辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第27話:世界の観測者たち

 

第27話:世界の観測者たち

 

 

 

### 1. 第一幕:リーム王国の困惑

 

 フィルアデス大陸中央より北東側、広大な海の青を望む場所に国土を有するリーム王国。その首都、王都ヒルキガにある厳かな謁見の間には、まるで氷を流し込んだかのような張り詰めた沈黙が満ちていた。

 政治体制として絶対君主制を敷くこの国は、肥大化を続ける南の超大国――パーパルディア皇国と国境を接する隣国であり、常にその「巨人の影」に怯え、神経を尖らせて生きてきた。

 

 玉座に深く腰掛けた国王バンクスは、豪奢な装飾が施された肘掛けを、白くなった指先で強く握りしめていた。その視線の先では、リーム王国軍の重鎮であるリバル将軍が、額に大粒の汗を浮かべたまま片膝を突いている。

 

「――もう一度言え、リバル。我が方の密偵が捉えた数字は、間違いなく真実なのだな」

 

「はっ……! 間違いございません、バンクス陛下!」

 

 リバル将軍は、震える声を必死に抑え込みながら報告を続けた。

 

「パーパルディア皇国中央軍、全土に向けて即時戦闘配置の『総動員令』を発令。本国直系の精鋭三個軍団に加え、各属州からかき集められた補助兵を含め、地上動員兵力は総計【十三万】。すでに膨大な糧食と前装式ライフル銃の弾薬車列が、まるで黒い大蛇のごとく街道を埋め尽くしております。さらに空には、三個飛行隊、実にして四百騎におよぶ飛竜騎士団の結集をも確認いたしました」

 

「十三万……! 四百の飛竜だと……!?」

 

 バンクス王の顔から、一気に血の気が引いていく。傍らに控える大臣や貴族たちの間にも、堰を切ったような動揺と悲鳴に近い囁きが広がった。

 十三万という数字は、ただの軍勢ではない。パーパルディア皇国が、自らの周囲にある小国や王国を文字通り「根絶やし」にし、地図からその存在を完全に消し去る時にのみ動かす、国家の全出力に他ならなかった。

 

「狙いは……我がリーム王国か!」

 

 バンクス王が弾かれたように立ち上がり、声を荒らげた。

 

「パーパルディアはついに、我が国を併合する気なのだ! 北の国境に展開する全師団へ即時戦闘準備を命じよ! 城壁の魔導砲をすべて起こせ! 徴募兵をかき集めろ! 巨人が牙を剥いたのだ、座して死を待つわけにはいかん!」

 

 絶望的な戦力差を前に、半ば狂乱の面持ちで迎撃を叫ぶバンクス王。軍務を統べるリバル将軍もまた、圧倒的な鉄の波を想像して顔を歪めていた。だがその時、円卓の最上座に控えていた老人――リーム王国の内政と外交のすべてを握る宰相モルテンが、静かに、しかし重々しく挙手した。

 

「――陛下、どうか冷静に。軍を動かすのは、お控えくだされ」

 

「何だと、モルテン!? 隣国が十三万の大軍を動かしたのだぞ! 奴らの銃剣が我が国の民に向けられる前に、備えをせねば――」

 

「奴らの進軍ルート、および物資の輸送方向は、北の我が国ではございませぬ」

 

 宰相モルテンは深く刻まれた顔の皺を動かし、懐から一枚の暗号解読書を取り出した。

 

「皇国遠征軍の全容は、東部の属州ミューズ、およびグリンウッド鉱山へと続く険しい山岳地帯へと向かっております。彼らの背後には、海軍総司令官バルス海将が直々に率いる主力戦列艦三十五隻、さらには煙突から黒煙を吐く最新鋭の装甲艦『パーパルディア』、外輪推進式の飛竜母艦2隻までもが大河ルイナ川から人工運河へと遡上しているとの報。……皇国軍は、北の我が国には目もくれておりませぬ」

 

 バンクス王は呆然と目を見開いた。

 

「……属州ミューズだと? あそこは皇国の内懐ではないか。身内の反乱を鎮圧するために、国名を冠した鉄甲艦や十三万の軍勢を動かしたというのか? 相手は一体、どこの大国なのだ」

 

「国ではございませぬ」

 

 宰相モルテンは、報告書に記されたその異質な組織の「名」を、忌々しげに読み上げた。

 

「相手は……【コホート・コーポレーション】。

皇国の公式発表によれば、不法に属州へ侵入し、鉱山利権を脅かす『新興の異文明商会』、すなわち、たかが一つの『企業』に過ぎんとのこと。皇国は、その商会ひとつをこの世から消滅させ、その背後にある技術を奪うためだけに、国家の全力たる十三万と、海軍の切り札を出撃させたのでございます」

 

「企業……? 商会だと……?」

 

