辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
---
閑話3-1:次なる戦場に備えて
**1.会議の終わり、その先の課題**
神聖ミリシアル帝国の帝都カルトアルパスで開かれた先進国会議、そして都市を震撼させたサイトスティーラーの集団襲撃事件から、一定の月日が流れた。
パーパルディア皇国の首都エストシラント近海に停泊するグラヴシップ《プロスペリティ》の艦内では、対外活動の事後処理と並行して、社内の中長期計画を再評価するための幹部会議が開かれていた。
会議室のテーブルを囲むのは、CEOのタドコロをはじめ、防衛主任のミウラ、生産・技術主任のキムラ、財務・生産管理を担うスカルバーグ、そして《プロスペリティ》の主任操縦手であり新設された航空部門の取りまとめも兼任するマディーンら主要幹部たちである。
壁面のモニターには、各開発セクションの技術責任者たちが通信で接続されていた。
「――さて。カルトアルパスでの一件で、私たちが置かれている環境が次の段階へ移ったことは、全員が肌で感じていると思うわ」
タドコロは手元の端末を操作し、会議室のメインスクリーンに第二章の終了後に策定された『戦力強化計画』の概要図を表示させた。
「国際情報連絡機構への参加によって、コホートの活動範囲と交渉相手は大きく広がった。同時に、守るべき拠点や通商航路も増え続けている。おまけに、サイトスティーラーのような通常の軍事常識が通じない脅威や、その背後で蠢く勢力の存在も浮上してきたわ」
タドコロは一拍置き、出席者たちの顔を見渡した。
「この《プロスペリティ》が単艦として圧倒的な戦力を持っていることに疑いはない。でも、どれほど強力でも、一隻の船が同時に二つの場所に存在することはできないわ。外交交渉の後ろ盾、現地の治安維持、広域の継続的な偵察、そして複数地点での同時対応――これらを一隻の艦だけですべて処理しようとするのは、あまりにも効率が悪すぎる」
だからこそコホートは、プロスペリティに依存しすぎない独自の戦力基盤――海上・水中、航空、宇宙の三領域における戦力拡充を進めてきたのだ。
「今日は、各部門の計画がどこまで進んでいるのかを棚卸しするわ。ただし、単に『設計図通りに試作品が動きました』というカタログスペックの報告は求めていない」
タドコロは明確な評価基準を提示した。
「技術的に完成しているかだけでなく、実際の任務で使えるのか。継続的な運用や整備が可能なのか。《プロスペリティ》との情報連携は確立しているか。そして何より、この世界の魔法による妨害や未知の脅威に対処できるのか。……ミウラ、まずは海上・水中戦力からお願い」
**2.海上・水中戦力――海域を支配させない仕組み**
「了解だ」
ミウラは立ち上がると、スクリーンにエストシラント近海および周辺航路の戦術マップを呼び出した。
「うちの海上戦力整備は、最初から大型水上艦を並べる大艦隊構想を採っていない。無人水上艇(USV)、無人水中艇(UUV)、そして地上や小型艇から運用する対艦ミサイル網の構築を最優先にしてきた。結論から言うと、無人艇の初期実用化と、小型有人艇との連携は順調に形になりつつあるぞ」
マップ上に、沿岸や航路を巡回する複数のユニットのアイコンが表示される。
「まずUSVだが、沿岸監視、航路の事前偵察、目標追跡、通信中継といった任務で運用を重ねている。UUVについても、電波の届かない水中での音響通信速度の制約こそ残っているが、海底地形の調査や港湾施設の点検、機雷などの水中異常の探知で実用化の目処が立った。貴重な人員を常時危険に晒すことなく、昼夜を問わず海を見張れるのが最大の利点だな」
ミウラは手元の記録を一つ開き、具体的な事例を挙げた。
「先週の夜間運用試験では、外洋航路を巡回中だったUSVが、事前通告のない不審船をレーダーと赤外線で探知した。すぐさまデータリンク中継を受けた小型の有人哨戒艇が現場へ急行して目視識別を行い、嵐で航路を逸れた他国の民間商船だと確認して誘導を完了させている。以前なら《プロスペリティ》から直接機体を飛ばすか、本艦が動く必要があった事案だが、今回は無人艇と小型艇の連携だけで完結できた」
