辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第32話:非対称の開戦
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### 1. 進軍の巨躯
パーパルディア皇国が誇る遠征軍、十三万。
その地平線を埋め尽くす鉄の波を率いるのは、皇軍の重鎮、ガイウス・フォン・ゼルダール大将であった。五十代半ばの彼は、かつての東部大遠征を勝利に導いた本物の英雄であり、バルカスのような功を焦る無能な貴族軍人とは一線を画す、冷徹な現実主義者であった。
「――慢心するな。外務局の失態は、彼らが戦列歩兵のドクトリンを過信し、敵の『要塞化された環境』へ愚直に突っ込んだからに過ぎん」
行軍の先頭、威風堂々たる騎馬の上から、ガイウスは周囲を厳重に警戒する側衛部隊へ鋭い視線を向けた。彼の傍らには、先の地獄を生き延びた執行官ヴェルナーも馬を並べている。
ガイウスはヴェルナーの報告書を無視しなかった。むしろ、そこに記された「敵は要塞である」という言葉の本質を、彼なりに深く分析していた。
「ヴェルナー執行官。お前の言う通り、敵の異文明兵器は未知の連射性能を持つ。だが、どれほど鋭い牙を持とうとも、奴らの総数は数百。正面からぶつかり合えば、我が十三万の質量に圧殺されるのは自明だ。……だが」
ガイウスは振り返り、自軍の後方に延々と続く、数千台の荷車の列を見つめた。
前装式ライフルの弾薬、十三万の胃袋を満たす糧食、数百騎の飛竜の餌。大地を這う巨大な大蛇のような物流の列。
「戦争の本質とは、武勇ではなく『物流』だ。十三万が一日進軍するだけで、山のような物資が消費される。
奴らが生き残る唯一の道は、我が軍が前線に到達する前に、この『補給線』を寸断すること。
――マータル参謀、後方の輜重(しちょう)部隊の護衛をさらに二個大隊増員せよ。主要な橋には必ず魔導索敵を配置しろ。奴らに付け入る隙を与えるな」
有能なる将帥、ガイウス。彼は完璧にコホートの「次の一手」を予測し、自分にできる最善の防御陣形を敷いていた。
所詮は数百人の商人集団。国家が本気で兵站を管理し、空の飛竜と川の装甲艦でアウトレンジからの陸兵で包囲すれば、ねじ伏せられる。――近代国家以前の軍人としては、それは一片の非の打ち所もない正解であった。
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その日の夜。皇国軍の遥か後方、前線から数リグ離れた安全圏とされる補給街道。
周囲を強固な陣地と数百人の歩兵に守られた輜重キャンプでは、夜番の兵士たちが焚き火を囲み、リラックスした様子で談笑していた。
「おいおい、そんなに警戒してどうするよ。コホートの奴らは、ここから何十リグも先の荒野に引き籠もってるんだろ?」
「ああ。いくら奴らの鉄砲が凄いって言っても、ここまで届くわけがない。おまけに俺たちの周りは魔導索敵してるんだ。夜襲なんて仕掛けられないさ」
兵士たちが笑い合う。周囲には、魔力を感知する魔導士たちが常時術式を展開している。伏兵の兆候は、地上のどこにも存在しなかった。
――その時だった。
ドォン!!!
突如として、キャンプの中央に並んでいた糧食馬車が、凄まじい爆炎と共に吹き飛んだ。木片と干し肉の肉片が、燃え盛りながら宙を舞う。
「な、何だ!? 敵襲か!?」
「どこからだ! どの方角から撃たれた!?」
兵士たちがパニックを起こし、前装式ライフルを構えて周囲の闇を見る。しかし、どこにも敵の姿はない。銃声も、魔法の詠唱も、矢の風切り音すら聞こえない。
ドガァァァン!!!
二発目の爆発が、通信用魔石を積んだ車両に直撃した。青白い閃光を放ちながら激しい火柱が天を衝く。その熱波に煽られ、繋がれていた駄獣たちが狂ったように咆哮し、周囲の兵幕を踏み潰しながら暴走し始めた。
「魔導索敵は何をしている! 敵の魔力はどこだ!!」
「ダメです! 敵の魔力反応、一切ありません! 完全なゼロです!」
魔導士の悲鳴が夜空に響く。彼らの索敵システムは、上空数百メートルから音もなく降下してきた、赤外線遮断ステルス塗料で覆われた、生体熱を持たない冷たいドローンを、最後まで感知することができなかったのだ。
暗闇の中、目に見えない指先でプチプチと潰されるように、通信魔導士や伝令兵が正確に頭部を撃ち抜かれていく(ドローンの狙撃モジュールによる処理)。
反撃の対象が、どこにも存在しない。皇国兵たちは、ただ夜空に向かって無闇に弾を撃ち、叫び、燃え盛る糧食の炎に照らされながら逃げ惑うことしかできなかった。
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同じ夜、ミューズ南方の険しい山岳路。
本陣へ向けてひた走る、別ルートの補給車列が峡谷の隘路へと差し掛かった瞬間だった。
頭上の岩陰から、いくつかの「灰色の卵」が正確に荷台へと投げ込まれた。
――ズドォォォォン!!!
