辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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第3章 第22話:見えざる侵入者
**1.予言がもたらした対立**
エモール王国が発表した『古代魔法帝国の復活』と『大いなる虚無』の予言は、会議場の空気を一変させていた。
だが、最初の衝撃が過ぎ去った後に始まったのは、一致団結した協力体制の構築ではなく、果てしない議論の紛糾であった。
「古代魔法帝国の復活が事実であるならば、世界の文明秩序そのものを揺るがす事態だ! 直ちに我が神聖ミリシアル帝国を中心として、各地の古代遺跡および関連施設の早期調査を開始すべきである!」
議長国ミリシアルの代表が声を張り上げる。
各国の関心はすでに、予言の真偽そのものから「危機が訪れた際、誰が情報と主導権を握るのか」へと移り変わっていた。
「早期の検証には賛成だ」
ムーの代表が慎重な口調で応じる。
「だが、特定の一国に情報が偏るのは望ましくない。まずは予言の信頼性を客観的に検証しつつ、各国の情報機関が共同でデータを集約する枠組みを作るべきではないか」
「我が国としても、情報が不足している現段階で軍事的な行動や体制を決定することには慎重であるべきだと考えます」
日本代表の朝田が落ち着いた声で意見を述べると、グラ・バルカス帝国のシエリアが冷ややかな声で続いた。
「同感ですわ。正体不明の予言だけを理由に、我が国の軍事行動を制限されたり、安全保障上の機密情報の共有を要求されたりするのであれば、到底受け入れられません」
「我が国の『空間の占い』の的中率は、歴史が証明している! 警告を軽視すれば、取り返しのつかないことになるぞ!」
エモール王国の代表モーリアウルが焦燥を露わにして訴えるが、各国の思惑は平行線をたどるばかりだった。
その様子を、コホート・コーポレーションの席からタドコロは静かに観察していた。
どの国の代表も、危機の存在そのものを否定しているわけではない。むしろ、危機が本物だった場合に備えて、自国が不利な立場に置かれないよう牽制し合っているのだ。
隣に座るイレーヌが、タドコロへ小声で話しかけた。
「各国とも、脅威そのものより、誰が対策の主導権を握るかを気にしているようですね」
タドコロは小さく頷いた。
「未知の脅威に対する備えより、その備えを誰が管理するか。国家同士の交渉というのは、そう簡単には変わらないものね」
議論が停滞し、議場がざわめきに包まれるなか、斜め向かいの席でアニュンリール皇国の代表ラウ・ゼンが静かに立ち上がった。
彼は近くの席の代表や議長団に対し、「本国への緊急連絡と代表団内での協議のため、一時的に席を外す」と丁重な儀礼の言葉を残し、随行員たちを伴って会議場の扉へと向かった。
会議が紛糾している最中に代表団が本国へ請訓を行うこと自体は、外交の場では珍しいことではない。タドコロもイレーヌも、そして他国の代表たちも、その自然な退出を特別な問題とは受け止めなかった。
ラウ・ゼンたちが「これからこの街で起こる襲撃」を事前に知っており、自らが巻き込まれないために会場を離れたのだと気づく者は、この時点ではまだ誰もいなかった。
**2.カルトアルパス襲撃**
異変は、会議場から少し離れた外周警備区域から始まった。
「――ぐあっ!?」
会議場へと続く並木道で、立哨していたミリシアルの警備兵が突然、胸を押さえて路上に倒れ込んだ。服の上から鋭い刃物のようなもので切り裂かれ、鮮血が噴き出している。
「どうした!? 敵襲か!」
相棒の兵士が即座に魔導拳銃を構えて周囲を見回した。しかし、明るい日差しの下には街路樹が揺れているだけで、襲撃者の姿はどこにも見当たらない。
「ど、どこから斬られた……!? 誰もいないぞ!」
最初は、透明化の魔法を使う暗殺者の単独犯行かと思われた。
ところが、ほぼ同じ時刻。カルトアルパスの複数地点から、異常を知らせる悲鳴と警報が同時に上がり始めたのである。
港湾地区では、荷役作業員が何もない空間から突然切りつけられて負傷し、駆けつけた警備兵が姿なき敵に向けて銃を乱射した。市街地の大通りでは、通行人が次々と襲われてパニックが発生し、逃げ惑う群衆で道路が麻痺していく。
投入された異常存在(エンティティ)――『サイトスティーラー』の総数は、約二百体にのぼっていた。
それらは高度な軍隊のように組織的な連携を取っているわけではない。しかし、何者かによって出現条件と誘導が操作された結果、実質的に三つのグループに分かれて都市を襲っていた。
