辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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**第4章 第5話:支援の条件**
**1.届いた数字、届かない物資**
マイカル近海に停泊する《プロスペリティ》の作戦会議室に、内陸の臨時首都レイリングから届いたばかりの統計データが投影されていた。
国王ヒューエル一世の決断により、正統政府が実効支配する地域の食料備蓄、輸送能力、流入した難民の数、そして主要道路の状態をまとめた内部情報が、コホート・コーポレーションへと開示されたのである。
「――これまでの断片的な聞き取りと違い、今回は地域ごとのまとまった基礎数字が出てきました」
情報担当のキムラは、レイフォル内陸部と境界周辺のマップに複数のグラフを重ね合わせた。
「分析の結果、レイフォルの物流崩壊は単なる食料不足ではないことが改めて裏付けられました。農村部には販売先を失った穀物が残っているのに、都市部では食料価格が高騰しています。運送業者は燃料不足と治安悪化で営業を縮小し、商人同士の信用取引も崩れて代金の回収を保証できない。そこへ難民の流入で従来の配給計画が麻痺し、さらに占領軍が軍事輸送を優先するため民間輸送が後回しにされています」
それらは個別の問題ではなく、互いに悪影響を及ぼし合う一つの麻痺したシステムだった。
食料を持つ農家がいても買う商人がおらず、商人がいても輸送手段がない。道路を安全に通行できる保証も、代金を回収できる保証もなければ、物資は国内に存在していても必要な場所へは届かない。
「軍事的な視点から言えば、占領軍が民間輸送を軍事輸送より優先することなんて期待できないぞ」
ミウラが腕を組んで指摘した。
「もし軍事輸送を後回しにして民間車列を優先させれば、占領軍は自らの前線維持や作戦能力を損なうと判断するだろうからな」
イレーヌは、その説明を聞いてから静かに口を開いた。
「つまり、私たちが解決しようとしているのは、食料不足そのものではないわけですね。誰が、どの物資を、どの道を使って運ぶのか。その決定権を誰が握っているのか、という政治と管理の問題です」
「ええ、その通りよ」
タドコロは頷いた。
「私たちが外から物資を大量に持ち込んで配るだけなら、一時的な救済にはなるかもしれない。でも、それでは現地の流通網は再建されず、私たちが無償で供給し続けなければ住民の生活を維持できなくなる。私たちが目指すべきなのは、現地の流通網が再び自力で機能するための足場を作ることよ」
そこでキムラは、小規模な実証事業を提案した。
「対象は、レイリング政府の支配地域にあり、難民が集中している内陸のカルナ地区です。この地区の南東にある農村部には余剰の穀物が残っていますが、山岳と渓谷に阻まれた地形ゆえに、配給所のある街へまとまった荷を運ぶには、渓谷の橋梁と幹線道路が交わる交通の要衝を通過しなければなりません。そして現在、その幹線道路の要衝にはグラ・バルカス占領軍の前哨検問所が置かれています」
行政上はレイリング政府の支配地域同士を結ぶ輸送であっても、地形上の要衝を占領軍が押さえているため、そこを通らなければ大量の物資を運べない構造になっていた。
「この事業では、地元の農家、運送業者、商人と契約し、穀物を買い上げて医薬品とともにカルナ地区へ運びます。コホートが負担するのは初期費用、輸送手段の確保、そして契約上の代金決済の信用補完です。配給の実務はレイフォル政府の行政機関に担当させ、我々は輸送と物資管理を支援します」
ただし、キムラは注意点を付け加えた。
「幹線道路の輸送網を把握する以上、軍事情報との境界は避けられません。こちらが純粋に民生目的で収集した道路状況や通過時間であっても、軍事作戦に転用できる性質のものは含まれます」
