辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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幕間10.4話:ケルツ少佐

## 幕間:捕虜少佐の査定

 

### 1. 失われた左脚と金属の鼓動

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》、隔離医療区画。

 

 ケルツ少佐が意識を取り戻したとき、最初に感じたのは、不気味なほどの「静寂」と、全身を満たす「奇妙な快適さ」だった。

 

 地獄のような戦場での、あの肉が焦げる臭いも、骨を粉砕された激痛もない。天井に埋め込まれた、魔法の光とも異なる冷たい白色LEDの光が、塵ひとつない真っ白な部屋を均一に照らしていた。

 

「……私は、生きているのか?」

 

 掠れた声を出した瞬間、ケルツは恐る恐る自らの身体へ視線を落とした。次の瞬間、心臓が凍りつくような衝撃に襲われた。

 先の戦闘で、銃撃を受け、膝下から無残に吹き飛ばされたはずの「左脚」。そこには、包帯に血を滲ませた肉の切り株など存在していなかった。

 

 代わりにあったのは、鈍い白銀の光沢を放つ、見たこともない金属と精密機構で構成された――【先進強化義肢】だった。

 

「な……なんだ、これは……ッ!?」

 

 起き上がろうとしたケルツの動揺を無視し、その機械の脚は、彼の脳からの微弱な神経信号を完璧に拾い上げた。

 

 ウィィィン……と、耳を澄まさなければ聞こえないほど微小なモーター音が鳴る。

 驚くべきことに、痛みは一切ない。それどころか、かつて過酷な訓練で痛めていた生身の右脚よりも、遥かに滑らかに、寸分の狂いもなく自分の意志で駆動した。プラスチール製の人工筋肉と微細なコンポーネントが、前近代の軍人の理解を遥かに超えた精度で、物理的な質量を持ってそこに存在していた。

 

 身体を怪物に作り替えられたかのような恐怖に、ケルツの額から冷たい汗が伝う。

 

**プシュー――。**

 

 その時、気密性の高い自動ドアが滑るように開き、室内に二人の人物が入ってきた。

 一人は、黒と藍の和装を纏い、銀髪の間から狐耳を覗かせた美女――最高経営責任者《CEO》のタドコロ。

 もう一人は、頑強な戦闘用マリーンアーマーを外し、冷徹な目でケルツを見下ろすセキュリティ責任者のミウラだった。

 

---

 

### 2. 冷徹なバランスシートと「無能」の烙印

 

「気分はいかが、少佐? 驚くのも無理はないわ。我が社の最高技術《ハイテク》を盛り込んだ先進義肢の適合率は、98.2%を記録しているもの」

 

 タドコロは手にした扇子を軽く弄びながら、ベッドの脇に設置されたホログラム端末に、ケルツの身体データを映し出した。青白い光で描かれた彼の骨格と、左脚の機械構造が怪しく明滅する。

 

「……貴様ら、私に何の呪いをかけた」

 

 ケルツはプロの軍人としてのプライドを必死にかき集め、二人を鋭く睨み据えた。

 

「私はパーパルディア皇国軍少佐、ケルツだ。いかなる拷問を受けようとも、皇国の軍事機密を吐くと思うな。いっそ殺せ!」

 

「拷問? まさか。そんな非効率で野蛮なコスト、我が社が支払うわけないでしょう」

 

 タドコロは冷ややかに微笑んだ。

 

「それにね、少佐。あなたが命懸けで隠そうとしている皇国の軍事機密――例えば東部国境の兵力配置や、本国から派遣される討伐軍の進軍ルートなんて、我が社の中央AI《マザー》がパーパルディア軍の通信をすべて傍受して、既に99%解析し終えているわ。あなたが沈黙しようが喋ろうが、我が社の事業計画には1ミリの影響もないのよ」

 

「な……に……?」

 

 ケルツの顔から血の気が引いていく。命を賭けた忠誠が、敵にとっては「既に持っている既出データ」に過ぎないという残酷な現実。そこへ、タドコロはさらに冷徹な『請求書』を提示した。

 

「それよりも、ビジネスの話をしましょう。あなたのその左脚。プラスチールと先進コンポーネントをふんだんに使用した、我が社でも最高級の医療資産よ。――ハッキリ言ってね少佐。この先進強化義肢の値段は、あなたが皇国から貰っていた安月給では、一生かかっても、逆立ちしても払いきれない物よ」

 

「出、出鱈目を言うな! 私は頼んでなどいない……!」

 

