辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第12話:静かなる侵食と青銀の楔

 

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# 第12話:静かなる侵食と青銀の楔

 

### 1. 市場の毒、王国の歪み

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》・中央経営戦略室。

 艦内最上層部に位置するその部屋は、外界の泥臭い中世的な戦争や喧騒から完全に隔絶された、冷徹な静寂に包まれていた。

 

 白亜の壁面。中央で青白く発光する大型ホログラム投影機。その周囲には、中央自律AI《マザー》がリアルタイムで更新し続ける各種統計情報が、膨大な光の文字となって絶え間なく流れている。

 

【市場予測】

【総資源消費量】

【各種弾薬在庫】

【農業プラント出力】

【発電効率】

 

 ……そして現在、壁面中央には、第三文明圏東部一帯――パーパルディア皇国属州の広大な地図が立体的に表示されていた。

 最高経営責任者《CEO》タドコロは、白い長机の端に腰掛け、扇子でトントンと顎を叩きながら、静かにその地図を眺めていた。

 

「……面白いくらいに、私たちの『価値』が広がっているわね」

 

 彼女が艶やかな声でそう呟くと、隣で超薄型データパッドを高速で操作していた内政主任のキムラが、酷く疲れ切った顔を上げた。白いウサギ耳が力なく垂れ下がっている。

 

「ええ。正直、マザーの当初の予測アルゴリズムすら超えています。想定以上の速度ですよ」

 

 ホログラムの地図上には、無数の小さな青い光点が点灯し、ネットワークのように結びつきつつあった。それは、コホート社製の物資が流通し、経済的に浸食を完了した村落や地方都市のプロットだった。

 

* スチール製の頑丈な農具

* 感染症を予防・治療する医薬品(ペノキシリン系抗生剤)

* 数ヶ月放置しても絶対に腐らない圧縮保存食

* 合成繊維製の軽量な衣服

* 現地の職人たちが涙を流して欲しがる安価な加工工具一式

 

 さらに直近数日間では、コホート側が直接営業をかけたわけでもないのに、危機感を覚えた、あるいは暴利を貪ろうとする属州の現地商人たちが、プロスペリティの防衛境界線近くへ自発的に交易隊を送り始めていた。

 

「こちらから出向くまでもなく、向こうから勝手に資源を持って這い寄ってくるんですからね」

 

 キムラはあきれ半分、感心半分といった調子で肩をすくめた。

 

「ですがボス、特にあの『鉄製農具』のバラ撒きはマズいです。現地文明との生産効率の桁が違いすぎる」

 

 キムラが空間のデータをスワイプすると、残酷なまでの比較数値が浮かび上がった。

 

第三文明圏の一般鍛冶農具:** 耐久年数1〜2年 / 労働負荷:高 / 泥土の掘削効率:基準値

コホート製スチール農具(最下級):** 耐久年数約11倍 / 労働負荷:極小 / **平均収穫効率:2.7倍

 

「収穫量が3倍近くになって、しかも壊れない。おまけに壊れてもこちらの簡易溶接技術なら一瞬で直る」

 

 キムラは頭を押さえた。

 

「こんなオーパーツが市場にジャンク同然の安値で流通したらどうなるか。……現地の鍛冶屋ギルドが全員首を吊りますよ」

 

「あら、もう死に始めているわよ」

 

 タドコロはクスリと笑い、扇子を優雅に揺らした。

 

「マザーが傍受したミューズ市街の通信ログによると、現地の伝統的な鍛冶ギルド、コホートの圧倒的なデフレ圧力に耐えかねて、一昨日ついに価格統制が完全に崩壊したわ」

 

「……僕たち、意図せず現地文明の産業構造を破壊してません?」

 

「しているでしょうね」

 

 あっさりとタドコロは肯定した。だが、その表情に悪意はない。むしろ、純粋な商人の困惑に近かった。

 

「だって仕方がないでしょう? 私たちからすれば、ただのスチール製工具なんて、元の辺境惑星じゃ開拓する時の最低グレード……ただのゴミよ? それがこの世界じゃ神の道具扱いなんだもの」

 

「亜人や小作民たちからすれば、分子構造が安定した金属そのものがロストテクノロジーですからね。皇国の恐怖による支配が、僕らの『お下がりの利便性』に負け始めてる」

 

「困ったわねぇ……」

 

