辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第22話:静かな戦争
属州都ミューズの広場から処刑台の血が洗い流されて以降、街を包む空気は、皇国が期待した「従順」とは真逆の、不穏な澱み方を始めていた。
石畳の至る所に皇国憲兵が立ち、市民はお互いを「コホートの協力者ではないか」と怯えながら密告し合う、息の詰まる恐怖政治。だが、皇国が力づくで首を絞めれば絞めるほど、民衆の心は音もなく皇国から離れ、コホートへと傾斜していった。
「皇国の、重くてすぐに刃が毀れる粗悪な鍬(くわ)なんて、もう使っていられるか」
夜闇の農村。憲兵の巡回を盗んで、老農夫は土の中に隠していたコホート製のスチール農具を愛おしそうに撫でていた。これを使わなければ、皇国へ納める重税分の作物を収穫することすら不可能なのだ。
都市の診療所では、医師が「ただの清めの水」と偽り、コホート製の抗生物質を密かに患者へ投与していた。皇国製の気休めの薬草では、目の前の命を救えないことを知っているからだ。
さらに、一部の強欲な貴族たちすら、利権を没収されたミスリルを「コホートの純銀」や「ナノ医薬品」と交換するため、裏で密輸網を構築し直していた。国家の法律や恐怖よりも、個人の利益と利便性が勝るのは、どの世界でも変わらない心理だった。
属州の若者たちの間では、荒野に不気味な質量で鎮座する巨大グラヴシップ《プロスペリティ》を、古い皇国を打ち破る「新時代の象徴」として、禁忌の憧れとともに噂し合う。
コホートは一歩も軍を進めていない。ただそこに存在し、便利なものを売っているだけで、パーパルディア皇国という大国の生活、経済、そして文化そのものを急速に、静かに侵食していた。
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「――弾圧は逆効果です。民衆の反発は、すでに臨界点に達しつつあります」
エストシランド皇城、第三外務局の戦略執務室。
局長カイオスは、属州からの悲惨な物価高騰と治安悪化の報告書を前に、深く眉をひそめていた。その傍らには、冷徹な目で状況を分析するヴェルナーの姿もある。
「レミール皇后陛下。コホートの製品は、すでに属州のインフラそのものに組み込まれています。今これらを強硬に引き剥がせば、コホートが武力で動く前に、我が国の属州統治システムが自重で崩壊します。時間をこれ以上失っているのは、我々の方です」
「だからこそ、今のうちにその腐った肉を根こそぎ焼き払うのよ、カイオス」
上座に座るレミール皇后は、扇子を握る手に青筋を立て、凍るような声で言い放った。
「民が『便利さ』などという家畜のエサで皇国を裏切るというのなら、彼らにはさらなる恐怖が必要だわ。従わぬ村は焼き払い、市場を完全に封鎖しなさい。恐怖こそが、大国パーパルディアの絶対の法よ」
中枢の不協和音はそれだけにとどまらなかった。
軍部の強硬派は「たかが数百人の武装商人の本陣など、大艦隊と地上の師団で一気に踏み潰せ」と息巻き、逆に現場の被害を知る慎重派は「奴らの持つ未知の超長距離兵器(自動火器やドローン)の正体がわかるまで、不用意に近づくべきではない」と主張する。
数百年、第三文明圏を支配してきた硬直した巨大国家は、未知の「企業」という資本ネットワークを前に、その巨躯をどう動かすべきか分からず、内側から機能不全を起こし始めていた。
だが、皇国側が「無限の未来技術を持つ怪物」と恐れるコホート・コーポレーションもまた、決して余裕の笑みを浮かべているわけではなかった。
《プロスペリティ》の中央管制室には、内政主任キムラの悲鳴に近い怒声が響いていた。
