辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第4章 第2話:沈黙する王国
**1.戦争が終わっていない国**
ムー国の商業港マイカルの沖合に停泊する《プロスペリティ》の戦略分析室には、西方レイフォル王国の立体地形図と、ここ数週間で集積された調査データが浮かび上がっていた。
ムー外務省との実務協議を継続する一方で、コホート・コーポレーションはレイフォル情勢の本格的な調査に着手していた。イレーヌ、ミウラ、キムラの三名が中心となり、軌道上の衛星や高高度無人機による観測データ、ムーの通商網から得られる情報、そして現地へ送り込んだ調査員からの報告を突き合わせている。
もっとも、どれほど高度な観測機材を持っていても、上空からの映像だけで人間の胸の内まで見通せるわけではない。道路を行き交うトラックの台数や港湾施設の稼働状況、部隊の配置は推測できても、現地政府の意思決定や住民の本音を知るには、人間による地道な接触と情報収集が不可欠だった。
「まずは軍事と現地の概況からだ」
ミウラがマップ上の西海岸と内陸部を交互に指し示した。
「グラ・バルカス帝国は王都レイフォリアと主要港湾を確保し、海軍から陸軍のファンターレ将軍へ管轄を移して軍政による占領統治の制度化を進めている。対する内陸の正統政府は、第二都市レイリングを拠点に、ヒューエル一世の下で行政と軍の指揮系統を維持している状態だ」
ミウラは手元のレポートに目を落とした。
「正統政府は軍事的には完全に劣勢だが、地方の行政官や一部の住民から支持されており、単純に崩壊寸前とはいえない。……ただし、時間はあっちの味方をしていないな。税収の減少、物資不足、避難民の増加、それに生活のために帝国側と取引を始める地方有力者の離反など、持久戦を続けるための問題が深刻化している。一方のグラ・バルカス側も過酷な占領統治の負担を抱えているが、資源開発と現地傀儡政府の樹立によってそれを軽減しようとしている」
「正統政府の内部にも、複数の政治的傾向があるようです」
キムラがデータウィンドウを切り替え、補足した。
「国王への忠誠を優先する勢力、武力による即時反攻を求める軍の強硬派、そして地方の自治と住民生活の維持を優先する実務派です。帝国への抵抗という点では一致していても、戦争の進め方については必ずしも一枚岩ではありません」
報告を受け、テーブルを囲む幹部たちの間で政策論議が始まった。
「俺の意見としては、正統政府を軍事支援するリスクは小さくないぞ」
ミウラが腕を組んで言った。
「帝国の占領統治は非効率だが、だからといって失敗が確定したわけじゃない。現地政府が成立し、港湾と鉱山が整備されれば、帝国はレイフォルを長期的に支配できるだろう。正統政府を支援することは、その過程に直接介入することになる。結果としてグラ・バルカスとの関係が決定的悪化し、うちの事業や拠点の安全が脅かされる可能性もあるからな」
軍事・安全保障を担うミウラの懸念に対し、外交担当のイレーヌが反論した。
「帝国が安定した統治を実現することと、私たちにとって望ましい秩序が成立することは別問題です。もしレイフォルに独立した交渉主体が残らなければ、帝国が西方の港湾と資源を完全に独占する状況を覆す手段は限られます」
イレーヌはタドコロの方へ視線を向け、言葉を継いだ。
「もちろん、グラ・バルカスとの取引自体を否定しているわけではありません。帝国が支配する地域との交易は可能です。しかし、相手がレイフォル全土を支配し、資源・港湾・交通路をすべて独占するようになれば、独占的な価格決定権を握られ、将来の通商協定や開発契約における私たちの交渉余地も小さくなります」
双方の意見を聞いていたタドコロは、指先で端末の縁を軽く叩きながら口を開いた。
「正統政府を勝たせることが目的じゃないわ。グラ・バルカスに全部渡した場合と、正統政府が存続した場合とで、十年後に何が変わるかを考えなくては」
タドコロにとって、正統政府が王都を武力で奪還できるかどうかは二の次だった。たとえ軍事的に劣勢のままでも、内陸の行政機構を維持し、住民から支持され、将来の停戦交渉や通商の『当事者』として存続できるなら政治的に投資する価値はある。逆に、勝算のない攻勢に出て軍も行政機構も失えば、交渉相手そのものが消滅してしまう。
