辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
# 第20話:雨中の断頭台
### 1. 無音の広場
その日の朝、東部属州の交易都市ミューズの空は、まるで世界の行く末を暗示するかのように低く垂れ込めた灰色の雲に覆われていた。細かな、しかし肌を刺すように冷たい霧雨が、中央広場の石畳を冷たく濡らしている。
いつもなら、広場は地方から届いた野菜や果物の匂い、荷車の車輪が軋む音、そして商人たちの威勢の良い客引きの声で満ち溢れているはずだった。
だが、今の広場を支配しているのは、数千人の群衆が押し黙る「無音」だった。
広場の中央には、前夜のうちに急造された、黒塗りの巨大な木製舞台が鎮座していた。雨を吸ってどす黒く変色したその舞台の上には、等間隔に配置された数基の断頭台(ギロチン)が、鈍い鉄の光を放って獲物を待っている。
「……動くな。前を見ろ」
群衆を取り囲む皇国憲兵隊と、第三外務局の兵士たちが、無機質な声で銃剣の切先を市民の背に突き立てる。
レミール皇后の直勅を受けた外務局は、ミューズの住民に対し、この日の「厳罰執行」を強制的に見届けるよう命じていた。目を逸らすこと、あるいは参加を拒否することすら、皇国への反逆と同罪とみなされる。
群衆の最前列近くに、フードを深く被ったハキの姿があった。
彼の隣には、同じく息を潜めるようにして舞台を見つめるマリナの姿もある。マリナの眼鏡のレンズには霧雨の水滴がいくつも張り付き、その奥の瞳からは、いつもの事務的な軽さが完全に失われていた。
「……あれが、皇国のやり方か」
ハキが歯の根を鳴らしながら、掠れた声で呟く。
「そうよ」マリナは感情の消え失せた声で応じた。
「市場の需要をコントロールできない無能な国家が、最後にすがる唯一の手段。――絶対的な暴力による、需要の圧殺よ」
やがて、重々しい太鼓の音が響き渡り、広場の一角から、鉄の拘束具を嵌められた囚人たちの列が進み出てきた。その数、総勢42名。
彼らは一様に粗末な麻の罪人服を着せられ、雨と泥にまみれながら、一歩、また一歩と黒い舞台への階段を上らされていく。
囚人たちの顔ぶれは、決して皇国に牙を剥く「反逆者」などではなかった。
コホート製の工作器具を隠し持っていた老鍛冶屋。
子供の熱病を治すために、闇市場でコホートの抗菌剤を買い求めた若い母親。
そして――先日、市場の包囲網でセリナに救出された、あの15歳の少年の兄。実直なことで知られていた行商人だった。彼は弟を逃がした罪、そしてコホートの機械部品を横流しした重罪により、最前列に並べられていた。
「静粛に」
舞台の壇上、黒灰色外套を纏った第三外務局の執行官が、魔導で拡声された声で無慈悲に告げる。その背後には、冷徹な目で広場を見下ろすヴェルナーの姿があった。
「これなる罪人らは、皇国の法を軽んじ、正体不明の武装勢力『コホート・コーポレーション』の禁制品を流通・所持し、皇国の経済基盤を脅かした売国奴である。
我らパーパルディア皇国は、神聖なる秩序を乱すあらゆる『異物』を許さない。甘い便利さに魂を売り、国の血を吸う寄生虫どもには、等しく鉄の裁きが下される」
執行官の声が響くたび、群衆の中で誰かが小さく、嗚咽を漏らした。
だが、誰も声を大にして叫ぶことはできない。広場の周囲、建物の屋根という屋根には、すでに前装式ライフルを構えた外務局の兵士たちが不気味に伏せ、民衆の小さな反乱の火種すらも一瞬で刈り取る準備を整えていたからだ。
「……あいつらは、何も悪いことはしてない」
ハキは拳を固く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、じわりと血がにじむ。
「ただ、壊れない道具を使い、効く薬を選んだだけだ。生きるために、まっとうな選択をしただけだ!」
「端的に言えば、それが罪なのよ」
マリナは、震えるハキの腕を強く掴んで静止させた。
「コホートの製品を選ぶということは、皇国のシステムを否定するということ。あの皇国にとって、民の命なんて帳簿の上の数字に過ぎないの。数字が狂うくらいなら、鉛筆で黒く塗りつぶした方が早い。それだけのことよ」
「執行」
ヴェルナーの短い手記の合図とともに、黒い頭巾を被った処刑人が断頭台のロープに手をかけた。
最初の5人が、冷たい木枠の台へと押し付けられる。行商人の青年の姿もそこにあった。彼は怯え、絶望に震えながらも、最後に群衆のどこかに隠れているはずの弟を探すように、必死に目を見開いていた。
だが、その視線が愛する弟の姿を捉える前に、無慈悲なシステムが作動する。
――ガタタタッ!