「ええ。だからこれは我が社からの『先行投資』。でもね……あなたがそれほどまでに忠誠を誓う価値が、あの国にあるのかしら?」

 

 タドコロが扇子をパチンと閉じると、ホログラムの画面が切り替わり、紙に書かれた公文書の「スキャンデータ」が空中へ大きく投影された。そこにある紋章と筆跡を、ケルツが見間違うはずがなかった。皇国軍上層部の、公式公文書である。

 

「な……んだ、これは……」

 

「我が社の回線が傍受した、皇国軍中央の内部通達よ。読んでごらんなさい」

 

 書面に並ぶ文字が、ケルツの目を、そして心を切り刻んだ。

 そこには、先のミューズ防衛戦における大敗の全責任を、「前線指揮官であるケルツ少佐の独断専行、および不手際による無能」と断定し、彼と彼の部隊を「トカゲの尻尾切り」として処理する旨が冷酷に記されていた。さらに、それだけに留まらない。

 

『――よって、逆賊たるケルツの家門に対し、軍人恩給の支給を永久に停止。その名誉を剥奪し、財産を差し押さえる流れとする』

 

「……そんな、馬鹿な……ッ!」

 

 ケルツの全細胞から、力が抜けていく。

 

「私は、指示通りに戦った……! 奴らの無謀な突撃命令を補うために、全力を尽くしたのだ……! なぜ、なぜこれほど理不尽な汚名を……!」

 

「無能な中央の貴族たちが、自分たちのメンツを守るためにプロの少佐に泥を塗ったのよ」

 

 タドコロは冷たい藍色の瞳で彼を見つめた。

 

「あなたの命も、積み上げてきたキャリアも、彼らにとっては『タダ同然の使い捨ての駒』に過ぎなかった。これが、あなたが命を捧げようとした組織の正体よ」

 

---

 

### 3. 「虐殺」を終わらせる最適化

 

 絶望の淵に立たされたケルツに対し、タドコロはさらに追い打ちをかけるように、新たなホログラム映像を展開した。

 そこに映し出されたのは、グラヴシップ《プロスペリティ》の外縁部で、淡々と、しかし凄まじい速度で増設されている超近代的なヘビー・タレット砲塔群。そして、赤熱するチャージエネルギーの充填実験を行う、巨大な重機メックの群れだった。

 

「見ての通り、我が社の軍事力はあなたたちの文明を遥かに超越している。あなたが協力しようがしまいが、我が社が本気を出せば、皇国軍が何万人、何十万人攻めてこようと、文字通り『全滅』させられるわ」

 

 タドコロの言葉に、ケルツは反論の言葉を持たなかった。あの戦場で体験した「見えざる死」の嵐を思えば、それが誇張でないことは痛いほど理解できた。

 

「だけどね、少佐。それは我が社にとっても弾薬の無駄――つまり非効率な『コスト』なの。そして君の同胞にとっても、ただの無意味な『虐殺』でしかないわ」

 

 タドコロは一歩、ベッドへ歩み寄り、ケルツの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「これは裏切りではないわ。無意味な『虐殺』を終わらせるための、合理的な最適化(インフラ整備)よ。あなたが我が社の『軍事コンサルタント』として、皇国軍の古い思考パターンや戦術ドクトリンを教えてくれるなら、私たちはより少ない流血で、よりスマートに彼らを『無力化』できる。君の知識は、かつての部下や、罪のない同胞の命を最も被害の少ない形で救うために使えるのよ。どちらがプロとして正しい選択かしら?」

 

「……同胞を、救うための、最適化……」

 

 ケルツはその言葉を、呪文のように繰り返した。

 

「祖国を売る」のではない。すでに自分を裏切り、無能の烙印を押した狂った上層部の暴走から、これ以上無駄に犬死にするはずの兵士たちを「最も被害の少ない形で救うための、プロとしての現実的な終戦工作」なのだ。

 

 コホートが提示したそのあまりにも鮮やかな「大義名分」は、彼の崩壊しかけていた軍人としてのプライドに、新たな拠り所を与えた。

 

 今まで沈黙していたミウラが、重い口を開いた。

 

「……ケルツ少佐。俺もお前と同じ、実戦部隊のトップだ。お前の戦術指揮、あの化石みたいな軍隊の中ではズバ抜けていた。死なせるには惜しい。お前が古い忠誠を捨てて合理的な選択をするなら、俺たちはお前を『同僚』として歓迎するぞ」

 

