辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第9話:皇国使節団
### 1. 車内の四者四様
皇都エストシランドを発ったパーパルディア皇国臨時使節団は、総勢およそ300名に及ぶ大部隊であった。
隊列の中央を進むのは、皇族専用に仕立てられた豪奢な大型魔導馬車である。白い大理石を思わせる車体に白銀の繊細な装飾が施され、扉には第三文明圏の絶対王者を象徴する「二頭の竜」の紋章が誇らしげに刻まれていた。
沿道を埋め尽くした皇国の民衆は、激しく振られる皇国旗とともに熱狂的な歓声を上げる。皇后レミールの地方外遊――それだけで、本来なら十分な国家的行事であった。
だが、その華やかな外見とは裏腹に、行軍の実態は優雅な観光などでは断じてない。辺境の東部属領、首府ミューズ周辺で発生した正体不明の武装勢力に対する、事実上の「威力偵察」と「査定任務」であった。
「実に面倒ですわねぇ……」
揺れのない車内で、レミールは退屈そうに金細工のグラスを傾け、血のような赤ワインを口に含んだ。深紅のドレスに身を包んだその姿は一幅の絵画のように美しかったが、細められた両目の奥には、獲物をいたぶる直前の蛇のような冷たい悪意が潜んでいる。
「たかが、言葉を覚えただけの獣人どものおいたでしょう? そんなものの討伐など、地方の治安維持軍に鞭を当てれば済む話。この私が出向くまでもありませんわ」
「皇后陛下、やはり此度の件、私はラーク総督の過剰反応だと愚考いたします」
対面に座る第一外務局長エルトが、険しい表情で羊皮紙の地図を広げた。彼女の声音には露骨な特権意識が滲んでいる。
「属州軍500名が壊滅したとはいえ、辺境の獣人集団が“光る鉄の兵器”や“雷鳴の杖”などという遺産を組織的に運用できるはずがありません。獣人どもに無様に敗北したなどと本国へ露呈すれば、総督の椅子どころか一族の破滅ですから。自らの無能を隠すために、大層な怪物に襲われたことにしたいのでしょう」
「……ですがエルト局長。現地から届けられた生還者たちの尋問記録は、そう切り捨てられるものではありません」
エルトの隣で、第三外務局長カイオスが腕を組んだまま、感情を排した声で割り込んだ。
「『空飛ぶ巨大な鉄の箱』『魔法陣もないのに銃弾を弾く青い光の壁』『雷鳴の代わりに金属の雨が降り、仲間が肉片になった』……。別々に隔離して尋問した生還者全員の証言が、細部に至るまで完全に『一致』しているのです。彼らは一様に、我々の魔導技術の体系からは逆立ちしても理解できない“何か”を目撃している」
「では何ですの?」エルトが鋭く睨む。
「あなたは本気で、あの不潔な獣人どもがそんな兵器を持っていると?」
「自前ではないでしょう。隣国、あるいは中央世界の列強が裏で糸を引いていると仮定すれば、すべての整合性が合います。もしそうなら、これは我が国に対する事実上の間接侵略だ」
その一言で、馬車内の空気が張り詰めた氷のように一変した。その重苦しい沈黙を破ったのは、エルトたちの斜向かいに腰掛け、これまで黙って目を閉じていた男だった。
「現地からの情報はあまりに錯綜しております。どうか、謁見の場では軽率な判断はお控えくださいますよう」
護衛部隊総指揮官、ロウガン少将。
陸軍司令官ヴァルディス上級大将が「万が一の楔」として直々に選定した中堅将官であり、齢40代半ばの徹底した現実主義者だ。過酷な属州の反乱鎮圧や海賊討伐で泥にまみれながら実績を積み上げてきた、叩き上げの実務型軍人である。
「通常の獣人勢力ならば、皇国の正規1個大隊を一方的に全滅させたりはしません。特に、東部方面の飛竜12騎が一瞬で全機消息不明になったという一点だけでも異常だ。戦場において、未知を侮る者は例外なく死にます」
「まあ。あなたたちは随分と臆病……いえ、慎重なのね」
レミールは扇子で口元を隠し、クスクスと酷薄な笑みを漏らした。
「何をそんなに怯える必要がありますの? 相手が中央世界の列強であろうと、神代の遺産であろうと、我が皇国の威信の前には平伏す運命《さだめ》ですわ。……でも、あなたたち、案外つまらない男ではないのね。ラークがどれほど破滅的な嘘を吐いているのか、あるいはどんな面白い玩具が待っているのか、少しは退屈しのぎになりそうだわ」
「恐縮です」