「最悪だ! 防衛プロトコルを『アクティブ』にしたせいで、自動タレットのコンポーネント摩耗率が先週の1.4倍に跳ね上がった! 弾薬の消費もバカにならない。この世界にプラスチールを精錬するプラントを建てない限り、うちの在庫は持ってあと数ヶ月だぞ!」
財務チーフのスカルバーグも、灰色のオオカミ耳を力なく伏せ、シビアなグラフをコンソールに表示する。
「戦闘要員の精神的疲弊も限界に近いです。ここは元の惑星(RimWorld)ではないというのに、再び終わりの見えない防衛戦に引きずり込まれている。一部の社員からは、この世界での生存を諦め、残るアストロ燃料をすべて消費してでも、さらに別の未開大陸へ再ジャンプ(撤退)すべきだという意見が強まっています」
彼らは、無限の物量を誇る未来の軍隊ではない。
母星との連絡を絶たれ、補給線のない異世界に放り出された、ただの【遭難企業】なのだ。
高度な電子部品も、ナノレベルの精密加工素材も、失えば二度と手に入らない。皇国とダラダラと「戦争モード」を続けること自体が、自分たちの寿命を削り、破産へのカウントダウンを早める自殺行為だった。
「……燃料を消費して再ジャンプしたところで、その先にあるのがこれ以上の地獄ではないという保証はどこにもないわ」
紛糾する管制室の空気を、タドコロの静かな声が切り裂いた。
彼女の藍色の瞳に、手段を選ばない冷酷な光が宿っていた。
「私たちは遭難している。それは紛れもない事実よ。――なら、生き残るために、現地から毟(むし)り取るしかないじゃない」
タドコロはデータパッドをタップし、ホログラムテーブルの上に、属州ミューズ、グリンウッド輸送路、そして皇国の正規補給線が交わる地政学的な立体地図を大きく展開した。
「向こうがこちらの供給網(血液)を止めて自滅を待つつもりなら、綺麗事はここまでよ。
こちらから仕掛けるわ。皇国軍の補給線を物理的に切断し、グリンウッドのミスリル鉱山、および周辺の物流路を我が社の『直接管理区域』として武力制圧する。現地を動かすための実質的なリソースを、力づくで我が社の金庫へ組み込むのよ」
それは、穏健な商人の顔を完全に捨て去り、生き残るために周囲のすべてを消費し尽くす【キルゾーン構築プロトコル】への完全な移行だった。
「これより、我が社は防衛から『積極的資源統制(侵略)』へ舵を切る。――みんな、覚悟を決めなさい。生き残るために、あの巨大な帝国を、私たちの手で解体するわよ」
タドコロの冷徹な決断に、ボードルームの面々は一様に息を呑み、そして、それぞれの「覚悟」を宿して深く頷いた。
利便性による侵食という「静かな戦争」の季節は、今、完全に終わった。
社会が崩壊へと向かう臨界点の引き金は引かれ、新世界はついに、コホートという怪物の剥き出しの牙――火の出るような物流戦へと叩き落とされることになる。
## 第22.5話:敵対的買収
### 1. 降下する隕石群
東部属州・グリンウッド鉱山。
すり鉢状に削り取られた巨大な露天掘りの底では、今日も数百名の奴隷たちが、足枷を嵌められたまま泥に塗れてピッケルを振るっていた。
彼らを監視する皇国の監督官たちは、作業の手が止まった者へ容赦なく鞭を浴びせている。
「急げ! 皇都からの命令だ、ミスリルの産出量を今の倍に引き上げろ!」
鞭の快音と、悲鳴。それがこの鉱山の日常だった。
だが、その日の「異常」は、地を這う反乱としてではなく、天からの墜落として訪れた。
――キィィィィン……!!
大気を引き裂くような、聞いたこともない甲高い摩擦音。
監督官の一人が空を見上げ、手に持っていた鞭を取り落とした。
灰色の雲を突き破り、数個ではない、約30個もの「燃え盛る鉄の塊」が、凄まじい速度で鉱山の中枢――監督府の広場へ向けて落下してくる。
「流星……!? いや、大規模な攻撃魔法か!?」
彼らが警鐘を鳴らす間すら与えられず、それらは広場の石畳へと隕石群のように激突した。
ズドドドドォォォォン!!!