凄まじい爆音と鉄破片の嵐が、先頭の馬車を木っ端微塵に破砕する。
「敵襲だぁっ!!」
皇国兵が叫ぶと同時に、左右の暗黒の岩肌から、これまでに聞いたことのない激しい銃声が連続して鳴り響いた。
――ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
狩猟用ボルトアクションライフルの一糸乱れぬ連射。皇国の鈍重な前装式ライフルとは違い、次々と放たれる弾丸が、防御陣形を組む暇すらなく皇国兵の身体を次々と貫いていく。
「落ち着け! 戦列を組め! 敵の数を――」
叫ぼうとした指揮官の胸元が、ダリオの放ったライフル弾によって的確に撃ち抜かれた。肉を抉る衝撃に、指揮官が声もなく崩れ落ちる。
ハキは岩陰に深く身を潜めながら、ボルトを往復させ、照準を必死に合わせた。ハンスに叩き込まれた教練の手順通りに、引き金を引く。銃床が肩を叩き、前方の馬引きの兵が倒れた。
パニックに陥り、岩肌へと突っ込んできた皇国兵の数名には、配置されていた別のレジスタンスが短機関銃のフルオート掃射を浴びせ、一瞬で蜂の巣に変えていく。
襲撃は、わずか数分で終了した。車列の足と指揮系統を完璧に破壊したゲリラたちは、皇国の増援が到着する前に、コホートから渡された発煙筒の煙に紛れて蜘蛛の子を散らすように闇へと消え去った。過酷な教練は、今、本物の「戦果」として皇国の足元を確実に引き裂いた。
### 4.
翌朝。遠征軍の移動本陣。
ガイウス元帥の前に、昨夜の無惨な被害報告書が提出された。
「報告いたします。昨夜、後方輜重キャンプおよび山岳ルートが急襲を受け、糧食車両20台、火薬車両5台を喪失。通信魔導士数名が死亡、さらに主要な橋梁1箇所が爆破により崩落いたしました」
報告を聞いた参謀たちは、一瞬身構えたものの、すぐにどこか安堵したように鼻で笑った。
「なんだ、その程度か。十三万の全物資から見れば、微々たるロスに過ぎん」
「兵の被害も数十人程度。コホートとやらも、我が大軍に恐れをなして、コソコソと夜盗のような真似しかできんらしい」
だが、ガイウス元帥だけは、沈黙したまま地図を睨みつけていた。その表情は、みるみるうちに険しく、硬くなっていく。
「……敵を見たか」
ガイウスの低い問いに、報告に上がった夜番の生き残りが、ガタガタと震えながら首を振った。
「み、見ておりません……! 魔法の兆候も、銃声も、何一つありませんでした。ただ、夜空から突然、火の玉が降ってきたのです……!」
ガイウスの額に、じわりと冷たい汗が伝わる。
彼を震え上がらせていたのは、被害の規模ではなかった。「完璧に防御し、索敵させていたはずの聖域が、何一つ兆候を見せずに破壊された」という、理解不能な非対称戦の事実そのものだった。
「偶然ではない」ガイウスは卓上のペンを握りしめた。
「失われた車両、崩落した橋。これらはすべて、我が軍の進軍速度を維持するための要所だ。
奴らは最初から、我々の軍隊と戦う気が無い。姿を見せず、ただ我々の兵站と足元だけを狙っている。
カイオス局長、ヴェルナー執行官の警告は正しかった。……我々は本当に、軍隊と戦っているのか?」
有能なる将帥ガイウスは、即座にその目を鋭く光らせ、凍りつく参謀たちへ怒号のような命令を下した。
「後方全補給部隊に命令する! 以後、輜重隊の単独行動を一切禁止!
必ず戦列歩兵大隊を密着随伴させ、周囲に人間の壁を作れ!
さらに周辺の山岳路へ飛竜の斥候を倍増させろ! 地を這うネズミ一匹逃さず、必ず敵の姿を見つけ出せ!!」
### 5.
同じ頃。巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の中央管制室。
作戦会議が終わり、幹部たちがそれぞれの配置へと退室した後。静寂が戻った室内に、タドコロは一人、ぽつんと取り残されていた。
照明を落とした薄暗い空間で、メインホログラムの青い光だけが彼女の顔を照らしている。画面の隅で点滅し続ける、冷酷な数値。
> **【資産防衛成功確率:42%】**
初夜の補給線攻撃、ゲリラ戦は見事に成功した。皇国軍の足を僅かに鈍らせることには成功している。だが、それでもなお、十三万という絶対的な「国家の質量」は、コホートを押しつぶすのに十分すぎる数値を維持していた。
タドコロはゆっくりと歩み寄り、ホログラムテーブルの縁を両手で強く支えた。手の中の扇子は机に置かれ、彼女の細い肩が、誰もいない闇の中で微かに、痛々しいほどに震えていた。
「……失敗すれば、全員死ぬ」
誰の耳にも届かない、掠れた小さな声。
これまでの冷徹な最高経営責任者の仮面の下にある、数百人の「遭難者」の命をすべて背負った一人の人間の、押しつぶされそうな重圧が、その一言に凝縮されていた。ここで一歩でも計算を誤れば、自分を信じてくれた社員たちは、この異世界の泥の中で全滅する。
タドコロは、溢れそうになる恐怖を飲み込むように深く息を吸い、再び、パチリと扇子を手にとって開いた。藍色の瞳に、苛烈な光が戻る。
「敵の総司令官も、流石に牙を研ぎ始めたようね。……いいわ、ガイウス・フォン・ゼルダール。あなたの知恵と、我が社の生存戦略、どちらが合理的か……徹底的に、すり潰し合いましょう」
有能なる敵将が防衛を固め、遭難企業がそのさらに上を行く罠をローンチする。
互いの理知と生存を賭けた、第一次コホート・パーパルディア戦争の本当の知恵比べが、今、静かに加速していくのだった。