 バンクス王は力なく玉座へと座り直した。

 パーパルディア皇国という冷酷な巨人が、恐怖に我を忘れたかのように、たかが一つの商会を相手に総力を結集している。その歪なまでの構図に、リーム王国の首脳陣は、底知れない未知の不気味さを感じ、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

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### 2. 第二幕:アルタラス王国の戦慄

 

 パーパルディア皇国の遥か南方、豊かな資源と広大な海に囲まれた島国、アルタラス王国。

 

 王都ル・ブリアスの中心にそびえ立つ王城「アテノール城」のテラスからは、穏やかな南洋の水平線が一望できた。しかし、その美しい景色とは裏腹に、城内の作戦会議室は、押し潰されそうな恐怖に支配されていた。

 

「……パーパルディアの最新鋭装甲艦が、ついに実戦投入されただと?」

 

 アルタラス王国の国王、ターラ14世は、青ざめた顔で書類を持つ手を震わせていた。

 彼の前に立つのは、アルタラス王国王女であり、優れた知性と冷徹な観察眼を持つ娘、ルミエスであった。彼女の美しい顔も、今ばかりは緊張に強張っている。

 

「はい、父上。我が国の洋上監視船、および交易商人からの情報が完全に一致いたしました」

 

 ルミエス王女は、卓上に広げられた海図を指し示した。

 

> 「皇国海軍の誇る最高戦力、圧延鉄甲で覆われた最新鋭装甲艦『パーパルディア』、および外輪推進式の飛竜母艦2隻を含む精鋭艦隊が、重々しい黒煙を吐きながら発進いたしました。これほどの大規模な艦隊の展開、これまでは我が国を完全に海から包囲し、滅ぼすためのものとしか考えられませんでした」

 

 絶対王政を敷くアルタラス王国は、その豊かな資源ゆえに、常にパーパルディア皇国から「侵略の標的」として狙われてきた。海軍が本気で動いたとなれば、真っ先に疑うべきは自国への海上侵略であった。

 

「ついに来たか、パーパルディアめ……!」

 

 ターラ14世は天を仰いだ。

 

「我が国の竜騎士団では、奴らの装甲艦の鉄甲には対抗できん。あの『動く鉄の城』がこの島の港に並べば、アルタラスは炎の海に包まれるぞ……。ルミエスよ、我らだけであの巨人の全出力を受け止めるのは不可能だ!」

 

「お待ちください、父上。まだ先があります」

 

 ルミエスは父の言葉を遮り、海図のさらに北、パーパルディア本国の沿岸部へと指を動かした。

 

「皇国艦隊の進路は、南の我が国へは向いておりません。彼らは進路を北東へと転じ、本国内陸へと繋がる大河『ルイナ川』の河口へと進入いたしました。狙いは我が国ではなく、東部属州の荒野です」

 

「ルイナ川……? 内陸に向かったというのか?」

 

 ターラ14世は呆気にとられた。

 

「海軍の切り札たる装甲艦や飛竜母艦を、なぜわざわざ狭い内陸の運河へ引き込むのだ。属州で大規模な内乱でも起きたというのか?」

 

「いいえ。内乱ではなく、相手は『コホート・コーポレーション』と名乗る、たった一つの異文明の『組織』にございます」

 

 ルミエス王女は、その名を口にしながら、机の上に置かれた、パーパルディアの闇市場から密かに流れてきたコホート製の「高純度スチール刃のナイフ」を手に取った。アルタラス王国のいかなる名匠が鍛えた剣よりも鋭く、魔力の痕跡が一切ない、不気味なほど洗練された鋼。

 

「奴らは国ではなく、自らを『企業』と称している組織だそうです。先般、鉱山地帯で皇国軍の1個大隊を返り討ちにし、皇国の統治の根幹である『恐怖』を嘲笑った怪物。

 だからこそ、ルディアス皇帝は列強としてのプライドをかなぐり捨て、軍を動かしたのです。商人を懲罰するためではなく、彼らの中に潜む『国家を脅かす何か』を、本気で恐れて根絶やしにするために……」

 

ルミエスは窓の外、遙か北の空を見つめた。

 まだ見ぬその「企業」という存在。それは、絶対的な存在であったパーパルディア皇国を、ここまで狼狽させ、本気にさせるほどのテクノロジーを持っている。第三文明圏の支配構造が、自分たちの知らないところで激しく揺らぎ始めている事実に、アルタラスの若き王女は、冷たい戦慄を禁じ得なかった。

 

---

 

### 3. 第三幕:列強ムーの反応

 

 パーパルディア皇国の皇都エストシランド。

 その一角にある、第二文明圏の科学列強「ムー」の駐在大使館の一室では、精緻な機械時計の秒針が刻む音だけが、やけに大きく響いていた。

 

 ムーのパーパルディア皇国駐在大使であるムーゲは、分厚い眼鏡の位置を直し、卓上に並ぶ密偵からの暗号報告書を貪るように読み進めていた。彼の周囲には、ムーから派遣された優秀な軍事・技術アタッシェ(大使館スタッフ)たちが、深刻な面持ちで控えている。

