辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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29話:生存戦略

 

29話:生存戦略

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### 1. 国家という名の脆弱性

 

巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の第一会議室(ボードルーム)。

中央のホログラムテーブルには、属州ミューズから大河ルイナ川、人工水路エストラ運河、そして皇都エストシランドへと至る詳細な立体地政学マップが展開されていた。

 

「――これがパーパルディア皇国軍の基本ドクトリン、および今回の布陣だ」

 

元パーパルディア軍少佐であり、現在はコホートの軍事顧問に降ったケルツが、手元の端末を操作しながら重々しい声で説明を始めた。彼が卓上に視線を落とすと、皇国軍の進軍予測ラインが赤い光の矢となって荒野へ伸びる。

 

「皇軍最高司令官アルデが率いるのは、本国直系の魔導戦列歩兵を中核とした十三万の大軍勢だ。彼らのドクトリンは、圧倒的な数の密度による『面制圧』と『斉射』にある。さらに海軍総司令官バルスが、最新鋭装甲艦『パーパルディア』1隻と外輪飛竜母艦2隻をルイナ川からエストラ運河へと遡上させている。そして空には三個飛行隊四百騎の飛竜だ。

正直に言おう。パーパルディアが全出力を単一の、それも国ですらない組織に向けるなど、歴史上あり得んことだ。連中は本気でお前たちを地上から根絶やしにするつもりだぞ」

 

ケルツがもたらした生々しい大国の軍事データ。それを一通り見終えた幹部たちの表情は、一様にシビアだった。

 

「やっぱり正面からドンパチやるのは無理だね」

 

生産主任のキムラが、長いウサギ耳をペタリと伏せて、コンソールのキーを叩く。

 

「ボクの弾薬製造ラインをどれだけオーバーロードさせても、十三万の肉の波に撃ち込み続けたら、銃身の先進コンポーネントが先に焼き切れて破産しちゃうよ」

 

「消耗戦も論外ですわ」

 

広報チーフのノゾミが、3本のキツネ尻尾を不機嫌そうに揺らす。

 

「我が社の総員は、現地雇用を含めても800人ほど。一人失うだけでも莫大な人的損失になります」

 

「籠城も悪手だよ」

 

白兵小隊長のアリシアが、モノグレードソードの刀身を指先で弾いて冷たく笑う。

 

「この《プロスペリティ》の対空・対地防衛網は強固だけどさ、空から飛竜に、川から装甲艦にアウトレンジで毎日嫌がらせの24時間連続砲撃を喰らったら、弾薬が先に切れて干からびちゃうね」

 

正面衝突、消耗戦、籠城――軍事的な選択肢のすべてが、絶望的な予測値を弾き出す。会議室に重苦しい沈黙が降りかけた、その時だった。

 

「なあ」

 

戦術モニターをぼんやりと眺めていたセキュリティ責任者のミウラが、ふと、間の抜けたような声で呟いた。

 

「誰が、その十三万の兵士たちを食わせるんだ?」

 

――ピタ、と。

会議室の時間が、完全に停止した。

 

 

 

スカルバーグの黒色のオオカミ耳が、鋭く跳ね上がった。財務チーフの冷徹な知性が、ミウラの一言から、恐るべき経営計算式を瞬時に導き出す。

 

「……なるほど。そういうことですか」

 

スカルバーグはパッとホログラムの画面を切り替え、十三万の赤い光の塊の背後に伸びる、細い青い線――『物流路』を強調表示した。

 

「十三万の人間が前線で一日活動するだけで、必要となる糧食は数百トン。加えて、数百頭の駄獣の餌、前装式ライフルの弾薬、飛竜の飼料、魔石。それら膨大なリソースを、彼らが現地調達だけで賄うことは絶対に不可能です。敵の最大にして致命的な弱点は、兵士の個々の強さではありません。その肥大化した肉体を維持するための、長大な『補給線』そのものです」

 

CEOタドコロは上座のオフィスチェアに深く腰掛けたまま、藍色の瞳を細めた。彼女の指先にあるプラスチール製の扇子が、静かに卓上を指す。

 

「ミウラ、防衛部としての具体的プランは?」

 

「簡単だ、タドコロ」ミウラは不敵に笑った。

 

「オレらの第一目標は『兵士』じゃない。彼らの胃袋――つまり『補給車列』だ。夜間、隠密用のステルスドローンを総動員して、前線へ向かう食料車と魔石運搬車だけをピンポイントで爆破する。通信部隊を優先的にスナイプして、後方との連絡を遮断する。ついでに進軍ルート上にある重要な『橋』を片っ端から爆破して、物流を物理的に詰まらせる。これを毎日、毎晩繰り返すんだ。十三万の軍勢がどれほど勇敢だろうと、飯が食えなきゃただの飢餓集団だ」

 

「航空戦力と、水上艦隊の処理はどうするの?」

 

タドコロが重ねて問う。

 

「ワイバーンは生物だ」

 

ミウラはコンソールをタップし、幾重にも重なる防衛網のシミュレーションを展開した。

 

「防空は多層の迎撃網(ミサイル、レーザータレット、CIWS、戦闘ドローン)で処理するが、弾の無駄遣いを防ぐために、生物的なアプローチを混ぜる。奴らの集団に向けて、特定の周波数の超音波を照射散布する。トカゲの脳みそなんて、これで一発でパニックを起こして自滅するだろう。

