辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第24話:凍りつく戦略会議

 

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### 1. 凍りつく戦略会議

 

 パーパルディア皇国が誇る精鋭大隊800名が東部属州の鉱山奪還へと派遣されてから数日。皇都エストシランドの城門をくぐったのは、まともな武器も、統制された戦列も失い、ただ泥と硝煙、そして仲間の返り血にまみれて這うように歩く敗残兵の群れだった。

 

 大隊長であったバルカス子爵の姿は、あまりにも無惨だった。貴族としての華美な面影はどこへやら、衣服は引き裂かれ、右腕の袖は根元から失われて赤黒い包帯が巻かれていた。戦場での常軌を逸した体験によって精神を完全に破壊された彼は、戦略会議室の片隅で、何もない空間を見つめながら幼児のようにガタガタと震え、咽び泣くだけの人形と化していた。

 

「――馬鹿な。あり得ん! 何かの間違いだ!」

 

「たかが商人の私兵集団に、本国直系のライフル銃大隊が一方的に蹂躙され、補給物資まで灰にされただと!? 皇国の歴史にそのような汚点があってまるか!」

 

 第三外務局の中央戦略会議室には、現実を受け入れられない軍人や官僚たちの怒号が響き渡っていた。数百年もの間、世界の覇者として君臨し、周辺の蛮族や他国を「恐怖」の二文字で平伏させてきた彼らにとって、正規軍が「名もなき武装商人」に大敗し、さらに物資を木っ端微塵にされたという事実は、彼らの存在理由そのものを根底から否定するものだった。

 

 その喧騒の中、一人だけ冷徹な目で長机を見つめている男がいた。執行官ヴェルナーである。彼の灰色外套には、いまだ峡谷の泥と血の臭いが染み付いていた。

 

「静粛に」

 

 局長カイオスの低く重い声が響き、室内がにわかに静まり返る。カイオスは机上に置かれた、ヴェルナーの提出した報告書を苦々しげに指先で叩いた。

 

「ヴェルナー執行官。大隊の半数が瞬く間に戦闘不能に陥り、生き残りには『鉄の羽虫(ドローン)』とやらから直接、おぞましい警告が下されたとある。……我らは一体、何と戦ったのだ」

 

ヴェルナーはゆっくりと顔を上げた。その灰色外套の奥の目は、いまだあの峡谷の地獄を幻視していた。

 

「言葉の通りです。敵は我々が知るような軍隊ではありません。敵は、自動化された『要塞』です」

「要塞だと?」一人の軍務官が苛立たしげに声を荒らげた。

 

「山の中に突如、巨大な城壁でも現れたとでも言うのか!報告書にある 巨大な亜人に、正面から戦列を破られたのだろう!」

 

「違います。あれは最後の仕上げに過ぎません」

 

ヴェルナーの声には一切の感情がなかった。

 

「本質はそこではない。連中が占領したはずのグリンウッドの峡谷は、我々が進軍した瞬間、すでに『環境そのもの』が自動化された兵器の檻へと作り変えられていたのです。我々は最初、敵の姿を見ることも、魔力を感知することすらありませんでした。ただ、そこを歩くだけで、あらかじめ組まれた通りに、機械的に指揮官から順番に間引かれたのです」

 

 言い訳も、誇張もない。ただ事実だけを淡々と告げるヴェルナーの言葉に、会議室の温度がじわじわと凍りついていく。

 

「皇后陛下」

 

 ヴェルナーは、上座で美貌を屈辱と驚愕に強張らせているレミールを真っ直ぐに見つめた。

 

「我々は、国家の威信を賭けて戦争をしているつもりです。しかし、敵は戦争をしていません。

奴らにとって我が軍の排除は、ただの『工場の稼働』や『害虫の駆除』と同じ――最も低コストで効率的な業務プロセスに過ぎないのです。だからこそ連中は、退却する我々の背中を追って全滅させることすら『弾薬の無駄』として切り捨て、代わりに予備弾薬の車列だけを爆破して、鉄の飛行機械に警告を喋らせて去ったのです」

 

 その言葉は、会議室にいた者たちの列強としてのプライドを、実弾以上の冷酷さで粉砕した。

 

 

 

### 2.

 

 一方、処刑による「恐怖」がこれでもかと見せつけられたはずの東部属州都ミューズ。

 広場から42人分の血の跡が洗い流されても、街を包む空気は、皇国が意図した「従順」とは真逆の方向へと変質し始めていた。

 

「……おい、聞いたか? 鉱山へ向かった皇国の本国大隊が、こっぴどくやられたらしいぞ」

「馬鹿言え、あの『皇国の正規軍』が負けるはずが――」

「本当だ。軍の奴らが、手足を失ってボロボロで戻ってくるのをこの目で見た。相手は例の、商人たちだ」

 

 路地裏、露店の影、あるいは薄暗い酒場の片隅。民衆は憲兵の目を盗み、息を潜めながら、しかし確実にその「噂」を爆発的な速さで囁き合っていた。

 

 ハキもまた、仕立ての良い上着のフードを被り、交易区の喧騒に身を潜めながらその会話を耳にしていた。耳を澄ますハキの顔にも、周囲の市民の顔にも、コホートに対する純粋な親愛や感謝の色はなかった。そこにあるのは、もっと現実的で、冷ややかな【計算】だった。

 

民衆は、コホートを聖者のように愛したわけではない。だが、彼らは気づいてしまったのだ。

 

 ――パーパルディア皇国は、絶対の神ではない。皇国は、俺たちを守れないかもしれない。

 

 それまで「逆らえば確実に殺される絶対の巨人」だと思っていた国家が、実は傷を負い、より強大な力に蹂躙される存在であるという事実。一度植え付けられたこの「疑念」は、何よりも鋭い毒となって、帝国の統治の土台を内側からパキパキと腐らせていく。

 

 市場では、皇国による取り締まりが戦時下並みに厳重になったことで、コホート製の薬品や農具の闇価格がこれまでの数倍にまで高騰していた。だが、異常なのはその需要だった。価格が上がれば上がるほど、民衆は競うようにしてコホートの物資を裏ルートで買い求めた。

 

「皇国が負けるかもしれないなら、自分の身は自分で守るしかない」

「皇国の錆びる鉄刃じゃなく、コホートの壊れない道具を今のうちに確保しろ」

 

 民衆を動かしていたのは、正義感ではなく剥き出しの生存本能だった。レミールが国家の力を誇示するために流した「42人の血」は、皮肉にも、民衆をさらに『コホートの利便性と生存能力』へと依存させ、国家の威信という天秤を完全にひっくり返す決定打となってしまっていた。

 

 

 

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