辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第23話:疑惑の残響
### 1.襲撃の翌朝
一夜明けた神聖ミリシアル帝国の帝都カルトアルパスには、まだ生々しい爪痕が残されていた。
市街地では朝から規制線のロープが張られ、破損した石畳や街路樹を片付ける作業員の槌音が響いている。港湾地区では、暴走した荷役魔導器の衝突で大型クレーンが折れ曲がり、積み下ろしを待つ輸入物資のコンテナが埠頭に山積みのまま放置されていた。
国際会議場も外周の損傷確認と警備体制の再構築のため、午前の本会議は中断されていた。
各国代表団に割り当てられた控室の一つで、コホート・コーポレーションのタドコロは、ミウラとイレーヌ、そして《プロスペリティ》のキムラから上がってきた被害状況の報告書に目を通していた。
「各国代表団の要人に死者はなし。ただ、外周では避難誘導中の会場職員や、逃げ遅れた市民をかばったミリシアルの警備兵に少なからず死傷者が出ているわね」
タドコロが書類を置くと、ミウラが腕を組んで頷いた。
「現場の警備隊には、俺たちの交戦手順を引き続き共有してある。もし生き残りの個体が封鎖区域の路地裏に潜んでいたとしても、単独で踏み込まない限りは対処できるはずだ」
「ええ。戦術的には対処可能な相手だったわ。でも、政治的には極めて厄介な事件ね」
タドコロは窓の外で、通常の倍以上に増員されたミリシアル兵の巡回を見下ろした。
会場に侵入したサイトスティーラーを撃退できたことと、誰が、何のために二百体もの異常存在をこの国際都市へ投入したのかを突き止めることは、まったく別の問題だった。
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### 2.証拠なき疑惑
『社長。昨夜の襲撃に関する時系列データと、会場の入退室記録の照合が終わりました』
通信機越しに、キムラが整理されたデータをタドコロの端末へと表示させる。
『都市外周で最初の被害が報告される十四分前、アニュンリール皇国のラウ・ゼン代表とその随行員全員が会場を出て、港湾外の宿舎へと移動しています。記録によれば、退出の直前に宿舎側から代表団へ予定外の緊急通信が入っており、その後、彼らは襲撃が終息するまで一度も宿舎の外に出ていません』
「事前の通信に、襲撃直前の退出……。偶然にしては出来すぎているわね。現場から何か物証は出た?」
『ミリシアル側が回収した死体と出現地点の周辺データを分析しましたが、通常の魔物のように周辺地域から移動してきた形跡がありません。何らかの触媒か特殊な魔導波長を用いて誘導された可能性が高いのですが……その具体的な手段や、アニュンリール皇国と直接結びつける証拠までは確認できませんでした』
タドコロが指先で机を叩くと、イレーヌが静かに口を開いた。
「現段階でアニュンリール皇国の名を公の場に出すのは得策ではありません。本国からの緊急連絡を受けて席を外すこと自体は、外交上あり得る行動です。物証がないまま状況証拠だけで追及すれば、不当な言いがかりだと反発され、かえって各国から我々の情報分析の信頼性を疑われかねません」
「あなたの言う通りよ、イレーヌ」
タドコロは頷いた。皇国が自ら襲撃を仕掛けたのか、それとも何らかの経路で危険を事前に察知しただけなのか、今の材料だけでは断定できない。
「確たる証拠がない以上、今は皇国を名指ししない。ただ、監視を続ける理由としては十分よ。会議の場では犯人探しよりも、事実の収集と情報共有の枠組みを作ることを優先しましょう」
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### 3.再開される先進国会議
午後になり、安全確認を終えた国際会議場で、中断されていた先進国会議が再開された。
会場の扉や壁際には武装した警備兵が厳重に配置され、円卓に着いた各国代表たちも、普段以上に背後の護衛の位置を意識しながら硬い表情を浮かべていた。その一角にはアニュンリール皇国のラウ・ゼンも何食わぬ顔で席に戻っており、周囲の代表たちと穏やかに言葉を交わしている。
議長国ミリシアルの代表が、張り詰めた空気のなかで口を開いた。
「昨夜の不測の事態により、各国の代表団ならびに護衛の方々に多大なるご負担をおかけしたことを、主催国としてお詫び申し上げる。……しかしながら、今回の事件は、昨日のエモール王国の予言とも無関係とは言えぬ異常事態である。我が国としては、直ちに古代遺跡および未知の魔物に関する調査権限を統合し、対策を進めるべきだと考える」
だが、昨日の襲撃はミリシアル一国の警備網だけでは都市を守り切れなかったという現実をも露呈していた。
「調査の必要性は認めるが、ミリシアル一国への権限統合には賛成できんな」
ムーの代表が即座に異を唱えた。
「昨日の事態を見ても、特定の一国だけで対処できる段階ではない。各国の専門機関が対等な立場でデータを持ち寄るべきだ」