ロウガンは表情を一切変えず、短く一礼した。だが、その内心では、むしろ危機感を限界まで強めていた。
下手をすれば、皇国そのものが取り返しのつかない火遊びを始めることになる――老将ヴァルディスの言葉が、冷たい緊張感と共にロウガンの脳裏をよぎっていた。
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### 2. メガコーポの監視網
一方、その頃。
プロスペリティ中央管理棟の最上階、作戦管制室(オペレーション・ルーム)では、皇国使節団の移動がすでに「完全な監視下」に置かれていた。
天井から空間いっぱいに展開された巨大な3Dホログラム・ディスプレイには、高度2万メートルを飛行する高高度ステルスドローンが捉えた、極めて鮮明なリアルタイム映像が映し出されている。
延々と続く、前近代的な長大な隊列。煌びやかな胸甲を纏った騎兵、大口径の前装式滑腔砲を牽引する砲兵、無数の補給馬車、そして中央に鎮座する大型貴族用馬車。
「ずいぶん大掛かりねぇ」
タドコロは、上質なシンスレッドのオフィスチェアに深く腰掛け、ホログラムの隊列を眺めながら呆れたように言った。
「ねえ、これ本当に軍隊? どちらかと言えば、中世の時代錯誤な観光旅行《大名行列》に見えるのだけれど?」
「護衛の戦闘員込みで、総員約300名です」
キムラが端末を操作し、隊列の頭上に個体識別データと推定戦闘力の数値を表示させていく。
「内訳として、純戦闘員は180前後。前回の地方部隊とは異なり、装備の均一性と練度は中央の正規軍レベルですね。マスケットの代わりに前装式ライフル銃を装備している兵の割合も高いです」
「中央の直轄部隊……ってところだな」ミウラが腕を組み、ホログラムを睨みつける。
「おまけに、例のトカゲ部隊もやがる」
「正確にはワイバーン――『飛竜』ですね。前回より数は少なく、上空に6騎の編隊飛行が確認されています」
アリシアが指先で空間をスワイプし、飛竜の熱源シグナルを拡大した。
前回のように数十騎で押し寄せてきたわけではない。つまり、今回のパーパルディア側の意図は「全面戦争」ではなく、「外交交渉を視野に入れた、武力誇示付きの使節団」であることは明白だった。
「で、どうするの、ボス?」アリシアがタドコロを振り返る。
「防空システムで、近づく前にあのトカゲごと消し飛ばす?」
「まさか。歓迎するわよ、大いにね」
タドコロは即答し、唇に艶やかな笑みを浮かべた。
「ただし――こちら側の『格』というものを、最初に骨の髄まで理解してもらう必要があるけれど」
彼女は静かに立ち上がると、透明アルミニウム製の窓際へと歩み寄り、眼下に広がる巨大なグラヴシップ都市「プロスペリティ」を見下ろした。
巨大な工場区画から整然と立ち昇る排気蒸気。空を無数に行き交う自動輸送ドローン。自動化重工業ブロックと、その外殻に並ぶ自動レーザー砲塔群、シールドジェネレーター。そして、そのすべてを統べる、灰色の管理タワー。
「舐められたままでは交渉にならない。かと言って、恐怖だけで相手を完全に狂わせても、ただの不毛な焦土戦になるだけ」
タドコロは静かに笑う。
「私たちの基本戦略よ。相手に『逆らうのは絶対に不可能だが、敵対するにはあまりにも惜しい利益《エサ》がある』と思わせるの。恐怖と利益の完璧なコントロール。これができなきゃ、未知の惑星での市場開拓なんてやってられないわ」
「また、胃の痛くなるような厄介な真似を……」
キムラが眼鏡のブリッジを押し上げ、疲れ切った顔でため息をついた。
「何を言っているの、キムラ。コホート・コーポレーションの交渉術って、いつもこんな感じだったでしょ?」
そこへ、部屋のスピーカーから人工知能《マザー》の滑らかな合成音声が割り込んだ。
『ターゲットの移動速度とルートを計算。プロスペリティ外縁警戒区域への推定到着時間――31時間後』
「31時間。……十分ね」
タドコロは手に持っていた扇子をパチンと閉じ、妖しく微笑んだ。
「さあ、歓迎の準備を始めましょう。せっかくの、この世界での『初めての大切なお客様』なんだから。最高にシビアな交渉を見せてあげるわ」
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### 3. 怯える総督と毒蛇の詰問