凄まじい土煙が舞い上がり、周囲の天幕が吹き飛ぶ。
だが、それは隕石などではなかった。黒焦げになった巨大な金属製の六角柱。RimWorldの技術の結晶、軌道上から任意の地点へ人員をピンポイントで投射する強襲兵器――【降下ポッド】である。
プシューッ、という排気音と共に、30基のポッドのハッチが一斉に吹き飛ばされた。
土煙の中から姿を現したのは、皇国の歴史上誰も見たことのない、分厚いプラスチール装甲のマリーンアーマーで全身を覆い、青白いバイザーを光らせた、多種多様な異種族の兵士たちからなる1個小隊だった。
「なんだ貴様らは!? 皇国の直轄地と知っての狼藉か!」
混乱から立ち直った数十名の皇国守備兵たちが、一斉に前装式ライフル銃を構え、土煙の中から現れた集団に向かって発砲した。轟音と白煙が広場を包む。
だが、硝煙が晴れた後に兵士たちが見たのは、誰一人倒れていない絶望的な光景だった。
「……こんな銃弾じゃ傷一つつかないよ。白兵小隊、前へ」
部隊の先頭に立ち、青白い光の障壁、パーソナルシールドに包まれながら楽しげに首を鳴らしたのは、アリシアだった。
彼女は長身で極めて屈強な体格を持つムース族の女性ゼノヒューマンだった。立派なヘラジカの角と獣の耳を揺らしながら、彼女は背中から己の身の丈ほどもある巨大な白い剣――【モノグレードソード(単分子大剣)】を引き抜く。
「白兵小隊、行くわよ!」
アリシアの足元の石畳が爆ぜた。ムース族特有の圧倒的な脚力と筋力補助インナーの力によって、彼女は銃弾の雨をシールドとマリーンアーマーで弾き飛ばしながら、一瞬にして守備兵の懐へと飛び込んだ。
振るわれるのは、刀身の縁に分子切断用のナノマシンを纏わせた未来の白兵武器。
「ひぃッ――!?」
兵士がサーベルで受け止めようとした瞬間、鋼鉄の刃ごと、彼の上半身が抵抗すらなく斜めに両断された。血飛沫が上がる間もなく、アリシア率いる十数名の近接特化要員たちが踊るように敵陣へ突っ込み、鉱山の守備兵をバターのように切り裂いていく。
「な、なんだあのバケモノどもは!? 撃て、魔導士、奴らを魔法で吹き飛ばせ!」
指揮官が後方で絶叫する。詠唱を終えた魔導士たちが、炎の球を放とうと一斉に杖を掲げた。
だが、彼らの魔法が放たれることはなかった。
――ピシュッ。
空気が一瞬だけ爆ぜる音。同時に、後方にいた三人の魔導士の頭部が、熟れた果実のように次々と弾け飛んだ。
建物の上。ラットキンのハンスが、自らの身の丈よりも長いチャージスナイパーライフルを構えていた。
ラットキン特有の大きく丸い耳がピクリと動き、風の僅かな流れと敵の殺気を本能で読み取る。機械の演算すら超える天性の狙撃センスが、遠く離れた敵の急所を百発百中で貫いていく。
「……後方の高脅威目標(魔導士)、排除完了。ハエ一匹逃がさないよ」
前衛をアリシアの白兵小隊が切り刻み、後衛の脅威をハンスの狙撃小隊が正確に間引く。
そして、中央でパニックに陥る皇国守備隊の主力に対し、指揮官であるミウラがゆっくりと手を挙げた。
彼は深海を思わせる青白い肌と、発光する触角を持つモヨ族の男性だった。モヨ族特有の冷え切った、感情の読めない水底のような冷徹な瞳。彼自身も重装甲マリーンアーマーで身を固め、六銃身のチャージガトリングガンを構えている。