タドコロは明確な制限を設けた。
「今回の実証事業では、検問所周辺の軍事施設、軍用輸送路の稼働状況、部隊の配置に関する情報は収集対象から厳格に除外しなさい。支援に必要な情報は集める。ただし、現地の協力者を危険に晒してまで軍事関連の情報を集める必要はないわ」
情報収集の精度と速度を一部犠牲にしてでも、タドコロは安全性を優先して実証事業を進めることを決定した。
*
数日後、レイリングの臨時政府庁舎では、コホートの提案を受けたヒューエル一世が高官たちと協議していた。
軍部は政府の活動基盤を維持できることを歓迎したが、財務・民政担当者は、コホートの契約と資金に国内流通が依存することで、外国企業の意向が国の経済政策にまで影響する危険性を警戒した。
ヒューエルもその危うさを理解していた。外部の支援を受けながらも自国の行政権と主権を維持するため、彼はイレーヌに対して三つの条件を提示した。
「第一に、住民への最終的な配給と行政上の決定権はレイフォル政府が保持すること。
第二に、コホートが事業を通じて取得した民間物流の情報を、我が政府の承認なく軍事目的へ転用しないこと。
第三に、支援の契約内容と物資の流れについて、我が政府が公式に監査できることだ」
イレーヌはその条件を全面的に受け入れる一方、コホート側にも監査可能な透明な帳簿、軍や闇市場への物資の横流しを防ぐ仕組み、そして契約違反が発覚した際の即時停止措置が必要だと説明した。
双方が互いの利益と権限の境界を明文化したことで、カルナ地区への小規模な物流支援計画が正式に成立した。
**2.占領軍の検問**
一方、レイフォリアのグラ・バルカス軍占領統治司令部では、ファンターレ将軍が治安と物流の報告を受けていた。
中規模商人エルマンの拘束後、現地の商人たちは外部との接触に極度に臆病になり、民間輸送の多くが停止して、軍の管理する道路や倉庫へ物資の滞留が集中していた。結果として、商人たちが自主的に回していた生活物資の輸送まで軍が管理しなければならなくなり、行政と兵站の負担が膨れ上がっている。商業活動を一律に締め付けることが、長期的には占領軍の首を絞めることは明らかだった。
そこへ、コホートがレイリングの正統政府と接触し、民間物流の再建を支援する小規模な輸送計画を進めているとの報告が届いた。
「……単なる民生支援であれば地域の飢餓や暴動を防ぐ役に立つかもしれんが、ヒューエル政権の行政能力が再建されれば、内陸の政治的基盤が強化されることになるな」
ファンターレは報告書を見つめた。コホートが現地の商人や運送業者との雇用・契約関係を築けば、占領軍の経済的な影響力を弱める可能性もある。
「コホートの活動をただちに敵対行為とは断定せん。だが、我々の管轄地域を無制限に通過させるわけにもいかん」
ファンターレは占領地域の前線部隊に対し、コホートの輸送車両が軍事施設や軍用輸送路へ接近しないよう監視するとともに、検問所を通過する際は輸送物資の内容を厳重に確認するよう命じた。民間輸送を全面停止させる命令までは出さず、占領軍としての治安・防諜上の管理責任を果たそうとした判断だった。
問題は、最前線の検問所に立つ現場の兵士たちが、その曖昧な判断をどのように実行するかであった。
*
数日後の朝、コホートが手配した輸送隊が農村部の集積所を出発した。
食料、医薬品、保存資材を積んだ小規模な車列である。
現地の運送業者に仕事を戻すため、稼働できる少数の民間トラックにはコホートが燃料を提供し、車列の大部分を占める大型荷馬車には飼料の手配と挽馬の休憩時間を組み込んだ無理のない運行計画が立てられていた。
車列には物資の受け渡しと記録を管理する調査員のセリナが同行し、盗賊対策と物資の保全を目的とした少数の警備要員だけが添乗していた。
出発前、セリナは集まった現地の運送業者たちに説明した。
