辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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幕間10.2話:異世界のプラスチール

 

 

## ## 幕間:異世界の青銀鉱

 

### 1. プラスチールの残響

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》・中央研究棟、素材解析ラボ。

 無機質な白色LEDに照らされた無菌室の中央で、キムラはホログラム照射によって完全に構造を分解されたサーベルを、無言で見下ろしていた。

 

 パーパルディア皇国軍の遺留品として回収されたそれは、一見すれば、中世から近世への過渡期にある文明圏特有の、単なる儀礼用の高級軍刀にしか見えない。

 

だが、刀身は鋼鉄製とは比較にならないほど奇妙に軽く、それでいて計測されたモース硬度は理論値を遥かに超えていた。

しかも、黒色火薬と前近代的な魔法兵器しか保有していないはずの文明圏には、絶対に似つかわしくない特徴があった。金属の組成が、分子レベルで均一すぎるのだ。

 

「……おかしいな。変だぞ、これ」

 

 キムラは長いウサギ耳を神経質そうにピクリと揺らしながら、指先を滑らせて解析テーブルへ追加データを呼び出した。

 視界に青白いホログラムが展開され、結晶構造の3Dモデルと元素組成のスクロールデータが高速で流れていく。

 

 通常、この世界の未熟な高炉や精錬技術で作られた鋼材であれば、肉眼では見えなくとも、不純物の混入や炭素濃度の偏析(ムラ)が顕著に出る。

しかし、この刀身の切断面にはそれが一切存在しなかった。分子配列が異様なほど整然と規則正しく並び、内部構造は半ば、人工結晶化(ナノ・ストラクチャー)を遂げている。

 それは、キムラにとってあまりにも見覚えのある、宇宙時代の構造だった。

 

「……嘘、だろ」

 

 キムラの目が、レンズのように限界まで見開かれる。

 彼は半ば確信を抱きながら、激しい打鍵音とともに中央自律AI《マザー》へ、ディープ・スキャンによる再分析を要求した。

 

『――要求を受理。分子結合パターンの再照合を開始。……分析完了。対象金属の元素組成は、既知データベース内【アドバンスド・マテリアル】との一致率97.2%を記録。分類:プラスチール系複合金属。再精錬による純度向上可能です』

 

 マザーの静かな、感情の抜けた合成音声が室内に響き、ラボの空気が一瞬で凍りついた。

 

「おいおいおいおい、マジかよ……!」

 

 キムラは思わず長く白いウサギ耳を両手で引き下げ、額を押さえた。

 

「この世界の連中が言っていた魔法の金属“ミスリル”って……ただの、プラスチールじゃないか……!」

 

 その時、背後の気密自動ドアがプシューと音を立てて開き、タドコロとミウラが入室してきた。

 

「キムラ、ラボの回線があちこちパニックを起こしているけれど、そんなに大騒してどうしたの?」

 

 和装の裾を小さく揺らしながら、タドコロが暗い藍色の瞳を向ける。

 

「騒ぎますよ、そりゃ大事件です!」

 

 キムラは珍しく声を荒らげ、デスクの解析結果を空間へ大きく投影した。

 

「見てくださいこれ! 鹵獲したパーパルディア兵のサーベル、ただの銀メッキの装飾品じゃない。この世界の希少金属“ミスリル”、組成的には僕たちのリムワールドのプラスチールとほぼ完全に同一です!」

 

「……は?」

 

 隣にいたセキュリティ責任者のミウラが、珍しく素で間の抜けた声を漏らし、頭部の触角をピンと立たせた。

 

 プラスチール。

 それはリムワールドにおいて、超高強度装甲材、宇宙艦のメイン外殻、チャージ兵器の超高温冷却部品、パワーアーマーの駆動関節材など、あらゆるハイテク兵器の製造に必要不可欠な、文字通りの『宇宙時代最重要資源』であった。

 

 と同時に――それは、現在のコホート・コーポレーションが抱える最大にして最悪のアキレス腱でもあった。

 

 あの原因不明の異世界転移以降、コホートは元の宇宙からのプラスチール供給網(サプライチェーン)を完全に断絶されていたのだ。

プロスペリティ号の資材倉庫にも一定の備蓄はある。

だが、それはあくまで有限の数字であり、防衛戦や機材修復で消耗を続ければ、数年以内には確実に底を突く。

 

特に、兵士たちの命綱であるパーソナルシールドのバッテリーや、チャージライフルのコンポーネント、セキュリティドローンの電子部品など、高度な機材ほどプラスチールへの依存率が高かった。