確かな前進を示す報告だったが、ミウラはそこで表情を引き締めた。
「ただ、偵察や哨戒ならこれでいいが、本格的な戦闘――対艦ミサイル網との連接(キルチェーンの構築)にはまだ課題が残っている」
彼はセンサー網とミサイル部隊を結ぶデータフローの図を指し示した。
「無人艇が見つけた目標を敵艦と識別し、脅威度を判定し、対艦ミサイル部隊へ即座に射撃諸元を引き渡して戦果確認まで行う。この一連の流れは現在、反復して連接試験を行っている段階だ。魔法による通信妨害環境下での現場判断や、故障した無人機材の洋上回収・保守を担う小型有人艦艇――哨戒艇やミサイル艇の運用経験も、さらに積ませる必要がある」
ミウラは腕を組み、現状を総括した。
「『艦隊』を作っているというより、敵が自由に行動できない『拒否海域』を作るための部品を揃えている段階だな。まだ完成した防衛網ではないが、以前よりも広い範囲を監視し、段階的に対応できるようになっているぞ」
「いいわね。引き続き大型艦の建造は急がなくていいわ」
タドコロは頷いた。
「今の私たちに必要なのは、見栄えのする巨艦を並べることじゃない。最小限の人員で広い海を見張り、必要な場所へ確実に火力を集中できる仕組みよ」
**3.航空戦力――空を飛べることと、航空戦力を持つことは違う**
「では、次は航空部門から報告します」
マディーンが立ち上がり、スクリーンを航空機の開発ツリーと訓練カリキュラムの画面へと切り替えた。まだ規模の小さな航空部門では、彼女自身が試験飛行のパイロットと、現場の運用要求を取りまとめる開発統括を兼任している。
「当部門の計画は、第一段階として練習機兼用の偵察機による操縦者育成と運用基盤の構築、第二段階として軽攻撃機の開発、そして第三段階の将来構想として制空戦闘機の配備を掲げてきました。現在、第一段階である練習・偵察機の試験飛行と操縦者の育成カリキュラムが軌道に乗り、広域偵察任務の基礎が整いつつあります」
マディーンは手元の資料に目を落とし、現場ならではの泥臭い課題を挙げた。
「ただ、実際に部隊を回してみて痛感したのは、『空を飛べる機体を作ること』と『航空戦力を維持すること』はまったく別物だということです。《プロスペリティ》の製造技術を応用して機体を用意できても、航空機を毎日安全に飛ばすには、熟練した整備員、消耗部品の供給ライン、燃料管理、操縦者の継続訓練、そして航空管制の体制をゼロから育てなければなりません。これにはどうしても相応の時間がかかります」
「第二段階の軽攻撃機はどうなっているの?」
タドコロの問いに、マディーンは試作機の設計図を表示した。
「要求性能の策定を終え、基礎試験を進めている段階です。限定的な対地支援(CAS)や武装偵察を想定していますが、完成した攻撃部隊として実戦投入できる段階にはまだ至っていません」
そしてマディーンは、第三段階である『制空戦闘機』と将来の航空作戦構想の項目に赤枠を表示させた。
「さらに、第三章での経験と各国軍の分析を踏まえ、将来の制空戦闘機を含む航空作戦の運用構想を整理しました。制空戦闘機そのものは引き続き将来の開発目標としますが、その運用は単機での格闘戦ではなく、『有人機と無人機の混成運用(MUM-T)』を基本ドクトリンとして確定させています」
「魔法的な通信妨害への対策ね?」
「はい。この世界の魔導環境下では、強力な魔力波や未知の干渉によって、遠隔通信や制御データリンクに支障が出る可能性が否定できません。そのため、無人機には偵察、電子戦、囮、そして必要に応じた攻撃といった役割を分担させ、万が一通信が途絶した場合でも、事前設定された任務を一定範囲で自律継続できる設計とします」
マディーンが示した運用図は、明確な階層構造を描いていた。
「もちろん、有人機のパイロットが無人機を一機ずつラジコンのように手動操縦するわけではありません。無人機群はあくまで自律制御を基本とし、制空戦闘機などの有人機は、現場で情報を統合して状況判断を行い、例外的な事態が起きた際の『任務変更』や『交戦許可』を忠実なる僚機(ロイヤル・ウィングマン)たる無人機群へ割り振る指揮統制機としての役割を担います」
