辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第26話:動員令

 

 

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## 第26話:動員令

 

### 1. 覇王の盤面

 

 パーパルディア皇国軍総司令部。

 白亜の円形大広間は、熱病のような熱気と、歩を進めるたびに床を鳴らす軍靴の音で満ち溢れていた。魔導灯に照らされた、巨大な羊皮紙の第三文明圏地図の前で、皇国の軍事中枢を担う男たちが、ぎらぎらとした目を卓上の駒へと向けている。

 

「――御神速なる皇帝勅令の通り、遠征軍の動員はすべて予定通りに完了しつつある」

 

 低く、地鳴りのような声を響かせたのは、皇軍最高司令官アルデであった。

 熊を思わせる巨躯に、数々の戦功章が刻まれた重厚な軍服を纏った彼は、傲慢なまでの自信をその顔に漲らせている。アルデが太い指先で地図の上の属州ミューズを叩くと、作戦参謀マータルが、素早い動作で木製の兵駒を次々と並べていった。

 

「本国直系の精鋭、第一から第三軍団がそれぞれ三万、計九万。さらに現地で徴募する属州軍および補助兵が四万。――合計、十三万。すでに各師団の編成は完了し、進軍ルートの確保に入っております。さらに三個飛行隊、四百騎ものワイバーンロードの出撃準備も完了しつつあります。」

 

 マータル参謀は眼鏡の奥の細い目をさらに細め、冷徹な笑みを浮かべた。

 

「十三万の地上兵力。たかが新興の武装組織を潰すにはいささか過剰な戦力ですが、今回は皇国の面子を雪ぐだけでなく、奴らの背後にある未知の拠点を、文字通り塵一つ残さず踏みつぶすための数にございます」

 

「陸軍の進軍に合わせ、我が海軍もルイナ川から牙を剥く」

 

 長机の端から、自信に満ちた声を上げたのは海軍総司令官、バルス海将だった。潮風に焼かれた顔に細い三つ編みの髭を蓄えた彼は、卓上の地図に描かれた、ミューズを流れる大河ルイナ川、およびそこから分岐する人工運河の水路を指差した。

 

「大河ルイナ川から、ミューズへ直結する『エストラ運河』への遡上ルートだ。水深と、大軍を維持する兵站を考慮し、今回投入する水上戦力は主力戦列艦三十五隻、補給船二十隻の計五十五隻。運河の川幅を埋め尽くすことなく、最大の面制圧能力を発揮できる海軍の精鋭中の精鋭だ。陸路と水路の両面から、鉄の檻に入ったネズミのように連中を追い詰めてみせよう」

 

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### 2. 天空と鋼鉄の絶対火線

 

 だが、今回の総動員において、司令部が何よりも絶対的な必勝を確信していたのは、兵の数でも、帆船の美しさでもなかった。

 

 コホートが持つという「姿なき狙撃」や「自動の砲台」という地上防衛網を、水上と天空からの圧倒的な火力によって、無傷で一撃のもとに粉砕しうる、皇国の真の切り札の開帳だった。

 

「バルス海将。連中は先日、我が方の地上大隊を『姿なき銃撃』で壊滅させている。運河を進む帆船では、格好の標的になりかねんぞ」

 

 マータル参謀の指摘に、バルス海将は不敵な笑みを漏らし、特異な形状をした鉄の駒を地図の上に置いた。

 

「案ずるな、マータル参謀。連中の地上の玩具など、我が海軍の新鋭艦の前には無力だ。――まずは、外輪推進式飛竜母艦(竜母)2隻を先行させる。風を無視して運河を遡上するこの軍艦から、計五十騎の飛竜(ワイバーン)を連射のごとく空へ解き放ち、上空から敵陣を炙り出す」

 

 バルスはさらに、漆黒に塗られた重厚な金属の駒を卓に突き立てた。

 

「そして、我が海軍の最高戦力たる、スクリュー推進式の最新鋭装甲艦『パーパルディア』を実戦投入する。船体全体を分厚い圧延鉄甲で覆った、まさに動く鉄の城、我が国の国名を冠した無敵の浮き砲台だ。連中がどれほど鋭い鉄砲を持っていようとも、この装甲艦の鉄の肌を傷つけることすら叶わん。運河の水面という絶対の安全圏から、大口径魔導砲を連中の本陣へ浴びせてやる」

 

「フハハ、頼もしい限りだな。空と水上からの絶対的なアウトレンジ火力の前には、連中の防衛設備など児戯に等しい」

 

 アルデ最高司令官が、傲慢な笑みを深めた。

 

「地上を這う虫ケラどもが、どれほど足元に防衛線を敷こうとも関係ない。我が国の誇る鉄甲と飛竜の炎によって、連中の拠点ごと、荒野の塵に変えてくれるわ」

 

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### 3. 敗残の影と、拒絶された警告

 

