辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第31話:レジスタンスへの教練
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### 1. 二つの世界の鉄砲
東部属州都ミューズから北へ数リグ、皇国の目が届かない険しい岩山に囲まれた峡谷。
クーズ王国の残党たちが隠れ家として使っている野営地は今、油と鉄の匂い、そして男たちの粗い呼吸が混ざり合う「教練場」へと姿を変えていた。
「おい、そこの! 銃口をこっちに向けな! 暴発させてボクの頭を吹き飛ばす気か!」
ハンスの硬質な怒声が、岩壁に木霊する。
使い込まれた防弾ヘルメットの間から覗く、特徴的な丸いネズミ耳を不快げにピクリと震わせ、ハンスは長い尻尾を床の砂に叩きつけた。小柄なラットキン族特有の体躯とは裏腹に、その身から発せられる歴戦の凄みは、ただそれだけで現地人に強烈な威圧感を与えている。
彼の前には、ダリオが率いるレジスタンスの面々――元クーズ王国兵の人間たち計五十名ほどが、渡されたばかりの武骨なボルトアクションライフルを抱えて戸惑っていた。彼らの足元には、今まで使っていた旧式のマスケット銃やクロスボウが転がっている。
「ハンスの旦那、そう怒鳴らないでくれ」
元兵士だった男が、ライフルの槓桿(ボルト)を恐る恐る引きながら呟いた。
「だがよ、この奇妙な銃は皇国の銃より本当に強いのか? 皇国の前装式ライフルは銃口から火薬を入れて、弾を棒ラムロッドで奥まで押し込んで、着火薬を載せて……って、何段階も手順を踏んで圧を高めるからこそ強い弾が撃てるんだぞ」
ハンスは手元の一挺――コホートの武器庫に死蔵されていた、狩猟用ボルトアクションライフルをひったくるように構えた。
「その面倒な手順に何秒かかる? 皇国の熟練兵でも、一発撃って次を込めるまでに最低でも20秒はかかるはずだ。その間、お前たちは戦列を組んで突っ立っているだけの、ただの肉の壁だ。だが、この銃を見てみろ」
ハンスは流れるような動作でボルトを引き、薬室を開放した。
「弾は銃口から棒で押し込むんじゃない。手元からこうやって入れる」
彼は5発の実包が並んだ金属クリップを、開いた上部から一気に押し込んだ。カチャ、と小気味よい金属音が響く。
「ボルトを押して戻す。これで装填完了だ。引き金を引いた後は、このボルトを往復させるだけで空の薬莢が飛び出し、次の弾が勝手に薬室に入る。一発撃つのに、3秒もかからん」
ハンスは前方の岩肌に向けて、間髪入れずに5発の銃弾を叩き込んだ。
――ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
凄まじい速射音。狙われた岩肌が粉々に砕け散り、レジスタンスたちが「ひっ」と短い悲鳴を上げて後退する。皇国軍の『戦列の斉射』とは根本的に異なる、個人の手によって生み出される圧倒的な投射弾量。
「勘違いするなよ。五十人で皇国軍五百人を正面から倒せるとは思うな。指揮統制も士気も向こうが上だ。
だが、この銃を持ってお前たちが夜戦と待ち伏せに徹するなら……。正面から戦うことなく、皇国軍五百人分以上の損害を補給車列に与えられる。それがこの武器の、そしてお前たちの『価値』だ。――御託はいい、ボルトを引け! 身体にそのリズムを叩き込め!」
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### 2. 元士官の眼力
ライフルの教練は、驚くほどスムーズに進んだ。
猟師や元兵士たちはもともと「狙って撃つ」という本質を理解していた。前装式のような面倒な火薬の計量も必要なく、ただ金属のレバーを往復させるだけで次弾が放たれるこの兵器は、彼らにとって至高の救いだった。
ハキもまた、泥に塗れながら岩陰に伏せ、ライフルの照準を前方の的に合わせていた。ボルトを引き、薬室に金属薬莢を送り込む。金属同士が噛み合う冷たい感触が、指先を通じて脳髄へと伝わる。
(簡単だ……。妹を殺した皇国の兵隊を殺すのが、こんな、棒切れを動かすのと同じくらい簡単にできるなんて……)
ハキは引き金を引いた。鋭い反動が肩を叩き、遥か前方の的が綺麗に撃ち抜かれる。
しかし、その様子を腕を組んで見ていたダリオの表情は硬かった。彼はハンスに歩み寄り、コンテナに収められた別の短い銃――木製の銃床を持つ短機関銃を指差した。
「ハンス。この銃は銃身が短く、有効射程も先ほどのライフルに比べればかなり短そうだな。遠距離での撃ち合いには向かなそうだ」
「……ほう」ハンスは丸いネズミ耳をぴくりと動かし、元士官を見た。
「だが、この『連射ができる』という特性を活かし、川に架かる狭い橋の上や、山道の隘路で待ち伏せに使えば……。不意を突いて、一瞬で補給部隊を肉塊に変えられる。皇国の密集した戦列を閉所で引き裂くための凶器、これこそがこの短い銃の使い所だな?」
ダリオの的確な戦術眼に、ハンスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「さすがは元正規軍の士官だ、話が分かる。その通りだ、ダリオ。短機関銃は、お前たちに渡した弾薬を最も効率悪く浪費するドラ息子だが、閉所での急襲においてはこれ以上の凶器はない。基本はライフルでの狙撃と待ち伏せ、そしてここぞという狭い場所でのみ短機関銃でパーパルディア兵を狩る。お前たちに渡せる弾は有限だ。無駄撃ちした弾は、うちの帳簿からきっちり引かれると思えよ」
「……どこまでも企業だな」
「生存戦略と言ってほしいね」
ハンスはフンと鼻を鳴らし、今度は木箱から、灰色に塗られた卵型の不気味な金属の塊を取り出した。手榴弾である。
「おい、全員よく聞け。今から教えるのは、今回の物流阻害戦における最大の切り札であり、同時に、一歩間違えればお前ら自身をミンチにする最悪の死神だ。これは『手榴弾』という」
ハンスがその「卵」を掲げると、レジスタンスたちは本能的な危機感を察して生唾を飲み込んだ。
「いいか、この安全ピンを引き抜くと、内部の信管が作動する。ピンを抜いた後、このレバーを握っている間は爆発しないが、手から離れた瞬間から、ちょうど4秒後に周囲の人間を巻き込んで木っ端微塵に吹き飛ぶ。絶対にピンを抜いたまま固まるな! 皇国の補給馬車が通りかかったら、上からこの卵を荷台に放り込んで、すぐに地面に伏せるんだ」
ハンスは、背後の深い谷底へと手榴弾を放り投げた。
1、2、3、4。
――ズドォォォォン!!!