一つは、港湾や市街地を襲撃して都市の警備・救助能力を分散させる『市街地群』。
一つは、国際会議場の周辺道路や出入口付近に留まり、外部からの接近を阻む『包囲群』。
そしてもう一つが、会議場の内部へと入り込んだ数十体規模の『会場侵入群』である。
会議場の正面出入口付近でも、外周警備にあたっていたミリシアル兵たちが次々と襲撃を受けていた。
「くそっ、物音はすぐそこだ! 撃て!」
「馬鹿野郎、むやみに撃つな! 味方に当たるぞ!」
個々の敵は、決して無敵ではない。接近された瞬間に位置を捉えて銃弾を浴びせれば、確実に倒すことができる。しかし、極至近距離まで近づかないと姿を視認できないという特性と、周囲の複数の場所で同時に被害が出る状況が、警備部隊の通信と指揮を完全に混乱させていた。
結果として、会議場の出入口や周辺道路は、どこに敵が潜んでいるか分からない危険地帯と化した。外へ飛び出すことも、外から救援部隊が突入することも、状況を確認せずには実行できない。
壮麗な国際会議場は、わずか十数分のうちに外部と分断され、孤立した防衛拠点へと変貌していた。
**3.既知の敵、未知の規模**
不穏な空気は、ついに本会議場の内部へも到達した。
会場の外にある回廊から、怒号と乾いた銃声、そして金属がぶつかり合う音が響いてきたのだ。
「な、何事だ!?」
円卓の代表たちが一斉に立ち上がる。各国の控室から護衛たちが雪崩れ込み、要人の周囲を固めたその瞬間――会議場の開け放たれた扉のすぐ内側で、空間の揺らぎと共に異形の影が実体化し、近くにいたミリシアルの衛兵へ飛びかかった。
衛兵が悲鳴を上げて倒れる。周囲の護衛たちが一斉に銃を抜いて発砲し、異形の怪物は黒い血を散らして床に転がった。
痩せこけた人型に、異様に長い腕と鉤爪、そして周囲の光を歪ませていた不気味な体表。各国代表が初めて見るその怪物の死体に息を呑むなか、コホートの面々だけはまったく異なる反応を見せていた。
「サイトスティーラー……。なぜ、ここにいるの!」
タドコロが鋭い声を上げた。かつてリムワールドで何度も遭遇した、見紛うはずのない異常存在だ。
彼女は動揺を即座に押し殺し、隣に立つミウラへ指示を飛ばした。
「以前の交戦手順を適用して。各国の代表者を守りながら、敵の接近を検知できる位置を確保して。無差別な攻撃は避けること!」
「了解!」
ミウラは即座に前に出た。コホートにとって、サイトスティーラーは未知の強敵ではない。個体の耐久力は低く、拳銃弾でも十分に仕留められることを知っている。だからこそ、パニックによる同士討ちを防ぎ、敵が接近して姿を現す瞬間を確実に捉えることが最優先となる。
その間にも、会場の別の扉や控え室付近で、侵入した複数の個体が姿を現し始めていた。
「代表をお守りしろ!」
日本の護衛たちは、素早く朝田の周囲に陣形を組み、接近してきた個体の足音と空気の揺らぎを察知して、至近距離から正確な拳銃射撃を浴びせて撃退した。
ミリシアルの警備兵たちは会場の構造を熟知している利点を生かし、防護魔法の障壁で通路を塞ぎながら探知魔法を展開する。ムーの護衛たちも組織的な射撃で敵を押し留め、グラ・バルカスの護衛たちは自動火器を構えたものの、周囲に他国の要人や負傷者が密集しているため、慎重に射線を選ばざるを得なかった。
だが、どこから何体入ってくるのか分からず、各国の護衛がそれぞれの要人を守るためにバラバラに応戦しているため、会場のあちこちに危険な死角が生まれていた。
その時、ミウラが視線を鋭く床の一点へと走らせた。
誰にも気づかれることなく、日本の護衛陣とムーの護衛陣のちょうど中間――死角となった赤い絨毯が、目に見えない重みでわずかに沈み込んだのだ。
「――そこだ!」
ミウラは躊躇なく拳銃を抜き、何もない空間のやや上部へ向けて二発、三発と立て続けに発砲した。
乾いた銃声の直後、空中で火花と黒い血が散り、光学迷彩が解けるようにサイトスティーラーの体が浮かび上がって床へ崩れ落ちた。
姿を現す前に正確な射撃で仕留めたその手並みに、近くにいた日本の護衛隊長とムーの武官が目を見張った。
ミウラは銃口を下げることなく、周囲の護衛責任者たちへ向けてよく通る声で呼びかけた。
「いいか、俺たちはこいつらと戦った経験がある! 今の通り、奴らは一匹ずつなら拳銃でも倒せるが、極至近距離に近づくまで姿が見えない! バラバラに戦えば各個撃破されるぞ!」
実証された技術と経験に基づく言葉には、他国の精鋭たちにも有無を言わせぬ説得力があった。ミウラは簡潔に四つの手順(交戦規定)を提示した。
「第一に、代表者と非戦闘員を壁際と中央の安全区画へ集め、退避を最優先すること!
