辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第30話:外注される戦争
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### 1. 町の廃屋
東部属州都ミューズから数リグ離れた、うらぶれた小町の外れ。
長年放置され、カビと土埃の匂いが立ち込める廃屋の暗がりに、数人の男たちが息を潜めていた。彼らの中心に立つのは、今やコホートの非公式仲介人となった青年、ハキである。
ハキは、緊張で渇く喉を鳴らしながら、懐に隠したナイフの柄を握りしめていた。彼の背後に控えているのは、ミューズ周辺の地下社会で暗躍する反皇国レジスタンスの面々。臨検の目を盗んで集まった彼らを束ねるリーダーが、ダリオだった。
ダリオは40代半ばの、顔に深い刃傷を持つ筋骨隆々の男である。彼は元々、パーパルディア皇国に滅ぼされ、属州へと組み込まれた「クーズ王国」の正規軍士官だった。皇国との戦争で家族と故郷を奪われ、復讐のために地下へ潜った歴戦の戦士。しかし、手入れの行き届いた旧式のクロスボウを抱える彼の瞳に、狂信者のような熱情はない。あるのは、状況を冷静に見つめる「戦士の目」だった。
「……ハキ。本当にコホートの連中が、こんな辺境の穴ぐらに来るというのか?」
ダリオが、低くしゃがれた声で問う。
「ああ、来るはずだ。俺が担当のマリナを通じて、アンタたちとの会談をトップに直談判したんだからな」
ハキは衣服の襟を正しながら、苦々しげに言った。
「ダリオさん。俺は皇国が憎い。あののふざけた公開処刑で人々を殺した連中を、皆殺しにしてやりたいと思ってる。……だがな、俺は今日来るコホートの連中のことも、これっぽっちも信用しちゃいない」
ハキの脳裏に、あの公開処刑の日、市民をすり潰した断頭台の無機質な軋みと、そのデータを淡々と記録していたマリナの横顔が蘇る。
「奴らは、人間じゃない。血の通った連中じゃないんだ。……気をつけてくれ。奴らは俺たちを助けに来た『正義の味方』なんかじゃない」
ハキが警告を発した、まさにその時だった。
「――ご名答。私たちに善意なんてものを期待されても、お互いに帳簿が合わなくて困るわ」
廃屋の入り口の影から、音もなく複数の人影が現れた。
先頭を歩くのは、3本のキツネ尻尾を艶やかに揺らし、この場には不釣り合いなほど高級なビジネススーツを着こなした広報チーフのノゾミ。そしてその後ろには、闇に溶け込むような漆黒のタクティカルスーツに身を包み、冷徹な琥珀色の瞳を光らせる隠密のセリナが続いていた。
「初めまして、クーズ王国の元士官、ダリオ氏。私はコホート・コーポレーションの広報・渉外を担当しているノゾミよ」
ノゾミは優雅に微笑み、ダリオたちレジスタンスの前に歩み出た。対するダリオは、手にしたクロスボウの狙いを下げたまま、油断なく彼女たちを値踏みする。
「挨拶はいい、コホートの女。……単刀直入に聞く。俺たちに何をさせたい?」
「話が早くて助かるわ」
ノゾミが指を鳴らすと、セリナが背負っていた重い金属製のコンテナを、ドスリと床に置いた。ロックが解除され、蓋が開くと、中には黒光りする無数の銃器――コホートの倉庫にデッドストックとして眠っていた、型落ちの短機関銃や狩猟用ボルトアクションライフル、そして「手榴弾」がぎっしりと詰まっていた。
ダリオの部下たちが、一斉に息を呑む。それが、皇国の鈍重な前装式マスケット銃を遥かに凌駕する、未知の恐るべき機能美を持った武器であることは、一目見ただけで理解できた。
「我が社は現在、パーパルディア皇国遠征軍・十三万との間に『深刻なトラブル』を抱えているの。そこで、あなたたちに簡単な【外注契約】を持ちかけたいのよ」
ノゾミはキツネの耳をピンと立て、甘く、誘惑するような声で囁いた。
「前線で皇国軍の戦列歩兵と正面から撃ち合う必要はないわ。あなたたちには、後方の兵糧倉庫への放火、食料を運ぶ車列の襲撃、進軍ルート上にある橋の破壊……。つまり、皇国軍へのゲリラ戦だけを依頼したいの」
ダリオは低く唸った。
「なるほど、ゲリラ戦か。我々の得意分野だ。……だがな、コホートの女。一つ言っておく。我々はクーズの元軍人であり、誇りある兵士だ。皇国の兵は殺すが、非戦闘員である女や子供、無理やり徴用されただけの現地の馬引きを無闇に殺すつもりはない」
「ええ、分かっているわ。あなたたちの倫理観を曲げるつもりはない。……ただね、ダリオ」
ノゾミは一歩踏み出し、彼の耳元で囁くように告げた。
「クーズ王国を覚えている人間は、もうこの世界にほとんどいないわ。でも、もし皇国軍の巨大な補給線が崩れ、十五万の大軍が属州で飢え死にすれば、話は変わる。パーパルディアの支配体制は根底から崩れ去るわ。
あなたたちは初めて、ただの復讐じゃなく……失われた国の『未来』を選べるのよ」
未来。その言葉に、ダリオの部下たちの目が激しく揺れた。復讐という暗い情念しか持たなかった彼らの心に、ノゾミの言葉は甘い毒のように、しかし確かな希望として染み込んでいく。
部下たちがぐらりと傾いたその瞬間。
それまで無言で影に徹していたセリナが、半歩前に出た。フードの奥から覗く琥珀色の猫眼が、氷のように冷たくダリオを見据える。