「日本としても、特定の国による情報の独占は避けるべきだと考えます」
日本代表の朝田が発言を引き継いだ。
「各国が個別に把握している異常現象や遺跡の観測記録を共有し、客観的に検証できる共同の枠組みを提案いたします」
視線が集まったグラ・バルカス帝国のシエリアは、わずかに眉を寄せた。
「我が国の軍事機密や防衛体制に関わる情報の開示には応じられません。……ですが、今回のような正体不明の襲撃者が現実に存在する以上、脅威そのものに関する観測情報の交換まで拒むつもりはありませんわ」
各国が急に互いを信頼し始めたわけではなかった。むしろ昨日の襲撃によって「自国の力だけでは見えない脅威がある」と思い知らされた結果、自国の安全を守るためにも、他国が持つ情報を無視できなくなったのである。
実務的な議論の末、以下の三点を柱とする『国際情報連絡機構』の設立が合意された。
第一に、各国が提供する情報に明確な機密区分を設定し、自国の軍事機密を保護すること。
第二に、各国に常設の担当窓口機関を指定すること。
第三に、異常存在の出現や古代遺跡の異変に関する緊急情報は、定められた手順で速やかに相互通報すること。
ただし、この連絡機構には独自の軍事指揮権や他国への強制調査権は持たせないことも明記された。各国が主権と機密を手放さないまま、未知の脅威に対処するための最低限の仕組みであった。
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### 4.コホートの立場
続いて議長の視線が、コホート・コーポレーションの席へと向けられた。
「また、昨夜の事態において、コホート・コーポレーションが迅速に敵の特性を割り出し、各国の護衛部隊へ対処法を共有した実績は無視できない。新設される連絡機構における同社の扱いについて、改めて確認しておきたい」
すると、中央世界の伝統国の一つから代表が手を挙げた。
「彼らの貢献は認める。だが、一企業に安全保障機構での発言権を認めれば、将来、軍事力を持つ企業が国家間の決定を左右する危険な前例になりはしないか?」
国家を中心に形成されてきた国際秩序として、当然の警戒だった。発言を求められたタドコロは、立ち上がって各国代表を見渡した。
「我々に、国家の主権を代行したり、他国の政府を代表したりする権限を求めるつもりはありません。また、各国の軍事機密を無条件で要求するつもりもありません。ただ、我々の事業や安全に直接影響する問題について、意思決定の外に置かれることは望みません。コホートが持つ異常存在への知見やデータが必要であれば、合意されたルールと契約のもとで提供する用意があります」
実際にサイトスティーラーへの対処経験を持ち、現場で他国の部隊と連携を成立させた組織を枠組みから外すことは、どの国にとっても合理的ではなかった。
ミリシアルの議長は周囲を見渡し、結論を下した。
「では、前日に合意したコホートの『特別参加主体』としての資格を、情報連絡機構にも適用する。……なお、昨日の襲撃を受けて各国の警備体制の見直しが必要となったため、残る細部の実務協議は各国の窓口機関へ引き継ぎ、今回の本会議は本日をもって閉会とする」
コホートは国家になったのではない。国家だけでは対処できない問題において、無視できない当事者としてその席を確定させたのである。
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### 5.レミールとタドコロ
閉会後、代表者たちがそれぞれの控え室へと引き揚げていくなか、回廊の窓辺で資料をまとめていたタドコロのもとへ、パーパルディア皇国のレミールが一人で歩み寄ってきた。カイオスや護衛たちは、少し離れた柱のそばで待機している。
「……昨日の件、礼を言いに来たわけではないわよ」
レミールは、窓の外の街並みに視線を向けたまま切り出した。
「あなたたちが他国の代表や会場の職員まで退避させていたのは見たわ。あなたがたの言う『企業の合理性』とやらにしては、ずいぶん手間の掛かることをするのね」
「会場がパニックになって大惨事になれば、会議そのものが吹き飛んで、私たちの交渉の場も失われるもの。周囲の安全を確保するのは、結果的に一番安上がりなリスク管理よ」
タドコロが肩をすくめて答えると、レミールは小さく鼻を鳴らした。
「どこまでもそういう言い方をするのね。……誤解しないでちょうだい。昨日の動きを見たからといって、私がコホートを全面的に信頼したわけではないわ。あなたたちが強大な力を持つ危険な相手であることに変わりはないもの」
「ええ、それで構わないわ。私たちだって、パーパルディア皇国が過去に何をしてきたかを忘れたわけではないから」
タドコロはレミールに向き直り、落ち着いた声で続けた。
「でも、昨日の会議でのあなたの発言と、襲撃の時に周囲の人間を見捨てなかった判断は、以前の皇国とは違うものだった。そういう相手となら、私たちはちゃんと言葉と契約で話ができると思っているわ」