重い鉄の斜刃が、自重によって滑落する。
鈍い、肉と骨を断つ音が広場に響き渡り、直後、黒い舞台の上に鮮血の飛沫が激しく舞った。雨水に薄まった赤い液体が、舞台の溝を伝って、石畳の広場へとだらだらと流れ落ちていく。
悲鳴すら上がらなかった。あまりの恐怖に、数千人の群衆はただ息を呑み、身体を硬直させることしかできなかった。
ロープが巻き上げられ、再び血塗れの刃が上へと引き上げられる。キィィ、キィィ、と、雨の中で滑車が軋む音だけが、奇妙に大きく広場に響く。そして、次の5人が前に押し出される。
その光景を、マリナは瞬き一つせずに見つめていた。
彼女の衣服のポケットの中では、小型の記録端末が静かに稼働している。レンズの向こう側、彼方の拠点へと、この凄惨な映像が、犠牲者たちの詳細な生体データとともに、リアルタイムで送信されていた。
42人目の首が落ちたとき、広場を流れる雨水は完全に赤く染まっていた。
皇国憲兵たちは、満足げに市民を見下ろしている。「これで奴らもコホートに手を出す恐怖を骨の髄まで知っただろう」と、その傲慢な顔が語っていた。
だが、彼らは決定的なことを見誤っていた。
処刑が終わった広場から無言で散開していく市民たちの目は、怯えの奥に、深く、澱んだ、決して消えることのない【憎悪】を宿し始めていたのだ。皇国への畏怖は、限界を超えた恐怖によって完全に焼き切れ、代わりに「この国は自分たちを殺す存在だ」という確信へと変わった。
レミールの下した恐怖政治は、皮肉にも、パーパルディアを内側から崩壊させるための最悪の着火剤となった。
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ミューズから離れた西方の平原。この世界に出現して以来、未だその巨躯を地表から浮上させてはいないものの、圧倒的な質量で大地に鎮座する巨大グラヴシップ《プロスペリティ》。
その中枢、中央管制室。
メインモニターの片隅で、42個の赤い生体反応インジケータが明滅し、処理の完了を告げる無機質なビープ音が室内に鳴り響いた。
「……ミューズ現地からのストリーミング、終了しました。指定された取引先(優良顧客)および、今後の見込み客のロストを確認」
オペレーターの女性社員が、凍りついた声で報告する。
メインコンソールの前で、CEOタドコロは静かにモニターを見つめていた。
彼女の顔には、もう「異世界の商売人」としての柔和な笑みはひとかけらも残っていない。
リムワールドという過酷で狂った辺境惑星において、襲撃者をキルゾーンへ誘い込み、拠点に仇なす者を一切の慈悲なく『処理』して生き延びてきた、あの剥き出しの狂気が、彼女の藍色の瞳の奥で静かに、そして完全に覚醒していた。
「……タドコロ社長」
作戦室に同席していたセリナが、鋭い爪をコンソールに立てながら振り返る。その金色の目は、明確な殺意でギラギラと輝いていた。
「ええ。もう、互いの商売の邪魔をしないよう話し合うフェーズは終わったようね」
タドコロは低く、しかし驚くほど静かな声で言った。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、コンソールの中央にある【防衛モード:アクティブ】の暗号キーに指を掛けた。
「これより、我が社(コホート)の資産、および顧客に対する脅威を、物理的に排除する。――全生産ライン、武装化および兵器の再稼働を開始しなさい。これからは、血と火の出る交易を始めましょう」
カチャリ、と重いスイッチが押し込まれる。
静かな管制室に、第一種戦闘配置を告げる重低音のアラームが、不気味に、そして圧倒的な暴力の目覚めを告げるように響き渡り始めた。