「この一回の輸送で、すべてが解決するわけじゃない。でも、今回の仕事が無事に終わって代金の支払いが証明されれば、次の仕事を頼める。農家も、商人も、運送業者も、少しずつ元の商売を取り戻せるわ」
手綱を握る運送業者の一人が、不安そうに尋ねた。
「渓谷の幹線道路には占領軍の検問所がある。もし軍が止めに来たら、どうするんだ?」
セリナは、通行に必要な書類はすべて揃えてあり、積荷の内容も隠さず明らかにしていると説明した。しかし、「絶対に止められない」とは約束しなかった。
書類が揃っていることと、占領軍の現場で通行が認められることは同じではないと理解していたからだ。
昼前、輸送隊はカルナ地区へ抜ける渓谷の幹線道路の要衝――占領軍が管理する検問所に到着した。
検問所の責任者であるグラ・バルカス軍の少尉は、セリナが提出した書類を一瞥したうえで、車列を道路の脇へ寄せるよう命じた。
「全車、道の脇へ待機しろ。このまま通すわけにはいかん」
コホート側の書類では、輸送先はレイリング政府管轄の民間配給施設となっている。しかし、占領軍の検問所が持つ通行許可の通達記録には、今回の輸送計画が十分に反映されていなかった。コホートと正統政府が合意していても、途中の幹線道路を実効支配する占領軍はその合意に参加していないのである。
「積荷は民間向けの食料と医薬品のみであり、すべての品目と数量の一覧も提出しております」
セリナは冷静に説明したが、検問所の少尉は硬い表情で首を振った。
「食料や医薬品であっても、内陸の敵軍に転用される可能性はある。書類上の輸送先が民間施設だとしても、検問を抜けた後で目的地が軍の兵舎へ変更されるかもしれん。それに本日はこの街道で我が軍の軍事輸送が優先されており、民間車列の通行は制限されている」
少尉はさらに厳しい要求を突きつけた。
「全車両の開梱検査を行うとともに、我が軍の輸送の妨げにならないよう、一部の車両と積荷はここで一時留置とする。さらに、今後の輸送経路の詳細と、現地での全協力者および最終受領者の名簿を追加提出しろ」
セリナは極めて難しい選択を迫られた。要求を呑んで名簿を出せば物資の一部は通せるかもしれないが、輸送経路の詳細や現地協力者に関する個人情報を占領軍へ渡せば、エルマンのように彼らを拘束の危険に晒すことになる。拒否すれば輸送はここで完全に停止する。
「積荷の検査には全面的に応じます。しかし、民間契約に基づく物資の留置や、現地協力者の個人情報、ならびにレイフォル政府が管理する内部物流情報の提出には応じられません」
少尉はその回答を「検査および命令への不服従」と判断し、輸送隊は炎天下の検問所で無期限に足止めされることになった。
**3.衝突**
検問所での足止めは数時間に及んだ。
荷馬車の馬が暑さと渇きで苛立ち始め、御者台に座る運送業者たちの間にも焦りと恐怖が広がっていく。このまま日が暮れれば配給所で待つ難民に食料が届かないばかりか、長時間の停車で馬の飼料代や経費ばかりがかさんでいく。
さらに検問所の兵士たちは、荷馬車の底まで調べるために、積荷の麻袋や木箱をすべて未舗装の路上に降ろすよう要求してきた。
「検査自体を拒否しているわけではありません! ですが、湿った土の上に直接荷を降ろせば、食料と医薬品が傷んで使い物にならなくなります!」
セリナが必死に交渉を続けるなか、先頭の荷馬車を御していた運送業者の一人が、いつまで拘束されるか分からない恐怖に耐えかねて手綱を強く引いた。エルマンが倉庫ごと封鎖された噂は、彼らの耳にも届いていたのだ。
「こんな場所で、商売道具の馬と荷車まで取り上げられてたまるか! 俺はもう引き返すぞ!」
男は荷馬車の向きを変え、検問所の外へ強引に移動させようとした。
「貴様、勝手に動かすな! 止まれ!」
