辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第1話:漂流初日

 

 

 

 

### 第1話:漂流初日

 

**1**

 

ヴォイドモノリスを巡る凄絶な決戦から、丸一日。

 

コホート・コーポレーションの要塞都市『プロスペリティ』は、勝利の歓喜を味わう余裕などなく、未曾有の事後処理に忙殺されていた。

 

敷地内のあちこちに、メタルホラーやサイト・スティーラーといった異形存在の歪んだ死骸が積み上がり、床は大気と触れて凝固を始めた黒い血で染まっている。防壁や生産プラントは半壊し、所々から立ち上る消火剤の煙と、火災による酸っぱい焦げ臭さが充満していた。

 

幸い、重軽傷者は多数出たものの、全自動病院の稼働と優秀な医療班のおかげで、コロニーの800名の中に死亡者は出ていない。現在、治療室では医療班が総出で負傷者のサイボーグ手術と止血に当たっており、建築班は破損した拠点の修繕のためフル稼働していた。

 

「――はぁ。資材の消費量が洒落になっていないわね」

 

最高経営責任者(CEO)のタドコロは、捲り上げた野戦服の袖を直し、自身の執務室のデスクで被害報告書のデータパッドに目を通していた。頭上の狐耳が、精神的な疲労から重げにピクリと動く。

 

その時、執務室の重厚なスライドドアがプシューと開き、二人の男が足早に入室してきた。

一人は、マリーンアーマーの装甲に怪異の返り血を浴びたままの軍事部門総監、モヨのミウラ。そしてもう一人は、長い前髪の奥の目を血走らせ、早くも目の下に深い隈を刻んでいる内政部門総監、ラビのキムラだった。

 

「なぁタドコロ、ひとつ報告があるんだけど良いか?」

 

ミウラが、青い皮膚の触角を鋭く静止させ、重い口調で切り出した。

 

「どうしたの、二人とも。そんな神妙な顔をして。キムラなんて、今にも精神崩壊を起こしそうな顔よ?」

「ボクの精神はとっくに崩壊してますよ」

 

キムラが、空になったプラネタリウムティーのマグカップをデスクに叩きつけた。長いウサギ耳がぐったりと垂れ下がっている。

 

「最悪です。復興スケジュールを組もうとしたら、前提条件が物理法則ごと完全にバグっているんだ」

 

「バグ……? 一体何の話?」

 

タドコロが眉をひそめると、ミウラが真剣な面持ちでタブレット端末を差し出してきた。

「実は我々のコロニー、別の世界(異世界)へと飛ばされていることが判明した」

 

「ファッ!?」

 

タドコロの口から、驚愕のあまり、かつてグリッターワールドの配信者だった頃の素の悪態が漏れ出た。ミウラの頭がおかしくなったのかと怪訝な表情を浮かべたが、相手の凍りついたような瞳を見て、すぐに冷徹な経営者の顔に戻る。

 

「……冗談でしょう。いきなり今なんて言ったの?」

「だから、このコロニー、別の世界に転移してるみたいなんだよ」

 

ミウラ曰く、拠点の上部に設置されている長距離電波塔にアクセスし、周辺宙域の軌道衛星ネットワークを検出しようとしたところ、通信エラーが起きたという。

 

「それで位置システムを徹底的に調べたら、現在位置は『解析不能』って表示されてね。それだけじゃない。外壁のバイオセンサーが捉えた空気中の酸素濃度が若干高くなっているのと、窒素濃度も上がっている。極めつけは、キムラが観測した星座の配置が、オレたちの知る銀河のどれとも一致しないんだ」

 

**2**

 

「冬のツンドラ地方にいたはずなのに、環境データが完全に変わっている……」

 

タドコロは顎に手を当て、ミウラが差し出した端末の外部映像を睨みつけた。画面には、コホート社を囲むかつての永久凍土ではなく、どこまでも緑豊かに広がる見知らぬ大平原と、見たこともない形状の原生林の木々が映し出されていた。

 

「しかし、いきなり異世界に来た、と結論付けるのは早急すぎじゃない? ホーラックスのせいで、惑星内の別のバイオームに強制ジャンプさせられただけかもしれないわ」

 

「いいえ、タドコロ先輩。星の配置が変わっている時点で、未知の惑星か、あるいは高次元の異空間への転移と考えるのが最も合理的です」

 

キムラが、冷え切った声で遮った。

 

