辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第13話:静かなる楔と青銀の鉱山

## 第13話:静かなる楔と青銀の鉱山

 

### 1. 泥濘の底の囁き

 

 東方属州・鉱山都市グリンウッド鉱山監督府。

 パーパルディア皇国が直轄管理する鉱山都市グリンウッドは、昼夜を問わず鳴り響く槌音と、精錬炉から立ち昇る息詰まるような黒煙によって覆われていた。

 

 山肌を段階状に削り取って造られた巨大な露天掘り鉱区。地中深くへと蜘蛛の巣のように伸びる暗号めいた坑道群。そこでは、皇国各地から駆り集められた膨大な数の奴隷鉱夫たちが、泥と汗に塗れてピッケルを振るっていた。容赦なく振り下ろされる監視兵の鞭の音と、絶叫。

 

「おい、聞いたか……」

 

 監視の目が逸れた一瞬、岩肌にへばりついていた老奴隷が、隣の若い男に掠れた声で囁いた。その手元にある荷車には、鈍い銀白色に輝く鉱石が積み上げられている。この地方一帯で産出される特殊魔導鉱物――ミスリルだ。

 

「ミューズ近くの平原に現れたっていう『コホート』どもの噂だろ。大隊を全滅させたっていう……」

 

「それだけじゃねえ。あいつらのところへ逃げ延びれば、飯が腹いっぱい食えて、どんな重病も一瞬で治る魔法の薬をくれるらしい」

 

「まさか。奴隷を人間として扱い、金を払って雇うなんておとぎ話、信じられるかよ」

 

「だが、ミューズから来た商人どもがそう話してたんだ。……皇国の鞭より、あの『コホート』って奴らの下で働く方が、よほど天国だってな」

 

 彼らにとってミスリルとは、自分たちを縛り付ける呪いの石であり、皇国にとっては「軽くて頑丈な、飛竜の鎧や士官の刀に使う高級金属」に過ぎなかった。だが、その足元で、皇国の統治を根底から揺るがす「静かな噂」が、泥濘の底を這うように広がり始めていた。

 

---

 

### 2. 猫眼と銀の誘惑

 

 その鉱山都市の片隅にある、煤けた酒場。

 粗悪な酒の臭いが充満する薄暗い空間で、数人の属州商人たちが声を潜めて机を囲んでいた。

 

「……で、本当なのか?」

 

「本当だ。西の平原に根を張ったコホートの連中、このミスリル鉱石を異様なほど欲しがってるらしい」

 

「おいおい、皇国はあの連中を『危険な集団』として警戒してるんじゃないのか?」

 

「危険視はしてるさ。だが同時に、完全には敵対していない。……いや、できないんだろ。勝てる手段がないからだ」

 

 その一言で、場が凍りついた。誰も反論できなかった。

 たった数十人の歩兵で500人規模の属州軍を姿すら見せずに消滅させ、誇り高き飛竜中隊を全滅させた怪物。しかも最近では、こちらが驚くような純度の高い物品を持ち込む“金払いの良い奇妙な商人”という顔まで見せ始めている。

 

「皇国も、とんでもない相手に目を付けられたもんだぜ……」

 

 髭面の商人がそう吐き捨てた、その時だった。

 ギィ、と嫌な音を立てて酒場の扉が開く。冷たい外気と共に、数人の人物が入ってきた。全員が深い灰色のローブを纏い、フードで顔を隠している。

 だが、その一糸乱れぬ歩き方、周囲の動線を無意識に警戒する視線は、あまりにも洗練されすぎていた。酒場の空気がピきりと張り詰める。

 

 ローブ姿の先頭に立つ小柄な人物が、静かに口を開いた。

 

「ミスリル鉱石の、非公式な流通ルートを持つ商人を探している」

 

 声は若い女のものだった。だが、不思議なほど冷徹な威圧感がある。商人たちは警戒露わに顔を見合わせた。

 

