辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
### 3. 帳簿の上の「大戦前夜」
峡谷での圧倒的な戦術的勝利。パーパルディア皇国の精鋭大隊を文字通り「処理」したというのに、荒野の泥を噛んで鎮座する巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の中央管制室には、歓声も勝利の余韻もひとかけらも存在しなかった。あるのは、大型サーバーが発する微弱な駆動音と、冷徹に点滅するホログラムの光だけだった。
メインコンソールに投影された無機質な統計データを前に、財務チーフのスカルバーグが細い指先で端末を叩く。黒髪の間から覗く黒いオオカミ耳を力なく伏せ、中性的な声で淡々と現状を告げた。
「――バルカス大隊の排除完了。我が社の戦術的勝利です。ですが社長、戦略的観点から言えば、状況は最悪の方向へ転がり始めています。財務担当として、楽観できる要素はただの一つもありません」
タドコロは優雅な動作で、手元に置かれたひまわり茶のカップをソーサーに戻した。その藍色の瞳には、剥き出しの冷徹な光が宿っている。彼女は扇子を弄びながら、スカルバーグが示すシビアな折れ線グラフを見つめた。
「理由を説明して、スカルバーグ」
「今回の『防衛プロトコル・オメガ』の発動により、自動タレットの駆動パーツの摩耗率、およびチャージ弾薬の消費スピードが当初の予測値を35%超過しました」
スカルバーグはオオカミの尻尾を重げに一振りし、画面をスワイプした。
「理由は極めて単純です。パーパルディア皇国という国家は、周辺諸国に対する『絶対的な恐怖』のみで統治を維持している、前近代的な肥大化した巨人です。その正規軍が、名もなき新興企業に傷一つつけられず惨敗したとなれば、連中は国家の面子と属州支配の正当性を保つために、次は必ず『桁の違う大軍』を動員して我が社を圧殺しに来ます。局地的なキルゾーン運用のフェーズは終わりました。これより我が社は、【国家との全面戦争】に突入します」
その言葉に、内政主任のキムラが長いウサギ耳を神経質に跳ね上げ、デスクに身を乗り出して悲鳴に近い声を上げた。
「冗談じゃないぞ……! 800人程度ならキルゾーンでハメ殺せたけど、万単位の軍勢に数方向から包囲されてみろ! ボクの生産プラントは、魔法の打ち出の小槌じゃないんだ! 先進コンポーネントの在庫も、ドローンの演算コアの寿命も、一瞬でデッドラインを突破しちゃうよ!
みんな勘違いしないでくれ。ボクたちは無限の物量を誇る未来の超帝国なんかじゃない。母星との連絡を絶たれ、補給線のない異世界に放り出された、ただの【遭難企業】なんだ! 泥沼の消耗戦になれば、勝ってもその時点で破産――つまり全滅なんだよ!」
「なら、その前に皇国の腰の骨を完璧にへし折るだけよ」
キムラのヒステリックな声を遮るように、広報チーフのノゾミが、3本のキツネ尻尾を不敵に揺らしながら立ち上がった。抜群のプロポーションを包む高級なビジネススーツの胸元で、紫のまとめ髪を軽く揺らす。クーリン族特有の妖艶な微笑みの奥に、他者を破滅に導くための計算高い光が灯っていた。
「すでに情報部のセリナが上空のドローンから記録した、バルカス大隊が機械的に駆除されていく『超高精度な戦闘映像』――これのリークを周辺の集落や、反皇国感情を持つレジスタンスへ完了しているわ。
公開処刑で植え付けられた恐怖は、この大敗の事実によって一瞬で『国家への憎悪と侮り』に反転した。民衆は皇国の無能さに気づき、自分たちの生存のためにさらに我が社の物資へ依存し始めている。向こうが国力を集めるというなら、こちらはその国力の足元を内側から爆破してあげるわ。プロパガンダの真髄を、あの頭の固いパーパルディアに見せつけてやりましょう」
コホートの幹部たちは、生き残るという唯一の目的のために、それぞれの専門分野から「最も冷徹な計算式」を弾き出していく。タドコロは静かに扇子を閉じ、ボードメンバーを見渡した。
「みんなの懸念はもっともよ。だからこそ、綺麗事はここまで。キムラ、皆の心配を払拭したければ、グリンウッドのミスリル鉱山を急いでで我が社の供給網へ組み込みなさい。リソースが足りないなら、あの巨大な帝国そのものを解体して、我が社のサプライチェーンの一部にすればいいだけだわ」
