辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第21話:歪む天秤

 

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# 第21話:歪む天秤

 

### 1. 紛糾するボードルーム

 

 巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の第一会議室。

 中央のホログラムテーブルには、属州都ミューズの広場で流された「42名の血」のデータが、極めて無機質な死亡ログとして投影されていた。

 

「――以上が、今回のパーパルディア皇国による厳罰執行に伴う、我が社の損害試算です」

 

 財務チーフのスカルバーグが、黒色のオオカミ耳を微塵も動かさず、冷徹なトーンで告げた。

 

「重要顧客および現地ディーラー42名の物理的喪失。ミューズ市場の流動性は、恐怖による萎縮で先月比マイナス68%まで冷え込む試算です。財務部としては、これ以上の我が社への資本侵害を看過できません。ですが……」

 

 スカルバーグは一度言葉を切り、黒いオオカミの尻尾を重げに揺らした。

 

「同時に、これ以上の『防衛費の増大』もまた、我が社の財務を致命的に圧迫します。一部の一般社員からは、カントリーリスクが大きすぎるとして、この文明圏からの『全面撤退』を求める署名まで上がっているのが現状です」

 

「撤退!? 馬鹿を言うな!」

 

 声を荒らしたのは、内政主任のキムラだった。白いウサギ耳を神経質に震わせ、データパッドを机に叩きつける。

 

「前にも言っただろ、推進スラスター用のアストロ燃料は有限だ! ここから別の未開大陸へプロスペリティを長距離移動させたら、その時点でこの船は二度と飛べない巨大な鉄屑になるんだぞ!

 だけどな……だからって全面戦争を始めようってのなら、僕は内政部として絶対に反対だ! 皇国の正規軍を相手に本格的な防衛戦なんて始めたら、先進コンポーネントも、タレットの冷却部品も、チャージ弾の在庫も一瞬で底をつく! 資源不足で会社が干からびて全滅するぞ!」

 

 会議室の空気は、前夜の開戦決議に沸く国家の軍議とは完全に異なっていた。

 そこにいるのは名誉に飢えた軍人ではない。それぞれの部門の「最適解」と「コスト」を背負い、利益と生存を天秤にかけるサラリーマンたちだった。それゆえに、一枚岩ではない議論が泥沼のように紛糾し始める。

 

 

「私は、あくまで市場の維持と、対話ルートの修復を最優先にすべきだと思います」

 

 挙手したのは、現地交渉役から戻ったばかりのマリナだった。眼鏡の奥の目を真っ直ぐタドコロへ向ける。

 

「皇国が恐怖政治に踏み切った今、こちらがさらに武力で報復すれば、ミューズの市場は完全に崩壊します。闇市場の商人たちも戦火を恐れて逃げ出すでしょう。一度壊れた供給網をゼロから再構築するコストは、軍事費の比ではありません。今こそ、ケルツ元少佐を通じた裏外交に切り替えるべきです」

 

「甘いな、マリナ。外交なんて高尚な手段が通じる相手じゃないことは、前夜の処刑事件で証明済みだ」

 

 腕を組み、冷ややかな声で遮ったのはセキュリティ責任者のミウラだった。

 

「ダラダラとゲリラ戦や密輸の化かし合いに付き合わされる方が、長期的に見てリソースの浪費だ。キムラの言う資源の枯渇を恐れるなら、やるべきことは一つしかない。

 グリンウッド鉱山の完全な軍事制圧だ。降下ポッドで主力部隊を送り込み、皇国軍の守備隊を一撃のもとに粉砕し、鉱山を我が社の直接管理下に置く。元の蛇口を力ずくで奪わなければ、このカツカツのジレンマは永遠に終わらんぞ」

 

「……大掛かりな軍事行動は、弾薬と医療費がもったいない」

 

 会議室の隅、壁に背を預けたセリナが、琥珀色の猫眼を細めて爪を見つめたまま呟いた。

 