夕刻。使節団の車輪が拾う振動の質が滑らかに変化した。属州最大の都市ミューズを囲む、強固な石畳の舗装道路へと侵入したのだ。
「皇后陛下、ミューズ外縁区の城門へ到達いたしました!」
御者の鋭い声が響く。
レミールがゆっくりと視線を上げると、窓の向こうには高くそびえる時計塔の群れと、黒い煙を上げる魔導工房の煙突が広がっていた。
一見すれば活気ある大都市。だが、都市全体を包む空気は奇妙に波立っていた。西方平原に突如現れたという“鉄の怪物都市”の噂に、市民や亜人の奴隷たちは一様に怯え、帝国の絶対的な庇護者である皇后の馬車を、血走った目で見つめていた。
やがて、馬車隊は厳重に警備された総督府前の広場へと滑り込む。
そこには、純白の儀礼用軍服に身を包んだラーク総督が直立不動で待機していた。しかし、衣服の華やかさとは裏腹に、ラークの顔面は土気色に翳り、目の下には深い隈が刻まれていた。
「……属州総督ラーク。皇后陛下におかれましては、遠路遥々辺境の地へ、謹んでお迎え申し上げます」
馬車の扉が開くと同時に、ラークは地面に片膝をつき、深く頭を垂れた。
レミールは、差し出された侍従の手を借りて、ゆっくりと、優雅に馬車を降りる。そして彼女は、ひれ伏す総督の、僅かに震える指先と泳ぐような瞳を一目見た瞬間、すべてを静かに理解した。
(――ああ、この男。本当に『怯えて』いますわね)
それは政治的失脚を恐れる顔ではない。自分の理解が及ばない圧倒的な暴力、世界の理をひっくり返すような未知の怪物に正面から遭遇してしまった人間だけが宿す、根源的な「生存への恐怖」だった。
総督府の重厚な会議室へと場所を移した使節団一同は、ラーク総督の口から語られる「現実」に、それぞれの表情をさらに険しくさせた。
「……金貨、21万枚、だと?」
エルトが、信じられないものを見る目でラークを睨みつけた。
「我が皇国に対して戦死者の賠償金と、環境汚染の清掃コストを請求してきたというのですか!? しかも、支払わねばミューズを焦土にすると……。辺境の獣人風情が、どこまで傲慢になれば気が済むのです!」
「う、嘘ではございません!」
ラークは額の汗を拭うこともせず、青ざめた顔で訴えた。
「奴らは数日前、この総督府の目の前に『空飛ぶ不気味な球体』を出現させ、大隊が壊滅する瞬間の映像を見せつけてきたのです。さらに、支払いの代わりに『別の妥協案』を提示すると……。明日、西方平原に奴ら側の交渉拠点を設けるゆえ、そこに全権を寄越せと通告してまいりました」
「罠に決まっていますわ!」エルトが即座に切り捨てる。
「皇后陛下、あのような不遜極まる脅迫、応じる必要などございません。直ちに本国から本物の討伐軍を呼び寄せ、ミューズごと奴らを引き潰すべきです!」
「……いや、応じるべきだ」
低く鋭い声を出したのは、ロウガン少将だった。
「相手はこちらの動きを完全に把握している。討伐軍が到着するまでに、ミューズが焦土にされるのがオチだ。それに、相手が『別の妥協案』を提示し、交渉のテーブルを用意したというなら、敵の正体と技術レベルを値踏みする絶好の機会。違いますか、カイオス局長」
振られたカイオスも、深く頷いた。
「同感です。ラーク総督の憔悴ぶりを見るに、相手の持つ『神代の遺産』の威力は本物。ここで意地を張って全面戦争に突入するのは下策中の下策。まずは相手の狙いを見極めるのが先決です」
文官と武官が激しく議論を交わす中、中央の長椅子に深く腰掛けたレミールは、退屈そうに指先で長机を叩いていた。だが、その瞳の奥には、ドロリとした嗜虐的な愉悦が渦巻いている。
「……いいではございませんか」
レミールの鈴を転がすような声に、会議室がピタリと静まり返る。
「皇国の威信を恐れぬ、命知らずの『民間企業』……。面白いじゃありませんこと。どのようなおこがましい顔をして交渉を切り出してくるのか、この私が直々に拝んで差し上げますわ」
レミールは立ち上がり、残酷な笑みを浮かべて窓の外――明日向かうべき西方平原の夜闇を見つめた。
毒蛇の如き皇后の胸に、かつてない嗜虐的な愉悦と、ほんの僅かな冷たい刺突のような緊迫感が、同時に突き刺さっていた。
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