第二に、敵の位置を確認できない状態で、通路や部屋へ無差別な射撃を絶対にしないこと!
第三に、床の凹みや物音で敵を発見したら必ず周囲に声を掛け、複数の護衛で射線を合わせること!
第四に、出入口を闇雲に全部封鎖するな! 状況を確認したうえで、いざという時の退避経路を確保しておくんだ!」
「理に適っている。我が隊はその手順に従う!」
日本の護衛隊長とムーの武官が即座に応じ、会場警備の指揮権を持つミリシアルの警備隊長も「よし、全警備兵に通達! 今の提案を現場の交戦規定とする! 各員、孤立するな!」と部下に命じた。現場で証明された知識が国境を越えて共有され、混乱していた会場内に確かな防衛の秩序が生まれ始めた。
**4.分断された都市と戦場整理**
会場内部が体勢を立て直す一方で、カルトアルパスの市街地では依然として混乱が続いていた。
港湾地区や市街地に現れたサイトスティーラーは、武装した兵士が正面から構えていれば撃退できる相手だった。しかし、路地裏や建物の陰から突然一般市民や作業員に襲いかかるため、都市の警備部隊は敵の掃討よりも、パニックを起こした住民の避難誘導と負傷者の救護に追われていた。
「視認できない敵を無理に追うな! まずは市民を建物の中へ避難させ、安全が確認できた大通りから封鎖線を築け!」
市街地のミリシアル警備隊は、確実な安全確保を優先せざるを得なかった。その結果、国際会議場の周囲に展開している『包囲群』を排除して会場へ救援を送るだけの余力が、都市側から大きく削がれていたのである。
その頃、沖合に停泊する《プロスペリティ》のブリッジでは、キムラが複数の通信回線とセンサー情報を前に、状況の整理を行っていた。
『タドコロ社長、ミウラさん。現在までの交戦報告と都市警備網の通信を照合しました』
キムラの落ち着いた声が、タドコロたちの耳元の通信機に届く。
『敵は間違いなくサイトスティーラーです。ただし問題はその規模です。港湾、市街地、会場周辺で同時に発生している襲撃件数から推計すると、出現した個体は全体で約二百体規模にのぼります。そのうち主力は市街地と会場外周の包囲に回されており、会場内部へ侵入した群れは二十から三十体程度とみられます』
「二百体……!? 自然発生的な群れにしては、数が多すぎるわね」
タドコロは眉をひそめた。会場内の数十体は各国の要人を直接脅かして指揮系統を麻痺させるための囮であり、本質は都市機能と外部からの救援を分断する包囲網にある。
『はい。ですので、会場内の個体を倒しただけでは孤立は解けません。現在、会場の外周道路にもかなりの数が滞留しており、外部の救援部隊が近づけない状態になっています』
キムラは、錯綜する情報を「会場内部」「会場外周の包囲区域」「市街地」の三つに分類し、現在どこで交戦が起きているかのマップデータをミウラの端末へと送信した。「どこで被害や物音が出たか」を整理するだけでも、次に敵が接近してくる経路を予測するには十分だった。
「キムラ、《プロスペリティ》からの直接支援は?」
『小型ドローンによる上空からの監視と通信中継を継続します。……本艦を直接市街地上空へ移動させるのは、離昇時の重力波で都市や避難民に深刻な二次被害を与える危険があるため、避けるべきです』
「ええ、分かっているわ。船体は動かさないで。外部の救助活動を妨げるわけにはいかないし、今の戦力と情報整理で対処するわ」
タドコロは即座に判断を下した。
**5.反撃と突破口**
本会議場から続く退避用の広間では、各国の代表団と非戦闘員の誘導が進められていた。
その混乱のなか、パーパルディア皇国のレミールとカイオスも、自国の護衛に守られながら移動していた。
「レミール様、こちらへ! まずは奥の区画へ退避を!」