「では社長、まずは正統政府との非公式な接触を許可していただけますか」
イレーヌが提案した。
「いきなり軍事支援を約束するのではなく、政府の統治能力、財政状況、軍の指揮系統、住民の支持を直接確認するための接触です。同時に、占領地側の現地行政機構にも接触し、グラ・バルカスがどこまで統治を安定させられるかを調べます」
「占領地でうちの人間が見つかれば、帝国側が諜報活動とみなす可能性があるぞ」
ミウラが警告すると、イレーヌは頷いた。
「ええ。ですから接触の目的は情報収集と政治的な対話に限定し、武器供与や軍事支援の約束は一切行いません」
「いいわ、許可する」
タドコロは頷き、条件を付け加えた。
「ただし、正統政府が王都奪還を急ぐあまり、無謀な作戦を計画している場合は、その点も冷徹に評価対象に含めなさい。自ら存続の基盤を投げ出すような相手に、手を貸す余裕はないわ」
コホートは正統政府を支援すると決めたのではなかった。正統政府が消滅する前に、直接交渉できる『選択肢』を確保することを決めたのである。
**2.正統レイフォル――王冠と国民**
内陸の拠点都市レイリング。旧地方領主の館を改装した正統レイフォル政府の庁舎では、朝から閣議が開かれていた。
王都を失ってから半年以上が経過し、正統政府は軍と行政機構を維持しているものの、戦前の国家運営を再現できる状況にはなかった。
各地の行政官からは、厳しい現実を告げる報告が相次いだ。
「――税収の落ち込みにより、来月以降の地方行政の維持費が不足しております」
「食料や燃料の供給も不安定で、流入した避難民への支援も限界です。西部の境界に近い地域では、一部の有力者が生き残りのために帝国側との商取引や個別交渉を始めております」
「軍の装備も補修部品が足りず、兵士の給与や家族への給付に遅れが出ています」
ヒューエル一世は、机上に積み上がる報告書に目を落としながら、正統政府が直面している危機の本質を噛みしめていた。
自分には国王としての正統性がある。しかし、正統性だけでは食料を生産できず、弾薬を補充できず、住民の生活を守ることもできない。
「陛下! もはや猶予はありませぬ!」
たまらず立ち上がったのは、軍の強硬派を代表する将軍だった。
「王都では、帝国がゴードン元宰相を立てて『レイフォル共和国』を正式に発足させようとしております! 新しい政府が成立し、諸外国がそちらと取引を始めれば、我々の立場はさらに弱まります。帝国の占領統治がまだ安定していない今こそ、攻勢をかける最後の機会です!」
他の将校たちも身を乗り出した。
「陛下が何もなさらなければ、我々は国土を取り戻す機会だけでなく、国民から国家として認められる機会まで失います! せめて軍の一部だけでも、王都方面へ進撃させるべきです!」
ヒューエル一世は、将校たちの顔を一つずつ見渡してから首を振った。
「その作戦は認められない」
「なぜですか、陛下!」
「兵力差だけではない。今の我々には、進撃を支える補給能力が欠けている。仮に初期の戦闘で戦術的な成果を上げても、弾薬や燃料が尽きれば足が止まる。そこへ帝国が増援を投入すれば、我が軍の主力は壊滅しかねん」
ヒューエルは机に両手をつき、将校たちに問いかけた。
「王都を取り戻すために軍を失い、国民を守る最後の手段まで失って、それでも私は王であり続けられるのか?」
将軍たちは反論できず、広げられた作戦地図から視線を逸らして、手元の乏しい補給報告書へと目を落とした。
ヒューエルは国王の威信よりも国家の存続を優先した。だが、命令に従った強硬派の胸中から「国王が決断を先延ばしにしている間に、国が立ち枯れてしまうのではないか」という焦燥と疑念が消えたわけではなかった。
*
会議の後、ヒューエル一世は別室で、信頼する側近と地方行政官から個別に実情を聞いていた。
「……陛下。住民の間に広がる疲弊は、深刻でございます」
老行政官は、苦渋の表情で語った。
「占領を嫌っている住民でさえ、家族を養うために帝国側の市場で働き始めています。今後、王都の統治が改善されて仕事や食料が得られるようになれば、彼らがグラ・バルカスとの協力を選ぶ可能性もあります。それはグラ・バルカスを支持したからではなく、生活のために選んだ結果なのです」
老行政官は深く頭を下げた。