 同じ戦士の目をしたミウラの言葉が、ケルツの心の、最後の防壁を完全に揺るがした。

 ケルツは深く、長い息を吐き出し、ゆっくりと頭を上げた。その目には、盲目的な忠臣のものではない、過酷な現実を見据えた「プロの現実主義者」の光が宿っていた。

 

「……認めよう。貴社と我が国では、文明の前提そのものが違いすぎる」

 

 ケルツの声は、驚くほど静かだった。

 

「私が貴社の軍事コンサルタントになれば、皇国のドクトリンも、貴族どもの思考の癖も、すべてをデータとして提供できる。だが――」

 

 ケルツはタドコロの目を真っ直ぐに見据え、自らの魂を賭けた最後の条件を突きつけた。

 

「寝返る交換条件として、皇都エストシランドにいる私の家族の安全を保障しろ。私が裏切れば、本国の憲兵隊や狂信的な貴族どもが、残された妻と娘を捕らえ、奴隷階級に落とすか処刑するのは明白だ。……彼女たちを無事に救出し、貴社の庇護下に置くと誓え。それが叶うなら、私は我が魂を貴社へ売ろう」

 

 張り詰めた沈黙。

 タドコロは一瞬、意外そうに眉を動かしたが、すぐに実になめらかな、美しい笑みを浮かべた。

 

「ふふ……家族の安全担保、および現地からの抽出ね。いいわ、それは優秀な社員に対する極めて正当な『福利厚生』の範囲内よ。ミウラ、次の作戦のついでに、隠密ドローンと特殊部隊を皇都へ回せる?」

 

「問題ありません、ボス。お安い御用です」ミウラは不敵に笑った。

 

「決まりね」

 タドコロは空間に、ホログラムの電子契約書を展開した。そこには、月給3,500シルバーの支給、社員としての完全な安全保障、そして家族の救出計画が、冷徹なまでに明確な数字として記載されていた。

 

「サインを、少佐。――あ、これからは『ケルツ主任』と呼んだ方がいいかしら?」

 

---

 

### 4. 新しい社員

 

 数日後。

 プロスペリティ号の戦術作戦室には、コホート社のスマートな黒いタクティカル・スーツに身を包んだケルツの姿があった。

 

 彼の左脚は、ハイパーウィーブ製のスラックスの奥で、静かに、しかし力強く金属の鼓動を刻んでいる。

 彼はホログラムの戦術地図の前に立ち、コホートの幹部たちを前に、かつての祖国――パーパルディア皇国の軍事拠点を、レーザーポインターで淡々と指し示していた。

 

「……皇国中央の軍部強硬派は、ミューズでの大敗を『局地的な油断』としか捉えていません。レミール皇后がどれほど警告しようとも、彼らは数万規模の戦列歩兵と、本隊である主力竜騎士団を動員し、物量による圧殺を試みるはずです。彼らの進軍ルートは、この3つの街道に限定されます」

 

 その口調には、躊躇も、未練もなかった。

 

 彼は祖国を裏切ったのではない。

 狂った上層部のせいで、かつての部下や同胞たちが、この「理外の怪物」の前にただのコストとして一方的に『処理』されるのを防ぐため。そして、愛する家族を救うため。彼はプロとして、最も成功確率の高い、合理的な戦いを始めたのだ。

 

 その背中を見つめながら、キムラは隣のミウラにクスクスと囁いた。

 

「いやぁ、さすがプロの軍人。データの飲み込みが早いですねぇ。もうすっかり我が社の優秀な社員ですよ」

 

「前近代の帝国主義に、彼ほどの頭脳は勿体なかったってことさ」

 

 ミウラは腕を組み、不敵な笑みを深くした。

 

 パーパルディア皇国はまだ知らない。

 かつて皇国屈指の戦術家と謳われた英雄が、今やコホート社の頭脳となり、自分たちの喉元へ、最も効率的で冷徹な「牙」を研ぎ澄まし始めているということを。

 

 

 

## 閑話:漆黒の幽霊(オペレーション・レトリーバル)

 

### 1. 0.02秒の決断

 

 パーパルディア皇国、皇都エストシランド。

 その壮麗な石造りの街並みを見下ろす中央憲兵司令部の一室で、一つの残酷な決定が下され、紙の公文書にインクが走った。先のミューズ防衛戦で「戦死(公式には無能による敗戦)」と処理されたケルツ少佐の家門を、見せしめとして籍から剥奪し、その家族を連行・処刑するという特命である。

 

 憲兵隊長が冷酷な笑みを浮かべてサインを終え、書類を閉じた。

 