「……補足します。補給車列を襲撃した場合、現場に生存者を残すことは推奨しません」
その場の空気が、一瞬にして凍りついた。
「なぜだ」
ダリオが、鋭い声で問う。
「尋問によって、あなたたちの拠点位置、潜伏先、そして我が社からの武器供与経路が特定される可能性があるからです」
セリナは、一切の感情を交えずに実務的に答えた。
「生存者を残せば、皇国軍は必ず報復に出ます。その対象になるのは、我々ではなく貴方たちです。貴方たちが狩られれば、我が社の貸与武器も失われる。だから、襲撃を実行した際は、情報漏洩を防ぐために確実な『処理』をお願いします」
残酷なまでの正論。しかし、そこには血の通った人間に対する同情など微塵もない。
「違うな」
ダリオは即答し、セリナを鋭く睨み返した。
「情報漏洩を防ぐためじゃない。お前たちは、我々レジスタンスを守りたいわけじゃない。自分たちの武器の出所を、皇国に探られたくないだけだろう」
その言葉に、ノゾミは悪びれる様子もなく、艶やかに微笑んだ。
「ええ。その通りよ。これはビジネスだもの。お互いに利益が一致していれば、それで十分でしょう?」
ダリオは小さく息を吐いた。
皇国は残虐だが、感情で動く。しかし、目の前にいるこの組織(コホート)は違う。命も、憎しみも、すべてを帳簿の上の「数字」として計算し尽くしている。その底知れぬ不気味さが、レジスタンスたちの背筋を凍らせた。
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### 4. 軍事コンサルタント
「……お前たちの理屈は分かった。契約は成立だ」
ダリオは、コンテナの中からボルトアクションの狩猟用ライフルを手に取った。ずしりと重い。
「だがな、女狐。この武器はマスケットとは構造が根本的に違う。弾の込め方も、この安全ピンとかいう金具がついた爆弾(手榴弾)の使い方も、誰も知らない。俺たちには、これを扱える者がいないぞ」
「それなら、ボクの出番だね」
ふいに、廃屋のさらに奥の闇から、どこか幼さの残る、しかし硬質な男の声が響いた。
現れたのは、マリーンアーマーのヘルメットを小脇に抱え、大きな丸い耳をピクリと動かしたラットキン族の青年――ハンスだった。彼は自慢のチャージスナイパーライフルを背負い、ダリオたちの前へと進み出る。一見すると華奢な亜人の青年だが、その双眸には、数多の襲撃を潜り抜けてきた本物の狙撃手特有の、冷え切った光が宿っていた。
「ボクはハンス。コホートの狙撃小隊長だけど、今日からあんたたちの『軍事顧問』としてここに派遣された。このライフルで確実に敵の頭を撃ち抜く方法も、ピンを抜いた手榴弾を自分の足元に落とさない方法も、全部ボクが教え込んであげるよ」
ダリオは、ハンスの小柄な体躯に一瞬目を見張ったが、その構えと肉体に染み付いた「プロの硝煙の臭い」をすぐに感じ取った。
「軍事顧問、か。……あんたらは本当に、戦争を商売の道具としか見ていないのだな」
「まあね。でも、皇国のデカいツラを拝みたくないって気持ちは、ボクもあんたたちと同じだよ」
ハンスは不敵に微笑んだ。
「皇国軍に勝ちたいなら、まずは生き残るための戦術を覚えなよ。明日から、たっぷりと絞ってあげるからさ」
コホートは単に武器を横流しするだけではない。運用ノウハウという「外注先への技術支援」までもをパッケージ化した、洗練された軍事コンサルタントとしての顔を、ここで初めて現地社会に見せつけたのだった。
会談が終わり、ノゾミたちが去った後。
ダリオの部下の一人が、震える声で尋ねた。
「ダリオ隊長……。本当に、あの連中を信用していいんですか? あいつら、明らかにまともじゃありません。皇国より、ずっと恐ろしい……」
ダリオは、ハンスから手渡された予備の弾倉を懐にしまいながら、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「信用? 信用など、これっぽっちもしていない。 だがな。パーパルディア皇国は、放っておけば我々を確実に『殺す』。 あのコホートは、我々を駒として『利用する』。 今は、あの悪魔に利用される側になるしかないのだ。さあ、野営地に戻るぞ」
レジスタンスたちが足早に立ち去り、廃屋には、ハキだけが一人残された。
静寂の中、ハキは床に残された金属コンテナを見つめていた。
彼はゆっくりと歩み寄り、その中に収められていた冷たいライフルを、そっと手に取った。皇国の前装式ライフルとは違う、油と鉄の匂いがする、洗練された殺戮の道具。
皇国は、何の関係もない妹を、乱暴の末に殺した。
コホートは、人間をただの数字として数え、冷酷な理屈で命を切り捨てる。
どちらも、ハキたちのような弱者を救う正義ではない。
「……なのに、俺は今」
ハキは、コホートから渡された銃の冷たい銃床を、ギリッと強く握りしめた。
「お前たちの渡した銃を、握っている」
絶望的な皮肉。だが、この引き金を引かなければ、自分たちの明日は皇国に踏み潰されるだけなのだ。
善悪の境界線はすでに完全に消え失せていた。圧倒的な暴力を持つ大国と、冷徹な計算で世界を侵食するメガコーポ。その二つの巨大な歯車に巻き込まれた名もなき属州の民たちは、生き残るために、自ら戦火の泥沼へと足を踏み入れていくのだった。