「陛下。国民に忠誠を求めるのであれば、まず国民が生きていける経済圏を維持しなければなりません」
ヒューエルは窓辺に歩み寄り、レイリングの街並みを見下ろした。
行政官の言葉には反論の余地がなかった。軍事的な反攻を行わないのであれば、別の方法で「王国が国民を生かしている」という事実を作らなければならない。
「……軍の規模を無理に維持するより、今は内陸部の農業生産の回復と、防衛・輸送体制の維持に予算を振り向けるべきかもしれんな」
ヒューエルは側近を振り返り、考えを口にした。
「中央の指示を待っていては対応が遅れる。各州の行政官にこれまで以上の裁量を認め、現地での食料融通を許可しよう。それと、帝国側の市場に依存しないよう、東方のムーなど第三国との通商ルートを拡大できないか、早急に検討してくれ」
軍事的な奪還ではなく、内陸を一つの経済・生活圏として再編し、国家の持久力を取り戻す。王が新たな存続策を模索し始めたその日の夕方、正統政府の有力将官のもとに、別の話が持ち込まれた。
「将軍。第三国の商業仲介者から、極めて興味深い提案が届いております」
部下が持ち込んだ報告によれば、その仲介者は一般的な交易品や物資に加え、通常の魔導装備よりも格段に高い出力を発揮できる『特殊な触媒』の提供に言及しているという。提示された条件は、内陸の魔晶石鉱山に関する将来的な採掘権だった。
もし本当に戦局を変えられる技術なら、王都奪還の可能性が生まれるかもしれない。強い関心を示した将官から報告を受けたヒューエル一世は、即断を避けた。
「素性の知れぬ話だ。まずは供与者の身元、技術の安全性、そして契約の条件を詳しく調査せよ。安全性が確認できるまで、本契約はならぬ」
だが、退出した強硬派の将校たちは、廊下で足を止めて顔を突き合わせた。
「陛下の仰る通り、農業や通商の立て直しを待っていては、その前に王都で共和国が成立してしまうぞ」
「ああ。陛下は『調査せよ』と命じられたのだ。ならば、その触媒の性能を確かめるためのサンプル取り寄せと予備交渉までは、王命の範囲内のはずだ」
彼らは王に背くつもりはなかった。自分たちこそが消滅しかける王国を救うのだと信じ、国王の慎重な意図を飛び越えて、仲介者との接触を独自に深め始めていた。
**3.占領下のレイフォリア――共和国の条件**
一方、占領下の王都レイフォリア。
元宰相ゴードン・ランカーは、グラ・バルカス帝国側から提示された『レイフォル共和国』の暫定憲法案に目を通していた。
現地政府を成立させ、行政や警察、民生の一部を移管して占領軍の負担を減らす――その枠組み自体は、ゴードンにとっても意味がある。占領軍が直接管理するより、現地の行政官が住民の事情を踏まえて政策を実施できるからだ。
しかし、提示された案文では、外交・安全保障への帝国の関与が強く、港湾施設や主要資源の開発についても帝国側の権益が最優先されていた。これでは共和国という名称ばかりで、独自の政策を決定できる範囲は極めて狭い。
午後、帝国側の交渉担当者とファンターレ将軍を交えた協議の席で、ゴードンは強硬な修正要求書を提示した。
「暫定憲法案について、四点の修正を求めます。
第一に、地方自治体が土地や水利に関して一定の行政権限を持つこと。
第二に、占領軍による住民の拘束や財産没収について、現地政府が監督できる制度を設けること。
第三に、港湾収益の一部を食料供給、道路修復、公共施設の復旧に充てること。
第四に、資源開発契約の内容を現地政府に開示し、住民の生活に影響する計画について事前協議することです」
帝国側の交渉担当者が、即座に声を荒らげた。
「ゴードン殿、そのような要求を呑めば、占領統治と開発の効率が著しく損なわれます!」
「住民の支持を得られない政府を作れば、結局は貴国軍が治安維持と行政の両方を背負い続けることになりますよ」
ゴードンは落ち着いた口調で応じた。
「私に政府を作らせたいのであれば、政府として実質的な仕事をさせてください。帝国の命令を読み上げるだけのお飾りなら、私である必要はないでしょう」
ファンターレ将軍は無言のまま要求書を引き寄せ、特に第二項の『拘束・接収の監督』と第四項の『資源開発計画の事前協議』の条文の上で太い指を止めた。軍の行動や本国の資源計画を直接縛る条項は、そのまま呑めるはずがない。だが同時に、第三項の港湾収益の一部還元や第一項の地方行政権を認めなければ、先日のベルガ郡のように現地の役人も住民も動かず、統治コストが減らないことも明らかだった。
