辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
# 第15話:第三外務局脅威評価会議
### 1. 異界の遺物と猟犬の報告
エストシランド皇城、西棟深部。
第三外務局の秘密会議室は、窓のない重苦しい石壁に囲まれ、中央の長机には数本の蝋燭と魔導灯が微かな光を落としていた。
その磨き抜かれた机の上には、およそこの世界の多くの国家には似つかわしくない、奇妙な造形物が並べられていた。
鈍い真鍮色の、極めて精密に成形された小さな筒――セリナがグリンウッドの宿屋の廊下に残していった「空薬莢」。そして、被弾した皇国兵の頑強な胸当てから切り出された、歪んだ鉛の弾丸。
「……以上が、ミューズ東部鉱山都市において、私が直接目撃した事象のすべてです」
長外套を纏った執行官ヴェルナーは、直立不動の姿勢のまま、感情を排した声で報告を締めくくった。彼の顔には爆風による煤がいまだ薄く残り、その鋭い眼光だけが暗がりに光っている。
「ふん……。なるほど、金属薬莢か」
静寂を破ったのは、軍強硬派から派遣された参謀、ボラック少将の冷ややかな鼻笑いだった。彼は腕を組み、机の上の真鍮の筒を睨みつける。
「ヴェルナー執行官、貴殿は現場の汚れ役として名を馳せていたはずだが、亜人の小娘一人に手こずった言い訳に、ずいぶんと大裟裟な報告をする。――要するに、あの第二文明圏の科学先進国『ムー』のボルトアクション小銃の類を、奴らがどこからか密輸して使っただけに過ぎんのだろう?」
パーパルディア皇国は、魔導ではなく科学技術によって近代軍制を敷く「ムー」の存在を熟知していた。外務局や軍の上層部は、研究サンプルとしてムー製の金属薬莢式小銃を極秘に裏ルートで買い付け、その圧倒的な性能を検分した経験もあったのだ。
「確かにムーの銃は、我が国の銃のように1発撃つたびに銃口から火薬と弾を詰め直す必要がない。だが、あれとて次弾を撃つには手動でボルトを引き、薬莢を排出せねばならん銃だ」
ボラックは傲然と胸を張った。
「いくら優れた近代兵器だろうと、所詮は1発ずつの手動連射。我が国の誇る戦列歩兵の圧倒的な物量と突撃の精神をもってすれば、そのようなムーの銃を数丁持った亜人など、いくらでも圧殺できる。大騒ぎするほどのことではない!」
「本当にそう思うか、ボラック少将」
会議室の最奥から、低く、冷徹な声が響いた。
第三外務局局長カイオス。彼は長机の上に広げられた膨大な経済指標のグラフと、属州からの報告書を指先でトントンと叩きながら、灰色の瞳で軍人を射すくめた。
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### 2. 看破された正体
「身の丈に合わぬ誇りは、時に目を曇らせる。少将、ヴェルナーの報告を耳の穴をかっぽじってよく聞け」
カイオスは机の上の空薬莢を一つ、指で弾いた。チリン、と虚しい音が響く。
「我々の黒色火薬ほどではないにせよ、ムーの小銃とて無煙火薬の爆発による耳を聾するほどの爆音と、夜闇を切り裂く大量の発砲炎(マズルフラッシュ)が出る。だが、ヴェルナーが聞いたのは、空気が一瞬膨張したような微かな風切り音だけだ。光も、音も、煙すらもなく、兵士たちが撃ち殺されたのだぞ。
さらに、ムーの銃のように手動でボルトをガチャガチャと引く隙など、あの女にはなかった。彼女の手のひらに収まる小火器から、目にも留まらぬ速度でこの薬莢が次々と『自動で』、雨あられのように排出されていたのだ。……これはムーの技術のなどではない。その遥か先、我々の想像も絶する領域に達した、完全なる自動火器だ」
「な……ッ! 自動で連射だと!? 音も光もなしに……!?」
「そうだ。さらに見ろ、この薬莢の滑らかな切削面、均一な厚み。これほど狂いのない工業製品を、我が国の職人が一体いくつ作れる? 魔法ではない。徹底的に洗練された、未知の『超科学』だ」