カイオスが促すが、レミールは途中で足を止めた。通路の脇で、先ほどの襲撃で負傷した他国の随行員と、恐怖で動けなくなっている会場の女性職員たちが取り残されていたのだ。すぐ近くでは、タドコロとイレーヌが自社の警備要員に指示を出し、他国の代表者たちの退避を助けている姿が見えた。
レミールは、自国の護衛を振り返って命じた。
「あそこにいる負傷者と職員たちに肩を貸しなさい! 一緒に安全区画へ連れていくわよ!」
「し、しかしレミール様、我々は貴女をお守りするのが……」
「いいから早く! 護衛が二人つけば私の身は守れるでしょう!」
レミールの指示で護衛たちが負傷者を抱え上げるのを、近くを通ったタドコロが一瞬だけ見やり、小さく声をかけた。
「……自分たちだけを守るつもりではないのね」
レミールは、タドコロを真っ直ぐに見返して答えた。
「今は、そんなことを言っている場合ではないわ」
互いに笑顔はなかった。だが、極限状態のなかで相手がどう動くかを見たことで、二人の間にあった認識がまた少しだけ変わっていた。
一方、会場の入り口や回廊では、ミウラの提案した手順による反撃が着実に成果を上げていた。
「右の回廊、床の絨毯が凹んだぞ! 距離十メートル!」
「よし、三方向から同時に撃て!」
キムラから送られてくる侵入経路の予測と、現場の護衛たちの声掛けが噛み合い、接近してきたサイトスティーラーが次々と十字砲火を浴びて倒されていく。孤立さえ防げば、人間側の火力が確実に勝った。
だが、タドコロは深追いを固く禁じた。
「会場内の敵を全部追い回す必要はないわ! 負傷者の手当てと、外部と合流するための退避経路の確保を優先して!」
会場内部の安全が確保されつつある今、残る問題は建物を孤立させている外周の『包囲群』だった。これを突破しなければ、重傷者を病院へ搬送することも、外のミリシアル警備部隊と合流することもできない。
「ミウラ、外周の救援部隊と連絡がついたわ。正面ではなく、見通しの利く西側の搬出路を両方から同時に制圧して、安全な回廊を開く」
「了解。ミリシアルと日本の護衛にも協力してもらうぞ!」
ミリシアルの警備兵が会場西側の構造と死角を案内し、コホートと日本、ムーの護衛たちが一丸となって西側通路の扉を開放した。
待ち構えていた包囲群のサイトスティーラー数体が飛びかかってくるが、事前に射線を準備していた護衛部隊の一斉射撃がそれを迎え撃つ。さらに、道路の反対側からも連絡を受けたミリシアルの即応部隊が突入し、挟み撃ちの形で周囲の個体を排除していった。
「西側通路の安全確保! 外の救急部隊、入れるぞ!」
ミウラの声が響き、ついに会議場を取り囲む包囲網の一角が突破された。外部からの救援部隊が続々と到着し、孤立していた会議場は都市の防衛網と再び連結されたのである。
**6.襲撃の終息と、暗躍する影**
会議場と外部の連携が回復したことで、カルトアルパス全体の戦況も終息へと向かった。
コホートから共有された対処法をもとに都市の警備網が再編され、目撃地点や被害地点を中心に封鎖と掃討が進められた結果、市街地や港湾で暴れていたサイトスティーラーの脅威は次々と封じ込められていった。
数時間後には銃声も止み、街には救急車両のサイレンと、残存個体が潜んでいないか警戒を続ける警備隊の掛け声が響くだけとなった。
会議場内では各国の護衛の迅速な対応により一人の死者も出さずに済んだものの、不意の奇襲を受けた外周警備や市街地ではわずかながら犠牲者が出ており、多くの負傷者が病院へと搬送された。港湾の荷役作業は停止し、先進国会議も日程の延期を余儀なくされた。
安全が回復した会議場のロビーで、各国の代表者たちは集められた被害報告を前に険しい表情を浮かべていた。