全然困っていなさそうな、むしろ市場を独占していく愉悦の混じった声音だった。

 だが実際問題として、タドコロは企業の舵取りに頭を悩ませていた。コホート・コーポレーションの目的は、この世界の「支配」ではない。

パーパルディア皇国を滅ぼして君臨したいわけでも、民衆を奴隷にしたいわけでもない。ただ、元の宇宙へ帰る手段が見つかるまで、この不条理な異世界で会社(コミュニティ)を永続的に生存させるための、安定した「自給自足経済圏」を作りたいだけなのだ。

 

 しかし、両者の持つ技術格差があまりにも大きすぎた。コホートにとっての「安価な産業廃棄物」が、この世界の住人にとっては社会構造をひっくり返してしまう劇薬になる。

 

 その時、戦略室の重厚な気密自動ドアがプシューと音を立てて開き、セキュリティ責任者のミウラが入室してきた。全身に重厚なマリーンアーマーを纏ったままの彼は、不機嫌そうに腕を組み、頭部の触角を不穏に震わせた。

 

「タドコロ、外縁警備隊(センチネル・ドローン)から報告だ。プロスペリティの西方7キロ、第一防衛ラインの手前で、また現地の商隊(キャラバン)が長蛇の列を作っているぞ」

 

「今度はどこの商人かしら?」

 

「ミューズの商業ギルドの幹部連中だ。それと……不自然に身分を隠した、東部属州貴族の息がかかった代理人も混じっているらしい」

 

「早いわねぇ、本当に」

 

タドコロは感心したように目を細めた。

 前回の接触で、自分たちの誇る1個大隊を姿も見えぬまま文字通り「消滅」させられたばかりだというのに、恐怖が冷めやらぬうちからもう「商売」のテーブルにつこうとする。その現金さと図太さは、商人として決して嫌いではなかった。

 

 だが、実戦派であるミウラの表情は、依然として冷たく険しかった。

 

「問題は、ただの交易希望者だけじゃない。ボスの言う通り、奴らはタフだ。……最近、我々の敷地を覗き込む“不審な視線”が急激に増えている」

 

「皇国本国からの偵察かしら?」

 

「恐らく。それも、ただの足の速い斥候兵じゃない」

 

 ミウラは太い指先でホログラム地図を叩き、ミューズから皇都へと続く街道のログを拡大した。

 

「商人の集団に紛れ込んでいる奴らの中に、数人、歩き方や視線の配り方が妙に高度に訓練されている個体が混じっている。ドローンの熱源感知(サーマル)と心拍数計測でも、一般の現地人とは明らかに違う異常な冷静さを記録した」

 

「諜報員……皇国中央の、プロの隠密部隊ね」

 

「十中八九な。泳がせてあるが、いつでも消せる」

 

 タドコロは少しの間、顎に手を当てて考え込み、やがてフッと悪戯っぽく笑った。

 

「まあ、当然の措置よね。向こうのルディアス皇帝やレミール皇妃からすれば、私たちのような正体不明の勢力は、喉元に突きつけられた、いつ爆発するか分からない怪物だもの。警戒して情報を集めようとしない国家があるなら、それこそただの無能よ」

 

 実際、その通りだった。パーパルディア側が全力を挙げて警戒しない理由がなかった。むしろ、現段階でプライドに任せて国力を総動員した全面戦争に踏み切らず、使節団を編成して「様子見」と「経済交渉」のカードを切ってきたルディアス皇帝の判断は、この世界の基準からすれば、驚くほど理性的で計算高いと言えた。

 

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### 2. 「青銀(プラスチール)」の罠

 

ピピッ――。

 

 突然、室内中央のホログラム投影機から、聞き慣れない高周波の電子音が鳴り響いた。

 流れていた経済統計グラフが一瞬で弾け飛び、青く明滅する巨大なテキストが空間に展開される。

 

『――通知(インフォメーション)。マザー・広域地質探査セクターより、重要レポートの解析を完了』

 

 コンソールに触れていたキムラが、ぴくりと長いウサギ耳を直立させた。

「きたか……! ボス、以前から周辺にドローンを飛ばして進めていた、例の『魔法金属ミスリル』に関する広域地質スキャンの最終結果が出ました!」

 

