辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第16話:資源という名の血液

# 第16話:資源という名の血液

 

### 1. 漂流要塞のバランスシート

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》中央管理区画。その最深部に存在する統合作戦指令室では、半透明ホログラムによって投影された膨大な資源統計表が、薄暗い室内を青白く照らし続けていた。

 

 空気は重い。それは戦闘前夜の緊張感とは違う。もっと現実的で、もっと切実な、首が絞まるような経営的重圧だった。

 

「……思った以上に悪いわね」

 

 タドコロは長い脚を組みながら、投影された数値群を静かに見つめていた。彼女の藍色の瞳には、いつもの余裕混じりの妖艶さが薄く、代わりに経営者としての冷徹な計算色が滲んでいる。

 

 ホログラム中央には、大きく赤字で警告が表示されていた。

 

> 【プロスペリティ号 消耗資産インベントリ】

> プラスチール備蓄残量:** 73.2% (電子部品・装甲材の補充不可)

> 高純度推進剤残量:** 62.1% (化学燃料精錬プラント:稼働制限中)

> 交換用精密部品:** 生産不能(代替鉱物の未発見による)

> 大型スラスター整備可能回数:** 残り 11 回

>

>

 

 室内にいた幹部たちの表情も険しかった。セキュリティ責任者のミウラは腕を組みながら低く唸る。

 

「……やはり、グラヴシップの維持コストが重すぎるな」

 

「当然よ」タドコロは即答した。

 

「プロスペリティは元々、恒久定住用のコロニーじゃないわ。武装輸送兼移動要塞としては破格の性能だけど、その代償として維持コストが異常なのよ」

 

 全長数百メートルを誇る《プロスペリティ》は、元の世界(辺境惑星リムワールド)においても巨大級の船体だった。内部に居住区、医療区、水耕栽培プラント、精密自動工場、弾薬生産ライン、ドローン製造区まで抱え込んだ、半ば「移動都市」のような存在である。

 

 だが、巨大であるということは、それだけで膨大な資源を食い潰すという意味だった。反重力(グラヴ)機関による浮遊自体は比較的低コストで可能だが、問題は「水平移動」だった。大質量の船体を長距離移動させるには、結局のところ大量のスラスター推進剤(アストロ燃料)が必要になる。そしてその精製には、石油燃料や合成燃料などの素材が不可欠だった。

 

「現状、プロスペリティは『浮いているだけ』ならまだ数十年は保つわ。でも、本格的な長距離巡航を何度も行えば、燃料備蓄は確実に死ぬわね」

 

 彼らは無敵ではない。実態は、補給線を失った宇宙文明の残党だ。ここは工業惑星もなければ、巨大採掘ステーションもない、ただの前近代文明世界。コホート・コーポレーションは今、限られた備蓄を食い潰しながら漂流している状態だった。

 

---

 

### 2. 生存への「鍵」

 

 その時、指令室の気密自動ドアがプシューと音を立てて開いた。

 

「ただいまー……いや、マジで死ぬかと思った」

 

 軽い声と共に、フード姿の女が室内へ入ってくる。グリンウッドの山岳地帯から帰還した情報員のセリナだった。

 だが、いつもの飄々とした雰囲気は少し崩れている。衣服の下の筋力補助インナーはあちこちが過負荷で焼き切れ、外套には生々しい裂傷と煤が残り、自慢の尻尾の先も若干焦げていた。

 

「生きて帰ったか」

 ミウラが安堵を隠して声をかける。

 

「ギリギリねぇ」

 セリナは椅子へ倒れ込むように座った。

 

「第三外務局、思ったより全然優秀だったよ。ヴェルナーとかいう執行官、ただの地方役人レベルじゃない。私たちのテクノロジーに怯えながらも、確実にその本質を観察しにきてる」

 

「でしょうね」タドコロは静かに扇子を閉じる。

 

「皇国中央も、本気でこちらを分析し始めたってことよ」

 

 セリナは頷き、回収したデータパッドを卓上へ投げた。展開された立体ホログラムには、グリンウッド鉱山の分布、輸送経路、精製設備、そして詳細な地質データが浮かび上がった。

 

 それを見た内政主任のキムラの目が、驚愕に大きく見開かれた。

 

「……これは、信じられない。分子構造、硬度特性、やっぱりすべてが完全に一致している」

 

 キムラは目を見開き、取り乱した声を出す。

 

「完全な、純度100%のプラスチール原鉱(ミスリル)です! それも、地表に近い地層にこれほどの質量が眠っているなんて。これさえ手に入れば、我が社の『プラスチール自給計画』は完全解決です。プロスペリティを完全な状態で維持できるだけでなく、マリーンアーマーやチャージライフルのさらなる量産すら可能になります……!」

 

 幹部たちの目つきが、一瞬にして猛獣のものへと変わった。それほど、彼らにとって喉から手が出るほど欲しい「生存の鍵」だった。

 

「問題は」セリナが焦げた尻尾を揺らしながら続ける。

 

「皇国側も、かなり警戒を始めてること。少なくともあの第三外務局は、私たちがミスリルを狙ってるって完全に勘付き始めてるね。そのうち絶対、鉱山の防衛軍を増派してくるよ」

 

「最悪ね。……でも、チャンスでもあるわ」

 

 タドコロは静かに立ち上がり、巨大なホログラム地図を見つめた。ミスリル鉱山、ミューズ、交易路。そのすべてが、今やコホートの運命を繋ぐ「血液の循環路」に見えた。

 

 

「タドコロ」ミウラが静かに問う。

 

「どうする? 備蓄が尽きる前に、武力で鉱山を切り取るか?」

 

「いいえ。鉱山を武力占領するのは最終手段よ」

 

 タドコロの藍色の瞳に、経営者の輝きが戻る。

 

「そんなことをしたら、それこそ皇国との全面戦争になって、無駄な弾薬とコンポーネントを消費するわ。流血は最悪のコストよ。私たちは別に、この世界を征服したいわけじゃない。ただ資源が欲しいだけ」

 

「なら、どうやって?」

 

「商人、地方貴族、鉱山請負人、輸送業者……。あの鉱山の利権にぶら下がっている人間を、全員『金』と『利便性』で買収するのよ。皇国の産業構造と法律の隙間を丸ごと利用して、内側から食い破る。国家が相手なら、戦争より買収の方が安上がりよ」

 

 タドコロは不敵に微笑むと、隣のミウラを振り返り、その微笑の裏にある剥き出しの生存本能(エゴ)を覗かせた。

 

「……ただしミウラ。地方貴族が、金の価値を理解できないほど愚かだった時のために、倉庫に眠っている『型落ちの火器』をいつでも裏から流せる準備だけはしておきなさい。平和的に買収できないなら、現地人の奴隷や反乱分子に自動拳銃や狩猟用ライフルを握らせて、内側から爆破するだけよ」

 

 国家の主権を経済と内戦で侵食していく、企業という怪物の「最適化」の手法。

 

「綺麗事は終わりよ。我が社コホート・コーポレーションがこの世界で生き残るための、これがサバイバルよ」

 

 

 

 

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