検問所の兵士の一人が駆け寄って馬の轡(くつわ)を掴んで止めようとし、運送業者は「俺の商売道具に触るな!」と激しく抗議した。別の兵士が男を強引に御者台から引きずり降ろそうとし、男が腕を振り払って抵抗した瞬間――兵士が持っていた警棒で運送業者の肩を力任せに殴りつけた。
鈍い音とともに、男がうめき声を上げて地面に倒れ込む。
「おい、何をする!」
「約束が違うじゃないか、民間人に手を上げるのか!」
後続の荷馬車から飛び降りた運送業者十数人が、一斉に怒号を上げて兵士たちへ詰め寄った。目の前で仲間が殴られたことで、抑え込まれていた恐怖と不満が一気に沸点へと達していた。
倒れた運送業者をそれ以上の暴行から保護するため、後方の車両で待機していたコホートの警備要員二名がとっさに前へ出た。
検問所のグラ・バルカス兵たちは、自分たちが激昂した多数の民間人と、前進してくる武装した警備要員に取り囲まれたと感じ、顔を引きつらせて一斉に自動小銃を構えた。
「双方とも動かないで! 武器を下ろして!」
セリナが制止の声を張り上げた。
その極度の緊迫のなかで、コホートの警備要員の一人が異常事態を本部の《プロスペリティ》へ急報しようと、右手を腰のベルトに装着した無線機のポーチへと伸ばした。
目の前で自動小銃を構えていた若いグラ・バルカス兵が、その素早い手の動きを「拳銃をホルスターから抜く動作」と誤認した。
「動くな! 手を離せ!」
兵士が銃口を向けて警告を叫ぶ。だが、周囲の運送業者たちの激しい怒号と馬の嘶きにその声が掻き消され、警備要員の指が黒い無線機に触れた瞬間――限界まで張り詰めていた兵士の指が、反射的に引き金を引いた。
乾いた銃声が渓谷に響き渡り、現場は一瞬で恐慌状態に陥った。
至近距離から発砲を受けて肩を掠められたコホートの警備要員は、攻撃が開始されたと判断して即座に拳銃を抜き、荷馬車の車輪の陰に飛び込みながら自衛のため最小限の応射を行った。
短い銃撃の応酬が発生し、検問所の兵士一人とコホート側の警備要員一人が負傷し、逃げ遅れた運送業者の一人も跳弾で負傷した。
それはどちらにとっても計画的な攻撃ではなかった。現場の兵士と警備要員が、極度の緊張と怒号のなかで互いの行動を最悪の意図に基づいて解釈した結果、偶発的な局地戦へと発展してしまったのである。
「交戦をやめなさい! 撃ち返すな、車列の後方へ退避して!」
銃声が響いた直後、セリナは警備要員に交戦を継続しないよう厳命した。
コホートの警備要員の装備と練度なら、検問所の小隊を制圧できるだけの能力はあったかもしれない。
しかし、ここで占領軍の兵士を殺傷したり検問所を武力制圧したりすれば、事件は現場の偶発的な衝突では済まなくなる。
彼女の任務は現地に持続可能な輸送網を作ることであり、局地的な戦闘に勝つことではない。
セリナは自ら車両の陰へ駆け込んで負傷した運送業者の止血を優先し、警備要員には銃を下げて遮蔽物の裏から絶対に前進しないよう指示した。グラ・バルカス側も、事態の拡大に青ざめた少尉の必死の制止と、銃声を聞いて駆けつけた後方の増援部隊の到着によって射撃を停止した。
わずか数十秒の短い銃撃戦は終わった。
しかし、輸送隊の通行は完全に停止され、すべての車両と積荷は軍事捜査および証拠保全の対象としてその場で押収された。その後の調査によって、空のトラックや荷馬車は順次現地の業者へ返還されたものの、積荷の食料と医薬品は軍の管理下に留め置かれたままとなった。
現場の少尉は司令部へ「コホートの輸送隊が検問の命令に従わず、同行していた武装要員が発砲して騒乱を引き起こした」と報告し、コホート側は「正規の書類を備えた民間輸送隊が不当な留置要求を受け、現地業者への殴打と占領軍兵士の先行発砲に対して自衛のため最小限の応射を行った」と記録した。
どちらの報告にも現場で起きた事実の一部が含まれているが、双方が見る因果関係と責任の所在は真っ向から食い違っていた。