「……誰だ、お前ら。ここは皇国の直轄地だぞ」

 

 すると女は、懐から小さな革袋を取り出し、無造作に机へと置いた。

 ――ズシン、と金属特有の重い音が響く。隙間から覗いたのは、皇国の鋳造貨幣ではなく、見たこともないほど精緻にカッティングされた純度100%の純銀のインゴットだった。かなりの額だ。

 

「話を聞きたいだけ」

 

 その輝きに、商人たちの目が一瞬でギラついた。金は正義だ。特にこの過酷な属州においては。

「……何を聞きたい」

 

 女は淡々と、極めて事務的なトーンで要求を並べた。

 

「鉱山の正確な稼働規模。月間の総輸送量。管理官の交代周期。現在の採掘プロセス。および、未開発の周辺埋蔵地域の地質データ」

 

 空気が完全に変わった。これは単なる買い付けの商人ではない。あからさまな情報収集だ。

「お前ら……一体何者だ?」

 

 商人が息を呑んで問い詰めた瞬間、悪戯っぽくフードの隙間が持ち上がった。

 薄暗い酒場の光の中で、女の片目が――猫科特有の、縦に割れた妖しい眼光が彼らを見据えていた。

 

「コホート・コーポレーション。以後、お見知り置きを」

 

 コホート情報部所属オペレーター、セリナは、背後の部下に目配せしてデータをデータパッドへ転送しながら、周囲のざわめきを完全に無視していた。彼女たちの目的はただ一つ、プロスペリティの生命線であるプラスチール(ミスリル)の供給源を確保すること。

 

 だが、このデータが本社(プロスペリティ)へ持ち帰られた時、コホート首脳陣の反応は、パーパルディアの想像とは全く異なるものだった。

 

---

 

### 3. 「非効率」への冷徹な視線

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》・中央経営戦略室。

 

「……はぁ? ちょっと待って。冗談でしょう?」

 

 セリナから送られてきた鉱山稼働レポートをホログラムに展開したCEOタドコロは、本気で呆れ果てたような声を出し、頭を抱えた。

 

「ねえ、キムラ。私の読み間違いじゃないわよね? 奴ら、あのプラスチールの原石を……手作業(ピッケル)で掘らせているの?」

 

「ええ、間違いありません、ボス」

 

 研究開発主任のキムラが、データパッドを操作しながら苦笑する。

 

「それだけじゃありません。精錬方法も最悪です。中央AIマザーが算出した現地の効率評価(スコア)を見てください。目も当てられませんよ」

 

---

 

## グリンウッド鉱山 稼働プロセス分析(マザー試算)

 

評価項目 | パーパルディア皇国(現状) | コホート基準(最適化後予測) | 効率格差 |

 

| 掘削手法** | 奴隷による人力ピッケル | 自律型採掘メック(ディープドリル) | **約 45 倍** |

| **精錬プロセス** | 魔導高炉による熱溶解(結晶崩壊) | プラズマナノ還元精錬 | **純度 10 倍向上** |

| **主要用途** | 竜騎士の胸当て・儀礼用軍刀 | 宇宙船メインフレーム・冷却コア | **価値損失 90%** |

 

---

 

【マザー総合評価】

現地勢力による採掘・加工プロセスは非効率の極みであり、戦略資源(プラスチール)に対する致命的な価値毀損が発生している。早期の管理権掌握を推奨。

 

 

「ただ高熱の炉で溶かして不純物を浮かせてるだけだから、結晶配列がズタズタになり、本来の強度の10%も出せていない。それを……」

 

「それを、何に使っているって?」

 

「『飛竜や騎兵の胸当て』や『士官用サーベル』だそうです」

 

 ドスン、とミウラが重厚なマリーンアーマーの拳を机に叩きつけた。その触角が怒りで引き攣っている。

 