峡谷の底から、鼓膜を突き破らんばかりの爆音と衝撃波が駆け上がってきた。煙と共に、砕け散った岩石の破片が雨のように散る。
魔法の詠唱も、魔石の輝きもない。ただの金属の塊がもたらした、容赦なき絶対的な「破壊の質量」。
ダリオは、その爆煙を見つめながら、自身の旧式クロスボウを完全に地面へと置いた。
それは、ただのレジスタンスの訓練という枠を遥かに超えた、決定的な瞬間だった。
――コホートによる、異世界への本格的な軍事技術の移転。
魔法に依存しない「科学的な近代火器」とその運用ノウハウが、国家ではない一企業の都合によって、初めてこの第三文明圏の現地社会へと流出したのだ。
この日を境に、この世界の軍事バランスの土台が音を立てて狂い始めた。後々、諸国が「コホートは世界の秩序を脅かす兵器の拡散源だ」と激しく危険視することになる最悪の胎芽が、この名もなき峡谷で静かに発芽していた。
夕暮れ時。
激しい教練を終え、疲れ果てたレジスタンスたちが、配給された粗末なスープを啜りながら、それぞれの銃を手入れしていた。
ダリオは岩場に腰掛け、一人で夕日を見ているハンスの隣に腰を下ろした。
「ハンス。お前たちのトップ……あのタドコロという女社長は、我々の復讐や国の再興にはこれっぽっちも興味がない。命をただの数字として見る、悪魔のような組織だ」
ハンスは丸いネズミ耳を僅かに動かした。
「ああ、ボスの帳簿に載っているのは、コホートの社員全員を生きて帰すための『計算』だけだ。あんたたちは、そのための最もコストパフォーマンスが高い『外注先』に選ばれた。ただそれだけだ」
「……だが、お前は少し違うな」
ダリオは、手にしたライフルのボルトを丁寧に磨きながら、静かに告げた。
「お前は我々を『数字』としてだけではなく、戦士として、生き残るために鍛えている。お前の所属するコホートは死んでも信用できんが……ハンス、お前という男の戦闘技術だけは、信用に値すると思っている」
ハンスは意外そうにネズミ耳をパタパタと動かし、それから、恥ずかしそうに鼻の頭を掻いてニヤリと笑った。
「勘違いするなよ、ダリオ。お前たちが無駄に死んで、我が社の銃器が皇国に渡るのが一番の『損失』だから教えてるだけだ。……だが、そうだな。戦う理由は何でもいい。死ぬなよ、元士官。泥を啜ってでも皇国の補給線を完璧に切断して、お前たちの『未来』とやらを掴んでみせろ」
冷徹な利益共同体の契約の中に、確かに生まれた戦士同士の奇妙な敬意。その微かな絆が、この先の泥沼の戦いにおける唯一の人間味だった。
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夜。
野営地の焚き火の光が弱まり、静寂が戻る中、ハキは一人、岩陰で自分に与えられたライフルを磨き続けていた。
ボルトを引き、薬室を覗き、布で丁寧に油を拭き取る。
金属同士が滑らかに擦れ合う音が、奇妙なほど心地よく耳に響いた。
前日までのハキの心には、皇国への憎悪と共に、自分たちをただの「数字」として利用するコホートという巨大なシステムに巻き込まれることへの、強い恐怖と葛藤があった。悪魔に魂を売り、冷たい銃を握らされたという絶望的な無力感だ。
だが、教練を経て、自らの指で引き金を引き、的を撃ち抜いた今。
ハキの掌の奥底で、その「無力感」は、黒く澱んだ別の感情へと変質し始めていた。
(……この銃があれば、あいつらを殺せる)
妹を殺した皇国の兵士。自分たちを家畜のように見下す貴族。その彼らの分厚い鉄甲を、自分のような何の力もない若者の指先一つで、いとも容易く貫き、肉と骨を砕くことができる。
「利用されている、か……」
ハキは、銃床に頬を押し当て、暗闇の中で微かに唇の端を歪めた。
コホートの計算通りに踊らされているのだとしても構わない。この「圧倒的なテクノロジー」の誘惑に比べれば、己の倫理観や葛藤など、ひどくちっぽけなものに思えてきたのだ。
彼自身の心が、コホートという存在がもたらす「便利で効率的な暴力」によって、完全に侵食された瞬間だった。
技術の流出、ゲリラ網の完成、そして人を殺戮者へと変える近代火器。すべての準備が整い、両陣営の刃が研ぎ澄まされる中、第三文明圏を震撼させる大戦の火蓋を切るのだった。