 

 つまり。もしこの世界の“ミスリル”の鉱脈を確保することができれば――。

 コホート・コーポレーションは、この異世界において、永続的かつ圧倒的な「長期軍事維持能力」を獲得できるのだ。

 

 タドコロの藍色の瞳が、ゆらりと妖しく細められた。

 

「……なるほど。そういうこと」

 

 彼女は静かに、扇子をトントンと机に叩きながら笑った。その笑みは、広大な未開拓市場を発見した冷徹な商人のそれだった。

 

「だからパーパルディアは、あんな化石みたいな旧式軍隊のくせに、一部の装備だけ妙に頑強で、私たちの攻撃に僅かでも耐えられたのね」

 

「恐らく、奴らはこの金属の本当の価値を理解しきれていません」

 

 キムラは興奮を抑えきれない様子で、キーボードを叩きデータを整理する。

 

「精錬技術があまりにも前近代的なせいで、ミスリルをただの“軽くて頑丈な魔法の希少金属”程度にしか認識していない。エネルギーの伝導率や、分子間結合の応力特性なんて、概念すら無い。完全に宝の持ち腐れ、ブタに真珠ですよ」

 

「採掘量はどのくらいなの?」タドコロが尋ねる。

 

「ハキの証言や、ミューズ周辺の文献データをマザーに解析させた結果によると、皇国東部の山岳地帯に、中規模なミスリル鉱山が存在している可能性が極めて高いです。ただし、奴らの掘削技術では採掘効率が最悪で、産出量はごく僅か。だから本国の高級貴族や、竜騎士隊の最精鋭装備にしか優先配備されていないみたいですね」

 

 ミウラが腕を組み、冷ややかに鼻を鳴らした。

 

「……つまり、あの傲慢なパーパルディア人どもは、自分たちがどれほど莫大な価値を持つ戦略資源の上に胡坐をかいているか、その自覚すら無いってわけか」

 

「ええ。そして、こちらの会社はその本当の価値と、加工方法を完璧に理解している」

 

 タドコロは静かに歩み寄り、メインホログラムの地図を見つめた。

 皇国東部山岳地帯の推定鉱脈位置が、マザーの予測アルゴリズムによって、鮮やかな赤色のマーキングでマッピングされる。

 

「これは単なる、珍しい現地の鉱物じゃないわ」

 

 彼女はパチン、と音を立てて扇子を閉じた。

 

「我が社の未来、そのものよ」

 

 グラヴシップ《プロスペリティ》は強大だ。だが、これまではあくまで、転移前の遺産を“消費し続けるだけの漂流文明”に過ぎなかった。

 

 弾薬を撃てば資源が減る。装甲を直せば資源が減る。作業ドローンを動かせば、摩耗した部品の分だけ備蓄が消えていく。

この世界に来てからのコホートは、他者を圧倒する技術を持ちながらも、実態としては「手持ちのリソースを食い潰しながら漂流している組織」だったのだ。

 

 しかし、もしこのミスリル――すなわち、天然のプラスチール供給網を掌握できれば、話の前提は180度変わる。

 コホートは再び、この異世界で自給足し、際限なく「拡大する文明」へと回帰できるのだ。

 

「ボス」ミウラが低く、殺気混じりの声で言った。

 

「これはもう、パーパルディア皇国との全面戦争を避けられない理由が、決定的に増えたんじゃないか? 奴らが鉱山を素直に渡すとは思えない」

 

「まだ戦争と決まったわけじゃないわ」

 

タドコロは微笑した。だが、その瞳の奥には冷徹なビジネスの計算しかなかった。「交渉によって、向こうから合法的に鉱山利権を買い叩けるなら、それが一番効率的よ。流血は弾薬と医療費の無駄、つまり最悪のコストだもの」

 

 数秒の不気味な沈黙。

 そしてタドコロは、窓の外の平原を見つめながら静かに続けた。

 

「……もっとも、あの皇后陛下がビジネスを理解できないほど愚かだというのなら、話は別だけれどね」

 

---

 

### 2. 資本の浸食

 

 プロスペリティ号・中央物流管理区画。

 

 広大な天井高を誇る搬入口(ドック)では、無数の産業用作業ドローンがハチのように忙しなく飛び交い、現地農村から次々と搬入される木材、粗悪な鉄鉱石、農産物のコンテナを、自動搬送ベルトラインへと流し込んでいた。

 

大型の油圧アームがギチギチと唸りを上げてコンテナを解体し、工業区画の精製炉が赤熱した光を放つ。区画全体が、まるで巨大な機械仕掛けの生物の胃袋のように脈動していた。