レミールは一拍だけ黙り込み、窓の外からタドコロへと視線を戻した。
「……皇国を背負う者として、当然の判断をしたまでよ」
それだけ言うと、レミールは普段よりわずかに速い足取りでカイオスたちのもとへと戻っていった。
それは劇的な和解ではなかった。だが、レミールにとってコホートは「ただ利益と暴力を振りかざすだけの怪物」ではなくなりつつあり、タドコロにとっても国家というものが「一枚岩の非合理な組織」ではなく、その内部で変化し判断を改める人間がいるのだと認識する確かな一歩となっていた。
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### 6.アニュンリール皇国の次の一手
その頃、南方大陸――アニュンリール皇国の『魔帝復活管理庁』では、薄暗い会議室の机上に、カルトアルパスからの分析報告と国内の魔石備蓄量の減少を示す赤字の書類が並んでいた。
「カルトアルパスでの作戦により、ミリシアルやムー、日本の護衛部隊の反応速度や装備に関するデータは十分に収集できました。また、各国の警戒心を煽り、軍事同盟のような踏み込んだ合意を先送りさせることにも成功しています」
分析官の報告に、幹部の一人が渋い顔で応じた。
「だが、手放しで喜べる結果ではないぞ。各国の不信感を煽るつもりが、逆に『国際情報連絡機構』なる情報共有の枠組みを作らせてしまった。何より、各国の護衛部隊にあの異常存在との連携対処を学習させてしまったのは大きな誤算だ」
「……はい。すべての原因は『コホート・コーポレーション』にあります。彼らがサイトスティーラーの特性を事前に熟知していたことは間違いありません。我々が管理する深淵の遺跡以外で、彼らがどこであの異常存在と遭遇したのか、早急に洗い出す必要があります」
管理庁にとって、今回の実験は成果と同じか、それ以上の警戒材料を残す結果となった。コホートという予測困難な組織が、彼らの計画の前に立ち塞がっている。
「それと並行して、本国の魔石枯渇に対する外征・介入計画も急がねばならん」
別の幹部が、減少を続ける魔石採掘量のグラフを指で叩きながら言った。
「国内の魔導インフラを維持するための猶予は限られている。対象は東方諸国に限定せず、西方の紛争地域や複数の海域を含めて資源確保の計画を進めよ。……コホートや大国間の情報網が完全に機能し始める前に、外へ手を打つぞ」
南方大陸の奥深くで、資源への渇望と未知の企業への警戒を孕んだ、次なる策謀が動き始めていた。
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### 7.大いなる虚無
先進国会議の日程を終え、コホート代表団を乗せたシャトルは、夜の海に浮かぶ《プロスペリティ》へと帰還した。
メインブリッジに戻ったタドコロは、巨大スクリーンに映し出されたカルトアルパスの夜景と、その横に並べられた複数の波形データを前に、キムラからの報告を受けていた。
「キムラ、サイトスティーラーのデータから何かわかったことはある?」
「はい、社長。今回カルトアルパスで観測された出現時の空間データと、我々が過去に記録したデータを比較したのですが、看過できない点が見つかりました」
キムラはコンソールを操作し、二つの波形を重ね合わせた。
「今回の出現には、何者かが触媒か波長を用いて人為的に誘導した痕跡があります。ただ、問題はその奥にある空間の歪みそのものです。この歪みが、誘導操作とは明らかに別の不規則な挙動を示しているのです。犯人が何らかの自然現象を利用しているだけなのか、それとも意図せず別の異常を引き起こしているのか、現時点のデータでは判断できません」
「つまり……犯人が誰であれ、連中は自分たちが扱っている現象の全体像を、完全には把握していない可能性があるということね」
「ええ。少なくとも、制御された安全な技術とは到底言えません」
スクリーンに揺れる不規則な波形を見つめるうち、タドコロの脳裏に、会議場でエモール王国の代表が語った言葉がよみがえった。
――『古代魔法帝国の復活』。そして、その後に現れるという、すべてを呑み込む『大いなる虚無』。
タドコロはスクリーンから視線を移し、ブリッジの窓の向こうに広がる暗い海を見つめた。
グラ・バルカスとレイフォルの終わらない戦争。パーパルディアの再建。各国との脆い情報共有の枠組み。そして、暗躍するアニュンリール皇国の影。
国家も企業もそれぞれの利害で動いているが、その足元では、誰の計算にも収まらない何かが軋みを上げている。
「キムラ、イレーヌ、ミウラ。連絡機構を通じた各国との情報交換を進めつつ、独自に南方海域と各地の動向に関する調査計画を立ててちょうだい」
タドコロは静かに、だが確かな意志を込めた声で命じた。
「誰が今回の襲撃を仕掛けたにせよ、連中がその背後にあるものまで理解しているとは限らないわ。……本当の厄介事は、これからよ」
次章のプロットを練りたいのと、書き溜めのため投稿はしばらくお休みします。