「ミウラの言う『元』を断つのが目的なら、もっと安上がりの方法がある。夜中にステルスドローンを数機飛ばして、市場を仕切ってる執行官ヴェルナーと、皇都にいるっていうレミール皇后の寝室に毒ガスか狙撃弾を放り込めばいい。首魁の暗殺。これが一番、コストパフォーマンスが良い」

 

「『暗殺企業』だなんて、最悪のブランドイメージね」

 

 広報チーフのノゾミが、3本の豪奢なキツネ尻尾を忌々しげに揺らした。抜群のプロポーションを包むスーツの胸元で、彼女は深いため息を吐く。

 

「コホートのイメージが『血に飢えたテロ組織』に堕ちたら、現地人の依存度は下がり、周囲の国々からも警戒される。やるなら徹底的な大義名分が必要よ。皇国の残虐性を喧伝し、私たちはあくまで『虐げられた民衆の自由と権利を守るための正当防衛』というポーズを崩してはダメ。戦争をするにしても、広報部(うち)の承認なしの暴走は許さないわ」

 

 市場維持、資源節約、先制制圧、隠密暗殺、プロパガンダ。

 それぞれの正論が激突し、会議室の温度は臨界点に達しようとしていた。企業としての「利益」を追求するはずの集団が、絶対的な生存の危機を前に、それぞれの思惑でバラバラに壊れかけていた。

 

 

「静かに」

 

 たった一言。

 低く、しかし絶対に逆らえない重みを持ったタドコロの声が、紛糾するボードルームの空気を一瞬で凍結させ、支配した。

 

 幹部たちの視線が一斉に上座へと集まる。タドコロは藍色の瞳に冷徹な狂気を湛えて、ホログラムテーブルを見下ろした。

 

「みんなの言う通り、コホートは国家ではないわ。思想も、領土的野心も、無駄なプライドもない。私たちはただ純粋に『利益』と『生存』のために集まった組織よ」

 

 タドコロはスナップを利かせて扇子を閉じ、卓上のデータを一新した。

 

「スカルバーグ、ここから全面撤退に燃料を消費した場合の、半年後の生存確率は?」

 

「……60%を下回ります」

 

「キムラ。防衛兵器の製造ラインをフル稼働させ、グリンウッドのミスリルを完全確保した場合の、軍事費の損益分岐点は?」

 

「……3ヶ月。3ヶ月以内に鉱山の稼働を再開できれば、黒字に転換できる」

 

 タドコロは、ゆっくりと幹部たちの顔を見渡した。

 

「結論は出たわね。これ以上の対話も、無計画な撤退も、我が社にとっては100%の『死』を意味する。ならば、やるべき事は一つよ」

 

 マリナが息を呑む。タドコロは淀みなく、各部門へ最終決定を下した。

 

「マリナ、市場は一度壊して、我が社のルールで再構築する。キムラ、消費した弾薬の何倍もの価値ある資源を、現地の死体の上から毟り取ればいい。ノゾミ、大義名分なら皇国が42人分の血で勝手に提供してくれたわ。――これより、【防衛プロトコル・オメガ】を発動する。我が社を脅かすパーパルディア皇国を、最大効率で破砕する『戦争機械』になりなさい」

 

 それは、合理性を極限まで突き詰めた結果、ひとつの企業が【怪物(軍事機械)】へと変質した瞬間だった。

 RimWorldという地獄において、襲撃者の死体すら資源として計算し、数々の修羅場を乗り越えてきたタドコロの冷酷な意志が、完全に組織の舵を切り替えたのだ。

 

「輸送隊の完全武装化、およびグリンウッドルートの要塞化を開始。我々の前に立ち塞がるすべての皇国軍勢力は、我が社の資産を脅かす『害虫』として、例外なく処理しなさい」

 

 タドコロの決定に、もう誰も反論しなかった。

 一枚岩ではなかった利益共同体は、生き残るという唯一にして最大の目的のために、最も冷徹で、最も恐るべき「暴力の計算式」へと統合されていく。

 

 プロスペリティの深部から、重火器製造プラントの不気味な重低音(システムノイズ)が、目覚めた巨獣の地鳴りのように響き渡り始めた。

 

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