「――う、動く。壁が、壁が撃ってくるんだ……! 兵隊なんていない、山が全部、鉄の筒なんだァァァッ!!」

 

 広間の片隅から、突故として甲高い悲鳴が上がった。

 

 引きずられるようにして連れてこられたのは、かつて精鋭大隊を率いていたバルカス子爵だった。貴族としての華美な鎧は剥ぎ取られ、衣服は泥にまみれ、右腕の袖は失われたまま包帯が巻かれ、その目は恐怖のあまり完全に焦点を失っている。彼は床に爪を立て、幼児のようにガタガタと震えながら、何もない空間に向かって許しを乞うように叫んでいた。

 

「無惨だな、バルカス」

 

 アルデ最高司令官は、その壊れた部下を一瞥し、虫ケラを見るような冷酷な目で吐き捨てた。

 

「名門の出でありながら、たかが商人の手品に引っかかり、右腕と精神を狂わせて戻るとは。皇国の恥晒しめ。即座に地下の療養所へ叩き込んでおけ」

 

「ハッ!」

 

 憲兵たちに引きずられ、バルカスが狂乱の悲鳴を上げながら連れ去られていく。その無惨な光景を、第三外務局の執行官ヴェルナーは灰色外套のフードの奥から、冷え切った目で見つめていた。

 

「アルデ閣下、マータル参謀」

 

 ヴェルナーは一歩前に出、片膝を突いて静かに声を上げた。

 

「バルカス将軍は無能でしたが、彼が怯えている『動く壁』は手品ではありません。敵は、我々が進軍するルートの環境そのものを自動化された兵器の檻(キルゾーン)へと作り変えています。

我々が従来の『戦列』を組んで密集進軍すれば、十三万の兵であっても、連中の圧倒的な連射速度を持つ鉄の暴風の前には、ただの巨大な肉の的に成り下がります。どうか、各個撃破の分散陣形と、魔導通信による厳重な情報通信の徹底を――」

 

「黙れ、外務局の小倅が」

 

 アルデの怒声が、ヴェルナーの言葉を乱暴に遮った。最高司令官のぎらついた目が、ヴェルナーを値踏みするように睨みつける。

 

「一度の敗北で腰を抜かしたか? 我々がなぜ、わざわざ海軍の最新鋭装甲艦『パーパルディア』を出撃させ、五十騎の飛竜を動かすと思っている。

地上を歩くから、奴らの防衛網(キルゾーン)とやらにやられるのだ。奴らの射程の外――空の上から、そして防弾の鉄甲に守られた運河の水面から、連中の防衛設備ごと一方的に叩き潰して更地にする。計算するまでもない。

お前たちは、後ろで大国パーパルディアが『害虫』を文字通り圧倒的な鉄と炎で圧殺する様を、黙って見ていればいいのだ」

 

 マータル参謀も、哀れむように冷たい笑みを浮かべて首を振るだけだった。

 彼ら上層部にとって、ヴェルナーの警告は「地上戦しか知らない者の見当違いな怯え」にしか聞こえなかったのだ。最新鋭の装甲兵器と制空権を手に入れた巨大国家は、その傲慢さゆえに、コホートという「システム」の本当の恐ろしさを、未だに理解しようとはしていなかった。

 

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### 4. 大国の地鳴り

 

 そして、ついにその時が訪れた。

 

 皇都エストシランドの外港、および広大な平原を埋め尽くしたのは、地平線の彼方まで続く「鉄の波」であった。

 本国直系の戦列歩兵、十三万。彼らが手にする前装式ライフル銃の銃剣が、朝日に照らされて冷酷な銀色の光を放っている。規律正しく整列した足音が、大地を激しく揺らし、不気味な地鳴りとなって属州へと向かっていく。

 

 ルイナ川の水面を見れば、二十隻の補給船を従えた三十五隻の主力帆船の真ん中で、巨大な煙突から黒煙を吐き出す漆黒の最新鋭装甲艦『パーパルディア』、そして巨大な外輪を激しく回転させて波を割る竜母2隻が、不気味な重低音を響かせて運河への遡上を開始していた。

 空を見上げれば、百騎を超える飛竜が天を覆い、軍勢の頭上を静かに滑進していく。

 

 それは、第三文明圏を統べるための、パーパルディア皇国の「全出力」の姿だった。

 これほどの大軍、これほどの近代的な装甲兵器、そして圧倒的な数の航空戦力を前にすれば、荒野にただ佇んでいるだけの、数百人の「遭難企業」など、跡形もなく圧殺され、歴史の塵へと還る。――誰もが、そう確信するほどの圧倒的な遺容。

 

 軍楽隊の鳴らす重々しい太鼓の音と共に、十三万の巨人が、ついにコホートの待つ荒野へ向かって、その最初の一歩を踏み出した。

 第三文明圏を揺るがす大決戦、コホート・パーパルディア戦争へのカウントダウンは、今、完全にゼロになったのだ。

 

 

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