辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第34話:川の亡霊
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### 1. 海将の慢心
大河ルイナ川を遡上し、東部属州都ミューズへと直結する人工水路「エストラ運河」へと舵を切ったパーパルディア皇国海軍主力艦隊。
その先頭を進む最新鋭装甲艦『パーパルディア』の豪奢な艦長室で、海軍司令官バルス海将は、陸軍のガイウス大将から届いたばかりの魔導通信の書状を読み、鼻で笑った。
「『敵の姿は見えない』『奴らは兵士ではなく補給線のみを狙う』『常識が通用しないゆえ、全周警戒を怠るな』……か。フン、東部遠征の英雄殿も、見えぬ夜盗に怯えて随分と神経質になったものだ」
バルスは書状を机に放り投げ、窓の外へと視線を向けた。
大河を抜け、ここからは両岸が目視できるほど川幅の狭いエストラ運河への進入が始まっている。だが、バルスの顔に緊張の兆しは一切なかった。
「陸の連中が大袈裟に騒ぐのも無理はない。陸には森があり、谷があり、伏兵の隠れ家などいくらでもある。だが、ここは水上だ。運河に入り川幅が狭くなったとはいえ、両岸の河岸は完全に開けておる。ネズミ一匹隠れる場所など存在せん」
「左様にございますな、閣下」
傍らに控える副官が、得意げに頷く。
「周囲の障害物は事前に排除させており、上空には我が方の飛竜が目を光らせています。万が一、コホートとやらが河岸から銃や大砲を撃ちかけてこようとも、我が装甲艦の分厚い鉄甲の前には、小石をぶつけるのと同じこと。我々は、悠々とミューズの横腹へ大口径砲を撃ち込むだけです」
「その通りだ。陸の無能どもが兵站の泥沼でもたついている間に、我々海軍が遠征軍の主役をいただくぞ」
バルスは口髭を撫で、勝利を微塵も疑わない傲慢な笑みを浮かべた。彼らにとって、圧倒的な火力と装甲を誇る新鋭艦隊で水上を進むという行為は、絶対の安全圏からの蹂躙を意味していた。
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### 2. 大艦隊の威容
エストラ運河の水面を、圧倒的な質量が圧殺するように進んでいた。
先陣を切るのは、皇国の名を冠した最新鋭装甲艦『パーパルディア』。木造の船体を黒光りする分厚い鉄甲で覆い、巨大な煙突から黒煙を吐き出しながらスクリュー推進で水を掻き分ける、動く鋼鉄の城。
その後方には、両舷に巨大な水掻き車を備えた外輪推進式飛竜母艦、一番艦『アウレリア』と、二番艦『ヴィクトリア』が、重々しい機関音を響かせて追従している。狭い運河の上空を、母艦から飛び立った二十騎の飛竜が旋回し、河岸に敵の伏兵がいないかを厳重に哨戒していた。
さらにその後ろには、三十隻を超える主力帆走フリゲートと、艦隊の生命線である食料や弾薬を積んだ二十隻の補給船団が、整然とした縦陣を組んで運河の川幅を埋め尽くしている。
総勢五十五隻、数千の水兵と空の竜騎士が織りなす大艦隊。
それは、第三文明圏の頂点に君臨するパーパルディア皇国海軍の、絶対的な武力と威容の象徴であった。狭隘な水路を進むというリスクを差し引いても、彼らの航く先に、その進撃を阻める障害など存在しないはずだった。
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### 3. 水底の死神
だが、皇国海軍は予期していなかった。
戦争のドクトリンが、自分たちの立つ甲板の下――日の光の届かない深度において、すでに完全に書き換えられていたことを。
水深20メートル。
運河の濁った泥の底。川魚の群れが、見慣れぬ黒い沈黙の塊を避けて泳ぎ去っていく。
水底に息を潜めていたのは、全長数メートルの流線型をした無機質な金属の筒。コホート・コーポレーションが事前配備していた、自律無人戦闘潜航艇(UUV)であった。
頭上を通り過ぎる、巨大なスクリューの振動と、外輪が水を叩く重低音。
その固有の音響シグネチャをパッシブソナーが捉えた瞬間、泥に沈んでいたUUVのセンサー・アイが、不気味な赤い光を点灯させた。
『――SONAR CONTACT.』
『――TARGET ACQUIRED.』
『――HOSTILE NAVAL ASSET CONFIRMED』
魔力の揺らぎなど一切ない。命の鼓動すらない。
冷徹な電子頭脳のプログラムが、ただ処理すべきタスクとして、頭上の大艦隊をロックオンする。暗く冷たい泥の底で、魚雷発射管に静かに注水が開始された。
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### 4. 見えない雷撃
水上では、穏やかな遡上が続いていた。
艦隊の中央後方に位置する、食料と魔石を載せた大型補給船。水兵たちが甲板で談笑しながら、運河の風景を眺めている。
――次の瞬間。
ドォォォォォォォォン!!!
