辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## ## 第14話:闇を駆ける琥珀
### 1.孤高の猟犬、あるいは異界の企業
ミューズ東部山岳地帯に存在するミスリル鉱山群は、昼夜を問わず無数の鉱夫と荷運び人夫によって稼働を続けていた。山肌へ深く刻み込まれた巨大な採掘跡の周囲では、絶え間なく蒸気機関式巻き上げ機の駆動音と、鉱石を砕く不快な金属音が響き渡っている。
その鉱山都市の下層区画にある、陽の光も届かない宿屋の一室。
コホート情報部所属のオペレーター、セリナは、古びた窓の隙間から静かに外の通りを観察していた。
彼女はキイロ族――猫科系の血を引くゼノヒューマンだった。
細身の身体にしなやかな筋肉。、髪の間から覗く聴覚鋭い三角耳と、猫のような縦長瞳孔が特徴的な種族であり、その卓越した夜間視力と潜入適性から、コホート内でも偵察・諜報セクターへ配属されることが多い。
もっとも、今のセリナは、その特徴を目立たぬよう隠していた。
粗末な外套。煤で汚した頬。現地商人風の地味な衣服を選び、特徴的な耳もフードの奥へ深く押し込んでいる。だが、それでも彼女の挙動には、隠しきれない猫科じみた滑らかさが残っていた。
「……監視、増えてるなぁ」
セリナは小さく呟いた。
宿屋正面の通り。寂れた酒場の影。鉱山監督府の周辺。
数日前より、明らかに皇国側の警戒網が強化されている。第三外務局、あるいは軍情報部。恐らく、そのどちらかの実働部隊が動き始めたのだ。
セリナは小さく溜息を吐きながら、卓上に並べられた鉱石のサンプルへ視線を落とした。
銀白色の鉱石。現地名称ミスリル。だが、プロスペリティ号の分析班が出した結論は、これが宇宙文明級の超重要資源【プラスチール原鉱】に極めて近いという事実だった。
「これ1つで、ボスたちの顔色、完全に変わってたもんなぁ……」
セリナは苦笑し、尻尾を小さく揺らした。
無理もない。プラスチールはコホートの文明における「血液」そのものだ。パワーアーマー、チャージライフル、宇宙船のメインフレーム。その全てに必要な戦略資源であり、転移後のコホート最大のアキレス腱が「備蓄はあるが補充が効かない」ことだったのだ。それが、この世界の浅い地層に、手付かずのまま大量に眠っている。
「そりゃ、目の色変えて欲しがるよねぇ……」
その時だった。
――コンコン。
静かに、しかし明確に部屋の扉が叩かれた。
セリナは一瞬で表情を消した。その右手は、無意識のうちに外套の奥、腰のホルスターへと添えられている。
「誰」
「……私です」
低く掠れた男の声。事前接触済みの現地仲介商人だった。
セリナは気配を殺したまま、慎重に扉を開く。痩せた中年商人が、怯えたように周囲を何度も見回しながら、滑り込むように部屋へ入ってきた。
「遅かったね」
「仕方ねぇだろ……! 最近、憲兵どもの臨検が異常にうるさいんだ」
男は額の汗を拭いながら、声を極限まで潜めて囁いた。
「アンタら、本当は何者なんだ? 街じゃ『鉄の魔物』だの『古代文明の亡霊』だの、不穏な噂ばっかり流れてるぞ」
「ただの民間企業だよ」セリナは平然と言い放った。
男は露骨に顔をしかめた。
「企業ってツラじゃねぇだろ……」
当然だ。普通の企業は皇国正規軍の飛竜部隊を全滅させたりしない。
「で、例の件は?」
セリナが冷たく話題を切り替えると、男は懐から厳重に折り畳まれた小さな紙束を差し出した。
* **入手データ:** 鉱山輸送記録、詳細な積載量、管理責任者の巡回ルート、護衛兵力規模、採掘坑道の詳細位置、および【未開発鉱脈の地質推定図】。
データに目を落としたセリナの琥珀色の瞳が、鋭く細くなる。
「……思ったより、埋蔵量が多いね」
「ミスリルは皇国でも至高の宝だからな。だが最近、中央からの指示で採掘量が急増してるんだ」