 

 異世界転移から十数日。コホート・コーポレーションの資本という名の触手は、既にこの東部属州の土地へ、音もなく深く“根”を張り始めていた。

 

『――東部農村部からの民間交易ギルド第3便、ドックに到着しました』

 

 マザーの無機質な音声がスピーカーから流れる。

 

『搬入内容の検収完了。不純物混入の鉄鉱石4.2トン、未加工木材18トン、現地食料作物6.1トン。契約に基づき、対価として【工業用スチール製農具セット】200組、【標準型抗生剤】500本、簡易濾過式浄水器、および、賞味期限内の低品質栄養ブロック3トンを出荷ラインへ回します』

 

 コンソールの収益グラフを眺めていたキムラが、小さく口笛を吹いた。

 

「いやぁ、実にお見事。順調そのものですねぇ。まさかこんな短期間で、現地の泥臭い農村交易ルートがここまで勝手に広がるとは思わなかったですよ」

 

「予想以上に、パーパルディアの統治下にある現地民の生活水準がゴミのように低かったからな」

 

 隣で腕を組み、ドローンの動きを監視していたミウラが答える。

 

「こっちが適当に鋳造したただの『スチール製の鍬』ひとつで、奴らのクソみたいな農業生産性は3倍に跳ね上がる。感染症を一発で叩き潰すペノキシリン系の抗生剤なんて、村人からすれば神の奇跡そのものだろうさ」

 

「しかも僕たちからすれば、あの交換物資、全部ただの“余剰在庫”か、廃棄寸前のジャンクですからね」

 

 キムラはクスクスと笑いながらホログラムのデータを操作した。

 コホートが対価として農民たちに提供している物資の多くは、リム世界基準では市場価値すらつかない最廉価品だ。

 

自動製造機で1秒間に数百個叩き出せる頑丈な金属農具。プロスペリティ号の医療庫で埃を被っていた量産型抗生剤。栄養ペーストを固めただけの、倉庫を圧迫していた味の悪い栄養ブロック。

 どれもコホートにとっては「捨てるよりはマシ」な程度の、実質コストゼロの物資だ。

 

 しかし、この過酷な前近代の文明圏においては、それは生活を劇的に変革し、生死を分ける“奇跡のオーバーテクノロジー”に他ならなかった。

 結果として、ミューズ周辺の農村や小都市は、皇国の総督府が感知せぬスピードで、急速にコホートの経済圏へと取り込まれ、依存し始めていた。

 

「問題はそのせいで、パーパルディア側が急激に神経質になって、属州付近の軍を動かし始めてることだが」

 

 ミウラが険しい顔で呟く。

 ホログラムの戦術地図には、ミューズ周辺に配置された皇国軍の駐屯地や、竜騎士の巡回ルートがリアルタイムで明滅していた。ここ数日、明らかにプロスペリティ周辺への監視の目が密になっている。

 

「まぁ、当然の反応でしょうねぇ」

 

 キムラはウサギ耳を揺らし、肩を竦めた。

 

「属領の小作人や奴隷層が、“皇国の苛烈な税を真面目に納めるより、内密にコホートと物々交換して労働力を提供した方が、遥かに豊かで人間らしい生活ができる”って気付き始めてるんですから。支配基盤へのダイレクトアタックですよ」

 

 それは、どのような高度な心理戦よりも危険な兆候だった。

 国家というシステムは、純粋な暴力(軍隊)だけで維持されているわけではない。民衆の側に「この支配者に従っていた方が、まだ生き延びられる」という最低限の打算があるからこそ、統治は成立する。

 

 だが今、その大前提が、コホートの持ち込んだ圧倒的な市場の利便性の前に、音を立てて崩壊しつつあった。農民たちは、あまりの格差に気づいてしまったのだ。皇国は自分たちから命と富を「奪う」存在であり、コホートは自分たちに富と健康を「与える」存在である、という単純な事実に。

 

「……歴史でも、革命や帝国の崩壊って、大抵こういう『台所の事情』から始まるんですよねぇ」

 

 キムラがぼそりと呟いた。

 

 その時、物流管理室の自動ドアが開き、タドコロが姿を現した。黒い和装を纏ったCEOの登場に、二人は軽く会釈する。

 

「ボス、お疲れ様です。東部交易ルートの最新の収支報告(バランスシート)です」

 

「見せて」

 

 タドコロは空中に展開されたホログラムのグラフをスクロールし、軽く艶やかな眉を上げた。

 