**4.事件の代償**
事件の緊急報告を受けた《プロスペリティ》のタドコロは、まず負傷した警備要員と現地の運送業者が命に別状なく、安全な場所で治療を受けていることを確認した。
だが、今後の支援活動への影響は極めて深刻だった。
キムラは、武器や禁制品を一切運んでいなかったにもかかわらず検問所で銃撃戦が起きた以上、占領軍が今後の支援輸送を純粋な安全保障上の脅威として扱い、規制をさらに強化する可能性が高いと指摘した。
また、現地の運送業者たちが銃撃の危険を恐れて、コホートの発注する仕事を引き受けなくなる懸念もあった。
そのうえで、会議室ではミウラとイレーヌの意見が激しく対立した。
「うちの警備要員と契約業者が実際に撃たれたんだぞ。現場で不当な暴力を受けて命を落とすわけにはいかん。今後の輸送隊には護衛の人数と装備を強化する必要がある」
防衛責任者としてのミウラの主張に対し、イレーヌは断固として首を振った。
「ミウラさん、護衛を増やせば、次の輸送隊の安全は守りやすくなるかもしれません。でも、占領軍がその重武装の護衛を見て、次は装甲車や重火器を検問所に並べるようになったらどうしますか? 私たちは民間人に食料を運ぶために、どこまで部隊の武装をエスカレートさせるつもりですか」
「だが、警備を強化しなければまた現場で同じことが起きる可能性がある。現地の協力者に丸腰で危険を負わせるわけにはいかんだろう!」
要員と協力者の命を守るべきだというミウラの主張も、武装強化が占領軍との軍事的緊張を招いて支援そのものを不可能にするというイレーヌの主張も、それぞれの立場で正しかった。
タドコロは双方の意見を聞いたうえで、明確な決断を下した。
「護衛を重武装化して検問所を威圧したり強行突破したりするような行動は取らないわ。同時に、現地の協力者を危険に晒したまま無策で支援輸送を続けることも認めない。カルナ地区への輸送は一時停止し、事件の経緯と占領軍側の対応を確認したうえで、輸送計画を根本から再検討するわ」
さらにイレーヌは、前話から続く商人エルマンの釈放交渉への悪影響についても報告した。
「エルマン氏の拘束は、民間物流の『情報収集と防諜』をめぐる問題でしたが、今回の銃撃事件によって『実際の輸送実施と幹線道路の通行権限』をめぐる物理的な衝突へと段階が深刻化してしまいました。占領軍側が二つの事件を一つに結びつけ、コホートと現地商人の関係そのものを組織的な敵対活動と問題視する恐れがあります」
ここでコホートが軍事的な圧力を加えれば、エルマンの拘束はさらに長引き、他の商人たちまで一斉に処罰されかねない。
「そこで社長、王都のゴードン元宰相を通じて占領軍側との交渉窓口を開くことを提案します。ゴードン氏は、ファンターレ将軍ら占領軍が何を恐れ、どのような管理条件なら受け入れられるのかを現地で最も深く理解しています。彼を介することで、今回の事件を現場の軍事的な対立から、行政と物流の政治的なルール交渉へと引き戻せる可能性があります」
タドコロはその提案を承認した。ただし、ゴードンに仲介のすべてを丸投げするのではなく、コホート自身も事実関係の調査と交渉のテーブルに直接参加する方針を定めた。
**5.ファンターレの決断**
レイフォリアの占領統治司令部では、ファンターレ将軍が検問所での銃撃事件の詳細な報告を受けていた。
現場の少尉からの報告書では、コホートの輸送隊が停車の命令に従わず、武装要員が激しく抵抗したためやむを得ず発砲したと記されていたが、歴戦の指揮官であるファンターレはその文面を鵜呑みにはしなかった。
「……コホート側は大規模な武装部隊を投入しておらず、銃撃もわずか数十秒で終わり、検問所を包囲したり突破したりするような組織的な攻撃の形跡もない。連中が最初から我々との戦闘を目的としていたわけではないことは明らかだ」