「理由は?」
「軍備増強さ」男は唾を飲み込んだ。
「中央が何かを異常に警戒してる。飛竜の魔導装備も、士官用の武器も、やたらと発注が増えてるらしい」
セリナは無言になった。やはり皇国中央は動き始めている。しかも、マザーの予測よりも数ステップ早い。
その時だった。
ウゥゥゥゥン――という、腹の底に響くような重い鐘の音が、遠くから山々に木霊した。
都市警戒鐘。
セリナの三角耳が、フードの内側でぴくりと跳ね上がった。
「……あーあ、嫌な音」
直後、宿屋の外部から怒号と地鳴りのような足音が押し寄せてきた。
「第三外務局だ! 全区域を完全封鎖しろ!」
「不審人物を捕らえよ! 抵抗する者は容赦するな!」
仲介商人の顔が一瞬で土気色に変わる。
「お、おい、まさか……!」
「出口は?」
セリナの言葉からは、先ほどまでの軽薄さが完全に消え失せていた。一瞬でデータパッドと荷物を纏め、臨戦態勢に入る。
「う、裏路地から下水区画へ繋がる隠し扉が――」
男が言い終わるより早く、宿屋の1階から悲鳴と木々が割れる音が響いた。
何十人もの武装兵が、金属音を響かせながら階段を駆け上がってくる気配。
セリナは静かに外套のフードを脱ぎ捨てた。
鮮やかなオレンジの髪が流れ落ち、隠されていたキイロ族特有の鋭い耳が露わになる。暗闇の中で、琥珀色の瞳が獣そのものの光を放った。
「……あーあ。やっぱ潜入任務って、最後はこうなるんだよねぇ」
彼女が腰のホルスターから引き抜いたのは、鈍い黒色に塗装されたコホート製サプレッサー付きマシンピストル。現地文明から見れば、魔法の概念すら超越した、完全なる異界の未来兵器だった。
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### 2.異界の捕食者
安宿《黒鉄亭》の廊下には、重武装した皇国兵たちの足音が絶え間なく響き渡り、古びた木造建築そのものが激しく震えていた。
「3階を封鎖しろ!」
「窓を見張れ! 相手は亜人だ、屋根伝いに逃走する可能性があるぞ!」
抜き放たれたサーベルが、不安定なランプの灯りを鈍く反射する。
その兵たちの先頭を歩いていたのは、通常の憲兵とは明らかに異なる、冷たい殺気を纏った男だった。
灰色の長外套。胸元に刻まれた、第三外務局の鋭い紋章。
腰には貴族特有の装飾過多な儀礼剣ではなく、実用性を極限まで追求した短銃と、黒ずんだ細剣(レイピア)。
第三外務局執行官――**ヴェルナー**。
皇国中央において「現場の汚れ役」として知られる男であり、諜報、潜入、摘発、そして暗殺までを冷酷に遂行する、第三外務局の裏の実力者だった。
「執行官殿、対象は真にこの部屋に?」部下の兵士が緊張に声を震わせる。
ヴェルナーは歩調を崩さず、淡々と答えた。
「間違いない。我が局の情報屋が、奴らの接触を確認している」
「しかし……相手は、あの『コホート』なのでしょう?」
その名が口にされた瞬間、周囲の兵士たちの表情が明確に強張った。
大隊壊滅。飛竜隊消滅。雷鳴を吐く未知の兵器。今や属州全域で、コホート・コーポレーションの名は「不可解な災厄」と同義だった。何より不気味なのは、彼らが単純な略奪者ではなく、民に豊かさと薬を与え、秩序を内側から組み替えていく点にあった。
(……連中は国家ではない)
ヴェルナーは階段を登りながら、冷徹に思考を巡らせていた。
国家ならば、領土という人質がある。民という枷がある。だが、コホートにはそれがない。彼らの行動原理は、国家のそれではなく、最も効率的に獲物を蝕む「捕食者」の論理だ。
「執行官殿、最奥の部屋です」
3階の突き当たり。扉の向こうからは、不気味なほどの静寂が支配していた。
ヴェルナーは細く目を眇め、手真似で指示を出す。
「……慎重に開けろ。殺しても構わん」
前列の兵士2人が左右に展開し、重い木扉へ手をかけた、その瞬間だった。