「ふざけやがって……! 宇宙船のメインフレームや、俺たちのチャージ兵器の冷却コアに使える戦略資源を、そんな原始的なトカゲの服にするために、奴隷を鞭で叩いてチビチビ掘ってやがるのか!? 宝の持ち腐れにも程がある!」

 

「非効率の極みね。経済的損失以外の何物でもないわ」

 タドコロの藍色の瞳から、先ほどまでの呆れが消え、冷徹な投資家の光が宿る。

 

「決定したわ。あの鉱山地帯は、早急に我が社の管理下に置く必要があるわね。パーパルディア皇国にあの資源を持たせておくのは、泥棒に金庫の鍵を預けているようなものよ。……まずは経済的に、あの周辺の物流網から毟り取ってあげましょう」

 

---

 

### 4. 孤独なる官僚と割れる帝国

 

 遥か遠く、エストシランド皇城・西棟深部。

 第三外務局長カイオスは、長机に並べられた「属州におけるコホート製品の流入報告書」を前に、深い疲労の混じった溜息を吐いていた。

 

「……グリンウッドに、不審な女、か」

 

 カイオスが低く呟くと、部下の分析官が深刻な顔で肯いた。

 

「はい。間違いなくコホートの情報員です。奴ら、我が国の至宝であるミスリルの埋蔵量や輸送経路を調査しています。……局長、やはりこれは、我が国への資源侵略の端緒では?」

 

「危険だ。極めてな」

 

 カイオスは即答した。だが、彼が本当に恐れていたのは、コホートの武力そのものではなかった。

 

「本当に厄介なのは、奴らが“国家ではない”ことだ。領土も民も持たない。ただ、交易という最も効率的な手段で、我が国の法と経済を内側から腐食させている。現に、コホートの安い鉄器のせいで鍛冶ギルドは崩壊し、奴らの薬を求めて地方貴族までがコホートに媚びを売り始めている。民衆はすでに、『皇国の重税より、コホートの利便性の方がマシだ』と比較を始めているんだぞ!」

 

カイオスは机の上の別の書類――第一外務局や軍部から回ってきた、頭の痛くなるような決定事項の数々を叩きつけた。

 

「それなのに……本国の上層部はあのザマだ!」

 

そう、カイオスは今、底知れぬ「孤独」の中にいた。

 彼がこれほどまでにコホートの「静かな植民」に危機感を抱いているというのに、皇城の上層部や保守貴族たちの反応は、呆れるほど呑気だった。

 

彼らはコホートから買い付けた、異世界の濃厚な『チョコレート』や『高級合成ワイン』に文字通り骨抜きにされ、貴婦人たちは驚異的な軽さと美しさを誇る『シルクフィラメントのドレス』を夜会で競うように自慢し合っている。

 

 軍部の一部すら、「たかが商人だ。我が国の威信を恐れて、ミスリルをわざわざ金を払って買おうとしているではないか。限定交易という檻で飼い慣らし、奴らの火器技術をリバースエンジニアリングすればいい」と鼻で笑っているのだ。

 

「カイオス局長は臆病すぎる」「たかが1個大隊の敗北に怯え、商人に国を乗っ取られると大騒ぎするなど、列強の外務局長として恥ずかしい」――そんな嘲笑すら聞こえてくる。

 

「奴らは檻(交易)に入ったのではない。私たちの喉元に、自ら進んで資本という名の縄を巻き付けさせているのだというのに……!」

 

カイオスはゆっくりと目を閉じた。

 技術。経済。民心。資源。あらゆる領域で、帝国と企業という相容れぬ論理体系の『軋み』が、取り返しのつかない規模で膨れ上がっている。

 

「戦争になるぞ」

 

乾いた声が、執務室に響く。

 

「遅かれ早かれ、必ず。それも、この帝国の仕組みそのものを賭けた、凄惨な生存戦争に……」

 

その予言がどのような最悪の形で現実となるのか、この時のカイオスはまだ、コホートという怪物の「悪意なき効率主義」の本当の恐怖を知らなかった。

 

 

 

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