 キムラが指先で虚空を叩くと、パーパルディア皇国の東部山岳地帯が鮮烈な赤と金色のグラデーションで立体的にクローズアップされた。

「先に鹵獲した士官用サーベルの解析で、この世界の『ミスリル』が、僕たちの船やハイテク兵器の生命線である【プラスチール】の不純物混入個体であることは確定していましたが……」

 

 キムラは興奮で頬を紅潮させ、画面の数値を拡大した。

「見てください。この皇国東部山岳地帯に眠る最大級の鉱床……。不純物をナノ精錬で還元したとして算出される、純度100%の軍用プラスチールの推定埋蔵量――【数百万トン規模】です!」

 

「――――ッ!」

 

 室内の空気が、一瞬で熱を帯びた緊張感へと変貌した。

 あの冷静沈着なミウラが、マリーンアーマーの巨体を大きく揺らし、触角を激しく震わせた。

「数百万トンだと……!? おい、キムラ、それはマジか? 先進中核星系(グリッターワールド)の、主要鉱山惑星に匹敵するレベルの超巨大鉱脈じゃないか!」

 

「マジです! 奴らの前近代的な魔導採掘技術のせいで、地表近くのほんの一部を『希少な魔法金属』としてありがたがってチビチビ削っているだけなんですよ! だから宝の持ち腐れ状態だったんです!」

 

 数秒間、中央経営戦略室には誰も言葉を発しない、濃密な沈黙が支配した。

 

 プラスチール。

 それは、リムワールドの宇宙文明において、文字通りの『最重要国家戦略資源』。

 超高強度装甲、宇宙船のメインフレーム、チャージライフルの冷却コア、パワーアーマーの駆動関節、パーソナルシールドのナノ・コンポーネント。高度なハイテク機械を維持し、いつか再び宇宙へと飛翔するためには、1グラムたりとも欠かすことのできない、宇宙時代の血液とも言える物質。

 

 これまでのコホートにとって、この世界は「一時的な漂流先」だった。だが、この詳細な埋蔵量データが提示された瞬間、話の前提は完全に書き換えられた。

 この世界には、会社の寿命を無限へと引き伸ばし、真の「大企業」として再び宇宙の覇権へと返り咲くための、莫大な燃料(プラスチール)が手付かずのまま眠っている。

 

「……なるほど。ふふ、ふふふ……」

 

 タドコロの口から、低く、妖艶な笑い声が漏れ出た。

 パチン、と重い音を立てて扇子が閉じられる。

「これはますます……パーパルディア皇国と、簡単に全面戦争なんてコストの悪い真似、していられなくなったわね。ルディアス皇帝がこちらの動向を警戒するのも当然だわ」

 

 彼女の微笑みは、あまりにも美しく、ビジネスライクであり、そして――極めて残酷だった。

 コホート・コーポレーションは今、この異世界に、文字通りの【定住し、拡大する具体的なターゲット(鉱山利権)】をロックオンしてしまったのだ。

 

「ミウラ、キムラ」

 

 タドコロはホログラムに映るパーパルディア皇国の東部山岳地帯、赤く燃えるようなミスリル鉱山推定地を見つめながら、静かに、しかし冷徹な命令を下した。

 

「皇国は近いうちに、私たちを『限定交易』という名の檻で縛り、監視するために使節団を送ってくるわ。ルディアス皇帝はそれが賢明な『時間稼ぎ』だと思っているでしょうけれど……大歓迎よ。その取引のテーブルこそが、私たちの主戦場だもの」

 

 タドコロの藍色の瞳が、獲物を定めた肉食獣のように細められる。

 

「奴らの喉から手が出るほど欲しがる奇跡の薬や保存食、工業技術をエサに、莫大な『債務(借金)』を負わせなさい。そして、その返済が滞った時……あるいは、さらなるハイテク物資を欲した時、その代価として、あの山岳地帯の『採掘権』と『租借権』を、合法的に、1ヘクタール残らず紙切れ一枚で毟り取ってあげるわ」

 

 混沌に満ちた辺境惑星(リムワールド)の修羅場を勝ち抜き、巨大企業へと成り上がった怪物たち。

 

 彼らが真の「利益」と「生存の糧」を見つけた時、その商戦という名の侵略は――いかなる大帝国の軍隊よりも、冷酷かつ確実に、世界の勢力図を塗り替えていくことになる。

 

 

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