、コホート自身の安全保障や経済活動に直接関わる議題に限り、国家代表と同等の発言機会を認める。ただし、国家としての主権や他国を代表する権利、ならびに会議全体の議決権までは認めない。将来の地位については、今後の実績を踏まえて再検討する」
隣に座るイレーヌが、タドコロに小声で確認した。
「発言機会は確保できますが、議決権はありません。それでもよろしいですか?」
「今は十分よ」
タドコロは短く答え、議長に向かって頷いた。
「コホート・コーポレーションは、その条件を受け入れます」
形式的な称号よりも、大国と直接交渉できる公式の場を確保する。合意が成立した直後、議長がパーパルディア皇国の席へと視線を向けた。
「なお、コホートとの協力関係について、パーパルディア皇国から補足があるとのことだ。発言を許可する」
レミールは、席を立つ前に一度だけ深く息を吸い込んだ。
かつて第三文明圏の覇権を唱えながら、コホートに敗れた国。会場中から注がれる好奇と値踏みの視線は、彼女の誇りを鋭く刺した。隣に座るカイオスが、小さく頷いて彼女を促す。
レミールは背筋を伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。
「パーパルディア皇国は、先のコホートとの戦争によって多大な損失を被りました。かつての我が国が持っていた力と威信を、今もそのまま保っているとは申し上げられません」
会場がわずかにざわめいた。レミールは視線を逸らさず、言葉を続けた。
「しかし、我が国は再建を諦めたわけではありません。必要な協力を得て、失われたものを取り戻す。そのためにコホートとの協力を選びました。……それは、我が国がコホートの属国になったという意味ではありません。国益に基づく、パーパルディア皇国自身の主権的な判断です」
レミールが着席すると、タドコロが補足の発言を求めた。
「我々も、パーパルディア皇国との協力を、相互の利益に基づくものと考えています。支援の範囲や条件はすべて契約と交渉によって定められており、皇国の主権を制限するものではありません」
**5.グラ・バルカス帝国とレイフォル問題**
続いての議題は、グラ・バルカス帝国によるレイフォル王国侵攻と、その戦後処理についてであった。
議長から説明を求められたグラ・バルカス代表のシエリアは、立ち上がって帝国側の立場を述べた。
「我が国の軍事行動は、公海上における我が艦艇への不当な攻撃に対する、自衛権の行使から始まったものです。レイフォル政府が責任ある対応を拒否したため、脅威を排除すべく王都レイフォリアを制圧いたしました。現在、我々は無用な戦闘の拡大を避けるため内陸への進軍を停止しており、王都周辺では現地の行政機構と協力して都市機能の回復にあたっております」
これに対し、レイフォルと国境を接するムーの代表が即座に質問を投げた。
「自衛権とおっしゃるが、一国の首都と主要港湾を占領し続けることは自衛の範囲を超えているのではないか? 貴国には、今後レイフォル全土を併合する意図があるのか、それとも撤退の条件があるのか伺いたい」
「我が国に、レイフォル全土を無秩序に併合する意図はありません」
シエリアはよどみなく答えた。
「しかしながら、我が国の船舶と臣民の安全保障が確実に担保されない限り、軍を撤退させるつもりもありません」
続いて日本代表の朝田が発言を求めた。
「占領地域における民間人の保護はどのように行われているのでしょうか。また、今後のレイフォルの政治体制と主権の所在について、貴国の見解をお聞かせ願いたい」
「民間人に対しては、旧政府のゴードン元宰相ら現地官僚を通じた食料配給や医療の維持を行っており、不当な徴発は禁じております」
シエリアは具体的な措置を挙げたが、後半の質問に対しては慎重に言葉を選んだ。
「将来の政治体制につきましては、現在王都の実務を担う行政機構との間で協議を進めており、現段階での明言は差し控えます」
その言葉に、今回「代表権が係争中であるため特別オブザーバー」として別席に着いていたレイフォル正統政府の代表が、たまらず立ち上がった。
「議長、発言を! グラ・バルカスの説明は一方的だ! 我がレイフォル王国では、ヒューエル一世陛下が内陸の第二都市レイリングにおいて政府機能と軍の統帥権を維持し、行政組織も存続している! 帝国は王都を武力で占領し、残留したゴードン元宰相に政治的圧力をかけて新たな政権を作らせようとしているに過ぎない。国家の正統性は我々にある!」