――カチ、と。部屋の内部から、聞いたこともない「冷たい金属の駆動音」が響いた。
ヴェルナーの脳細胞が、本能的な危機信号を爆発させる。
「伏せろッ!!」
直後、部屋の扉が内側から物理的に粉砕された。
凄まじい閃光、そして衝撃波。皇国兵たちは何が起きたかも理解できぬまま、爆風によって狭い廊下へ叩きつけられ、壁に激突した。
舞い散る木片と硝煙の霧を突き破り、ひとつの「黒い影」が超高速で飛び出す。
「いたぞ! 撃てッ!!」
兵士たちが叫ぶ。だが、その影の動きは人間の限界を完全に超越していた。
床を滑り、横壁を蹴り、天井の手摺を掴んで反転する。キイロ族固有の驚異的な身体能力に加えて、彼女が衣服の下に纏う【コホート製筋力補助インナー】が、その機動力を物理法則の限界まで引き上げていた。
「止まれ、異端者がッ!」
皇国兵たちが一斉に短銃(マスケット・ピストル)を発砲する。激しい火薬煙と鉛弾が廊下を嵐のように吹き抜けるが、セリナは弾道を見切るかのような神速のステップでそれらすべてを完全に見切っていた。
すれ違いざま、セリナは片手で黒いマシンピストルを水平に構えた。
プシュシュシュシュシュッ――!!
響いたのは、乾いた、しかし異様に音量の小さな連続音。
皇国兵たちは一瞬、自分たちが何をされたのかすら分からなかった。次の瞬間、前列にいた3人の兵士の胸部から、一斉に血飛沫が噴き上がり、彼らは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「なっ……何だその武器は!?」
後続の兵が恐怖に凍りつく。彼らの知る銃は、単発で、撃つたびに大量の煙を吐き、再装填に数十秒を要する兵器だ。だが、目の前の亜人の女は、片手で持てるような得物から、煙も出さずに、信じられない高レートで弾丸の雨を降らせている。
セリナは廊下を滑るように移動しながら、極めて冷静に空間をスキャンしていた。
(正面は封鎖、下階からも増援……。オッケー、屋根経由ね)
判断は0.1秒。
彼女は正面から突入してきた兵の頭を足場にして跳躍すると、そのまま廊下の突き当たりにある窓へ、身体を丸めて突っ込んだ。
バリィィィンッ! と激しい音を立ててガラスと木枠が砕け散る。
「逃がすな! 窓の下へ回れ!」ヴェルナーが怒鳴る。
しかし、割れた窓から身を乗り出した皇国兵たちは、夜空に展開された光景に、完全に言葉を失った。
女は――落下していなかった。
セリナの腰部に装着された小型ノズルから、青白いプラズマの噴射光(エネルギー)が爆発的に吹き荒れる。彼女はその推進力を利用し、重力を無視するように、遥か高い隣の建物の屋根へと斜めに「滑空」していった。
【短距離ジャンプパック】
本来は宇宙の低重力環境における作業用補助装備。だが、この文明水準の人間から見れば、それは完全なる「飛行の魔法」だった。
月明かりを浴びて屋根へ着地したセリナは、そのまま夜の鉱山都市を影のように高速で駆け抜けていく。
鳴り響く警鐘。兵たちの無駄な怒号。遮二無二向けられる魔導灯の光。だが、そのどれもが、異界の猟犬の速度には到底追いつかない。
割れた窓際から、その青白い尾を引いて消え去った光の残過を、ヴェルナーはただ静かに見上げていた。
「……なるほど」
彼は低く、吐き捨てるように呟いた。
「確かに……『怪物』だ」
その瞳に宿っていたのは、激昂でも恐怖でもなく、むしろ圧倒的な技術格差を目の当たりにした者の「理解」に近い冷徹さだった。
第三外務局は、ここでようやく肌で実感したのだ。
コホート・コーポレーションという存在は、単に「戦術的に強い軍隊」などではない。
戦う前提となる、文明の次元そのものが違う存在なのだという、絶望的な事実を。
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