「それに、あのヴォイドモノリスを破壊した瞬間のエネルギー対流……。ボクの計算によれば、時空構造が完全に内側から破綻していた。先輩、本当にあの時、虚無(ヴォイド)で何があったんですか?」

 

タドコロは視線を落とし、神妙な面持ちで狐耳を小さく震わせた。

 

「……実は、私自身にもよく分からないのよ。本当なら、あの時私はモノリスを通じて虚無へ行き、あの狂った超AI『ホーラックス・アルコテック』を完全に破壊するはずだった。でも……モノリスに触れた瞬間、眩しい光が溢れ出して、気づいたら私はここに戻って来ていた。ホーラックスを滅ぼしたはずなのに、この結果よ」

 

「……何にせよ、今は異世界に来た理由を探っても仕方がなさそうだ」

 

ミウラが重々しく腕を組んだ。

 

「過去を悔やむより、現在の『資産』でどう生き残るかが大事だ」

 

「そうね……。取り敢えず今は原因究明よりも対策ね」

 

タドコロは深く息を吐き出し、乱れた野戦服の襟元を正した。

 

「ミウラ、周辺の索敵はどうなっているの?」

 

「既に動いている。ハンスの部隊に周囲の地上偵察を命じた。ラットキン特有の警戒心を活かして、このバイオームに『敵対派閥』や他の危険がないか、彼らは既に隠密行動を開始しているよ」

 

**3**

 

コンソールが電子音を鳴らし、執務室のドアが再び開いた。入ってきたのは、全身を返り血で汚した白衣に身を包んだエポナ族の女性、医療部門チーフドクターのアンドゥ。そして、木材や大理石の粉塵にまみれた建築班の責任者である屈強な男性、イシカワの二人だった。

 

「CEO、ミウラ司令。医療班から収容状況の報告です」

 

アンドゥは、一切の感情を排した冷徹な医師の目でデータパッドを示した。

 

「重傷者4名、サイボーグ義肢への緊急換装プロセスが必要な者が1名。幸い、我が社の医療カプセルの在庫で全員の生存を維持できます。ただ、存在(エンティティ)たちの死骸から抽出する遺伝子サンプルを、早く地下の隔離保管庫へ移してください。復興作業の邪魔です」

 

「ドクター・アンドゥ、遺伝子の選別ならボクの生産ラインに回してくれ」

 

キムラが不快そうに耳を動かす。

 

「それよりイシカワ、外壁の自動タレットとキルゾーンの修復進捗はどうなんだ? この未知のバイオームで、いつどのような脅威がくるのか分からないんだぞ!」

 

建築班のイシカワは、太い腕で額の汗を拭いながら、重々しく首を振った。

 

「無茶を言うな、内政総監。モノリスの爆発に伴うEMP(電磁パルス)で主電源グリッドが焼き切れ、第一・第二キルゾーンのプラスチール防壁も半分以上消し飛んだんだ。スチールとコンポーネントの在庫も底を突きかけている。農業班の責任者からも、予備電源だけじゃ水耕栽培用の電力が足りないと泣きつかれている状況だ」

 

「資材が足りないなら、この見知らぬ土地から調達してくるまでよ」

 

タドコロは立ち上がり、デスクに置かれていたお気に入りの扇子を手に取ると、それをぱちんと激しい音を立てて閉じた。彼女の藍色の瞳に、辺境を支配した怪物の冷徹な光が完全に戻る。

 

「イシカワ、最優先で最小限の防衛壁だけを突貫で組み上げなさい。アンドゥは、負傷者の治療が終わり次第、動ける兵隊から順次ハンスの増援に回すの。キムラ、目の前の鉄くずと存在の死骸をすべて効率よく資源に精製しなさい」

 

タドコロの的確な指示に、幹部たちが一斉に背筋を正した。

 

「私たちは、いかなる過酷な環境であっても生き残り、繁栄(プロスペリティ)を掴み取ってきた集団よ。ここがどこであれ、私たちの『生存のルール』は変わらないわ」

 

彼女は窓の外、どこまでも広がる美しい緑の原野を見つめながら、不敵に微笑んだ。

 

「さあ、みんな。コホート・コーポレーションの、新たな市場開拓(サバイバル)を始めましょう?」

 

転移初日、満身創痍のコロニーの中で、のちに世界を裏から牛耳ることになる怪物たちの、最初の一歩が冷徹に踏み出された。

 

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