協議の休憩時間、別室へ移った交渉担当者がファンターレに迫った。
「将軍、やはり彼は扱いにくい。もっと我々に従順な人物を首班に据えるべきではありませんか?」
「いや、ゴードンには行政官や住民からの信頼があり、戦前の政府機構を動かせる実務能力がある」
ファンターレは要求書の束を机に置いた。
「我々の目的は、彼に完全な自由を与えることではなく、彼の政治的な信頼を利用して占領統治を安定させることだ。資源開発や港湾利用について『現地政府との契約』という形を整えれば、国際社会がすぐ承認しないとしても、我が国が立場を主張するための政治的・法的な根拠にはなる。すべてを拒絶するのではなく、どこまで裁量を与えれば彼が署名するかを詰めろ」
同じ頃、控室に残ったゴードンは、手元の控えに万年筆で印をつけていた。
彼とて、四つの要求すべてが満額通るとは思っていない。
第四項の資源開発の事前協議については、帝国が最も嫌がる部分だ。
そこは「住民の生活用水や農地に影響が出る地域に限定した通告」へ条件を引き下げる余地がある。
だが、第一項の地方自治権、第二項の不当な拘束・接収への歯止め、そして第三項の住民を養うための港湾財源――この三つの核だけは、何があっても譲るつもりはなかった。
(正統政府への忠誠を忘れたわけではない。だが、今この街にいる民を生かすには、実際に使える権限と財源が要る)
ゴードンは万年筆を置いた。最終的な受諾はまだ決断しない。現地政府が住民を守るためにどこまで実質的な権限を持てるのか、その一点(帝国の譲れない一線)を見極めるまで、老政治家は交渉の手を緩めるつもりはなかった。
**4.アニュンリール皇国――静かな侵食**
南方大陸、アニュンリール皇国の皇都マギカレギア。
魔帝復活管理庁と関係部門の上層部が集まった会議室では、魔石の需給見通しに関する報告が行われていた。
「――高品質魔石の供給減少により、古代魔法帝国から継承した一部魔導設備の長期稼働計画に影響が出始めています。低品質の魔石や代替手段では出力を維持できません。現在の備蓄の取り崩しが続けば、八年から十二年後には研究・軍事・産業の維持に深刻な問題が発生します」
報告を受け、慎重派の幹部が口を開いた。
「まだ十年近い猶予はある。魔導設備の稼働を節約して備蓄を長持ちさせ、秘密を守りながら代替技術の研究を進めるべきだ」
「それでは手遅れになります」
強硬派の幹部が即座に反論した。
「国外で有望な魔石鉱山を見つけたとしても、地質を調査し、採掘設備を整え、秘密裏に輸送路を確保して精製供給を軌道に乗せるまでには、どうしても数年単位の歳月がかかります。備蓄が底をつき始めてから動いたのでは間に合わないのです。それに、魔石を節約して研究と軍事を縮小すれば、他国に対する絶対的な優位性を失います。秘密を守るために力を失い、その結果として秘密を守れなくなるのでは意味がありません」
古代魔法帝国の遺産を維持し、外の世界に対する優位を保つためには、今から資源確保の布石を打つ必要があった。
そこで提示されたのが、レイフォル内陸部の魔石鉱山に関する報告書である。
「鉱床の規模や品質にはまだ不確実性が残っていますが、我が国の需要を補える可能性があります。現在、周辺はグラ・バルカスと正統政府の勢力が分かれて混乱しており、第三国の商人や仲介業者を通じれば、皇国の存在を隠したまま正統政府へ接触できます」
正統政府は資金と軍需物資を求め、皇国は魔石を求めている。現地で動く仲介者には取引の目的と条件だけを伝え、背後に皇国がいることは一切知らせない体制が取られた。
会議の後、工作担当の責任者は、正統政府側へ提供する物資の一覧を確認していた。
通常の交易品に加え、そこには『特殊な魔導触媒』が含まれている。特定の魔導装備に使用することで、短時間だけ通常を大きく上回る出力を引き出す異常物質だ。
「……上層部は簡単に承認されたが、本当にこれを供与リストに入れるのか?」
同行していた技術者が、懸念を隠さずに言った。
