辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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幕間10.1話:外交という名の観測

 

# 幕間:外交という名の観測

 

### 1. 傲慢の残滓と冷徹な現実

 

白銀の「外交モジュール」での会談を終えたレミール一行は、その日の夕刻、鉛のように重苦しい空気に包まれたまま、ミューズ属州総督府へと帰還していた。

 

西日に照らされた石造りの回廊を歩くレミールの表情には、皇都を出発した際のような傲慢な余裕は、木端微塵に消え失せていた。背後に従う外務官僚たちも、護衛の近衛たちも完全に口数を失っている。

 

誰もが言葉にできぬまま、同じ恐怖を共有していた。

あの“コホート・コーポレーション”という集団は、自分たちがこれまで「獣人」や「蛮族」と見下してきた辺境勢力などでは断じてない。パーパルディア皇国が数百年におよぶ歴史の中で、一度も遭遇したことのない異質の存在なのだ。

 

「……反吐が出るほど、気に入らない連中ね」

 

豪奢な応接室の扉が閉まると同時に、レミールは苛立たしげに深紅のドレスを揺らし、ソファーへと身体を投げ出した。

 

「礼節を装ってはいるけれど、あれは対等な外交などではないわ。あのタドコロとかいう狐耳の女の目……まるで、こちらを“自分たちより数段階低い、無知な下位存在”とでも言いたげだったわ」

 

「実際、提示された技術と軍事力を見る限り……彼らにとって我々は、その通りの存在なのでしょうな」

 

傍らに直立不動で控えていたロウガン少将が重々しく低く答えた。歴戦の将である彼の眼光は、会談を経て、より一層深刻な光を宿している。

 

「認めがたい事実ですが、ミューズ守備軍、いえ……皇国の正規軍をどれほど動員しようとも、まともな戦術兵器の戦いでは勝負になりません。彼らの軍事力は我々の常識の外にあります」

 

その冷徹な言葉に、同席していたラーク総督の顔面が、さらに目に見えて引きつった。その僅かな動揺を、毒蛇の如き皇后の目が逃すはずはなかった。

レミールは、冷たい視線だけをラークへ向けた。

 

「……ラーク総督。あなた、まだわたくしに何か『隠して』いますわね?」

 

「い、いえ! そのようなことは……皇后陛下、私はすべて報告書に……っ」

 

「大隊壊滅の『詳細』よ」

 

応接室の空気が、一瞬で物理的に凍りついた。

レミールの紅い瞳が、獲物の喉笛をいつでも引き裂ける肉食獣のように細められる。

 

「最初の本国への報告では、“未知の魔導兵器による、卑劣な奇襲”と書かれていたけれど。実際には違うのでしょう? 奇襲ですらない。昨日わたくしが見た戦場跡は、そんな生ぬるいものではなかったわ」

 

ラークの額から、滝のような脂汗が流れ落ちる。彼は理解していた。目の前の皇后は、美しくも容赦のない怪物だ。ここでこれ以上の虚偽を述べれば、総督の椅子どころか、自分の一族もろとも文字通りの「処刑」が待っている。

 

「……壊滅は、文字通りの事実です」

 

ラークは、喉の奥から血を絞り出すような声で呟いた。

 

「飛竜部隊は……交戦距離に達する遥か手前、空中で一瞬にして撃滅されました。地上部隊も、敵の姿を視認する遥か前から、地平線の彼方から降り注ぐ正確無比な長距離砲撃を受け続けたのです。我が軍が、敵陣へ突撃する以前に……大隊はすでに組織力を失い、半壊していました」

 

「半壊?」レミールが冷笑する。

 

「報告書には、“我が軍の精鋭は勇戦敢闘の末に損耗した”と書かれていたけれど?」

 

「……」

 

「事実を言いなさい、ラーク」

 

数十秒の地獄のような沈黙の後、ラーク総督はついに膝から崩れ落ちるように観念した。

 

「……一方的、でした。我が軍は、敵に対して銃弾の一発、砲の一発すら届かせることもできず、ただ……ほぼ何もできぬまま、一方的に屠られたのです。あれは、戦争ですらない……」

 

その告白が落ちた瞬間、室内から完全に音が消えた。

レミールは数秒間、何も言わなかった。ただ静かに立ち上がると、窓際へと歩み寄り、夕暮れに染まるミューズの市街を見下ろした。

 

茜色の光に包まれた大都市では、人々がいつも通り、何も知らずに生活している。市場には魔導灯がともり、交易の馬車が行き交い、酒場からは陽気な笑い声さえ聞こえる。

だが、その平穏は、あまりにも薄いガラス細工のように脆い。もしあのコホートという怪物が本気で牙を剥けば、この数十万の人口を抱える交易都市は、一夜にして地上から蒸発して消滅するのだ。

 

その圧倒的な現実の質量を、レミールは、この傲慢な皇后はようやく本質的に理解し始めていた。

 

---

 

### 2. 見えない侵略、市場の理

 

「……ロウガン」

 

「は」

 

「どう思う?」

 

ロウガンは、感情を排した声で静かに答えた。

 

「極めて、危険です。彼らの兵器、戦術、そしておそらく思想までもが、我々の軍事常識の外側にあります。既存の戦列歩兵や飛竜によるドクトリンでは、逆立ちしても勝てません。正面から戦争を仕掛ければ、我が国は数世紀分の国力を数日で喪失するでしょう」