 

「――間違いないか、これは。皇国は本当に陸軍と、あの最新鋭装甲艦をルイナ川、そしてエストラ運河へ動かしたのだな」

 

 技術担当のスタッフが重々しく頷いた。

 

「はっ、大使。我が方の観測員が、皇都の軍港から黒煙を吐いて出航する鉄甲艦『パーパルディア』を肉眼で確認、写真に収めております。陸軍の動員数も、現地調達兵を含めれば十三万を軽く超える模様です。パーパルディアは、国家の総出力を完全に解放しました」

 

「信じられん……」

 

 ムーゲ大使は、額の汗をハンカチで拭った。

 

「第三文明圏の覇者たるパーパルディアが、これほどの全力を出すなど、我がムー、あるいは神聖ミリシアル帝国との決戦でも想定せねばあり得ん。だが、奴らの進軍先は東部の属州、運河の奥だ。一体、何が起きている? 奴らは何と戦おうとしているのだ」

 

「大使、これをご覧ください」

 

 軍事担当のスタッフが、一枚の極秘資料を机に提示した。そこには、属州ミューズでのバルカス大隊壊滅の戦況分析スケッチ、そして皇国中枢が血眼になって隠蔽しようとしている「敵」の名が記されていた。

 

「奴らの対戦相手の名称は、【コホート・コーポレーション】。皇国外務局は『不法な武装商人』と発表していますが、現地からの情報によれば、連中の使う兵器には、この世界の常識である『魔導技術』の痕跡が一切認められないとのことです」

 

「何だと……? 魔導技術がない?」

 

 ムーゲ大使の目が、驚きに見開かれた。

 

「はっ。連中が展開したキルゾーンと呼ばれる迎撃機構は、魔力による詠唱も、魔石のエネルギーも一切使わず、純粋な『機械的・化学的な超高速度火器』によって構成されていたとのこと。

 さらに、目撃された兵器や端末は、我が国の誇るボルトアクション小銃や機関銃の技術すら遥かに凌駕する、完全なる自動連射火器、および自律駆動する意思なき機械の系譜――すなわち、我がムーをも置き去りにする【未知の科学文明】の存在を示唆しております」

 

 会議室の空気が、一気に熱を帯びる。

 第二文明圏の列強ムーは、魔法が支配するこの世界において、唯一「科学技術」を発展させてきた誇り高い国家であった。そのムーの技術者たちから見ても、コホートという組織が市場に流している物資や、戦場で発揮した「システム化された防衛」は、異質という言葉では片付けられないほどの衝撃だった。

 

「出自は。どの文明圏の、どこの未知の大陸から来た組織だ」

 

 ムーゲ大使が身を乗り出す。

 

「それが……完全に不明なのです。第一から第三文明圏のあらゆる古文書、航海記録にも該当がありません。突如として属州の荒野に巨大な金属の城が現れ、そこを拠点に活動を始めた、としか……」

 

 ムーゲ大使は、椅子に深く背を預け、震える手で『コホート・コーポレーション』という文字を指先でなぞった。

 

「分からない……。どこの国かも、どのような思想を持っているかも、何も分からない。

だが、一つだけ確かなことがある。あの誇り高きルディアス皇帝が、そして傲慢な皇国軍部が、列強としてのプライドを完全に投げ捨てて、陸海空の戦力を総動員してまで『今すぐに圧殺しなければならない』と本気で恐怖している。奴らは、パーパルディアという大国を、内側から崩壊させうる本物の『何か』を持っているのだ」

 

 ムーゲ大使は、窓の外、夕闇に包まれつつある皇都エストシランドの街並みを見つめた。軍楽隊の鳴らす不気味な太鼓の音が、遠くから微かに響いてくる。十三万の鉄の波がついに動き出した。

 

「一企業、ひとつの商会を相手に、ここまでやるか、パーパルディア……」

 

 ムーゲはポツリと呟き、隣のスタッフを鋭い目で見据えた。

 

「いや、違うな。パーパルディアは、たかが商会を懲罰し、潰そうとしているのではない。――奴らは、商人の皮を被った【未知の超大国】を、本気で滅ぼそうとしているのだ。

 直ちに本国の外務省、および軍参謀本部へ最高優先度の通信を入れろ。第三文明圏の東端で、世界のパワーバランスを根底から覆す、前代未聞の『軍事衝突』が始まろうとしている、と!」

 

 世界がその名に戦慄し、大国が本気の牙を剥く。

 コホート自身だけがその実態(数百人の遭難企業)を知る中で、リーム、アルタラス、 ムー。世界の観測者たちの勘違いと戦慄の連鎖は、コホートという存在を国際政治の巨大な中心へと押し上げ、第三文明圏を揺るがす大戦への秒読みを、冷酷に刻み始めるのだった。

 

 

 

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