「さて。社長からのオーダーは『敵対的買収』だ。鉱山に傷をつけずに、お前ら害虫だけを掃除させてもらうぜ。――第一小隊、制圧射撃!」
ミウラの号令と共に、彼の配下の戦闘員たちが、一斉に青白いチャージ弾の暴風を広場へ解き放った。
それは戦闘というよりも、単なる「処理」だった。鎧も、土嚢も、盾も関係ない。圧倒的な火力が皇国兵の戦列を紙屑のように引き裂き、わずか数十分足らずで、グリンウッド鉱山の守備隊は完全に沈黙した。
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血の海と化した監督府の広場。
奇跡的に無傷で生き残っていた鉱山監督官が、腰を抜かして震えていた。その首根っこを、ミウラが重装甲の腕で軽々と掴み上げる。
「ひ、ひぃぃ……! ば、蛮族め……我が皇国の報復が――」
「おたくのトップがルールを無視して暴力に出たから、こっちも暴力で差し押さえに来ただけだ」
ミウラは冷酷に言い放つと、監督官を気絶させ、広場の隅へ放り投げた。
「ハンス、小隊を率いて周辺の残敵を掃討しろ。アリシアは監督府の帳簿とミスリルの備蓄庫を押さえろ。1グラムも皇国へ渡すな」
「了解(コピー)」
ミウラの指示に、二人が即座に部下を率いて動き出す。
その光景を、採掘場から這い出してきた無数の奴隷たちが、恐怖と驚愕の入り混じった顔で見つめていた。皇国の絶対的な支配者たちが、天から降ってきた30人の異形の兵士たちによって、一瞬でゴミのように掃討されたのだ。
ミウラは奴隷たちの方へ振り返ると、ヘルメットのバイザーを跳ね上げた。
モヨ族特有の青白い肌の奥で、鋭い眼光が光る。彼は腰のポーチから何かを取り出し、奴隷たちの足元へ放り投げた。それは、皇国の平民すら見たこともないような、真っ白でふかふかのパンや圧縮保存食、そして青い液体が詰まった高品質な医療キットだった。
「……食え。怪我をしてる奴はそれを使え」
奴隷たちは信じられないものを見るような目で、その食料と薬を見つめた。
ミウラはアーマーの拡声器のスイッチを入れ、広場全体に響き渡る声で告げた。
「よく聞け! このグリンウッド鉱山は今、パーパルディア皇国の支配から離れ、我がコホート・コーポレーションの『直轄管理区域』へ移行した!」
ざわめきが広がる。ミウラはさらに続けた。
「鞭で叩かれる無給の強制労働は今日で終わりだ。今日からお前たちは、我が社の『契約社員』として遇する。働いた分には相応の対価(メシと薬と安全)を支払ってやる」
奴隷たちの目に、少しずつ、信じがたい「希望」の光が宿り始める。ミウラはニヤリと笑い、最後にこう付け加えた。
「ただし、給料分はきっちり働いてもらうぞ。――『建築スキル』と『採掘スキル』に覚えのある奴はいるか!? 石切りでも大工でもいい!」
おずおずと、数十人の元奴隷たちが手を挙げた。
「上等だ。すぐにお前たちの手で、この鉱山の入り口の『峡谷』に防壁とトラップを築け。しばらく後には、ここを取り返しに皇国のバカな部隊がやってくる。奴らを出迎えるための工事を始めるぞ!」
かくして、パーパルディア皇国の至宝であるミスリル鉱山は、わずか十数分で電撃的に占拠され、迎撃要塞へとその姿を変え始めた。
この数時間後。何も知らずに鉱山奪還へ向かってきたパーパルディアの大隊が、この30名の異形と元奴隷たちによって完成されたキルゾーンへ足を踏み入れることになるのである。