 ――その、わずか0.02秒後。

 

 はるか北方、属州の平原に鎮座するグラヴシップ《プロスペリティ》の中央AI《マザー》は、皇都の無線通信および魔導通信の傍受データから、該当の暗号を瞬時に完全解析。ミリ秒単位で「ケルツ主任の資産(家族)に対する直接的脅威」と判定した。

 

「救出作戦《オペレーション・レトリーバル》を承認。実動部隊、直ちに降下を開始してください」

 

 無機質な音声が作戦室に響いたとき、すでにシャトルのハンガーでは、黒いステルススーツを身に纏った特殊部隊が動き出していた。その中には、仕立ての良いスーツから、支給されたばかりの最新鋭戦闘装備に身を包んだケルツの姿もあった。

 

「……本当に、間に合うのか」

 

 ヘルメットのバイザーの奥で、ケルツは焦燥を押し殺しながら、白銀の先進強化義肢――左脚を踏みしめた。

 

「安心しろ、ケルツ主任」

 

 隣でレーザーライフルのチャージ状態をチェックしていたミウラが、不敵に笑う。

 

「我が社のタイムスケジュールに、遅延の文字はない。お前は皇都の地理を脳内からマッピングすることだけに集中しろ」

 

 熱光学シールドを排熱モードに切り替えた漆黒のステルスシャトルが、星のない夜空へ向けて、音もなく滑り出した。

 

---

 

### 2. 皇都浸透

 

 皇都エストシランドの遥か郊外。不気味なほど一切の光と音を放たないシャトルが、草むらにソフトランディングした。

 ハッチが開き、ミウラ率いる隠密部隊とケルツが滑り出る。

 

 彼らが着用している【ステルススーツ】は、着用者の体温(熱)、心音(音)、生体電気(電波)、さらには恐怖による冷や汗の匂い(生体臭気)までを完全に内部に遮断・吸収する、宇宙時代のインナースーツだった。

 そしてその上から、彼らは頭まですっぽりと覆うフード状の【ステルスクローク】を羽織っている。この外套こそが、周囲の光を複雑に屈折・相殺させ、背景と同化させる光学的ステルスの要だった。

 

「行くぞ。下水路の侵入口はあっちだ」

 

 ケルツが先頭に立つ。

 皇都の入り組んだ下水路へと飛び降りた瞬間、ケルツは自らの肉体の変貌に、改めて戦慄を覚えていた。

 ぬかるんだ足場、暗闇。かつての生身の身体であれば、滑るのを警戒し、足音を殺すために細心の注意を払わねばならない。だが、彼の左脚に埋め込まれた先進強化義肢は、泥の粘度を瞬時に計算し、アクチュエーターを完全消音駆動させながら、寸分の狂いもなく身体を前へと推進させる。

 

 やがて、地上へと繋がる鉄格子に辿り着いた。

 地上の広場には、皇国の警備犬が、憲兵に伴われて巡回していた。

 

 ケルツの心臓がわずかに跳ねる。皇国の軍人時代、犬の嗅覚から逃れる術など存在しないと叩き込まれていたからだ。

 だが、クロークのフードを深く被った部隊が、警備犬の鼻先を次々と通り過ぎていく。

 

 クンクン、と警備犬が奇妙そうに首を傾げた。しかし、目の前を通り過ぎる「幽霊」たちの熱も、匂いも、姿も、そして魔力すらも、コホートの装備は1ミリも外部に漏らしていない。犬にとって、そこには「文字通り何も存在しない」のだ。

 

「……信じられん。皇国の『魔力探知』も『警備犬』も、完全に形骸化している……」

 

 ケルツは息を呑んだ。

 パーパルディアの絶対的な防衛網が、コホートのテクノロジーの前では、ただのザル同然の子供騙しに成り下がっていた。彼らは音もなく夜の市街地を駆け抜け、ケルツの邸宅へと肉薄していった。

 

---

 

### 3. 邸宅の捕食者

 

 ドガァン! と、激しい音を立ててケルツ邸の重厚な木の扉が蹴り開けられた。

 

「おい! 逆賊ケルツの身内ども、大人しく出てこい!」

 

 十数人の憲兵隊が乱入する。邸宅の奥からは、突然の事態に身を寄せ合い、恐怖に震えるケルツの妻・アリアと、幼い娘の姿があった。

 

「憲兵様、一体何のご用ですの……!? 主人は国のために前線へ……」

 