ファンターレは冷静に実態を見抜いていた。一方で、コホートが少数とはいえ武装した警備要員を車列に同行させていた事実も軽視しなかった。外部の企業が武装要員を伴って占領地域の幹線道路を独自に通行することを無制限に認めれば、占領軍の治安統制が根底から形骸化する。しかし、今回の事件を理由にすべての民間輸送を禁止すれば、ただでさえ滞っている占領地域の経済と食料流通は完全に壊死してしまう。
司令部では、コホートおよび関連業者の輸送活動を全面禁止すべきだという治安・作戦系の強硬派と、軍の人員・トラック不足から民間輸送の全面禁止は暴動と飢餓を招くと訴える行政・補給担当の将校たちの間で意見が真っ二つに割れた。
ファンターレは双方の意見を聞き、コホートとの全面対決を避けて『条件付きの輸送許可制度』を新たに設ける決断を下した。
「今後の民間および外部組織による幹線道路の輸送には、以下の四条件を課す。
一、輸送物資の品目・数量の一覧は事前に軍へ提出させること。
二、武器、軍用装備、および軍事転用の可能性が高い物資は個別に厳格審査すること。
三、軍事施設や指定された軍用優先輸送路への無断接近は禁止すること。
四、占領軍は検問において必要に応じて積荷を検査できること。
……ただし、手続きを満たした民間輸送そのものを現場の独断で一律に停止させることは避けよ」
それは軍司令官として軍事的な統制を維持するための妥協案だったが、民間の商取引や物流を効率的に回す観点からは、致命的なほど多くの曖昧さを残していた。
事前の一覧表を何日前までにどの窓口へ提出するのか。
検査のために車列を路上に停止できる時間に上限はあるのか。
軍事輸送が優先される際に民間車列は何日間待機させられるのか。
軍の判断で物資を一時留置する場合の明確な基準や、その間に生じた食料の腐敗・遅延に対する補償はどうなるのか。
そして現場の検問所で不当に通行を拒否された場合の異議申し立て先はどこなのか――そうした具体的な実務規定までは何一つ定められていなかった。
会議の終了後、ファンターレは腹心の幕僚に尋ねた。
「今回の輸送隊が、実際に荷台に積んでいたものは何だった?」
「押収した積荷をすべて改めましたが、穀物と基本的な医薬品、保存用の塩などが中心であり、武器や軍用装備の類は一切確認されておりません」
ファンターレはそれを聞いても、決して表情を緩めなかった。
「ならば、あのコホートという企業は、危険を冒してまでこの国で何を得ようとしている?」
「内陸のレイフォル正統政府との信頼関係を築き、将来の経済的利益や市場を確保しようとしているのではないでしょうか」
ファンターレは低く頷いた。一企業が無償の慈善活動だけを目的としているはずがない。支援を通じて止まった物流を再建し、現地の商人や行政機関との契約網を築いて内陸の正統政府を存続させれば、コホートは経済的のみならず無視できない政治的な影響力をレイフォル国内に持つことになる。ファンターレは、その見えざる影響力が帝国の占領政策と共和国樹立構想に与える打撃を強く警戒していた。
**6.レイフォルに残された選択**
臨時首都レイリングでは、ヒューエル一世が検問所での銃撃事件と輸送停止の報告を受けていた。
コホートが手配した支援輸送が占領軍に止められ、現地の運送業者が銃撃に巻き込まれて負傷したという事実は、コホートの支援が現実に住民を救う具体策になり得ることと、その支援を受けることで占領軍との新たな摩擦や対立に巻き込まれる危険があることの両方を突きつけていた。
軍部の一部は「占領軍が民間物資すら奪うなら、コホートから軍事支援を引き出して実力で輸送路を守るべきだ」と主張したが、ヒューエルは慎重だった。軍事面までコホートに依存しすぎれば、それこそ国家の主権を企業に明け渡すことになる。
ヒューエルは支援継続に向けた実務交渉を進めるよう命じると同時に、今回の輸送で負傷した現地の運送業者に対し、王室と正統政府の名において見舞金と治療支援を届けるよう指示した。