耳を劈く大音響と共に、補給船の真横の川面が爆発し、数十メートルもの巨大な水柱が天を衝いた。
装甲を持たない木造の補給船は、水面下で船体を真っ二つにへし折られ、断末魔のような軋み音を立てながら、一瞬にして運河の濁流へと沈み始めた。
「な、何だ!? 何が起きた!」
装甲艦『パーパルディア』の艦橋で、爆音に体勢を崩したバルカス海将が怒鳴る。
「ほ、補給船が爆発しました! 轟沈です!」
「馬鹿な、座礁か!? それとも水中に機雷でも敷かれていたのか!?」
「あり得ません! 事前に水深は計測済み、安全な航路です!」
パニックに陥る艦橋。だが、衝撃はそれだけにとどまらなかった。
――ドォォォォン!!
――ドガァァァン!!
第二撃、第三撃。
連続する巨大な水柱が、狭い運河で縦陣を組んでいた後続の補給船団を次々と食い破っていく。飛竜の飼料を積んだ船が爆散し、弾薬を積んだ船が誘爆を起こして火だるまになる。燃え盛る木片と、助けを求める水兵たちが川面へと放り出されていく。
コホートが策定した「兵站システムの完全な阻害」というセオリーが、水上でも完璧に執行されていた。
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### 5. ゼロ距離の恐怖
「敵だ! 敵はどこだ! 砲撃用意!」
バルス海将が血走った目で両岸の河岸を睨みつけ、号令を飛ばす。
装甲艦とフリゲートの砲門が一斉に開かれ、水兵たちが大砲を構える。上空の飛竜たちも、敵の姿を探して狂ったように旋回した。
だが、見つからない。
右岸にも、左岸にも、敵の姿はなかった。空にもいない。
魔導士たちが必死に魔力探知を展開するが、返ってくるのは「魔力反応ゼロ」という報告だけだった。
「どこだ……! 魔法の気配もない、大砲の煙もない! 何が我々の船を沈めているのだ!!」
バルスは甲板の手すりにすがりつき、燃え盛る補給船団を見つめて歯を食いしばった。
砲撃不能。魔法不能。ワイバーンによる索敵不能。
近代戦において、水面下という不可視の領域がいかに絶対的な死の空間であるかを、皇国海軍は知る由もなかった。大国パーパルディアの海軍は、姿の見えない敵に対して、ただ手も足も出さずに立ち尽くすしかなかった。
阿鼻叫喚の地獄と化した水面の下、泥の底。
自律無人戦闘潜航艇(UUV)は、後方の補給船団の破壊という初期タスクを終え、そのソーナーセンサーを、艦隊の先頭で鈍いスクリュー音を響かせる最大の音源へと向けた。
大国が誇る不沈の鋼鉄城、装甲艦『パーパルディア』。
『――FIRING SOLUTION COMPLETE』
『――TORPEDO AWAY』
シュゴォォォ……という微かな水流の音と共に、流線型の魚雷が、一直線に旗艦の艦底へと向かって暗い水中を駆け抜けていく。
絶対の安全を信じていた大艦隊の心臓部に、決定的な破壊の質量が、静かに肉薄しつつあった。