ボラックが絶句する中、カイオスはゆっくりと立ち上がり、壁に掛けられた第三文明圏の広大な地図を振り返った。そこには、コホートの巨大グラヴシップ、プロスペリティが鎮座する西の平原から、ミスリル鉱山へと伸びる目に見えない「資本の流れ」が、幾重にも書き込まれていた。
「いいか。貴殿ら軍部は、コホートを『強力な武力を持つ、どこかの未知の国家か蛮族』だと捉えているな? だから勝った負けた、出兵だのと騒ぐ」
「……違うというのか? 1個大隊を平然と消滅させ、皇都にまで侵入するような組織だぞ!」
「完全に違う。奴らは国家ではない」
カイオスは首を振った。その表情には、深い絶望と、本質を見抜いた者特有の冷ややかな冴えがあった。
「奴らの行動を追ってみろ。大隊を破った後、奴らは一歩も領土を広げていない。ミューズを武力占領するわけでもなく、皇帝陛下に貢ぎ物を要求するわけでもない。彼らがやっているのは、安価な工具を売り捌き、病人に薬を配り、 直轄鉱山に潜入して地質データを盗み出すことだけだ」
「国家ならば、領土を欲する。民を支配し、税を求め、統治の責任を負う。それがこの世界のあらゆる紛争のルールだった。だが、コホートにはそれがない。奴らにあるのは『利益』と『自己保全』の論理だけ。あれは……『企業』という名の、我々の社会体系には存在しない全く新しい怪物だ。彼らは武力で侵略しない。ただ、生き残るための『最も合理的な経済活動』として、我が国の内側へ浸透している」
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### 3. 引き裂かれる意志
「奴らは一度も宣戦布告をしていない。しかし、我が国の法、産業、 民心という『国家の神経系』を、内側から確実に、凄まじい速度で腐食させているのだ。すでに民衆は『皇国の重税より、コホートの利便性の方がマシだ』と比較を始めている。そこへ来て、今回のミスリル――すなわち、我らの文明における最高級資源の地質データまで本気で狙い始めた」
「ならば、なおさら叩き潰すまで!」
ボラック少将は、自身の恐怖を打ち消すように声を荒らげた。
「国家でないのなら、なおのこと脆いはずだ! 領土がないということは、あの鋼鉄の城さえ落とせば奴らは終わりだということだろう! 我が皇国の誇る飛竜数百騎、あるいは本国正規軍の圧倒的な物量をもってすれば圧殺できる! 皇妃レミール様も、軍部の全面出兵を支持しておられるのだ!」
「愚か者が」
カイオスは吐き捨て、椅子へ深く腰掛け直した。胃の辺りを容赦ない激痛が襲う。
「潜入が露見した以上、奴らも次の段階へ進むだろう。今、こちらから無策に全面戦争を仕掛ければ、あの『鋼鉄の城』から、ムーの技術すら児戯に等しい、真のテクノロジーの地獄が降ってくるぞ。そうなれば国そのものが消滅しかねん」
「外務局はいつからそのような臆病者の集まりになったのだ!」
ボラックは椅子を蹴立てて立ち上がった。
「我らは世界に名だたる列強、パーパルディア皇国だ! 蛮族の商人に怯え、ミスリルを泥棒されるのを指をくわえて見ていろと言うのか! この件は直ちにレミール様、そして皇帝陛下へ上奏させてもらう。軍部は……戦う用意がある!」
ボラックはカイオスを激しく睨みつけると、音を立てて会議室を去っていった。
重苦しい沈黙が、再び部屋を支配する。
残されたヴェルナーが、静かにカイオスへ視線を向けた。
「局長。軍部は本気です。レミール皇妃を動かし、総力戦を選択するでしょう」
「分かっている……」
カイオスは両手で顔を覆った。
「誰も分かっていないのだ。コホートという怪物は、悪意を持って我々を滅ぼしようとはしていない。彼らはただ、生き残るために『合理的』に動いているだけ。だからこそ、交渉も、取引も、通じない。……皇国が破滅へと向かう歯車が、完全に噛み合ってしまった」
カイオスの灰色の瞳には、これから帝国を襲うであろう、目に見えない巨大な資本と技術の嵐が、あまりにも鮮明に映し出されていた。