川の装甲艦『パーパルディア』と外輪竜母は……もっと簡単だ。ルイナ川からエストラ運河へ進入する狭い水路に、あらかじめ水中自律無人艇(UUV)を潜ませておいて、やって来たら魚雷をぶち込む。装甲がどれだけ厚くても、水面下をブチ抜かれれば沈む。川幅の狭い運河でバカでかい鉄甲艦が沈めば、それがそのまま巨大な障害物になって、後続の帆船や補給船は全部一歩も動けなくなる」

 

淡々と、淡々と、まるで工場のシフトを組むかのように、大国の最新鋭艦隊や航空戦力を「処理」する手法が弾き出されていく。

 

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### 3. 外注ゲリラとプロパガンダ

 

「広報部(ノゾミ)へのオーダーは、現地レジスタンスの運用ね」

 

タドコロの視線を受け、ノゾミは3本のキツネ尻尾を艶やかに揺らした。

 

「ええ、社長。彼らには『皇国軍と正面から戦え』なんて不可能な注文はつけないわ。代わりに、我が社の倉庫に眠っている『型落ちの実弾銃(短機関銃や狩猟用ライフル)』やゲリラ用トラップを無償提供して、簡単な外注契約を結ぶの。

やってもらうのは、後方の兵糧倉庫への放火、伝令兵の暗殺、そして進軍ルートの情報収集。これだけでいいわ。皇国軍は前線にたどり着く前に、いつ後ろから撃たれるか分からない恐怖で、精神を擦り切らすことになるわね」

 

ノゾミはさらに、手元のデータパッドを表示した。

 

「それと同時に、ドローンが撮影した『補給車列の爆発』や『最新鋭装甲艦がみっともなく沈没していく高精度映像』を完璧に編集して、属州全域へばら撒くわ。

『皇国軍、前線に届く前に飢餓で壊滅中』という圧倒的なプロパガンダを突きつければ、前線の兵士の士気は崩壊し、脱走と略奪が相次ぐ。パーパルディアというシステムの『信用』そのものを、内側から爆破してあげる」

 

幹部たちの口から次々と飛び出す、血も涙もない「防衛戦略」。

彼らがやろうとしているのは、英雄的な勝利ではない。電力、食料、物流、士気、情報という、国家を維持するための「見えないステータス」を徹底的にゼロにし、戦わずして自滅させるプロセスの構築だった。

 

 

「……ふん。軌道爆撃兵器さえ生きていれば、エストシランドごと一瞬で更地にできたんだけどね」

 

キムラがぽつりと、恨めしそうに管制室の天井を見上げた。

 

「贅沢を言わないでください、キムラ主任」

 

スカルバーグが、冷淡にコンソールをタップする。黒色のオオカミの尻尾が微かに揺れた。

 

「我が社の軌道衛星群は、この異世界への転移時の影響で、すべてロストしています。存在しない防衛アセットの計算は帳簿に載りません」

 

「使えない兵器の寝言を言っても始まらないよ」

 

白兵小隊長のアリシアが、大剣の重みを肩に預け直しながら鼻で笑った。

 

「今ある道具だけで、あの傲慢な皇帝の足元をどう効率的にへし折るか。それだけを考えなよ」

 

幹部たちのラリーから少し離れた場所で、タドコロは視線を、自身のコンソールの隅にある「極秘区画」のアイコンへと向けた。画面の一角で、不気味に赤く明滅するシステムエラーの警告表示。

 

【ANTIMATTER STORAGE:ACCESS AUTHORIZATION DENIED】

(反物質ストレージ:アクセス権限拒否)

 

誰もその存在を口にせず、説明もしない。しかし、その文字は、コホートという遭難企業がその真の最深部に、この世界そのものを消滅させかねない「致命的な何か」を抱えたまま、この荒野に座礁していることを示していた。

 

タドコロは一瞬だけその画面を見つめ、何事もなかったかのようにパッとウィンドウを閉じた。彼女はゆっくりと立ち上がり、手に持った扇子を、パチンと鋭い音を立てて開いた。

 

「素晴らしい戦略ね、みんな」

 

タドコロの口元に、いつもの冷徹で、すべてを支配する最高経営責任者(CEO)の微笑みが戻っていた。

 

「パーパルディア皇国軍十三万。彼らの兵士の肉体は、メカノイドとは違い生身よ。あれを形作っているのは、『食料』であり、『物流』であり、『情報』であり、国家という『信用』のシステムに過ぎない。なら、私たちのやり方で、その兵站システムの根幹を完全に解体してあげましょう」

 

タドコロの扇子が、ホログラム上のパーパルディア皇国の全図を、斜めに切り裂いた。

 

「これより、対皇国遠征軍・物流阻害戦『破産プロトコル』を発動します。敵が最も弱り、飢え、病み、互いを疑い合って自滅するその瞬間まで、我が社は一切の正面戦闘を禁止するわ。徹底的に兵糧を攻め、喉元を締め上げ、あの巨大な帝国を解体してあげるわよ」

 

勝率40%という絶望的な数値を前にしながらも、遭難企業はパニックに陥るどころか、その冷徹な理性を極限まで研ぎ澄まし、大国そのものを「システム」として解体するための最悪の経営戦略を完成させた。準備は、すべて整った。

大国の十三万の地鳴りが迫る中、コホート・コーポレーションは静かに、そして牙を剥きながら、帝国を破滅へと導く「見えない網」を荒野へと広げ始めるのだった。

 

 

 

 

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