タドコロは深く納得したように頷いた。
「機体のカタログスペックだけを追いかけても意味はないわね。通信やセンサーが妨害されたときに現場で何ができるか。それを設計段階から組み込んでおくべきよ。その方針で進めてちょうだい」
**4.宇宙アセット――衛星を打ち上げることは、出発点にすぎない**
続いて、キムラが宇宙アセットの進捗報告を引き継いだ。
コホートにおける宇宙開発には、他国にはない決定的な利点がある。
地球の宇宙開発のように巨大な多段式化学ロケットや大規模な発射場を建設する必要がなく、《プロスペリティ》の反重力機関によって衛星を搭載したまま大気圏を突破し、直接軌道へ到達できる点だ。
これまでの空間制御や軌道計算の蓄積に加え、軌道上で衛星を放出し、必要な軌道へ投入・修正する技術もすでに確立されていた。
「そのため、宇宙分野は他の計画よりも早いペースで初期目標を達成しています」
キムラは、惑星軌道を回る衛星の配置図をスクリーンに映し出した。
「計画の第一段階である『最低限の衛星インフラ復旧』は、すでに達成済みです。少数の通信・データ中継衛星および初期偵察衛星の軌道投入を完了し、地上の管制局も稼働を開始しました。これにより、見通し線外との衛星通信と、限定的な宇宙からの光学・電波偵察が可能になっています」
現在は、第二段階である『軍事・民生衛星網の構築』に移行しているという。
「高解像度の偵察機能、広域の電波情報収集(SIGINT)、気象観測、海洋監視、測位システムなどの機能を順次拡充しているところです。……ただし、多数の衛星で惑星全体を常時カバーして冗長性を持たせ、衛星間レーザー通信とAIでリアルタイムに情報を統合する第三段階――『完全なコンステレーション』の構築は、まだ未達の将来計画です」
キムラは冷静に現状の制約を付け加えた。
「衛星が使えるようになったことで、《プロスペリティ》や無人機が直接出向かなくても遠隔地の港湾や外洋の状況を把握できるようになったのは大きな進歩です。しかし、現在の衛星数では特定の地点を観測できる時間帯や頻度(回帰日数)に限界がありますし、天候や雲量、情報処理の速度といった制約も受けます」
「それに、上から写真を撮れることと、その意味が分かることは別よね」
タドコロが補足すると、キムラは「その通りです」と頷いた。
「たとえば、衛星が『ある島に多数の船が集まっている』『遺跡の周囲で熱源反応がある』と捉えたとしても、それが通常の交易なのか、魔法的な儀式なのか、あるいは軍事行動の準備なのかは、魔法文明の文脈や現地の政治事情を知らなければ解釈できません。衛星網が整っても、現地の人間(ヒューミント)による情報収集や、無人機による近接偵察が不要になるわけではないのです」
**5.財務・生産面の現実――すべてを同時には作れない**
三分野の報告が一通り終わると、財務と生産管理を担当するスカルバーグが、収支と設備稼働率のデータをスクリーンに表示させた。
「各部門とも技術的な進捗は頼もしい限りですが、生産と財務を預かる立場から、現実的な制約を報告させていただきます」
スカルバーグは、製造ラインの稼働グラフと人員配置表を並べた。
「我々は高度な自動製造設備を持っていますが、無から無限に装備を生み出せるわけではありません。海上・水中、航空、宇宙の三分野を同時に拡充しようとすれば、プラスチールなどの特殊合金や電子部品といった資材、製造ラインの稼働時間、試験環境、そして何より『それを扱う人間』を三分野で奪い合うことになります」
会議室に静かな緊張が走った。スカルバーグは具体的な数字を示しながら続ける。
「たとえば、宇宙部門で衛星の数を増やせば、送られてくる膨大なデータを処理するための地上設備と分析要員を追加で貼り付けなければなりません。航空部門で練習機や軽攻撃機を増産すれば、パイロットと整備員の育成に多くの人員と時間を割く必要があります。海上部門で無人艇を大量配備すれば、通信帯域の管理と、帰還した機体の保守・部品交換の負担が跳ね上がります」