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### 4. 国家としての認定
同じ頃、皇都エストシランド。
敗北の衝撃に怒号が飛び交っていた第三外務局の戦略会議室とは異なり、皇城の最深部に位置する「皇帝の私的執務室」には、静寂の中に張り詰めた威圧感が満ちていた。
重厚な長机を挟み、窓の外の真っ赤な夕日を見つめているのは、パーパルディア皇国最高権力者である皇帝ルディアス。あるいはその傍らには、氷のような冷たい怒りを顔に張り付かせたレミール皇后の姿があった。
二人の前で、執行官ヴェルナーは片膝を突き、灰色外套の裾を濡らしたまま頭を垂れている。
「……バルカス大隊の5割以上が戦闘不能。予備の弾薬、魔石の車列もすべて一瞬で爆破された、か」
ルディアスの低く、威厳に満ちた声が室内に響いた。彼はレミールほど感情を露わにはしていなかった。だが、その切れ上がった双眸の奥には、第3文明圏の絶対の覇王としての、底知れない不快感が渦巻いている。
「ヴェルナーよ。報告書は読んだ。敵も不気味だが、私が気に食わんのはその最後だ。敵の放った『鉄の羽虫』が、我が軍へ直接、言葉を放ったというのは真か」
「……真実です、陛下」
ヴェルナーは頭を垂れたまま、乾いた喉を震わせた。
「機械から放たれた無機質な合成音声は、我々の行動を『不法侵害』と断じ、これ以上の封鎖を続ければ我が国を『根絶対象』とみなすと宣告しました。奴らは、我々を対等な交渉相手とも思っていません。ただ、自社の資産を脅かす害虫として、業務的に処理すると警告してきたのです」
報告を聞くルディアスの眉が、僅かにピクリと動いた。
これまで数多の蛮族を、他国の軍隊を、その圧倒的な武力と戦列歩兵の鉄の規律で踏み潰してきたルディアスにとって、「機械による無感情な宣戦布告」など、どのような大国の無礼よりも傲慢であり、かつ不気味だった。
「商人だと思っていたわ」
傍らで、レミールが激しい嫌悪を込めて呟いた。その白皙の手の中で、コホートのドローンが残していった警告書の写しが痛々しくくしゃりと音を立てる。
「ただの、小賢しい異文明の道具を売り捌くだけの、利己的で臆病な守銭奴の群れだと。……違ったわ、ルディアス。奴らは商人の皮を被った、見たこともないほど冷酷な『怪物』よ。放置すれば、いずれ皇国は剣ではなく、奴らの帳簿と、あの意思なき機械の仕組みによって内側から殺されるわ」
「……帳簿で殺される、か。面白いな」
ルディアスは笑った。だが、その瞳には一切の笑みはない。
彼は長机の上に広げられた、古い羊皮紙で作られた巨大な皇国全土の地図へと歩み寄った。そこには、パーパルディアが数百年をかけて築き上げてきた、無数の保護国や属国の版図が血のような赤線で区切られている。
ルディアスは、未だ属州の荒野から一歩も動いていない、コホートの巨大拠点《プロスペリティ》が存在する座標を、その長い指先で強く押さえつけた。
「認めよう。奴らはただの不法分子でも、武装した商人でもない」
皇帝の口から放たれた言葉は、絶対の宣告となって室内の空気を激しく震わせた。
「我が国の支配の根幹である『恐怖』を内側から腐らせ、皇国の存亡を真に脅かす――商人の皮を被った【敵対国家】だ。
カイオスに伝えよ。属州の治安維持という生ぬるい名目は即座に破棄しろ。軍務省へも直ちに通達せよ。皇国総動員計画の第一段階を発動する」
ルディアスの指が、地図の上の拠点を押し潰すように滑る。
「第三文明圏の他国への警戒を最小限に抑え、本国直系の戦列歩兵師団、および竜騎士団を動員する。さらに、第一から第三魔導艦隊を動かし、ルイナ川を遡上させて属州都ミューズへと直接突入させよ。ミューズの港湾と水路を完全封鎖し、奴らへの物資流入と、これ以上の『資本の輸出』を根元から窒息させる。 我が国の誇るすべての精鋭を以て、あの傲慢な『コホート』とやらを、世界の地図から根絶やしにするぞ」
大国パーパルディアが、その列強としてのプライドをかなぐり捨て、本気の巨躯を駆動させ始める。
便利さという劇薬による侵食から始まった「静かな戦争」は、キルゾーンの凄惨な惨劇を経て、ついに両陣営の総力と命運を賭けた、コホート・パーパルディア戦争の巨大な戦火の幕を押し上げるのだった。