辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第19話:灰色の報告書

 

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# 第19話:灰色の報告書

 

### 1. 蹂躙された包囲網と侵食の帳簿

 

 エストシランド皇城、第三外務局中央庁舎。その最上階に位置する戦略会議室には、絞首台の前のような重苦しい沈黙が満ちていた。

 

 長机の上へ並べられているのは、属州ミューズから送られてきた分厚い報告書の束。密輸摘発記録、闇市場の監視レポート、そして――先日、中央広場で発生した「コホート隠密強襲事案」の顛末書だった。

 

 窓の外では、第三文明圏の中心たる皇都の陽光が白く差し込んでいる。だが、室内の空気は完全に冷え切っていた。

 

 第三外務局局長カイオスは、机上へ置かれた書類を静かに読み進めながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……完璧な包囲網を敷きながら、対象の身柄(少年)を奪還され、ただの一人も拘束できずに撤退を許したか」

 

「はい」

 

 低く応じたのは、直属の部下である執行官ヴェルナーだった。彼は数日前にミューズでの対諜報作戦から帰還したばかりであり、その灰色外套にはまだ長距離移動の埃が微かに残っている。

 

「我が方の損害は?」

 

「死者はゼロ。ですが……」

 

 ヴェルナーは感情を排して短く答えた。

 

「現場にいた我が局の精鋭、および憲兵ら数十名が、一時的に視力と聴力を完全に失いました。魔導の障壁も、精神防壁の呪符も一切無意味。奴らが投下した未知の金属筒から放たれたのは、魔法の残滓が一切ない、圧倒的な『光と音の暴力』です。、五感を遮断された我が兵は、数分間にわたり文字通りその場に頽れるしかありませんでした」

 

 会議室の空気がさらに重くなる。同席していた軍部からの出向官僚の一人が、苛立たしげに舌打ちをした。

 

「魔法ではない光と音の目潰しだと? ムーの機械の類か……」

 

「それだけではありません。奴らは撤退時、空を舞う極小の『鉄の羽虫』を放ち、執拗に我が方の視界を低出力の光線で狂わせました。殺傷を目的としない、徹底された阻害戦術。……力で押し潰す以前に、戦術の前提となる『情報』の扱い方が、我々とはまるで違うのです」

 

「武力だけではない。市場の混乱も致命的です」

 

 別の文官が口を開く。

 

「コホート製品の摘発数は先月比で実に4倍に跳ね上がりました。しかし、押収量は劇的に増えているにも関わらず、市場の『流通量』そのものは一向に減る気配がありません」

 

「完全に闇市場化しているのだろう」

 

「はい。すでに地方商人だけでなく、地方貴族家の執事層までが利鞘を目当てに関与している疑いがあります」

 

その言葉に、会議室の空気が僅かにざわめいた。

 貴族層――つまり、皇国統治機構の末端そのものへ、コホートの資本的影響が浸透し始めているという絶望的な事実を意味していたからだ。

 

 

 カイオスは無言のまま、別の書類を手に取る。そこには、ミューズの市場で目撃された、セリナの跳躍プロファイルに関するスケッチが添付されていた。

 閃光。五感の喪失。そして、人間を抱えながら建物の屋根を跳躍する、小柄な人影。

 

「……これが、ヴェルナーが接触した例のコホートの隠密か」

 

「はい。猫型の獣人種。身体能力の高さから、諜報・隠密任務の専門要員と思われます」

 

「推定、か」

 

「連中は情報の管理能力が異常です。仮に末端の協力商人を捕らえて拷問にかけても、中枢に繋がる有効な情報はほとんど得られません」

 

 ヴェルナーはそこで一瞬だけ言葉を切り、カイオスを真っ直ぐに見据えた。

 

「ですが、局長。現場で奴らと対峙した私から、確実に言えることがあります。――コホート・コーポレーションは、もはや単なる未知の武装勢力ではありません」

 

 その静かで重い声に、会議室の全員が耳を傾ける。

 

「奴らは市場の需要を利用し、商人を操り、人心を『便利さ』で買収し、躊躇なくあのような高度な隠密部隊を投入する。しかも、そのすべてが極めて合理的です。国家のように領土や民族の誇りへ執着せず、ただ純粋な『利益』と『効率』のみで社会へ浸透している。

 厄介なのはそこです。国家ならば首都を落とせば終わる。軍隊なら補給線を断てば止まる。しかし、コホートは違う。奴はネットワークです。我々が一部を武力で潰しても、必ず別経路から再生し、増殖する」

 

 重い沈黙だった。やがて軍務官の一人が、その恐怖を誤魔化すように不快そうに吐き捨てる。

 

