辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第8話:エストシランドの宮廷

 

 

## ## 第8話:エストシランドの宮廷

 

### 1. 傲慢なる帝国の岐路

 

第三文明圏最大国家、パーパルディア皇国。

 

その中心たる皇都エストシランドは、白亜の宮殿群と巨大な石造建築によって埋め尽くされ、港湾には百隻規模の魔導戦列艦がひしめき、石畳の大通りには軍服姿の将校と貴族たちの馬車が絶え間なく行き交っていた。皇国の民は、この巨大国家こそ第三文明圏文明の中心であり、自分たちこそが選ばれた支配民族であると微塵も疑っていない。

 

その絶対的自信を支えているのは、圧倒的な軍事力と、長年に渡る容赦のない植民地支配であった。

 

だが今、その皇都の中枢たる皇宮では、東部属領ミューズのラーク総督より届けられた一通の緊急報告書が、不穏な波紋を広げつつあった。

 

 

「……実に不愉快ですわね」

 

皇宮中央棟、軍務会議室。

重厚な黒檀の長机を囲み、皇国軍の高官たちが静かに資料へ目を通す中、第一外務局局長エルトが指先で艶やかな髪を払った。彼女は侮蔑を隠そうともせず、報告書を机へ叩きつける。

 

「辺境の獣人風情が皇国軍の正規大隊を壊滅させた? しかも“光る鉄の兵器”と“空飛ぶ鋼鉄の怪物”を用いたですって? ラーク総督は、自身の統治能力の欠如を隠すために、随分と安っぽい絵空事を思いついたものですわ」

 

吐き捨てる声音には、露骨な特権意識が滲んでいた。彼女は典型的な皇国至上主義者であり、文明圏外の民族を人間とすら認識していない。彼女にとって獣人や属州民は、「鞭で統治すべき家畜」に過ぎなかった。

 

対して、机の向かい側に座る第三外務局局長カイオスは、静かに指を組んだまま、感情を排した声で口を開く。

 

「しかし、エルト局長。現地部隊500名のうち、400名以上が実際に生きて戻っていないのは事実です。加えて、我が国が誇る東部方面の飛竜中隊12騎も全機が消息不明。さすがにこれを“単なる無能の言い訳”として片付けるのは、地政学的に危険かと」

 

「では何ですの?」とエルトが鋭く睨む。

 

「あなたは本気で、あの不潔な獣人どもが皇国軍を正面から蹂躙する兵器を自前で製造したとでも?」

 

「……自前ではないでしょう」

 

カイオスは机上の資料を指で叩いた。

 

「ラークの報告にある『青い障壁』『雷鳴のない超高速の砲撃』『推進器官のない空飛ぶ金属体』は、我々第三文明圏の既存の魔導体系から完全に逸脱しています。もしこの証言が事実なら、彼らは未発見の【古代魔導文明の遺産】を掘り当てたか、あるいは――外部の『列強』から技術支援を受けている」

 

「外部勢力?」

 

「たとえば――中央世界の、第一または第二文明圏の列強国家です」

 

その一言で、会議室の空気が張り詰めた氷のように一変した。

第三文明圏の国家群の中で、パーパルディアは絶対の支配者だ。しかし、世界にはさらに上位の文明圏が存在し、そこには自分たちを遥かに凌駕する魔導技術や工業力、艦隊規模を持つ「真の怪物たち」がいることを、皇国上層部は嫌というほど理解していた。

 

もし、あの辺境の獣人勢力の背後に中央世界の列強が糸を引いているならば、これは単なる地方の治安維持問題ではない。皇国に対する事実上の“間接侵略”であった。

 

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### 2. 神話の破片

 

重厚な二重扉が左右に開き、近衛兵の鋭い声が響き渡った。

 

「陛下のおなりだ!」

 

室内の高官たちが一斉に直立不動で頭を下げる。

現れたのは、皇帝ルディアス。漆黒の軍装風礼服に身を包んだ20代の男であり、その鋭い眼光には、広大な版図を恐怖と武力で従えてきた絶対君主特有の圧倒的な威圧感が宿っていた。

 

ルディアスは無言のまま上座の玉座へ腰を下ろした。

 

「続けよ」

 

「はっ」

 

エルトがすぐさま一礼して前へ出る。

 