 

「しかし、だからと言ってあの理外の怪物を、皇国の喉元に放置しておくこともできないわ」

 

「ええ」

 

レミールは形の良い唇を不快そうに歪めた。

 

「本当に、底意地の悪い厄介な連中ね。不可侵だの交易だの、友好的なビジネスマンの顔をしているくせに、その存在そのものが我が国の基盤を揺るがす脅威だなんて」

 

彼女は、白銀の室内でタドコロが放った言葉を思い出していた。

 

『私たちが欲しいのは市場。資源。物流。労働力』

 

あの狐耳の女は、確かに戦争をコストに見合わないものとして嫌い、望んでいなかった。だがそれは、優しさからくるものでは断じてない。必要になれば、眉ひとつ動かさずにパーパルディア皇国という国家そのものを、ただの「不要な障害物」として踏み潰せる側の人間だからだ。

 

そして何より、レミールの背筋に冷たい戦慄を走らせていたのは、別の事実だった。

 

(コホート自身が……自分たちの持つ『異常な危険性』を、たいして自覚すらしていないことだわ)

 

彼らにとって、皇国軍の誇る1個大隊の壊滅や飛竜の撃墜など、歴史に残るような大事件ですらないのだ。彼らの基準からすれば、それはただの「予期せぬ武装集団との接触トラブル」、あるいは「業務上の突発的なアクシデント」程度の認識に過ぎない。

 

その、埋めようのない圧倒的な文明規模の差。その事実が、傲慢さで塗り固められていたレミールの精神を、内側から静かに侵食していた。

 

その時だった。

応接室の重厚な扉が、警備の制止を振り切るようにして激しく開き、血相を変えた外務局の伝令兵が飛び込んできた。

 

「し、失礼いたします! 皇后陛下、総督閣下、急報です!」

 

「無礼者、皇后陛下の御前であるぞ!」エルトが怒鳴るが、レミールは手を挙げてそれを制した。

 

「何事ですか。言いなさい」

 

「は、はっ! ミューズ近郊、および東部属州の複数の小都市・農村にて――小作人および亜人の奴隷層が、皇国への次期『納税および農産物徴収の拒否』を組織的に開始いたしました!」

 

「なぁ……ッ!?」ラークが弾かれたように立ち上がる。

 

「反乱か! 武器を持った亜人どもが暴動でも起こしたというのか!」

 

「いいえ、暴動ではありません! 彼らはただ、皇国の役人の立ち入りを拒み、独自のコミュニティを形成し始めています。そして……そのすべての地域で、“コホート社製の民生品”が急速に流通し始めております!」

 

室内の空気が、別の意味で一変した。

 

「……コホートの商品、だと?」レミールが目を細める。

 

「は、はい! 彼らが持ち込んだ、見たこともないほど頑丈で軽量な鉄製の『農具』、いかなる高熱病も一晩で治すという魔法のような『薬品』、そして、数ヶ月放置しても腐らない安価な『保存食』です! 属州民たちの間で、“皇国の過酷な搾取に応じるより、コホート社と直接取引して労働力を提供した方が、遥かに生活が楽になる”との噂が、信じがたい速度で広がっております!」

 

「な……なんだと……バカな……!」

 

ラーク総督が恐怖で顔を白引かせ、ガタガタと震え出した。

レミールは、ゆっくりと、深く目を閉じた。

 

(……最悪だわ)

 

それは、軍事的な領土侵略よりも、遥かに、遥かに厄介で致命的な「侵略」だった。

しかも恐ろしいことに、コホート・コーポレーション側は、皇国に対する反乱を意図的に煽っている様子すらおそらく無いのだ。彼らはただ、自分たちの持つ圧倒的に効率的な物資を、現地の民と「合理的に取引」しているだけ。

 

ただそれだけの結果として――皇国が数百年間、恐怖と暴力によって築き上げてきた『属州の支配構造』そのものが、根底から、音もなく腐り落ちるように侵食されている。

 

「統治には恐怖が必要」――そう豪語したレミールの持論が、コホートの持ち込んだ「圧倒的な利益と利便性」という市場原理の前に、紙屑のように無力化されようとしていた。

 

「……なるほど。そういうことですのね」

 

レミールは静かに目を開けた。その赤い瞳には、かつてない深い戦慄と、冷徹な理解が宿っていた。

 

「レ、レミール様……?」エルトが怯えたように声をかける。

 

「彼らは『国家』じゃないわ。ロウガン、あなたの言う通りだわ」

 

彼女の声音は、微かに震えていた。

 

「彼らは……『企業』なのよ」

 

国家のような大義も、領土的野心も、民への責任も持たない。

 

「ただ純粋な『利益』のためにだけ動き、すべての価値を損得の数字で測り、皇国への忠誠や恐怖すらも、圧倒的な商品価値によって容易く買い取っていく……」

 

レミールは拳を強く握り締め、地平線の彼方に潜む白銀の怪物を睨みつけた。

 

「だからこそ……思想を持つ国家よりも、遥かに制御しづらい『最悪の怪物』なのですわ」

 

パーパルディア皇国皇后レミールは、本国へ帰還する前に、すでに敗北の味を、その舌の上に苦く感じ始めていた。

 

 

 

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