スカルバーグは、幹部たちを見渡して言った。
「新しい装備を一つ導入するたびに、訓練、保守手順の策定、故障時の回収体制、予備部品のストックがセットで発生するのです。『何機作れるか』という生産数だけで戦力を評価するのは極めて危険です。整備が追いつかずに格納庫で眠っている機体は、戦力ではなくただの負債ですから」
「……耳が痛いが、スカルバーグの言う通りだな」
ミウラが苦笑混じりに頷き、マディーンも「整備員の育成ペースを考えれば、機体の増産だけを急ぐのは得策ではありませんね」と同意した。
**6.優先順位の決定**
スカルバーグの報告を受け、タドコロは手元の端末で三分野の要求予算と人員計画のシートを並べ、決断を下した。
「スカルバーグの指摘通り、すべての分野を同時に最大速度で拡大するのは無理があるわ。私たちが作るのは張子の虎じゃない。現在地を踏まえて、次期の資源配分の優先順位をここで確定させるわよ」
タドコロはスクリーン上の各項目を順番に指し示した。
「まず海上・水中部門。ここは無人艇の増産と、対艦ミサイル網および小型有人艇との通信・指揮統制の連接に最優先でリソースを割くわ。現時点で最も実用化に近く、拠点の防衛に直結するからよ。
次に航空部門。軽攻撃機の量産は急がず、当面はパイロットと整備員の育成予算、および予備部品の製造ライン確保を維持することを優先して。土台ができる前に機体だけ増やしても意味がないわ。
そして宇宙部門。第三段階のコンステレーション完成は先送りにする。第二段階の衛星の追加投入についても、単独では承認しないわ。地上の情報処理設備の増強と、分析要員の配置計画とセットで段階的に進めなさい」
それぞれの課題に応じた明確な採配に、ミウラ、マディーン、キムラ、スカルバーグの四人が一斉に頷いた。
「魔王戦のあとで立てた計画は、着実に私たちの手足になりつつある。未完成な部分は多いけれど、以前のように《プロスペリティ》一隻にすべてを頼る段階からは確実に抜け出せているわ」
**7.力を持つことと、使うべきこと**
具体的な予算と開発スケジュールの調整を終えると、タドコロはスクリーンを消し、最後に静かな声で幹部たちへ語りかけた。
「最後に一つだけ、全員で認識を共有しておきたいことがあるわ。私たちの無人戦力や航空機、衛星網が整うということは、それだけ『遠くの事態が見えるようになり、手を出せる選択肢が増える』ということでもある」
タドコロの脳裏に浮かんでいたのは、先進国会議でも決着がつかなかった西方――グラ・バルカス帝国に王都を占領されたレイフォル王国の情勢だった。
王都に残った暫定行政機構と、内陸へ退いた正統政府。二つのレイフォルが講和も結ばないまま睨み合い、グラ・バルカスも統治コストを抱えて立ち止まっている。
「たとえば、今のレイフォルのような問題に対して、これから私たちの情報網や戦力が充実していけば、現地の情勢に深く介入する物理的な能力も持てるようになるでしょうね。でも、『介入できる力があること』と『それを使うべきかどうか』は、まったく別の問題よ」
タドコロは窓の外――穏やかな波が寄せるエストシラントの海へと視線を向けた。
「軍事力で解決できることと、現地の人間が政治的に解決すべきことを履き違えれば、私たち自身がグラ・バルカスと同じ泥沼を背負い込むことになる。
戦力が強くなればなるほど、『何に介入せず、どこまでを取引と交渉に留めるか』という判断の重みが増していくわ。私たちが戦力を整えるのは、世界の秩序を支配するためではなく、コホート自身の安全と行動の自由を守るためなのだから」
彼女は幹部たちへ視線を戻し、小さく微笑んだ。
「もっとも、これだけ各国との関わりが深くなった以上、私たちが直接関与していない遠い場所で起きた火種が、巡り巡って私たちの安全や経済活動を脅かすこともあるでしょうけどね。その時は、今日確認したこの手札を最大限に使うわよ」
エストシランド近海に浮かぶ《プロスペリティ》の艦内で、コホート・コーポレーションは自らの現在地を見定め、次なる舞台へと踏み出す準備を着実に整えていた。
---