「東部属州において、未知の武装勢力が我が軍を襲撃したとの報告です。しかし私は、先ほども申し上げた通り、ラーク総督の保身による誇張が多分に含まれていると判断しております。獣人勢力ごときが皇国軍を真正面から撃破するなど、常識的にあり得ません」

 

「ですが陛下」

カイオスが静かに割り込み、懐から小さな布に包まれた物体を取り出して、机の厳かに置いた。

 

「現地から緊急魔導通信と共に送られてきた、敵の『弾頭の破片』とされる資料です。これをご覧いただきたく存じます」

 

それは、コホート社の突撃兵が放ったチャージライフルの、変形した弾頭の残骸だった。

 

「……解析班の報告によれば、これは既存の鋼鉄でもミスリルでもありません。不純物が完全に排除され、異常な高密度と結晶強度を持つ未知の合金です。さらに不可解なのは――」

 

カイオスは一呼吸置き、声を落とした。

 

「この金属からは、魔力の痕跡、魔法陣の刻印、魔石の成分が『一切検出されなかった』とのことです。魔法技術に依存せず、純粋な物質工学だけでこの領域の金属を精錬するなど、我が皇国の技術院でも不可能です」

 

「……遺跡兵器か」

 

ルディアスの目が、獲物を狙う鷹のように細まった。

 

「その可能性が極めて高いかと。ラーク総督の報告通り、隣国、あるいは中央列強がこの遺産を狙って裏で手を引いていると仮定すれば、すべての整合性が合います」

 

重苦しい沈黙が会議室に落ちた。ラーク総督が自身の保身のために仕立て上げた「古代遺跡を占拠した国家級脅威」という嘘のレトリックが、コホート社の圧倒的なオーパーツ技術という事実と最悪の形で融合し、中央政府の危機感を完全に煽り立てていた。

 

「ラークは、中央からの討伐軍を求めているのだったな」と、ルディアスが低く呟いた。

 

「はっ。現地戦力のみでは制圧困難であると」

 

「しかし陛下、軽率に正規軍を動かすのは危険です」

 

カイオスが慎重に進言する。

 

「現在、北部および西部の属州では、皇国の統治に反発するレジスタンス活動が活発化しています。ここで中央の正規軍を大規模に東部へ移動させれば、各属州の治安維持の天秤が崩れ、広範囲での暴動を誘発しかねません」

 

「ならば、我が皇国の領土内で獣人どもが好き勝手にのさばるのを、ただ指をくわえて見ていろと?」

 

エルトが冷酷に遮った。

 

「皇国軍が敗北したまま沈黙すれば、それこそ属州全体へ致命的な悪影響が及びますわ。パーパルディアは絶対無敵であるという“恐怖の神話”があるからこそ、家畜どもは大人しく従っているのです。もし皇国が倒せるなどという妄想が広まれば、それこそ全属州で反乱の連鎖が始まりますわよ」

 

それは、この帝国の歪んだ統治構造の真実だった。パーパルディア皇国は、軍事力そのものよりも、「逆らえば一族郎党皆殺しにされる」という圧倒的な恐怖の威信によって、数倍の人口を持つ属州を支配している。敗北の流布は、帝国の崩壊に直結しかねない。

 

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### 3. 皇帝の裁定と毒蛇の視察

 

ルディアスはしばし瞑目し、指先で机を一定の規則で叩いていたが、やがて重く、断固とした声で言い渡した。

 

「……まずは、見極める。それが本当に中央列強の影を帯びた未知の国家級脅威なのか、それともラークの無能による誇張なのか。我が目で確かめるのが先だ」

 

「では……」

 

「ミューズへ臨時の『視察使節団』を派遣する」

 

皇帝の視線が、会議室の薄暗い奥へと向けられた。そこには、真紅の豪奢なドレスを纏った一人の女が、影のように静かに佇んでいた。

 

妖艶な美貌。しかし、その奥にある両目は、獲物を品定めする毒蛇のように細く、冷たい。

――皇后レミール。宮廷内でも、その傲慢さと残酷さから「最も敵に回してはならない危険人物」として恐れられている女だった。

 

レミールは扇を口元へ当て、クスクスと愉しげに笑った。

 

「まあ……。お聞きしていれば、随分と面白そうな狂言ではございませんこと?」

 