「黙れ! ケルツ少佐はミューズを敵に売り渡した無能の反逆者だ! 上層部より、家門の取り潰しと、逆賊の連行命令が出ている!」

 

 憲兵隊長が残忍な笑みを浮かべ、アリアの髪を掴もうと手を伸ばした。

「嫌! お母様!」娘の悲鳴が響く。

 

 ――その瞬間。

 部屋の明かり(魔導灯)が、コホートの電子妨害によってチカチカと不気味に明滅し、完全に消失した。完全な、闇。

 

「なんだ!? 魔導灯が切れたか? ランプを掲げろ!」

 

 隊長が怒鳴った、まさにその刹那だった。

 

 ――シュバッ。

 

 闇を切り裂くように、細く、鮮烈な「青白い閃光」が一瞬だけ走った。

 それは銃声ですらなかった。空気が一瞬だけ熱で膨張する、わずかな風切り音。

 松明を持っていた憲兵の脳天が、寸分の狂いもなく融解・貫通され、彼は悲鳴をあげる暇すらなく物言わぬ肉塊となって床に崩れ落ちた。

 

「な……ッ!? 敵襲だッ!」

 

 シュバッ、シュバッ、シュバッ!

 

 憲兵たちがパニックに陥り、手当たり次第にサーベルを抜くが、彼らには敵の姿が一切見えなかった。

 

 暗闇の中、ステルスクロークで光を歪め、熱も音も消したコホートの隠密部隊が、レーザーライフルの高精度照準(スマートセンサー)を用いて、憲兵たちの急所を次々と、ミリ単位の正確さで撃ち抜いていく。

 防具の胸甲すらも一瞬で撃ち抜く超高出力の光線が、無音で命を刈り取っていく光景は、もはや戦闘ではなく「害虫駆除」だった。

 

「ひ、うわあああああッ!」

 

 わずか数秒。部屋の中は、倒れ伏した憲兵たちの肉が焼ける微かな臭いと、血の海へと変わっていた。

 

 最後に残された憲兵隊長は、恐怖のあまり腰を抜かし、壁際まで後ずさった。

 彼の目の前の空間が、ぐにゃりと歪む。

 

 虚空から、黒い戦闘装備を纏った「人影」が、まるで染み出すように姿を現した。その人物がゆっくりとフードを外したとき、憲兵隊長は恐怖で顎をガタガタと震わせた。

 

「ケ……ケルツ……少佐……!? ば、馬鹿な、貴様は戦死したはず……!」

 

「……私は死んだよ、隊長。皇国軍のケルツはな」

 

 ケルツの声には、かつての祖国に対する慈悲など、ひとかけらも残っていなかった。彼の左脚の金属部位が、暗闇の中で冷たく光を反射している。

 

「私は新しい会社と契約した。――家族の安全という、何よりも確かな報酬のために」

 

 ケルツが静かにレーザーガンの銃口を向けた。憲兵隊長が最後に見たのは、無音で放たれた、太陽の黒点よりも熱い青白き光の粒子だった。

 

---

 

### 4. 幽霊の足跡

 

「あなた……本当に、あなたなのですか……?」

 

 血の海の中で、アリアが涙を流しながら夫を見上げる。ケルツは銃を収め、妻と娘をその力強い腕で抱きしめた。サイバネティクス化された左脚は、二人の体重を支えてもピクリともブレない。

 

「ああ、私だ。遅くなってすまない。……もう大丈夫だ、ここには私たちの居場所はない。世界で最も安全な場所へ行こう」

 

 ミウラがインカムを叩く。

 

「ボス、こちらミウラ。サルベージ完了。これより帰還する」

 

『お疲れ様。シャトルを回収ルートへ回すわ』バイザーの奥から、タドコロの満足げな声が聞こえた。

 

 数分後、駆けつけた皇国の増援部隊が目にしたのは、完全に静まり返った邸宅と、一発の銃声も響かぬまま、一瞬で「蒸発」させられた憲兵たちの凄惨な死体の山だけだった。

 荒らされた形跡もなく、魔力感知結界も一切作動していない。ただ、重要捕虜の家族だけが、文字通り煙のように消え失せていた。

 

 翌朝、この「皇都エストシランドの心臓部で起きた、原因不明の神隠しと虐殺」の報告書を受け取った皇国軍上層部は、かつてない正体不明の恐怖に、底寒い戦慄を覚えることになる。

 

 前線だけでなく、自分たちの寝室のすぐ隣にすら、あの「白狐の幽霊」は音もなく死を届けにやってくるのだ、と。

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