「王都と数十万の市民を残して内陸へ退避した政府が、どこまで王都の民を代表できるとお考えですか? 現実にレイフォリアの街と港を動かし、市民の生活を支えているのは王都の行政機構です」
シエリアが静かに反論し、双方が正当性を主張して議場は緊迫した空気に包まれた。
その応酬を見ながら、ミウラがタドコロへ小声で耳打ちした。
「……首都と港湾を押さえただけなら、戦闘は止まっても統治は終わらない。内陸に正統政府と陸軍が残っている限り、占領の維持には人員も物資も吸い取られ続けるぞ」
「ええ。勝つことと、支配を続けることは別問題だし、軍事的な勝利が長期的な利益につながるとは限らないわね」
タドコロが頷くと、反対側からイレーヌも小さく声を添えた。
「双方が引くに引けない状態ですね。占領のコストが重荷になれば、いずれ第三者を交えた交渉の余地も生まれるはずですが」
議長国ミリシアルは、正統政府の継続性を重視しつつも、王都の実効支配を無視することもできず、「レイフォルの代表権と占領問題については、引き続き関係国による協議事項とする」として議論を一旦引き取った。
**6.エモール王国の予言――古代魔法帝国と大いなる虚無**
「議長。予定されていた議題の最後に、我が国より緊急の報告がある。皆の者心して聞くがよい」
立ち上がったのは、エモール王国の代表モーリアウルだった。その表情は硬く、声には隠しきれない緊張が滲んでいた。
「昨日、我が国の秘術である『空間の占い』が執り行った。過去の的中率が約九八パーセントに達するこの予言において、看過できぬ二つの未来が示されたのだ」
議場のざわめきが止まった。ミリシアルをはじめとする既存の大国は、エモールの占いが単なる伝承ではなく、極めて確度の高い予測であることを知っている。
「一つ目は、かつてこの世界を支配した『古代魔法帝国ラヴァーナル』の復活を示唆する光景だ」
「ファッ……!?」
ミリシアルやムー、パーパルディアの代表たちが一斉に色めき立った。
「時期と場所は判明しているのか!」
議長が身を乗り出して問うが、モーリアウルは首を振った。
「時期も場所も特定には至っておらぬ。だが、兆候は確実に現れている」
一方、この世界の歴史を共有していない転移勢力は、冷静に情報を見極めようとしていた。
日本代表の朝田が手を挙げて尋ねる。
「大変重要なご報告ですが、検証のため、過去の予言の記録を確認させていただくことは可能でしょうか」
「過去の記録の開示は可能だ。ただし、秘術の具体的な仕組みや祭壇の全容までは公開できない」
モーリアウルの返答に、グラ・バルカスのシエリアも静かにメモを取っていた。他国の動揺ぶりから無視できない情報だと判断しつつも、裏付けのない予言だけで自国の政策を変えるつもりはない、という慎重な構えだ。
タドコロは、耳元の通信機に小さく問いかけた。
「キムラ、聞こえていた?」
『ええ、社長。エモール王国の予言について過去の記録と照合していますが、現時点では予測の仕組みも、古代魔法帝国との具体的な関連性も確認できません』
「分かったわ。今は断定しないで。確認できた情報だけを集めておいて」
だが、モーリアウルの言葉には続きがあった。
「そして……もう一つ。我々が最も危惧しているのは、古代魔法帝国の復活の『後』に視えた光景である」
モーリアウルは、重苦しい声で告げた。
「帝国の影の後に、光も、大地も、空間そのものもすべてを呑み込む、正体不明の暗黒が現れたのだ。我が国の予言者たちは、それを『大いなる虚無』と呼んでいる」
議場に、奇妙な沈黙が落ちた。
古代魔法帝国の復活であれば、まだ歴史上の脅威の再来として理解できる。しかし、『大いなる虚無』とは何を指すのか。国家なのか、災厄なのか、それともまったく別の現象なのか。発表したエモール自身にも正体が掴めていないという事実が、会場に重苦しい空気を広げた。
各国代表が困惑し、ざわめき始める中。
タドコロの視界の端で、斜め向かいに座っていた『アニュンリール皇国』の代表、ラウ・ゼンの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
彼は書類に走らせていたペンを止め、隣に座る同国の随行員と、ごく短い視線を交わした。そしてすぐに表情を戻し、淡々と記録を再開した。
会議場では、予言の扱いと情報共有を巡って、新たな議論が始まろうとしていた。
タドコロは円卓の代表たちを見渡し、誰に聞かせるでもなく小さくつぶやいた。
「……どうやら、今回の会議は予定どおりには終わりそうにないわね」