その声音には、他者の破滅を蜜のようにすする不気味な愉悦が滲んでいた。

 

「未知の兵器を持つ、生意気な獣人の集団……。もしそれが本当なら、その不遜な首をこの手で捩じ切って、皇宮の庭園に飾り立てて差し上げたいものですわねぇ、オホホホ……」

 

カイオスは内心で激しく眉を顰めた。この狂気を孕んだ女が動く時、外交の場は常に血の海へと変わる。だが、皇帝の言葉は絶対だった。

 

「レミール。お前が使節団の全権として同行しろ。敵の正体を査定してこい」

 

「御意にございますわ、陛下」

 

「そして陸軍司令官ヴァルディス。使節団の護衛として、直ちに陸軍より精鋭部隊を編成しろ」

 

「はっ」

 

そう応じたのは、不動の姿勢で控えていた軍服姿の巨漢――皇国陸軍司令官、ヴァルディス上級大将である。数々の大陸戦争を勝ち抜き、その体中に無数の傷跡を刻む老将は、微塵も揺るがぬ声で続けた。

 

「陛下。当該地域は未知の技術的脅威が懸念されます。宮廷の飾りたる近衛ではなく、実戦経験豊富な前線部隊より護衛を抽出するのが肝要かと。――部隊の指揮官には、私の右腕であるロウガン少将を任じたく存じます。彼ならば、どのような不測の事態にも冷徹に対処いたしましょう」

 

ルディアスは短く頷いた。

 

「許す。ロウガンに最精鋭を預け、使節団の絶対的な盾とせよ」

 

「御意」

 

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### 4. 老将の直感

 

軍務会議が散会となり、高官たちが退室していく中、ヴァルディス上級大将は一人、軍務局の回廊を歩いていた。その背後を、引き締まった体躯に実戦派の鋭さを纏った将校――ロウガン少将が静かに従う。

 

「ヴァルディス閣下。直々の御指名、感謝いたします」

 

ロウガンは歩調を合わせながら、低く声をかけた。

 

「しかし……驚きました。たかが属州の原住民崩れを相手に、私の第4旅団から精鋭を引っ張り出すとは。過剰防衛ではありませんか? エルト局長の言う通り、ラークの失態隠しという線が濃厚かと思いますが」

 

ヴァルディスは足を止め、ゆっくりと振り返った。長年、生死の境界線を渡り歩いてきた老将の両目には、エルトのような軽薄な蔑みは一切なかった。

 

「ロウガン。お前はあの金属片の報告をどう見る」

 

「……魔力反応のない超合金、ですか。技術院の戯言かとも思いましたが」

 

「技術院は嘘をつかん。魔法技術に依存せず、純粋な物質工学だけであの領域の結晶強度を作るなど、我が国の技術では逆立ちしても不可能だ」

 

ヴァルディスは窓の外、白亜の皇都を見つめながら声を落とした。

 

「胸騒ぎがするのだ、ロウガン。ミューズで起きている『何か』は、皇国の常識、いや、この世界の理(ことわり)そのものから外れている。あれは、ただの反乱分子ではない」

 

ロウガンは上官のただならぬ気迫に、表情を引き締めた。

 

「レミール皇后は傲慢だ。相手が誰であろうと、皇国の威信を笠に着て無理難題を突きつけるだろう。だが、もし相手が『皇国の威信など一顧だにしない怪物』だった場合、外交のテーブルは一瞬で戦場に変わる」

 

ヴァルディスはロウガンの肩を強く叩いた。

 

「お前に預けるのは、単なる皇后の『護衛部隊』ではない。万が一の際、帝国の最大の致命傷を食い止めるための『楔』だ。油断するなよ、ロウガン。牙を隠した獣の懐に飛び込むと思え」

 

「……肝に銘じます、閣下」

 

ロウガンは厳かに敬礼した。彼の本能にも、老将の言葉を通じて、冷たい緊張感が伝播していく。

こうして、パーパルディア皇国という巨大な歯車が、コホート・コーポレーションを噛み潰すために動き出した。しかし、彼らはまだ知らない。自分たちが向かおうとしている戦場が、国家の論理すら通用しない、冷徹な「メガコーポのビジネス」の渦中であることを。

 

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