「確かに短時間の威力は跳ね上がるが、この触媒は使用する魔導銃や火砲の発射機構、魔導回路に過剰な負荷をかける。適切な冷却と専用調整なしに連射すれば、短時間で兵器自体が破損して継続運用できなくなるぞ。それに、周囲の魔導設備や地中の魔石に予期しない共鳴を起こす危険性もある」
「上層部は、正統政府の強硬派を鉱山契約に引き込むには、目に見える高出力の実演が必要だと判断されたのだ」
工作担当者は書類に目を落とした。上層部も触媒の危険性自体は報告を受けているが、制御不能に陥る確率や現地で起きる被害の規模までは深刻に捉えていない節があった。それでも、資源確保の成果を求められている現場としては、計画を止めるわけにはいかない。
「……触媒の詳細な技術資料は供与対象から外せ。特定の条件と限られた回数しか使用できないよう調整してブラックボックス化した状態で渡すのだ」
工作担当者は、技術流出と予期しない事故の両方を少しでも抑えるため、限定的な形で仲介者へ送り出すよう指示を下した。
**5.コホート――選択肢を残す**
マイカル近海の《プロスペリティ》に、新たな調査報告が集まり始めていた。
正統政府の財政・行政能力が時間とともに弱体化していること、軍内部で王都奪還を求める声が強まっていること、そしてグラ・バルカスが共和国樹立を通じて占領統治を制度化しようとしていることが整理されていく。
もっとも、すべてが確定情報ではない。正統政府内部の派閥関係は現地調査員の報告に依存する部分が大きく、王都の共和国構想も最終的な権限配分は交渉中だ。
キムラは状況を固定的に捉えず、四つのシナリオを提示した。
正統政府が内部対立で弱体化する場合。グラ・バルカスが共和国樹立に成功して統治を安定させる場合。正統政府が外部から支援を得て存続能力を回復する場合。そして両陣営の対立が長期化し、分断が固定化する場合である。
「どのシナリオでも、正統政府が消滅すれば、うちが将来の停戦交渉や通商に利用できる『選択肢』が減ることは共通しているな」
ミウラはそう認めたうえで、改めて付け加えた。
「だが、正統政府への支援は帝国との摩擦を生むぞ」
「また、支援を行う場合でも、国家の主権を重視する正統政府が、私たちの要求を無条件に受け入れるとは限りません」とイレーヌも注意を促した。
タドコロは頷き、判断を下した。
「全面的な軍事支援は時期尚早よ。まずは正統政府との接触を開始し、統治能力と意思決定の実態を直接確認するわ。そのうえで、物資供給、経済支援、情報交換など、限定的な協力が可能かを検討しましょう。同時に、グラ・バルカス側との接触も継続して、帝国との交渉窓口も閉ざさないでおくこと」
タドコロは分析室のメンバーを見渡した。
「正統政府を救うために帝国と戦う、という話じゃない。どちらか一方にすべてを決めさせないために、こちらも交渉できる立場を確保するのよ」
方針が決まり、会議が終わろうとした直前、キムラの端末に現地調査員からの追加報告が入った。
「……社長。レイリングの調査員から気になる報告です。正統政府の軍関係者が、第三国の商業仲介者との接触を急に慌ただしく進めているようです」
「取引の内容は分かったの?」
「詳細は不明ですが、通常の軍需物資の目録とは別に、『性能検証用の特別サンプル』と呼ばれる少量の魔導関連品目の受け取りを急いでいるとのことです。記録にある保管容器の規格が、この地域で流通している通常の魔石や魔導部品のものとは一致しません」
ミウラが眉をひそめた。
「正統政府が外部からの支援を求めること自体は不自然じゃないが……中身が何なのかは気になるな」
「現時点の情報だけでは、単なる新型の魔導部品なのか、別の何かなのか判断できません」
キムラが答えると、タドコロは短く指示を出した。
「接触の事実と容器の規格を記録しておいて。現地調査員には、正統政府への接触と並行して追加確認を行わせなさい」
正統政府は生き残るための選択肢を探し、ゴードンは占領下で住民を守るために共和国の条件を交渉し、アニュンリール皇国は魔石を確保するために秘密裏に動いている。
この段階では、持ち込まれようとしている触媒の危険性も、背後にいる皇国の正体も、コホートにはまだ見えていない。
それぞれの合理的な計画が静かに交差し始めるなか、コホート・コーポレーションは正統政府との直接接触へと動き出した。
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