タドコロは、回収されたサイトスティーラーの死体を見下ろしながら口を開いた。
「この規模の襲撃が、偶然に起こったとは考えにくいわ。敵の出現地点、行動、会場への侵入経路を調べる必要がある」
隣に立つイレーヌが、自国の本国と慌ただしく連絡を取り合っている各国代表の姿を眺めながら、静かに言った。
「問題は、誰もが自国の安全と警備の見直しを優先せざるを得なくなったということです。事件の真相が分からないままでは、予言に関する共同調査の合意も先送りになるでしょうし、警備の不備を巡って責任の押し付け合いが始まるかもしれません」
「そうね。だからこそ、私たちは事実を集めましょう」
*
同じ頃。カルトアルパスの喧騒から遠く離れた、アニュンリール皇国の関係施設。
そこでは、皇国の中枢機関である『魔帝復活管理庁』の幹部が、カルトアルパスに潜ませていた観測要員からの報告を受けていた。
南方の大陸に本土を持つアニュンリール皇国は、深刻な『魔石不足』を背景に、外部の大陸へ進出して資源を確保する外征を検討していた。
管理庁は、魔帝復活に関連する遺跡から発見した異常存在――サイトスティーラーを研究しており、個体ごとの完全な命令制御まではできないものの、出現条件の操作と誘導によってカルトアルパスへと送り込んだのである。
「カルトアルパスでの試験投入は終了しました。会議は中断され、各国が自国の警備と被害対応を優先したことで、魔帝復活の予言に関する共同対策の合意は完全に先送りとなりました。各国の即応能力のデータも十分に収集できています」
報告を受けた管理庁の幹部は、小さく頷いた。ここまでは、彼らの狙い通りだった。
「ですが……一つ、想定外の事態が発生しました」
報告にあたっていた官僚の声が、わずかに硬くなった。
「会場の混乱が予想よりも早く封じ込められた原因は、『コホート・コーポレーション』と呼ばれる組織の対応にあります。彼らはあの異常存在を初めて見たのではなく、以前から熟知している敵であるかのように即座に特性を見抜き、対処手順を他国へ共有したとのことです」
「なんだと……?」
管理庁の幹部は眉をひそめた。
あの異常存在は、魔帝復活に関わる深淵の遺跡から発見された機密のはずだ。それをなぜ、国家ですらない一企業が知っているのか。どこで交戦経験を積んだというのか。
「コホート・コーポレーション……。我々の想定以上に、あの企業は異常存在への対処経験を持っている可能性があるな。連中の動向には、特別な警戒が必要だ」
*
そして、夕暮れが迫るカルトアルパスの国際会議場。
タドコロは誰もいないバルコニーへ出ると、耳元の通信機でキムラからの報告を受けていた。
『社長。会場の入退室記録と、各国の動向の照合が終わりました。……やはり、アニュンリール皇国のラウ・ゼン代表の一団は、最初の襲撃が外周で発生する十数分前に会議場を退出しており、被害に一切巻き込まれていません』
「そう。……でも、事前に退出したという事実だけでは、共謀の証拠にはならないわね」
タドコロは冷静に答えた。会議が紛糾していたあのタイミングで本国への連絡のために席を外すのは、外交上あり得る行動だからだ。現時点では、皇国の関与を断定できるような明確な証拠はない。
それでも、タドコロの胸の奥には拭い去れない違和感が残っていた。
古代魔法帝国の復活と『大いなる虚無』の予言が発表された会議で、本来ここにはいないはずのサイトスティーラーが大規模な襲撃を仕掛けた。しかも、ある代表団だけは事件が起こる前に絶妙なタイミングで会場を離れている。
偶然と考えるには、あまりにも出来すぎていた。
タドコロは手すりに手を置き、夕闇に沈みゆくカルトアルパスの街並みを見つめた。
「……今回の事件は、単なる魔物の襲撃ではなさそうね」