どれほど苦しい状況にあっても、レイフォル政府が自国民に対する保護の責任を放棄していないことを現場の業者たちに示すためであった。
その後、ヒューエルとイレーヌの間で今後の対応についての協議が行われた。
占領軍が打ち出した新たな通行条件について、細部の運用ルールを交渉する必要があると説明するイレーヌに対し、ヒューエルは静かに確認した。
「イレーヌ殿。貴社は、我が国へ物資を届けるために、グラ・バルカス軍と戦うつもりなのか?」
イレーヌは迷うことなく明言した。
「いいえ、陛下。コホートは軍事介入を決定したわけではありませんし、今回の検問所での事件を理由に占領軍と武力で敵対するつもりもありません。しかし、契約に基づく民間人への支援を実施するために必要な外交・実務交渉は粘り強く続けます」
複雑な表情を浮かべるヒューエルに、イレーヌは言葉を継いだ。
「私たちがレイフォルの行政や防衛のすべてを代わりに運営するつもりはありません。私たちが支援したいのは、レイフォルの人々が自分たちの手で物資を動かし、国を運営できる状態を取り戻すことです」
コホートはあくまで契約と自社の利益に基づいて行動し、王国のために血を流して戦ってはくれない。だが同時に、彼らはレイフォル正統政府が独立した政治主体であり続けることを自社の利益として明確に認識している。ヒューエルはその冷徹で誠実な言葉を、王国が生き残るための希望と警告の両方として受け止めた。
**7.事件の余波**
境界に近い内陸の町の診療所で、検問所の混乱で負傷した運送業者は手当てを受けていた。
診療所の窓の外には、占領軍から返還されたばかりの空の荷馬車が置かれている。だが、荷台に積んで運ぶはずだった穀物や医薬品はまだ検問所の倉庫に押収されたままで、カルナ地区で待つ人々のもとへは一粒も届いていない。
「……あの仕事を受けなけりゃ、少なくとも銃撃戦に巻き込まれることはなかったんだがな」
男は白い包帯の巻かれた肩に目を落とした。見舞いに集まった同業の馬車引きたちも、今後の仕事をどうするか暗い顔で迷っていた。
コホートとの契約は公定価格よりはるかに確実な収入をもたらしてくれるが、占領軍とのトラブルに巻き込まれれば命や商売道具を失いかねない。企業と契約を結ぶだけでは、検問所を通る現場の人々の安全までは保証されないという冷たい現実がそこにあった。
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マイカル沖の《プロスペリティ》では、タドコロが銃撃事件の最終報告書と、ファンターレ将軍が布告した新制度の概要を確認していた。
コホートは今後の輸送計画について、現地の運送業者を法と制度で保護する仕組みを強化するとともに、グラ・バルカス占領軍とのルール交渉を進める方針を固めた。
積荷の品目一覧など防諜上必要な情報は事前に共有する一方で、現地協力者の個人情報やレイフォル正統政府の内部物流情報は厳格に切り離し、占領軍の現場による無制限な検査引き延ばしや恣意的な物資留置には明確な歯止めを設ける必要がある。
ミウラは検問所の兵士を不用意に挑発しない新たな非武装・軽武装の連絡体制と緊急時の退避手順を再構築し、キムラは軍事情報と民間物流情報の境界を再確認して提出書類の切り分けを進めた。セリナは負傷した運送業者たちへの補償と信頼回復に奔走し、そしてイレーヌは王都のゴードン元宰相を通じて、占領軍の新制度の具体的な運用条件を詰めるタフな交渉へと向かうことになった。
タドコロは端末の報告書を閉じた。
「物資を運ぶだけなら、難しい話ではないわ。本当の問題は、誰がその流れのルールを支配しているかよ」
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