「商人風情を買い被り過ぎだ。所詮は金で動く烏合の衆だろう。今回は民間人が密集する市場ゆえに手を出しかねただけだ。野戦で正規軍が踏み潰せばそれまでよ」

 

「そうでしょうか」

 

 ヴェルナーの顔は冷徹だった。

 

「すでに東部属州の農村では、コホート製のスチール農具なしでは収穫効率を維持できない地域まで出始めています。医薬品も同様です。民衆はすでに、皇国の威信などではなく、奴らがもたらす“便利さ”へ完全に依存し始めているのです」

 

「だから、第三外務局が法をもって厳しく締め付けているのではないか!」

 

「力で締め付ければ、より巧妙な闇市場へ潜り、反皇国感情を育てるだけです」

 

 

 その瞬間、会議室の最奥の扉が、護衛の制止すら待たずに静かに開かれた。

 全員が弾かれたように即座に起立する。

 

 深紅のドレスを纏った女が、圧倒的な威圧感を伴って室内に足を踏み入れてきた。パーパルディア皇国皇妃、レミール。その美しく整った顔には、氷のような冷たい怒りが張り付いたままであった。

 

「……続けなさい」

 

 誰も逆らえない、絶対者の低い声。カイオスが深く一礼する。

 

「現在、属州ミューズにおけるコホートの浸透状況、および先日発生した強襲事案について分析と報告を行っておりました」

 

「浸透、ではないわ」

 

 レミールは長机の中央に歩み寄り、机上の報告書へ目を落とした。

 

「これは『侵略』よ」

 

 その一言だけで、室内の空気が物理的に凍りつく。

 

「商人を使い、民を堕落させ、国家の秩序を根底から腐らせる。我が方の包囲網を白昼堂々おもちゃのように弄び、法の執行を嘲笑う……武力で領土に攻め込んでくる方が、まだ国家としては誠実な対応だわ」

 

 彼女はゆっくりと、ヴェルナーの提出した事後報告書を指先で弾いた。

 

「市場での隠密部隊投入については?」

 

「確認済みです。第三外務局の完全な包囲網を正面から突破し、密輸に関与した末端の少年を無傷で奪還・救出しています」

 

「つまり、奴らはすでに我が皇国法を明確に『敵』として認識し、実力行使に出たということね。しかも、血を流すことすらコストとして計算し、あえて非致死の兵器で我が軍を去勢してみせた……不遜極まるわ」

 

「……はい」

 

 レミールは静かに笑った。だが、その艶やかな笑みには一切の温度がなかった。

 

「ならば、こちらもこれ以上の遠慮は不要ね」

 

 カイオスが眉を僅かに動かした。嫌な予感がしたのだ。

 

「皇后陛下、お待ちを。現在の属州の依存状況で、これ以上の強引な締め付けを行えば、必ず大規模な民間反発が――」

 

「反発?」

 

 レミールの血のような赤い瞳が、カイオスを容赦なく突き刺す。

 

「では聞くけれど、カイオス。このまま奴らの商売を放置すれば、この国はどうなるの?」

 

誰も答えられない。沈黙する官僚たちを睥睨し、彼女は続けた。

 

「民はコホート製品の利便性へ依存し、地方貴族は目先の利益へ転び、市場は奴らの莫大な資本に飲み込まれる。いずれパーパルディア皇国は、軍事力ではなく、奴らの『帳簿』によって音もなく殺されるでしょう」

 

 静まり返る会議室。帝国の最高権力者の一人である彼女の判断は、あまりにも正確で、だからこそ苛烈だった。

 レミールはゆっくりと、しかし断古たる口調で命じた。

 

「属州全域へ、追加の特別監査命令を発令なさい。コホートが狙う『ミスリル』の流通統制を最高警戒レベルへ引き上げ、皇室直轄の完全封鎖を敷く。密輸に協力した商人は、貴族の息がかかっていようと例外なく全財産を没収。見せしめが必要なら、広場での公開処刑も許可します」

 

 数名の官僚が小さく息を呑む。あまりにも強硬だ。反乱の火種を自ら撒き散らすに等しい。だが、レミールの決断は止まらなかった。

 

「それと――」

 

 彼女は窓の外、遥か東方の地平線を憎悪と共に真っ直ぐに見据えた。

 まるで、その先にある未知の巨大グラヴシップを、その眼光で直接射抜くかのように。

 

「コホート・コーポレーションに対する、国家ぐるみの本格的脅威評価を開始なさい。これはもう、ただの“辺境の地方問題”ではないわ」

 

 

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