「……予想を遥かに超える利益率ね。現地の物価基準がおかしいんじゃないかしら」

 

「現地民の労働力と原材料の調達コストが、事実上のタダ同然だからな」

 

 ミウラが苦笑する。

 

「言い方が悪質よ、ミウラ」

 

「ですが事実ですよ。僕たちは強制労働なんて一回もさせてない。彼らは自発的に列をなして働き、自発的に大喜びで取引に応じているんです」

 

 キムラは悪びれもせずに補足した。

 技術格差と生産性の違いが大きすぎる以上、どれほど誠実に接しようとも、その資本関係は絶対に対等にはならない。現代の大企業が、前世紀の未開部族を資本の力で無自覚に呑み込んでいくプロセスそのものだった。

 

「――それで、例の『ミスリル鉱山』に関する進捗は?」

 

 タドコロの藍色の瞳が、ビジネスの本質へと向けられる。

 

「周辺村落の行商人や、買収した現地の低級役人からの情報収集を進めています。やはり、ミューズから数十キロ離れた山岳地帯に、大規模な一連の鉱脈がある可能性が極めて高いです。ただ……」

 

 キムラは少し声を落とした。

 

「完全に皇国の直轄領、つまり軍の厳重な管理下ですね」

 

 部屋の空気が、一瞬でビジネスから「戦争」の温度へと切り替わる。

 プラスチール(ミスリル)は、コホートの生命線だ。これさえ押さえれば、コホートはこの世界で永続的な産業基盤を確立できる。逆に言えば、皇国にそこを完全に遮断されれば、企業の未来はジリ貧のままだ。

 

「……外交的な交渉だけで、採掘権を割譲してくれれば、お互いに一番スマートでコストが低いんだけどねぇ」

 

 タドコロは静かに呟いた。

 

 ミウラがフッと自嘲気味に笑う。

 

「相手は恐怖政治で成り立っている前近代の帝国主義国家だぞ、タドコロ。自分たちのメンツを潰した『新参の商人』に、大人しく利権を切り分けるような知性があるとは、俺には思えない。あの皇后の目も、そういう種類のものだった」

 

「分かっているわ」

 

 タドコロは歩を進め、巨大なプロスペリティ号の外壁越しに、外の世界を見つめた。

 外縁部の荒野では、すでに重機メックや建築ドローンが稼働し、強固な防壁(コンクリート・ウォール)と、自動ヘビー・タレット砲塔群を急速に増設中だった。

 

 コホート・コーポレーションは戦争を望まない。効率が悪いからだ。

 だが――彼らは「戦争の準備」だけは、呼吸をするように徹底して進めていた。

 

「本国へ帰還するレミール皇后は、どう動くと思う?」

 

 タドコロの問いに、実戦派のミウラが顎に手を当てて思考する。

 

「あの女はキレ者だ。無能なラーク総督たちとは格が違う。おそらく本国の脳筋な軍部強硬派を一度抑え込みつつ、徹底的なこちらの『様子見(データ収集)』に回るだろう。ただし……」

 

「ただし?」

 

「皇国側も、もう猶予がないと理解しているはず。軍事力で勝てずとも、このまま我が社の経済活動を『放置』すれば、自分たちの属州の支配基盤が内側からすべて腐り落ち、国家システムそのものが崩壊するということにな。必ず、どこかで限界が来る」

 

「ええ」

 

 キムラが楽しげに笑う。

 

「だから近いうちに、必ず何かしらのアプローチが来ますよ。経済封鎖か、通商拒否か、あるいは……プライドを捨てた、国力を総動員した乾坤一擲の武力制裁か」

 

 タドコロは小さく、吐息を漏らした。

 本当なら、もっと時間が欲しかった。安定した資源供給網の確立、現地言語の完全な辞書解析、さらなる交易ルートの開拓、そしてグラヴシップの燃料問題の解決。山積みのタスクに対して、この世界がもたらす混沌の速度はあまりにも速い。

 

「……本当に、せっかちな世界ねぇ」

 

 困ったようにそう呟きながらも、タドコロの端正な口元には、不敵で、どこか狂気を孕んだ楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

 過酷な辺境惑星(リムワールド)の混沌を渡り歩き、数多の修羅場を潜り抜けて巨大企業へと上り詰めた者たちにとって、予測不能の不条理、国家との衝突、そして生存を賭けた大博打は――ある意味で、一番手慣れた「いつもの仕事(ルーティンワーク)」に過ぎないのだから。

 

 

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